レモンド視点
学園を卒業し一か月経った。
レモンドは学園では毎日のように、アンの姿を見ることができたのにと最初は気落ちした。
しかし、手紙のやり取りや時折会えるアンの可愛さに癒され、「愛している」と日々思っていた。
お互いに相思相愛、そしてお似合いの夫婦と呼ばれる日を待ち遠しく思っていたのに、王都での噂を耳にし、やはり謀られたかとため息をついた。
「伯爵令嬢アンは身代わりで、レモンド様が本当に愛し合っているのはイリス第二王女様だ。公爵家へ権力の集中と従兄妹という血の近さから、王命よって愛し合う2人は引き裂かれたが逢瀬を重ねていた。」
少し前に、イリス第二王女よりダージリー公爵家へ訪問すると父宛に手紙があった。
内容は、
{幼き頃より交流があったレモンドお兄様がいよいよ結婚されると聞きました。
少し気が早いですが、お祝いに伺いたいのです。ご都合をつけて貰えると嬉しいです。}
と言うものだった。その時点で嫌な予感はしていた。
なぜ、婚姻前にわざわざ訪れるのか。
そんな前例を聞いたことがない。
そのため、こちらが断ることが出来ないよう「祝いたい」を強調しているようにも見受けられた。
もう一つの理由がイリス第二王女とは従兄妹であるが挨拶に続く雑談程度しかしたことがなく、決して親しい間柄とも言えなかったことが嫌な予感をさらに深めた。
ただ、レモンド自身が同席すればどのような不測の事態が起こっても自身で否定や回避ができると考え、父と共に{是非にも}という趣旨の返事を出したのだ。
そして、当日を迎え朝からレモンドは視察へ行っていた。
すると、早馬で{イリス第二王女様が当家にすでにご訪問}と来たでは無いか。
急いで帰宅したが、狙ったかのようにイリス第二王女は帰宅した後だった。
ーーやられた。
自身が同席していなかった場合、
「会っておりません」か「お会いできませんでした」としか言えない。
それがどう不都合に働くか、イリス第二王女が置いていったであろう青紫の髪飾りを見つけ、レモンドは悟った。
後日、公爵家に続く領地のあちらこちらで青紫のドレスを纏ったイリス第二王女の姿が目撃され、届けるしか方法のなかった青紫の髪飾りは王宮の目立つ所で受け渡しが行われたと使いの者に聞いた。
公爵家に訪れる者に、
「イリス第二王女様とどのような会話を?」
と尋ねられるも、
「お祝いにと来られたのですがお会いできませんでした。」
としか答えられない。
「会えなかったはずはないだろう」と皆勘ぐり、イリス第二王女の行動から噂に尾鰭が付いていく。
そして完成したのが、
「伯爵令嬢アンは身代わりで、レモンド様が本当に愛し合っているのはイリス第二王女様だ。公爵家へ権力の集中と従兄妹という血の近さから、王命よって愛し合う2人は引き裂かれたが逢瀬を重ねていた。」
という噂だ。
噂を流した本人は出来過ぎだと思っているだろう。本当に傑作だ。
レモンドは公務終わりに、父へ断りを入れに行った。
「父上、公務が終わりましたので王都へ行って参ります。」
すると父は渋い顔をして、
「何故だ?あの噂から婚約者を守るために否定して回るのならば認めない。あれくらいで折れるような令嬢は公爵家の妻にはなれん。」
と言うではないか。
レモンドはつい笑ってしまった。
「まさか!そのような予定ではありません。父上も面白いことを仰る。アンがあの噂に惑わされるとお思いなのですか。私は陛下に会いに行くのです。」
父は訳がわからないといった顔をしたが、レモンドは続けた。
「陛下にイリス第二王女に傷がつく不名誉な噂が流れているとお伝えしに行きます。早いほど良いでしょう。でないとどこへも嫁入りが出来なくなってしまいます。」
レモンドははっきりと言い続ける。
「婚約者のいる男性と噂になっているのですよ。その婚約を命じたのは陛下です。覆る事などないでしょう。では、イリス第二王女はどうなるのです?『結婚はできないが本命は私だ』とでも言い張り、修道院に入るのですか?私は愛人として招くような優しい配慮をするつもりは全くないですよ。」
父はハッとして兄である陛下に手紙を書き始める。
「では、馬の準備をして参ります。手紙が出来次第出発しますね。」
「父上。」
レモンドは戸を出る直前に父に話しかけた。
「私はアンを信じ愛しています。だから、アンにも勿論会って来ます。異論はありますか?」
「いいや、ないよ。顔を見に行くことに異論などあるはずがない。浅はかだったのは父の方だ。すまない。」
レモンドは静かに首を横に振り、馬の準備のため部屋を出た。