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14 ルイスの体を蝕むもの

  離宮に着くと、部屋の中では、今まさに診察を終えたらしき王宮医師とカールが、沈痛な面持ちで話し込んでいた。


「ルイス、今日の体調はどうだい?」

 平常ならば、パッと顔を輝かせてカールを迎えてくれるはずのルイスは、何故かぎこちない笑みを浮かべて「おはよう」と言いながら俯いてしまう。

 少しだけ焦燥した様子に、何かが起こったのだと感じられた。


「実は、王宮医師から私の病状についてお話を伺っていたところなんだよ」

「病状って…?ずっと気管支喘息が出やすい、虚弱体質だと言われていただろう?それ以外に何か隠れた病気があったのか?」

「う…ん。虚弱体質を隠れ蓑にして、気管支喘息も、季節の変わり目の高熱も出ていたんだけど…どうやら“聖魔力欠乏症”が正式な病名みたいなんだよね」


 “聖魔力欠乏症”――その悪い冗談のような病名には聞き覚えがある。

 初めて聞いた時は、随分と胡散臭い病名を教会は付けたものだと鼻で笑ってやったからだ。


「私達が生きていく上で欠かせないのが聖魔力だ。これが人体内を循環することで、病気に掛かりにくくなり、人体の発育を促すとか言う話だったよな。…そんなのは根拠のない迷信だろう?確か、これを言い出したのは聖女信仰教会だったか。聖魔力が足りなくなれば、生命の維持が難しくなって、何れは死に至るとか――」


 余りにも胡散臭くて、眉唾物の病名に『貴族からの寄進を増やすためとはいえ、強欲な教会はこんなことまで考えるんだな』と笑っていたはずの…それが、何で今こんなところで思い返す羽目になるのだろう。


「そう、その“聖魔力欠乏症”が私の体を蝕んでいた、諸悪の根源だと判ったという訳さ」


 “今の医学では治せない不治の病で、薬で痛みを軽減させることが唯一の治療らしい治療だ”と王宮医師が説明してくれるのすら、耳をすり抜けるばかりで、一つたりとも頭に残ってくれない。


「おかしいじゃないか。家族で過去にそんな病気に掛かった人間はいない。それに周りにだって誰一人そんな病気になった人はいないのに、ルイスだけがそんな胡散臭い病気に掛かるはずないじゃないか。生まれつきそうだったのか⁈」

「そればかりは判らないよ。どちらにしても私が不治の病に侵された事実は変わらないし、痛みを緩和させて、何れ来る死を待つという事も変わらない」


 そんな風に――諦めた様に笑わないで欲しい。辛いのなら、苦しいのなら一緒に泣くから取り乱して本音を見せて欲しい…。

 それでもルイスは取り乱す事さえせずに、淡々と自分の死を受け入れるのだ。


「ルイス…そんな…不治の病なんて嫌だよ…」


 ショックのあまり言葉に詰まる私を、むしろ理解できないという様にルイスは優しい笑顔を見せる。


「何故そんな顔をするの?私だって今すぐに死ぬわけじゃないし、まだまだカールと過ごす日々を楽しむつもりだよ。元気になれたらやりたい事だって沢山あるんだから」


 穏やかに自分の病気を受け入れる。それが長い間自分の弱い体と向き合ってきたルイスなりの戦い方なのかもしれない。それならば、私が泣くのはお門違いというものだろう。

 彼が諦めない限り、死の淵に立たされない限りは私だって泣き顔を見せるわけにはいかないのだ。


「そうだよね、ちょっと取り乱しちゃったみたいで…。ルイスが聖魔力欠乏症だと判ったんだから、むしろ喜ぶべきかもしれないよ?今までは病名も判らず、治る見込みがなかったけれど、聖女信仰の教会に祈りを捧げれば、もしかしたら聖女様が救って下さるかもしれないからね」

「アハハ…確かにね。じゃあ、ベッドで動けない私の代わりにカールが教会で祈りを捧げてきてくれるかい?」

「勿論だよ。じゃあ、早速王都の教会へ祈りに行ってこようかな。“善は急げ”と言うだろう?」


 笑顔で手を振ってルイスに別れを告げると、後ろ手に扉の閉まった音がした瞬間、一滴の涙が廊下に染みを作った。

 一粒零れてしまえば、後は止めようもなく、次から次へと涙が頬を伝っていく。


(――どうして神様はルイスばかりを苦しめるのだろう)


 ティーセル男爵家の嫡男として誕生した彼の人生は、希望に満ち溢れていたはずだった。

 美貌、知性、家柄その全てを持って生まれたルイスがたった一つだけ持っていなかったもの――健康。それだけを持って生まれてきた双子の私は、もしかしたら兄の持つべきだった幸せも奪ってしまっているのだろうか…。


 祈ればルイスが助かるというのなら夜通しでも祈ろう。誰でも良い…兄を助けて欲しい。

 自分の体を支えていることも出来ず、カールは廊下の隅に蹲ると声を殺して泣き続けたのだった。




「カール…こんな所に蹲ってどうしたのだ⁈ 体調が悪いのか⁈」


 頭上から慌てたような声が降ってくると、そのまま温かな手が肩に置かれる。

 泣き濡れた顔でボンヤリと見上げれば、そこにはディミトリ殿下とシャルル様が心配そうな表情でこちらを見下ろしていた。


「あ…ディミトリ殿下…。少しだけボーっとしたみたいで…」


 慌てて涙の痕を袖で拭うと、取り繕う様に笑みを浮かべてみる。

 そんな私に痛々しそうな表情を向けると、ディミトリ殿下は床に膝をつき、そっと頭を撫でてくれた。


「ルイスの病名については先ほど王宮医師からも報告を受けている。確かに“聖魔力欠乏症”は不治の病とは言われているが、既に他国で開発されている緩和薬さえ飲めば、酷い症状が出ることも無いと聞いた。ルイスが今すぐに死ぬわけでもないのだから、時間はかかるが治療法もきっと見つかるはずだ」


 優しい手つきで撫でられていると、心の弱い部分が疼いてまた涙が零れてきた。


「で、でも、これ以上は…今以上にお世話になる事は出来ません。緩和薬は高額だと聞いたことがあるし…金銭面でも負担が大きすぎて…」


 どうしたって病気の治療には金がかかる。ましてや“聖魔力欠乏症”などという原因不明の病では症例も少ないだろうし、緩和薬一つとっても高額なことは想像に難くない。

 いつ開発されるか判らない治療薬に期待するぐらいなら、ティーセル領に帰って、今まで通りの静かな暮らしを続けた方がルイスの為にも良いだろう。

 そうすれば、ルイスの心臓の鼓動が止まる最後の瞬間まで寄り添ってあげられるから…。

 泣き続けていた私を自分の胸に引き寄せると、ディミトリ殿下は優しく抱きしめてくれた。


「カール…まだ諦めるな。国王陛下には王宮医師と薬学師の知識を総動員させ“聖魔力欠乏症”の特効薬開発に着手することに、既に許可を頂いてある。むしろ、ルイスが“聖魔力欠乏症”の治験者として症例研究に協力してくれれば、不治の病に苦しむ全ての者を救う手立てが見つかるかもしれないのだから遠慮はいらないのだ」


 その言葉にポカンとした顔でディミトリ殿下を見つめると、彼は優しい顔で頷く。


「研究開発には全力で取り組んでもらうし、きっとルイスだって元気になる。だから絶望した顔をして一人で泣くのは止めろ。…私たちは友達だろう?」

「…まあ結局のところ、ルイスが治験者となってくれることは今後、我が国における医療の発展のためにもありがたいことは確かです。そのための研究開発費用を国が負担するのも当然の話ですし、カールが気に病む必要はありませんよ」


 シャルル様もそう頷くと“泣いて酷い顔をしていますよ”と、苦笑交じりでハンカチを渡してくれた。


(二人にそう言ってもらえるのなら…その言葉に甘えても良いのかしら…)


「あの…ルイスの事をこれからもよろしくお願いします。私も精一杯恩返しできるように頑張りますから」


 ディミトリ殿下の腕の中で大声を出すと「うるさいな…」と笑いながら漸く解放される。


「その心意気だけは受け取ろう。とりあえず今は顔を洗って来い…酷い顔だぞ?」

「もう幼子では無いのですよ。いい年をした貴族令息が人前で号泣して顔を泣き腫らすなど、恥ずべき事だと知りなさい」


 二人からそれぞれのエールを貰って、私はやっと立ち上がることが出来たのだ。

 彼らからは、大切な人を守るのに必要なのは絶望して座り込むことではなく、前を向いて歩き出すことだと教えて貰えたのだから。


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