#8
「・・・私には、何もできないと思うな。
きっと怖くて、声も出せなくて、その場から動くこともできなくて、何もせず、ただただその場にいるだけだと思う。」
「・・・・・」
「でも、その人が本当に大切な人なら、たとえその瞬間は何もできなかったとしても、私は絶対見捨てない。
一回何もできなかったとしても、相手にどう思われようとも、私は手を差し伸べると思う。」
その言葉を聞いてハッとした。
俺は早瀬を見捨てたくなかったんだ。
だからこんなに悩んで苦しんでる。
茶川さんは全然弱くなんかない。
「そっか。そうだよな。
茶川さん、ありがとう。ちょっと楽になったよ。」
「うん。私にできることがあったら何でも言ってね。」
「うん。」
茶川さんに気付かされた。
何もできなかった俺は無力だけど、それは今までの話だ。
俺は今からでも早瀬を助けようと思う。
まだ間に合うはず。
早瀬にどう思われようとかまわない。
それにまだ謝ってないし。
早瀬をそこから連れ出そうと思うーーー。
「茶川さん、やっぱり駅まで送っていくよ。もう遅いし。」
「え、あ、ありがとう。」
ーーーーーー
茶川さんを送った後、駅で1人立ち尽くしていた。
どうしたら早瀬を助けれるのか、1人で考えていた。
「何してんの?こんなところで。」
どこからともなく声が聞こえてきた。
この可愛らしい声はあいつだ。
「はや…せ…」
「ん?なに?」
「え、なんでここにいんの?」
このタイミングで早瀬に会うとは思ってなかった。
「バイトの帰り。」
「そっか、バイトしてたんだな。」
「もう高校生よ?バイトくらいするでしょ。
てか、なんでってあんたこそなんでこんなとこいんのよ。どう見ても家着だし。」
「あ〜、友達送りに来たんだ。」
「へ〜。こないだの子?」
「え、まぁそうだけど…?」
「ふ〜ん。よかったわね。」
「何がだよ…」
「別に〜。」
数十秒間沈黙が続く。
「あ、あのさ。こないだのことなんだけど。」
「なに?」
「・・・こないだはごめん。俺が悪かったよ。つい感情的になっちゃって。」
「・・・いいよ。」
「え?」
「・・・!いいよって言ってるの!なんか文句でもあるの?!」
「え、あ、いや、その許してもらえると思ってなかったから…!」
「なによそれ、私が鬼みたいじゃない。」
「いや、そういうわけじゃ…!」
「もう。
・・・私も、ぶったりして、ごめん。」
「お、おう。いいよ、そんくらい。」
「じゃあ、私帰るから。」
「あ、お、送ってくよ。近くまで。」
「・・・あっそ。好きにすれば。」
早瀬と2人で夜の街を歩く。
1年前のことを思い出す。
2人で歩いていた日。あのときは朝だった。
「ねぇ、碧くんは茶川さんのこと好きなの?」
「は?なんで?」
「送ってあげたりとかしてるじゃん。」
「いや、まぁそれは女の子だし、もう暗かったし、友達だから。」
「ふ〜ん。じゃあ私送ってるのも女の子で、もう暗いから?」
「それは…その。」
「なに?」
「は、早瀬は、その…」
「だからなによ…」
「この際だからはっきり言うけど…俺の中では、大切な人…みたいだから…。」
「はっ、なにそれ(笑)
私の顔見るだけであんなに不貞腐れてたのに。
今更そんなこと言ったって駄目だぞ〜。」
「それは、あのときはまだ立ち直れてなかったから。
でも、もう大丈夫。自分の中で色々整理できたから。」
「あっそう。」
早瀬は遠くの星を眺めながら鼻歌を歌っていた。
気のせいかもしれないが、どこか嬉しそうな気がする。
多分気のせいだけど。
「あ〜あ、私何してんだろ。」
「え?」
「なんかもう、全部嫌になっちゃった。
しがらみとかそういうの全部捨てて、どっか行きたい。
誰も私のことを知らないどっかに。」
「また急だな…。
なんで?」
「ん〜、学校もバイトも何のために行ってるんだろうってよく思うんだよね。
目指したい職業がある訳でもないし、したいことがある訳でもないし。
私、何してるんだろうって。
碧くんは思わない?」
「俺は…。そうだな〜。あんまりそこまで考えたことないかも。
まだ高1だしなーって。」
「そっか。そんなもんよね。」
「だと思う。」
「ねぇ。」
「ん?」
「どっか連れてってよ。碧くんが。」
「へ?」
突表紙もない言葉に凄まじく間の抜けた返事をしてしまった。
「碧くんにとって私は大切な人なんでしょ?」
「まぁそれはそうだけど。」
「じゃあいいじゃん。連れてってよ。」
「それは…」
「なーんてね。碧くんにそんなこと、」
「わかった。」
「…え?」
「俺が早瀬を連れ出す。
遠くは無理かもしれないけど、今早瀬がいるところから俺が連れ出す。」
「え、なに言ってるの?」
「もう決めた。早瀬がどう言おうと関係ない。
そうするって決めた。」
覚悟はできた。
「なによ、なにするのよ…?」
「さぁ、それは内緒だな。」
「なによそれ…。」
「だから、それまで待っててほしい。もう少し時間がかかるだろうけど、待っててほしい。」
「うっ、待つってなによ…。」
「まぁいいじゃん。早瀬は早瀬らしく過ごしてくれてたらいいよ。」
「もう、意味わかんない…。」
早瀬を家の近くまで送っていった。
早瀬はどこか落ち着かない様子で、慌てるように帰っていった。
覚悟はできた。
今から俺が首を突っ込もうとしてる世界はきっと綺麗な世界じゃない。
そう簡単にいかないこともわかってる。でも俺は決めた。
早瀬を今いるところから連れ出すって。
ーーーーーーー
竜胆が問いかける。
「で、相談ってなんだ?」
次の日の放課後、柊と竜胆をカフェに呼び出した。
「こないだ、早瀬が男たちに乱暴をされるところを見たんだ。
俺はそのとき何もできなかった。
でも、早瀬を助けたいと思ってる。」
「・・・どうやって?」
「我々を呼び出したからには何か策があるんだろうな?」
「策は、まだない。」
「策もなしにどうやって助けるんだ。」
「そうだぞ、碧。」
「それを、考えるのをお前らにも手伝ってほしい。」
2人とも渋い表情をしている。
それもそうだ。急に呼ばれてこんな頼み事をされて。
困惑するはずだ。
「わかった。手伝うのはかまわない。
ただ、碧に本当に覚悟があるかどうかだ。
相手はそういうことをする奴らだ。普通の連中じゃない。
覚悟はあるのか?」
「覚悟はできてる。相手が普通じゃないこともわかってる。」
「柊はどうだ?」
「無論。友の頼みだ。断るつもりなど毛頭ない。」
「2人とも、ありがとう。」
「いいってことよ。
よし、作戦考えようぜ。」
柊と竜胆。2人には本当に感謝しかない。
早瀬への被害が最小限で済むように、様々な方面から作戦を練っていく。
もう少しだけ、耐えてくれ。
絶対連れ出してみせるから。