#9
私の名前は茶川能登子。16歳。先月誕生日を迎えた。
趣味は読書とカメラ。特技は習字。
私は今、恋をしている。
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昔から内気な性格で、人見知りも凄くて、友達がいた記憶はそんなにない。
いじめられることもなく、平凡な日々を送っていた。
入学式から初めての登校日、私は校舎内で迷子になった。
自分の教室がどこなのか、事前説明会で聞いたのにわからなくなってしまった。
私立の高校は校舎が広いから困る。
どうしよう。周りは知らない人だらけ。
「ねぇ、君同じクラスの子でしょ?」
「えっ?」
半泣きになっていたところに男の子が声を掛けてくれた。
「どうしたの?」
「わ、私教室がわからなくって、迷子になっちゃって…。」
「そ、そうなんだ。教室こっちだよ。一緒に行こう。」
彼は綱志碧くん。
見覚えがあると思っていたら、同じ電車で通学していることが後からわかった。
でも、それに気づいてるのは私だけらしい。
ある日の朝、友達と登校している綱志くんを見かけた。
勇気を出して声を掛けることにした。
「綱志くん、お、おはよう!」
「・・・。おはよう。茶川さん。」
「う、うん。じゃあ教室で・・・!」
やった!綱志くんに挨拶できて、返してもらった!
今日はいいことありそうな気がする!
その日の昼休み、綱志くんに声を掛けられた。
驚きすぎて変な声をだしてしまった。
「茶川さんって部活とか入ってる?」
部活はカメラ部に入ってる。
「へ〜、意外だな〜。
それって俺も体験できたりするのかな?」
綱志くんが同じ部活に入ろうとしてくれている。
今日はいいことしかない。どうしたんだろう。
槍でも降るのかな。
顧問の牧里先生が、綱志くんに入部条件を出した。
先生が出したのは『美しいもの』を撮って、先生に認めさせること。
結構な無理難題だと思う。
綱志くんと一緒に写真を撮りに行くことになった。
2人で街を歩くのは少しデートみたいで、ワクワクした。
たわいもない話をしながら写真を沢山撮った。
なんだかとても幸せな気分。
ずっとこの時間が続けばいいのに。
初日に撮った写真は認めてもらえず、次の日も撮りにいくことになった。
「私、飲み物買ってくるね。」
今日もあんまりいい写真が撮れないみたいで、へこんでる。
ちょっと息抜きが必要かな。
「(碧くん、何が好きかな。ジュース?炭酸?コーヒー?
なんだろう。聞いておけばよかったな。)」
とりあえずお茶を買うことにした。
私の幸せな時間はすぐに終わった。
碧くんが女の子と話してる。
スタイルがよくて、目はぱっちりしてて、顔の輪郭も綺麗で、髪も艶々で、とても可愛い女の子。
私には敵うはずもない人。
もしかしたら、ただの友達かもしれない。
そう思って声を掛けることにした。
「碧くんの元カノです☆」
そうなんだ。碧くんの元彼女さんなんだ。
この子も"碧くん"なんだ。
私はどうしたらいいかわからなくなってその場を立ち去ってしまった。
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翌日、碧くんに謝られた。
昨日の件は彼女が勝手に言い出したことで、全然違うそうだ。
でも碧くんは私には見せない、男の子の顔になってた。
優しい碧くんの顔は今まで見てきた。
でもその顔は見たことなかったなーーー。
放課後、2人で牧里先生のところに写真を提出しにいった。
その写真を見るのが苦しかった。
その写真には昨日の女の子が写っていた。
メインになりそうな夕焼けを背景にしてしまうほどの美しさ。
私にはないものを、彼女は全て持っていた。
先生はその写真を認めて、碧くんは入部することになった。
なんでだろう。
嬉しいのに、嬉しくない。
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今日は碧くんは体調不良でお休みらしい。
お見舞いに行こうと思う。
たしか隣のクラスの辰巳くんと仲良かったよね。
「碧の連絡先?あー、全然いいよ。ほい。」
「あ、ありがとうございます。」
「いいのいいの。ついでに住所も教えてあげるよ。」
「え、そこまでしてもらわなくても…!」
「まぁまぁ、いいじゃん。」
「あ、ありがとう…ございます。」
「あいつ連絡しても返ってこなかったし、顔見せてやってよ。
多分茶川さんなら返事くると思う。」
「そ、そうかな。」
辰巳くんに連絡先と住所を聞いた。
スーパーに寄って、身体に良さそう物や食べやすそうな物を買った行った。
会えるかわからないのに。
碧くんの家の前に着いた、メッセージを送ってみた。
すぐに返事が来た。
思っていたより元気そうで、ちょっと安心した私は帰ろうと思った。
碧くんの部屋らしいところを見上げるとカーテンが開いた。
すぐに気づいて、碧くんが降りてきてくれた。
碧くんは体調は悪くなさそうだったけど、いつもと違うのがわかった。
優しい顔じゃない。何か悩んでる顔。苦しんでる顔。
「何かあったの?」
咄嗟に聞いてしまった。
話しをしてくれた。
駅まで送ってくれた。
きっと碧くんが悩んで苦しんでいるのは彼女のことだろう。
顔を見ればなんとなくわかる。
最低なことを言いそうになったけど、我慢した。
彼女のことで悩まないで欲しい。
彼女のことで苦しまないで欲しい。
私のことだけを見て欲しい。
でも、碧くんは彼女を見ていた。
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駅に入って電車を待っていた。
前から見たことのある人が歩いてきた。
早瀬つぐみさんだ。
思わず声をかけてしまった。
「あ、あの!」
「・・・こないだの子。どしたの?」
「いや、その、ちょっとお話があって。」
「なに?」
「み、碧くんと、何か、ありましたか?」
「・・・なんで?」
「彼、すごく悩んでたみたいだから。」
「へ〜。そうなんだ。」
「はい…。」
「でも、何かあったとしても、あなたには関係なくない?」
「そ、それはそうなんですけど、私は、碧くんの友達なので!」
「あっそう。
ちょっと言い合いになっただけ。」
「え?」
「だから、あの後ちょっと言い合いになってそのままなの!」
「あ、そ、そうなんですね。
碧くん、まだ駅の近くにいると思うんで…。」
「なにそれ。私に話かけて謝れってこと?」
「そういうわけじゃないですけど…」
「・・・わかった。駅出たらちょっと探してみる。
ありがとう。茶川さん、またね☆」
「えっ!あ、はい!」
早瀬さんが私の名前を覚えててくれた。
またねって言ってくれた。
きっと早瀬さんは良い人なんだろうな。
碧くんがあんな顔しちゃうのも、ちょっとわかるかも。
私は、あんな風にはなれない。
私のこの気持ちはそっと胸の奥にしまっておくことにした。
きっとこれから先、苦しい思いをするだろうけど、きっと大丈夫。
私は碧くんにとっての"早瀬つぐみ"にはなれない。
私の名前は茶川能登子。16歳。先月誕生日を迎えた。
趣味は読書とカメラ。特技は習字。
私の恋は、終わりを告げたーーーー。
恋する乙女は悩みが多いですね。もどかしいです。