イリス視点①
イリスは後悔していた。
従兄のレモンドの人気を侮っていたのだ。
これから、父である陛下に呼び出されている。きっと、お叱りを受けるだろう。
それだけならまだ良い。
この国が大好きだったのに他国へ嫁ぐことになるかもしれない。
そう自分自身の愚かな行いのせいで。
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1ヶ月前、従兄のダージリー公爵家嫡男レモンドが婚約者のキャスリーア伯爵家長女アンより1年早く卒業した。
アンの卒業を待って結婚すると在学中にあの有名な学園の薔薇園でプロポーズしたと広まっていた。
『学園の薔薇は婚約者にプロポーズする時のみ折って良い』と規定のある薔薇がアンの頭に飾られ、2人で仲良く手を繋ぎ見つめ合っていたそうだ。
イリスはそれを聞いて羨ましいと素直に思った。それまではよかったのだ。
しかし、第二王女のイリスの耳にある噂が入って来た。
「イリス第二王女がレモンド様の婚約者に選ばれなかった理由は『公爵家に権利が集中するから』でも『血が近すぎるから』でもないんだそうよ。最初はイリス第二王女が筆頭候補だと言われていたのに。それが理由でないなら他に理由があるのかしら?」
その話がどこからのものなのか徹底的に調べ上げた結果、母である王妃の侍女が出所だと判明した。
それならば、正確な情報の可能性大だと思い、今まで押し込めていた感情が吹き出した。
ーー幼い頃から慕っていたレモンド兄様。
小さな頃から紳士的で素敵だった。
叔父の公爵と王宮に来ると「こんにちは。イリス姫様」とあの輝く容姿で挨拶を返してくれていたし、2つ下のイリスにいつも敬意を払ってくれた。
適齢期になり、レモンドの婚約者を選定すると噂された時も「もしかして私かも」と期待したし、周りの令嬢達も「お似合いですわ。イリス様とレモンド様が並ぶと眩しいほどです」と言ってくれた。
それに、父がレモンドの婚約者を選ぶと聞いてイリスは恥を忍んで父にも伝えに言ったのだ。「レモンド兄様を好ましく思っております」と。
聡明な父のことだから、イリスの気持ちだけでは選ばないことはわかっていた。しかし、身分的に見ても、王女が降嫁してもおかしくない家格だ。父がいる時にレモンドと顔を合わせ会話した時の雰囲気も良い感じだったはず。だから、イリスは自分だと信じて疑わなかったのだ。
しかし、父である陛下はレモンドにこう命を出した。
「キャスリーア伯爵家の長女アンと婚約せよ。」
母やお兄様達、お姉様と一緒に同席していたイリスは思わず声が出そうになった。
「なぜ?」と。
何故イリスではないのか。
父がレモンドに何か続けて言っているが頭に入ってこない。
呆然としたまま、部屋に下がると侍女達がこう励ましてくれた。
「イリス第二王女様はレモンド様と血が近いですから」「血が近すぎると良くないと聞いたことがございます」「それに公爵家に権力が集中しますから」「パワーバランス的にも考慮されたのかと」
口々と皆そう言った。
イリス自身、それで納得したのだ。
『公爵家に権力が集中するからしょうがない』『血が近すぎるからしょうがないのだ』と。
だが、今更その理由が覆されたのだから、黙ってはいられない。
例え、それが王命であっても。
そして、レモンドが薔薇を贈ってプロポーズしたのだとしても。
どうしてもこの突発的な感情の暴走を抑えることができない。
一矢報いたい。
イリスは侍女に直ぐ便箋を用意させ、
ダージリー公爵宛にこう書いた。
{ダージリー叔父様へ
幼き頃より交流があったレモンドお兄様がいよいよ結婚されると聞きました。
少し気が早いですが、お祝いに伺いたいのです。ご都合をつけて貰えると嬉しいです。
イリスより}
この手紙の返事に不可はない。姪である王女が祝いたいと言っているだけなのだから。
イリスの思惑通り、{是非にも}と返事が返って来た。
当日、イリスはレモンドの瞳の色である青紫の髪飾りを付け、青紫のドレスを敢えて選び着付けて貰った。
そして、わざわざ街のあちこちで馬車から下車し、姿を見せて回り、公爵領へ行った。
そして、予定していた訪問時間の何時間も前に着き訪問した。
公爵家のものは冷静に対応してくれたが、レモンドは朝から領地の視察で不在だった。
もちろん、それも折り込み済みだ。イリスが時間通りに着いていたら間に合う時間だったというのも知っている。
それを隠し叔父に「とても残念ですが、私が待ちきれず早く着いてしまったのですもの。しょうがないですわ。」としょんぼりした態度で言い、レモンドが帰宅する前に用事が入ってしまったのでと失礼した。
きちんと青紫の高価な宝石が付いた髪飾りを落として。
すると、後日、公爵家の侍女がイリスに髪飾りを届けに来ていると王宮に知らせが入った。
イリスは私室に通さず、自分が向かうと伝え人通りの多い王宮の入り口に出向き、
「まぁ!わざわざごめんなさい。ダージリー公爵家の皆様にご迷惑をおかけしたわね。忍んで行ったのに、はしゃぎ過ぎてしまったわ。大事な髪飾りだもの。本当にありがとう。」
と髪飾りをよく見えるように胸の前に置き、よく通る声で喋った。
イリスがしたことはこれだけだ。
それがどういう噂を呼ぶかまではきちんとわかっていた。
それ以降の事もわかっていたはずであったが、事実全くわかっていなかったのだ。
感情の暴走を抑えることが出来なかったツケは自身に返って来る事となる。