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24 グロスター宰相閣下

 執務室の中で、グロスター伯爵家の親子がにらみ合うのを、只々固唾をのんで見守ってしまう根性なしの我々…。

 気まずい時間を破り、口火を切ったのはシャルル様だった。


「グロスター宰相閣下に置かれましては、お忙しい折にもかかわらず、こちらまで出向いていただき感謝いたします。しかし、王太子殿下の執務室に先触れもなしに現れた上、

いきなり殿下の新米側近を罵るなど、些か無礼な行為だとは思いませんか?」


 感情の籠らない声で話しかける姿は、親子というよりも宿敵を前にしているようで、シャルルが普段からどのような親子関係を築いているのかが窺える。


「シャルル、お前こそ立場を弁えるべきでは無いのか?今のお前は王太子殿下付きとはいえ、王宮における権限はほぼ無いに等しい。そのような若造が、立場も顧みずに私に対等に意見しようなど甚だ疑問なのだが」


 グロスター宰相閣下は冷徹にシャルルの発言を切り捨てる。確かに国の中枢を担う立場の宰相閣下と、今のシャルルでは力の差は歴然だろう。

 見るに見かねた様子で、ディミトリ殿下が口を開いた。


「…グロスター宰相、確かに私の側近が出過ぎた真似をしたことは詫びよう。しかし、そなたも先触れもなしに出向いてきたことは事実だ。熱くなるあまり、若者の気概を奪うような真似は互いにとって不幸な結果を生むとは思わぬか」


 やんわりとだが、ディミトリ殿下の咎めるような言葉に、一瞬こめかみを“ピクリ”と引き攣らせると、グロスター宰相はシャルルに背を向け、殿下に首を垂れる。


「王太子殿下に相対しまして、大変ご無礼な真似をいたしました。実は、一か月ほど前に我々に預けて頂いたエルベ領の脱税問題について、国王陛下から命を受けましてこちらへ伺った次第でございます」

「エルベ領の脱税については領主の断罪と、新領主として王宮から査察官を配置したことで終わったはずでは無いか?これ以上、我々が関与する余地は無いように思えるのだが…」


 ディミトリ殿下の困惑した表情に、何故かグロスター宰相閣下は私の方をチラリと振り返ると、言葉を続けた。


「今回、エルベ領主――まあ、今は元領主ですが…は、王宮の文官を抱き込み、巧妙に監査の目を潜り抜けておりました。今回の事件を受けて、今後は二重の監査と、毎年同一人物が監査を行わない様、早急に制度の見直しを進めているところでございます」


 成程…。それならば賄賂で買収されることも無いし、かなり公正な監査が行えるだろうとボンヤリ聞いていた私に、グロスター宰相閣下は何故か厳しい視線を向けてきた。


「しかし、ここ十年近く、王宮の官僚が見抜くことが出来なかった不正を、王宮の経験も浅い社交デビュタントしたての若造が見つけたことが問題なのです。おかげで今回の情報源はどこなのか、彼自身が他国の間諜では無いのかと、疑惑を持つ貴族が騒ぎ出す始末。そこで今回、私がカール・ティーセル男爵令息の人となりを見極める様にと国王陛下より賜り、こちらへ足を運んだ次第でございます」


 えええ~…まさか自分が他国の間諜だと疑われる羽目になるとは思わなかった。


 もしかしたら目立たないようにと、褒章を辞退したことも貴族達の目から見れば『不正を暴いたにも関わらず褒章まで辞退するなど、その若造には何か魂胆があるに違いない』と深読みをされてしまった可能性がある。ムムム…良かれと思ったけれど、却って目立つ結果になってしまったようだな。


「グロスター宰相の話は分かった。それならばカールときちんと話をして貰えば、彼が他国の間諜では無いと直ぐに理解して貰えるだろう。この場を提供するから、存分に語り合ってもらって構わない」

「王太子殿下のお心遣いは、大変ありがたいのですが、今回は正式な尋問扱いとなりますので、人払いをした場で執り行うようにと申し付けられております。大切な側近を守るために、王太子殿下が誘導尋問を行い、カール・ティーセル男爵令息の発言を捻じ曲げる事の無いようにと厳しく言いつかっております故」

「それは些か、無礼な発言では無いか?私はいくら側近とはいえ咎人を守るようなことはしないし、そのように軽んじた物言いをされる謂れは無いと思うのだが?」

「…これは失礼いたしました。王太子殿下が随分とこの新米側近をお気に召していると王宮内でも評判でしたもので。ご無礼をお詫びいたします」


 怖っ‼ グロスター宰相閣下は全く悪びれもせず、ディミトリ殿下に頭を下げるけれど、貴方、絶対に悪いと思っていませんよね?

 明らかに煽っている物言いが、今の彼らの主従関係を物語っている様で、渦中の人物の私としてはここで出しゃばっていいものか躊躇ってしまう。


(これ以上、この場で言い争ったところで何の意味もないわ。それにディミトリ殿下が私を庇って下さるのは却って逆効果だろうし…)


 ディミトリ殿下としては、自分の側近が他国の間諜などと疑われていることが我慢できず、目の前で私を庇ってくれるつもりなのだと思うが、猜疑心を持つグロスター宰相閣下からすれば、それは後ろ暗い処があるからこそ、庇い隠そうとするようにも見えるだろう。

 それは今後のディミトリ殿下の立場も危うくするし、これ以上の揉め事は無い方が良いだろうと思えた。


「…ご挨拶が遅くなり大変失礼いたしました。カール・ティーセルでございます。私の軽率な発言が、此度の事件を引き起こし、皆様の安寧を搔き乱したことに間違いはございません。必要ならば、今直ぐにでも今回の事件に至った経緯をご説明させて頂きたいと存じます」


 深々と頭を下げると、僅かに口角を上げたグロスター宰相閣下は満足そうに頷いた。


「成程…“変わり者のティーセル男爵家”と噂の双子の片割れがお前だな。流石に親父に似て豪胆なところがある。これから別室で今回の事件について聞かせて貰うから、嘘偽りの無いよう、申し開きがあるならばするといい」


 “場所を変えよう”と告げるグロスター宰相閣下に続いて、執務室を後にしようと一歩踏み出した時、左手をシャルルに捕まれた。


「…何か…?」


 何か用事があったのかと彼を見るも、掴んだシャルル自身が呆然としていて、何故掴んだのか理解していない様だった。


「…グロスター宰相閣下、カールは未だ王宮に慣れぬ若造です。どう考えても他国の間諜を出来るほどの人物ではありませんし、此度の事件について一人で抗弁するのは難しいかと。何卒お考え直し頂きますようお願い申し上げます」


 …シャルル様のその言い方…。心配してくれているんだよね? 何だか、言い方に棘があるような気がするんだけど…気のせいだよね?

 しかし、グロスター宰相閣下は私を引き留めるシャルルの腕を引きはがすと、彼に冷たい視線を投げかけた。


「シャルル、先ほどからの私たちの話を聞いていたのだろう。これ以上、カールを庇い建てすれば、却って彼を不利な立場に追いやることがなぜ分からんのだ。余計な嘴を挟むのなら、ディミトリ殿下のお役に立つよう、少しでもその手を動かす方が先であろう?」


 まさにピシャリと会話を切られた感じで、シャルルも二の句が継げぬまま、引きはがされた手をボンヤリ見つめている。


「シャルル様、私なら大丈夫だから。グロスター宰相閣下は冷酷なお方には見えないし、私がしっかりと説明責任を果たせば、他国の間諜などという誤解は消えるはずだ。私には、疚しいところが無いのだから、しっかりとお話しして来るよ。安心して帰りを待っていてくれ」


 ニコリと微笑んでから踵を返して執務室を出ると、廊下を歩いていた文官達が遠巻きに私たちを見ているのが判った。


(大丈夫…私は後ろ暗いところは無いのだから…)


 不安になる心を奮い立たせると、私はグロスター宰相閣下の後ろを歩き始めたのだった。



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