第四話:市場
物語導入部分で無駄に色々書きすぎたかもしれません。
もう少し要る情報と要らない情報を取捨選択しないといけないなと思いました。
イツキが傷を負ってから3日が経過した。
傷口は塞がり身体を動かしても殆ど痛みを感じないほどになっていた。
明らかに常人離れした回復力に覚醒液の効果の凄さを改めて実感するイツキ。
ベッドから降りて部屋の中をウロウロする。
この3日間エマはたまにイツキの看病と経過観察のため様子を見に来たが、一日の大半は別室で何かの作業をしていた。
「そろそろこの部屋にいるのも飽きてきたな…。」
ガチャ___。
エマがイツキのいる部屋のドアを開けて入ってくる。
「顔を見ればわかるわ。この部屋に退屈しているってところかな。」
「もう身体を動かしても痛みは感じないしすっかり元通りって感じだ。つい3日前に死にかけていたのが嘘みたいだ。」
「私の予想以上に覚醒液が効果を発揮している。それだけあなたの思いが強かったんだと思う。傷以外に身体に何か変化はない?」
「今のところは特に何も違和感はない。」
「そう。とりあえずよかった。そろそろストックしていた水と食料が切れかけてきているの。調達しに街へ出かけないといけない。」
「街…。」
イツキは3日前に撃たれたことを思い出す。
このままラボに引きこもるつもりは無いが、やはり外に出ることに恐怖と躊躇いがないわけではなかった。
この地下都市のことはまだ殆どわかっていなかったが、外に出た早々に銃で撃たれれば無理はない。
「怖い?」
「……正直怖くないといったら嘘になる。銃で撃たれたのなんてはじめてだったし、目の前で人が殺されるのもはじめてだった。エマは怖くないのか?」
「怖くないわけではない。でもクルドでは人が死ぬのは日常だし、物心ついたときから死体を見ているから慣れている。
それでも父が死んで一人になってからはなるべく外に出ないようにしている。」
「なぁ…聞きづらいことだけど、お父さんはどうして亡くなったんだ?」
「一ヶ月前、こことは別のラボにいるときに何者かに襲撃されて殺された。ラボは完全に荒らされて機材から成果物まで殆ど奪われてしまった。
この場所は何かあった際に隠れ込むための緊急事態用のシェルター的な施設なの。
一部の特に重要な設備や薬剤はこのラボに隠していて転移装置もその一つだった。
私は父の指示でたまたま偶然ここにいたから助かった。…いえ、今にして思うと父は襲撃を予期していたと思う。
あまりにもタイミングが良すぎる。今となっては真実はわからないけど…。」
「……辛いことを思い出させてごめん。」
話をしているときのエマの表情はいつもと変わらなかった。
それでも父親が死んだところを思い出させるのは酷だったろう…とイツキは思った。
「とりあえずこのラボに貯蔵していた食料が尽きかけてきている。調達しに行かないと生活ができない。
イツキにも手伝って欲しい。このまま外に出ないわけにも行かないし、イツキの服も調達しないといけない。」
「服…?」
そう言えば元いた世界にいたときから着ていた学校の制服は、銃で撃たれた穴と血でボロボロだったことにイツキは気づく。
衣食住のうち住はとりあえずはこのラボで凌げるが、衣食は改めて調達しないといけなかった。
「このまま怖がって外に出られないと困る。イツキには私を地上へ連れて行ってもらう使命もあるし。」
「わかっているよ。エマを地上へ連れ出すって約束したもんな。そして転移装置を直して俺も元いた世界に帰るんだ。
大丈夫、今度はもっと慎重に行動するよ。前回はこんな物騒な街はじめてでつい勢いで行動してしまった。」
「今後は誰かが殺されそうになっていても無視して。死にたくないなら不用意に街の人間に関わらないのが無難。
特に揉め事を起こしている人間に近寄ったら命がいくつあっても足りない。トラブルに巻き込まれないと約束して。」
「ああ……。」
自分が生き残るために他人のことに首を突っ込むべきではない。
特にこの街ではそれが死に直結する、ということをイツキは今回身を持って経験し理解していた。
しかし両親の死をきっかけに死に対して一種のアレルギーようなものを感じるようになっていた。
知らない他人であっても死に直面しているところを見ると強烈な嫌悪感を抱き、気がつくと自らも顧みず助けようとしてしまう。
(わかってはいるけど…どうしても人が死にそうになっているのを見ると拒否反応が起きるんだよな。
でもエマもいるし、危険な目にあわせないためにも自分たちのことを優先的に考えて行動しないと…。)
イツキは自分自身に言い聞かせるように心のなかで囁いた。
「それじゃあ今から街に行くよ。気をつけて。フード付きのコートがあるからそれに着替えて。
なるべくクルドらしい目立たない格好で歩きたい。血だらけの服だと流石に目立つから。」
「せっかくの制服ももうまともに着られないな…。元の世界に戻ったら買い換えないと。出費が嵩むなぁ……。」
そんなどこか呑気なことを言いながらイツキは外に出る準備をする。
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改めてクルドと呼ばれるこの地下都市を見ると意外にも広大かつ発展していてイツキを驚かせる。
大通りはそこそこ人の往来があり、バイクや自転車が多いがクルマも一部走っている。
露店や屋台もあり、殺し合いが日常的に起きているとは思わせないくらいに街として機能しているように見えた。
地下都市だが街の果ては見ることができないくらい広い。
どこかの東南アジアの都市を思わせるような雰囲気をしている。
「ところで食料の調達に行くって言ったけど、どうやって食料を手に入れるんだ?」
「近くに市場がある。そこで買うことができる。」
「この街にも市場なんてあるんだな。最初はもっと紛争地域みたいな危ないイメージを持っていたけど、こうしてみると普通に街だな。」
「一応最低限の生活基盤は整ってるよ。多くの人々は主に地上に物資を供給するために働いているけど、そのうちの何割かはクルドにも流通する。
だから十分とは言えないけど食料や物資は手に入れることはできる。そのための通貨もあるし、一応まだ社会として成り立っている。」
「じゃあどうしてこんなに人が殺されるような事件が起きるんだ?」
「一つは貧困からくる奪い合いだけど、他にもクルドには犯罪や暴力を取り締まるルールが無いからやったもの勝ちな所がある。
結局暴力にうったえるのが一番簡単に物を手に入れることができるから、行き詰まったら皆そうする。」
「クルドには行政とか、警察とかそういうのはないのか?」
「街を仕切っているのはマフィアだよ。暴力に塗れたクルドを統治するためにより強い暴力を持ったマフィアが街を支配している。
市場の殆どもマフィアが仕切っているから、お金を払わなかったり何かトラブルが起きると彼らと衝突することになる。」
エマがイツキを見つめる。その顔には【余計なトラブルは起こすなよ】と書かれていた。
「ああ…わかってるよ。何にせよ危険な目にはなるべく会いたくないからな。でもどうやってマフィアかどうか見分けるんだ?」
「銃を持っている人間は大抵マフィアだよ。銃の多くは地上から落ちてきたものだから貴重なの。だからマフィアがその殆どを牛耳ってる。
銃を持っている人はマフィアか、マフィアから銃を奪ったそれ以外の人だよ。」
クルドについて会話をしているうちに二人は市場についた。
市場では地下で育てられた野菜や、どの動物のどの部位かもよくわからない肉、缶詰、固くなったパン、調味料など、貧困街にしては種類豊富に揃っていた。
クルド特有の通貨で支払うため無一文のイツキに代わりエマが全額代金を支払う。
自分よりも年下であるエマにお金を払わせることに引け目を感じるイツキであった。
「食料は調達できたね。この後イツキの服とあといくつか電子パーツを買っていきたい。」
「電子パーツなんてあるのか?まぁラボで色んな装置を見た限り、意外にも技術力は高い世界なんだろうなと思ったけど。」
「大体地上から落ちてきたものだけどね。でもクルドにも一応技術者がいてその人達がデバイスの自作や修理を行ったりしているよ。」
その後二人は市場を散策し必要な物を調達して回った。
意外にも市場で買い物中はトラブルもなく平和な時間が流れていた。
(これも恐らくマフィアが市場を監視しているからなんだろうな…。)
イツキは時々視界に入る人間を横目で観察していた。
誰がマフィアなのか傍から見るとよくわからないが、たまに明らかに雰囲気が違う人間が目に入ることがあった。
服装や体つきの違いもあるが、目が据わっており異彩な眼光を放っている男たちだ。
(何にせよ俺達が金を持っている【客】としての存在である限り、そんなに無闇に襲うことは無さそうだな…。)
しばらくして用を済ませた二人は市場を出る。
一先ず無事に買い物を済ますことができた二人は安堵のため息を出す。
「買い物の度にこんな緊張感を味合わないといけないなんて…気がつけば手の中が汗だらけだ。」
「それでもここの市場は比較的安全な方だよ。管理するマフィアの派閥によって市場の雰囲気は違うけど、
市場によってはその辺りに死体が転がっていたり乱闘が頻発しているところもあるんだよ。」
「やっぱり街の見た目とは裏腹に、死と隣り合わせの街なんだな…。」
イツキとエマはもと来た道をラボに向かって歩いていく。
その後を数名の男がつけていることに気づいているのはイツキだけだった。
曲がり角を過ぎた瞬間にイツキはエマの手を取り全力で走り出す。
「______?突然なに?!イツキ?!」
突然のことに動揺するエマ。
「とりあえず今は走れッ!俺達はつけられている!このままラボには戻れない!」
後ろからつけてきている男たちを撒くために走り出す二人。
『パァーーーッッン__』
その瞬間銃声が響きイツキとエマの足元に銃弾がめり込む。
「おい!止まれぇ!逃げるんじゃねぇぞ。逃げたら次は当てる!」
二人が振り向くと男の一人が銃を向けて歩いてきた。
このまま逃げたら恐らく次は本当に当てるだろう___イツキは男の雰囲気からそう確信した。
何も出来ず黙ってその場に立ちすくむしかなかった。
「やっぱり。てめぇ俺がこの間殺したやつだよな?確かに撃ち殺したはずだ。なんでまだ生きてるんだぁ?」
イツキにもその顔に見覚えがあった。3日前にイツキを撃った男だった。
あのときの記憶は今でも鮮明に覚えている、いや忘れられるはずが無かった。
「いや、てめぇに何か恨みがあるわけじゃねぇんだ。でも殺したはずの人間が生きているって不思議だなぁって思ってあとをつけてみたわけよ。
なぁ……殺された人間がなんでまだ街を歩いてんだぁ?」
「……………………。」
何も答えられない。
なんとかこの状況を打破する術はないか必死で考える。
このままではエマも巻き込み今度こそ殺される……。イツキは恐怖した。
「だんまりか…。まぁ…いいや…。この街は死人みたいな奴ばっかりだけどよ、でも本物の死人に出歩かれたら気味が悪いだろぉ…?
今度こそ本当に殺してやるからきっちり死ねよ。なぁ?」
男がイツキに銃口を向ける。
その光景が前に撃たれたときのことをフラッシュバックさせ、胸と腹にあのときの痛みが蘇る。
(せっかくエマに救ってもらったのに俺は今度こそ死ぬのか……?同じやつにまた殺されるのか?俺が死んだら今ここにいるエマはどうなる……?
死ねない………。俺は死ねないッ!死んでたまるかッッッ!)
迫りくる恐怖と前回殺されかけたトラウマを打ち払うようにイツキは心のなかで強く思う。【絶対に死なない】と___。
『パァーンッ__』
銃声が響き渡る。
その瞬間イツキには時間が止まったように感じられた__。
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