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22 エルベ領主の悪事

 ディミトリ殿下の執務室へ向かうと、私を除く三人での勉強会は既に始まっていた。

 高名な学者を雇っているおかげで、入学後に学ぶ基本的な勉強だけでなく、領地の経営術についても学べるのは正直言って有難い。


 簡単に説明をすると、領地の経営をするのには収支の帳尻合わせが大切になるという事を学ぶわけだ。

 領地の財源は、領民から治められる税収が一番大きいが、それ以外にも関税や、特産物の販売権利料など多岐に渡る。

 その財源を活用して、道路の整備や土壌の改革などを進める手腕が領主に求められる資質になるのだ。

 有能な領主であれば限られた財源を有効に活用し、次代へ繋げていくことが出来るが、無能な領主であれば、私腹を肥やすだけで何れ領地は疲弊し、それを補おうとするあまり、今度は領民から税金を巻き上げる事しか手立てが無くなる。

 悪循環の始まりになるのだから、そこに住む領民にとっては、ある意味死活問題だろう。


(…そう考えると、エルベ領の話がひっかかって仕方ないな…)


 ルイスの部屋でメイドのミアが言っていた“豊漁だったのにも関わらず、船の修繕費用が嵩むからと増税”されたエルベ領の話を思い出す。


 エルベ領は漁業で栄える町なのだから、そこの領民にとって、船は必要不可欠な物であることは間違いようのない事実だ。

 だから領主から借りている船の修繕に掛かる費用だと言われれば逆らうこともできず、言われるままに支払うことしか出来ないのは想像に難くない。

 ただ…いくら豊漁でそのために船を酷使したのだとしても、全ての漁船が破損したなどと考えにくい。第一、船が大きく傷ついたのであれば、それを使用していた領民側の方から船の修繕であれ、買い替えなりの話が出ていてもおかしくはない話だろう。

 なにせ、船が壊れて一番困るのは使用している領民なのだ。海で水漏れがあれば死に至る危険がある以上、自分たちの側から申し出るのが一般的では無いだろうか。

 それを領主の側からだけ、話が出ているのが腑に落ちない…。


 ボンヤリとそんな事ばかりが気になって、どうしても勉強が遅々として進まない。

 そんな私の様子に気づかないディミトリ殿下ではなく、書物で頭を叩かれた。


「…何を考えているのかは知らぬが、今は勉強の時間だろう。お前はやるべきことをやってから悩むべきでは無いのか?」


 はい、お説御尤もでございます。私は両頬を掌で叩くと、気合を入れなおして勉強へと思考を切り替えたのだった。




「…それで?先ほどは何をそんなに考え込んでいたんだ?」


 勉強会が終わり、いつもの様に設えられたお茶会のテーブルに座ると、ディミトリ殿下は優雅にアッサムティーを口に運びながら私に尋ねてきた。


「何か悩み事でもあるのですか?ルイスの体調が優れないとか…?」


 シャルル様まで心配そうにこちらを見ているし、私は良い友人に恵まれたなぁ…。


「いえ…ルイスには関係ありません。実は離宮で傍仕えをしているメイドさんから聞いた話が少々気になっていまして…」


 確信がある訳でも無いし、あくまでもミアの両親から届いた手紙の内容から推測した話なのだと前置きしたうえで、エルベ領の豊漁の話と、増税の話を手短に説明した。


「フム…確かに、少々気になる話ではあるな。エルベから王都に納められた税額についても調べ直した方が良いかもしれん」

「ええ…。大掛かりな補修がされたのであればこちらに提出された決算資料の中に記載されるのは確実でしょう。今まで何の問題にもなっていなかったことを見ても、金額の改ざんを行なって巧妙に脱税を行なっていた疑惑も生まれますね」

「ここ数年のエルベに関する資料を文官に運ばせます。取り敢えずは決算記録のみを俺が運んできますよ」


 言いながら席を立つジョゼルに「私も一緒に行くよ」と告げて、書庫へと足を向けた。

 第一書庫にはここ数年のアーデルハイド王国全土のありとあらゆる資料が治められている。アルファベット順に規則正しく並べられた書棚の【Elbe】の棚には過去五年分の決算資料が揃っていたので、古い順に引き抜いていく。

 結構な重さになった資料を胸に抱えると、そのまま執務室へと後戻りした。


「ねぇ、ジョゼルはこんな事をしても無駄だと思う?私の勘違いかもしれないし、忙しいディミトリ殿下の時間を無駄にさせちゃうかもしれないのに、本当に良いのかな」


 自分が思い付きで言ったことで、人の時間を奪ってしまうと考えると、執務室に戻る足取りが重くなる。


「俺にはよく判らないけれど…」


 隣を歩くジョゼルは私の方も見ずに、まっすぐ前を見て歩いている。


「カールが何かおかしいと感じたことをディミトリ殿下に伝えた。それを受けて今回調べようと決めたのは殿下ご自身だろう?それを気にする必要は無いんじゃないか」


 何故だかその声がいつもより少しだけ優しく感じられるのだから、現金なものだと我ながら思う。ジョゼルと忌憚ない意見を言い合えることが、彼と本当の友人になれたようで嬉しい。


「ただ、今回の場合は一領主が不正をしていた可能性を探す訳だろう?国王陛下を謀り、私腹を肥やしていたとなれば大罪だからなぁ…何も見つからない事を俺は祈るよ」


 ジョゼルの言葉に頷いて歩を進める。何事も無ければ、この胸につかえたような引っ掛かりは消えるのだろうか…?

 執務室に戻り、四人で手分けして過去五年分…ざっと十冊程度に纏められた資料を広げて確認する作業を行った。


 ――結論から言うと、改ざんは見つかったのだ。…それも何年にもわたって。


「…何でここまでいい加減な決算書で監査が通っていたのだ?むしろ監査する側にも問題があったと考えるべきでは無いか?」

「あー…王宮で監査を担当したのは、全て同じ人物の署名がありますね。彼は賄賂を受け取って改ざんに協力していたと考えるのが妥当かと…」

「昨年度の豊漁についての増収は記載がありませんね。船は修繕ではなく、新規購入で歳出が記載されています。こうなると現地調査をしない限り追及は難しいかと…」


 歳入歳出の帳簿を確認し始めてから四時間が経過していたけれど、不正な入出金が出るわ出るわで開いた口が塞がらない。

 しかも、この様子だと王宮勤めの文官まで賄賂を握らされて不正に関与している線が濃厚になってきた。


「…ここまで来ると、私達だけでは手に余る。グロスター宰相に声を掛け、国王陛下の勅命でエルベ領の現地調査と、不正にかかわったであろう王宮文官の処分をして貰う以外無いだろうな」


 眉間に皺を寄せながらディミトリ殿下が深いため息を吐く。…確かにここまで大事になってしまえば私達だけでは手の出しようがない。


「まさか内部にまでこのような汚職が蔓延っているとは予想もしていなかった。一度、人事についても国王陛下と話し合う必要がありそうだな」


 疲労の色を滲ませながら、ディミトリ殿下は執務机につくと自身は新たな書類をめくりながら「お前たちはもう下がって良いぞ」とペンを走らせている。

 壁掛け時計は既にディナーの時間を超え、私たちがこれ以上王宮に留まる理由もない。


「ディミトリ殿下も、これ以上ご無理はなさいませんようお休みください」

「ああ…。だが、本来であればこの執務は本日中にやるべき物だったからな。明日に回せば仕事が滞るだけだから、やり終えてから休むとしよう」


 “だからお前たちは早く帰って休め”と追い払う様に手を振られてしまうと、これ以上は居辛い。

 ふと、思い出して鞄の中からクッキーの包みを取り出すと、ディミトリ殿下にそっと差し出した。


「…何だこれは?」

「昨日お約束したクッキーですよ。頑張って焼いたのですから召し上がって下さいね?」

「昨日は食材を王宮に突き返してきただろう?何でクッキーが焼けたのだ?」

「あれは余分な材料だったから返したんですよ。きちんと必要な材料は確保しておいたので、昨夜のうちに頑張って焼いたんですからね。今回はドライフルーツを刻んで入れてありますから、栄養価は高いと思いますよ。…もしかしてドライフルーツはお嫌いですか?」

「いや…好きだが…」


 その言葉に安堵する。ルイスが好きな物で作ったけれど、意外とドライフルーツが苦手な男性が多いことを失念していたからだ。


「いくら仕事が忙しくても、体を壊すような働き方をするようでは困ります。上に立つ者が率先して休んでくれなくては、私達が休みづらいではありませんか」


 そう言うと「確かにな」とディミトリ殿下は楽しそうにクスクスと笑い出した。


「せっかくのカールの好意だ。ありがたく受け取ろう」


 先ほどまでの悲観的な表情は消え、穏やかで温かい微笑みを浮かべるディミトリ殿下に漸くホッとした。


「あ…シャルル様にも焼いて来たんですよ。宜しければ召し上がって下さいね」

「おや、私にまで焼いて下さったんですか?ありがとうございます」


 シャルルにも包みを手渡すと、何故かディミトリ殿下がムッとした様子で「ハアッ⁈」と声をあげた。


「カールは私にだけ手作りしたのでは無いのか?」

「違いますよ。シャルル様に、ジョゼル、それからルイスに…王宮シェフにも今度こそお詫びに作ってきましたから」


 ニコニコと笑顔を浮かべる私とは対極に、何故かディミトリ殿下の機嫌は急降下したようだ。


「…判った。もう良いからさっさと帰れ」


 ソッポを向いて拗ねた様子を見せられても、何がそんなに気に入らないのか判らない。

 追い立てられるように執務室から出されるとシャルルとジョゼルは大爆笑していた。


「本当にカールは面白いですね」


 …何が?私は全く意味が解らないし、面白く無いんですけれど?

 そんな言葉は結局、口に出すことは出来なかった。


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