#7
果島。
おそらく俺の人生で一番嫌いな奴だ。昔から良い噂を聞かない。
それに早瀬と・・・。
「もしもし。・・・はい。」
電話してる?誰と電話してるんだ?
盗み聞きはよくないけど、気になる。物陰に隠れて耳を澄ます。
「え~、今からですか?いや~さすがに今からは・・・」
「い、いやそういう訳じゃ・・・」
「・・・すいません。はい。はい。わかりました。つれていきます。」
「あ~くそ。そんなに早瀬に会いたいなら自分でどうにかしろよな~。こっちはデートがあんだよ!」
早瀬?会いたい?どういうことだ?
なんで果島が仲介をする必要があるんだ?果島の言う通り自分で呼べばいい。わからないな・・・。
果島のことは置いておくとしても、なんで早瀬に会う必要があるんだ?なんのために会う?やっぱりそういうことか?
気になる・・・。気になって仕方ない。それに早瀬にまだ謝ってないし、謝るチャンスがあるかもしれない。
あとをつけるしかない。
ストーカーじゃ、ないよな・・・?
果島のあとをつけること10分。早瀬が合流する。
謝るなら今がチャンスか?いや、今出て行ったら怪しまれるかもしれない。あとをつけていたことがばれる可能性もある。もう少し様子を見てみよう。
「・・・おせぇよ。何してたんだ。早く行くぞ。」
「急に呼んだのあんたらでしょ。」
どこに行く気なんだ?
二人のあとをつける。
20分ぐらい歩くと、廃工場についた。
なんだここは。どうして廃工場?ドラマか何かじゃあるまいし。こんないかにもな場所。さすがに怪しすぎるだろ。
窓だ。中が見えるかも。
「よぉつぐみちゃん!最近会ってなかったから寂しかったんだよ~!」
「そうなんですね。」
「あの~、先輩、俺もう帰っても・・・?」
「あぁ?何言ってんだ?仲間だろ?帰るなんて寂しいこと言うなよ~。」
「・・・すいません。」
様子を見る限りじゃあ、あんまり良い雰囲気じゃないな・・・。
それに、男ばかりだ。10人弱はいるだろう。
これから一体何が始まるんだ?
「よ~し!じゃあ早速始めよかつぐみちゃ~ん!お前ら~。」
「ちょっと、やめて。自分でするから。」
なんだ・・・?服を、脱いでるのか・・・?
まさかこんな人数と!?さすがにハードすぎるだろ!やっぱり早瀬は・・・
早瀬の顔が目に入った。
表情まではっきりとわかった。
あの日と同じ、苦しそうな顔をしていた―――。
俺はなんて馬鹿なんだ。
どうする?
どうしたらいい?俺に何ができる?
何かできることはないのか?
早瀬が苦しんでる。
どうにかしてこの場から…!
・・・
この場から連れ出してどうする?
走って逃げるのか?
そんなのすぐに追いつかれるに決まってる。
追いつかれてボコボコにされるのがオチだ。
俺がボコボコにされるのは百歩譲って良いとしても、それで早瀬が逃げ切れるという確証もない。
警察でも呼ぶか?
いや警察はダメだ。
早瀬のことがみんなにバレてしまう。
きっと早瀬は隠しているはずだ。
じゃあどうしたらいい?
もう何も選択肢は残っていない。
彼女を、早瀬を助けることはできない。
俺には何もできない。
俺は、無力だ。
俺は彼女を助けることも、その場から逃げることも、何もできなかった。
ただただそこに息を殺して座り込んでいただけ。
果島の後なんてつけるんじゃなかった。
早瀬に会って、話ができるかもという淡いシャボン玉の様な期待は自分の無力さと愚かさを突きつけるドロドロと濁った泥の様だった。
ーーーーーーー
何も出来なかった俺は深夜、奴らが帰ったあとにこっそりとその場を去った。
自分の無力さに腹を立て、自責の念に押しつぶされそうだった。
今日は学校に行く気分にはならなかった。
自室のベットに1日中横たわっていた。
部屋の静寂を煩わしく感じるほどに、苦しい。
昨日のことを思い出しては苦しみ、自責の念に押しつぶされそうになっての繰り返し。
この静寂はきっと俺への罰だ。
自分でその場に赴いた上、何もしなかった俺への罰だ。
神様はよく見てる。
人間はよくできてる。
嫌なことはどんどん膨れ上がっていく。
この静寂すら耳鳴りに感じる。
ケータイが鳴る。
知らないアカウントからのメッセージだ。
アイコンとIDを見てすぐわかった。
茶川さんだ。
[お疲れ様です。茶川能登子です。
辰巳君に連絡先を聞きました。勝手に聞いてごめんなさい。
体調、大丈夫ですか?]
そうか、一応体調不良という体で休んでいたんだった。
[お疲れ様。連絡ありがとう。
体調はもう大丈夫。」
当たり障りのない返事を送った。
今日は1度も外を見ていない。
もう夕方だ。
そろそろ日が落ちるころか。
カーテンを開け、外を眺める。
沈みかけの太陽が空を赤く染めていた。
視線を下に送る。
そこには茶川さんが立っていた。
目が合った。
茶川さんが慌てている。
慌てたいのは俺の方だ。
茶川さんにメッセージを送る。
[今降りるから、ちょっとまってて。]
階段を降り、サンダルを履いて玄関を開ける。
「茶川さん。わざわざうちまで来てくれたんだね。」
「え、いやその、えーっとそのいやなんていうか別に家を調べてとかじゃなくて、IDを辰巳君に聞いたときに住所も教えてくれたからそれでつい来ちゃったっていうか、その、あの、、
ごめんなさい…。」
「いやいや全然気にしてないよ。
むしろお見舞いに来てくれて嬉しいぐらいだよ。
ありがとう。」
「・・・よ、よかった。
あ、あの、これ。」
茶川さんがスーパーの袋を渡してきた。
中には身体に良さそうな物や食べやすそうな物が入っていた。
「体調悪いって聞いたから。大した物じゃないけどよかったら、食べて。」
「え、いいの?」
「う、うん。」
「ありがと。助かるよ。」
「ど、どういたし、まして。」
「明日は学校に行けると思うから。」
「それなら、よかった。」
「うん。
もう遅いし、駅まで送って行こうか?」
「ううん。大丈夫。」
「そっか。」
「ねぇ、碧君。」
「うん?」
「こんなこと聞いて、違ってたら申し訳ないんだけど。
何か悩み事とか、あったりする?」
なんだこいつは。
なんなんだ?
どうしてわかる?
「えっ、どうして?」
「なんか、その、いつもとちょっと雰囲気違うなぁって思って。
もしかしたら何か悩み事でもあるのかなって。」
「・・・そっか。
まぁあるといえばあるかな〜。」
「わ、私でよかったら。相談。のるよ…。」
彼女に伝えて何かが変わる確証なんてない。
でも、口が勝手に動いていた。
「もしも、目の前で友人や知人が酷い目に遭ってたら、茶川さんはどうする?」
能登子さん、凄いですね。なんでも見抜いちゃいます。