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灰色の紫陽花  作者: 谷本旧
6/11

#6

これはちょっとだけ昔のお話です。


まぁ読んでみればわかります!!


私は汚れている。


道端に吐かれたガムよりも、ゴミ箱に捨てられた雑巾よりも。


私は汚れている。




「何してんだ!早くしろ!」

「お父さんやめて!」

「抵抗してんじゃねぇ!」

「いやぁ!」


腕を掴まれて、服を脱がされて、押さえつけられて。抵抗すると殴られて。

この人にとって私はそういう道具でしかない。逆らう度に無力さを実感する。

怖いことに私はこの人がいないと生きていけない。世界はそういう風にできてるらしい。

誰にも知られたくない私は誰にも相談できなかった。汚れていると知られたくなかったから。


もう朝だ。学校に行かなくちゃ。シャワーを浴びるこの時間が一番嫌いだ。自分が汚れていることを実感する。洗っても洗っても落ちない汚れを皆は知っているのだろうか?いや、こんな汚れは誰も知らなくていいのかもしれない。


誰にも気づかれないように、悟られないようにしてきた。これからもそうするつもり。

学校に向かう。通学路を歩く。世間はクリスマスで賑わってる。


「つぐみおはよ~!」

「おはよ~遥。」

「ねぇ昨日のドラマ見た??」

「あ、忘れてた・・・!」

「ちょっと~~!」


友達に会ったらいつも通りに振る舞う。

これが一番大事。友達という生き物は感情の変化に敏感な生き物だ。気をつけなきゃいけない。

今日もいつも通り、一日を終えなくちゃ行けない。




一日が終わり、放課後。

晩御飯の買い出しをするためにスーパーに立ち寄る。


「(今日は豚肉が安いのか)」

「早瀬・・・だよな?」


後ろから声が聞こえる。振り返ると学ランを着た少年と、少年の手を握った女の子がいた。


「あ、おれ、隣のクラスの綱志っていうんだけど、わかるかな・・・?」

「あ~、顔くらいならわかるかな~。ごめんね!」

「いやいいのいいの!急に声かけてごめん!」

「ううん。大丈夫。・・・妹さん?」

「そう。」

「可愛いね。」

「そうか?わがままでおてんばで毎日困ってる。」


女の子が私を見つめてくる。


「ねぇねぇ!お兄ちゃん!この人誰~?お兄ちゃんのカノジョ~?」

「は?違うって!変なこと言うなあき!ごめんな早瀬。」

「あはは。おませさんだね。」

「お兄ちゃん、あき、おなかへった~!」

「あぁ~、もうこんな時間だ。俺から声かけといてあれだけど、もう行かなくちゃ。」

「大丈夫。」

「じゃあ、また明日。」

「うん。」


声を掛けてきた綱志君と妹の緋ちゃんは、幸せそうだった。

私も、そうなりたかった。




夕方。ご飯を作っていると、あの人が帰ってくる音がする。錆ついた階段をゴンゴンと鳴らし、上ってくる。


古いドアが軋みながら開く。


「帰ったぞ。・・・何してんだ?」

「・・・ご飯作ってる。」

「おぉ、そうかそうか。確かに腹が減ったなぁ~。」


嫌な目でこっちを見てくる。


「そうなんだ。」

「なんだよ。わかってんだろ?」

「・・・何が?」

「いいから早く脱げっっ!!」

「きゃっ!!」


腕を掴まれて、服を脱がされて、押さえつけられる。

外はまだ明るい。カーテンを閉める間もなく、ことが始まる。


綺麗な夕焼けが見える。


夕焼けはあんなに綺麗なのに。



翌日。


また朝が来た。


シャワーを浴びて、髪を整えて、制服を着て、学校に行く。

今日もいつも通り過ごさなきゃ。


通学路を歩いていると聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。


「お〜い早瀬〜。」


振り返ると綱志君がいた。

遥はテニス部で朝練がない日だけ一緒に登校している。

いつもこの道のこの時間帯は誰にも会うことはない。


「おはよう、綱志君。」

「お、おはよう。」

「こんなところで会うなんて中々珍しいね〜。

 綱志くん、部活入ってなかったっけ?」

「あ〜。辞めたんだよね、陸上部。」

「え、そうなの?なんで?」

「ん〜、なんか先輩と方針で揉めちゃってさ。そのまま流れと勢いで…みたいな。」

「へ〜、そうなんだ。

 辞めちゃったみたいだけど、結構熱いところもあるんだね。」

「え?いやいやそんなことないって。

 最近全然走ってないし。」

「ふ〜ん。まぁのんびりできていいじゃん!

 私にも会えたんだし☆」

「まぁ…それもそうかな…?」

「あらら、随分と素直じゃ〜ん。」


「あ、あのさ。」

「なに?」

「その〜。碧で・・・いいよ。」

「え?」

「いや。深い意味はないんだけど、綱志ってほら、あの~、呼びにくいじゃん?だからその~・・・」

「…わかった!よろしくね、碧君!」

「お、おう!」


それから週に数回、碧君に朝会うようになった。

遥が朝練でいないときは大体一緒に登校している。


「テストどうだった?」

「う~ん。微妙かな~。碧君は?

「俺もあんまりかな~。社会なんて山が外れて大変だったわ~。」


時間を決めてる訳でも、約束をしている訳でもない。不思議と、朝ばったり会うようになってる。

もしかしたら、そうなるようにお互いが調整しているのかもなんて、考えたりもした。

違うってわかってても、そう思いたかった。彼と話している間は気が楽になるというか、落ち着いて過ごすことができたから。

気づいたら、心の拠り所にしていた。




年が明け、冬も終わりに近づいた春休みのある日。私の携帯に電話がかかってくる。


「もしもし?」


知らない番号だった。


「あ~、早瀬さん?今大丈夫かな?」

「・・・誰ですか?」

「わかんない?俺だよ。果島だよ。」

「・・・なんで知ってるの?番号。」


果島。

中学の同級生の中でも1番評判の悪い男の子。

女癖が悪くて、節操なく誰にもでもとりあえず手を出すらしい。

最近は良くない先輩達とも付き合い出したらしくて、より評判が悪くなった。

よりにも寄ってどうしてそんな人から電話が…?


「そんなのどうでもいいじゃん!あのさ、お願いがあるんだけどさ~。」

「・・・何?」

「先輩がさ~、早瀬さんに会いたいって言ってるんだよ~。」

「・・・どうして?それに先輩って誰?」

「いや~、細かいことは良いじゃん!!俺がさ、かわいい子がいるって言ったら、会いたいってしつこくてさ~!だから、お願い!ほんとに会うだけだから!」

「・・・嫌だって言ったらどうなるの?」

「ん~~!どうなるんだろ~!あ、そういえばさ、今、早瀬さんのお友達の遥ちゃんも一緒にいるんだよね~。」

「・・・!?何で遥が!?どういうこと!?」

「さぁ~?来てみたらわかるんじゃない?」

「どこにいけばいいの?」

「メールで住所送るわ~!じゃ、よろしくね~!」

「・・・わかった。」


何が起きてるかはよくわかってない。

でも遥が危ないのだけはわかる。遥は私の大切な友達。私が行って助かるなら。行かなくちゃ。


送られた住所の場所に走っていく。風が凄く冷たい。吐いた息も白くなる。


ついたのは廃工場。急いで中に入る。


よく考えればよかった。


「遥!?」

「お!ほんとに来たじゃん!果島~!お前やっぱり良い奴だな~!」

「あはは。ありがとうございます~。」

「遥は!?どこなの!?」

「え?あ~、それ嘘だから、心配しなくて大丈夫だよ。」

「え?嘘?何?どういうこと?」

「だって~、そうでも言わないと来てくれなさそうだったからさ~。それより自分の心配したら?」

「は?」


気づいたら男たちに囲まれてた。

よく考えればよかった。


「よし、脱がせ。」

「うぃ~っす。」

「ちょっと!やめてよ!」

「はぁあ?何言ってんだお前?好きなんだろ?」

「何言ってんのよ、」

「親父とするぐらいだもんなぁあ?そりゃあそうだよなぁ?なぁ、お前ら?」

「なんで・・・?」

「なんでだってよ、果島。」

「あ~、見ちゃったんだ~、たまたま。」


あの日だ。

カーテンの空いてたあの日。まだ明るかったあの日。


「ほら、早くやっちゃおうぜ!」


私は何もできなかった。

何人もの男に囲まれて、好き勝手にされて。


何もできなかった。


私は、また汚されてしまう。


全員満足したのか、朝方には解放された。


汚れた体で私も帰路につく。


もう何も考えたくない。もう、何もしたくない。


もう疲れた。


もう、死にた


「早瀬!何してんだ?こんな朝早くから?」


彼の声が聞こえた。


「………碧君こそ、こんな時間から何してるの?」

「あ〜、なんか久しぶりに走りたくなってさ。ランニングしてて、丁度帰るとこ。」



安心したのか、気づいたら涙が溢れていた。



「おいおい、どうしたんだよ?!なんだ?お腹でも痛いのか?」

「ううん。なんでもないの。ただ、碧君の声聞いたら安心しちゃって。」

「え、いや、それは、まぁ光栄なことではあるけど・・・!大丈夫なのか?って大丈夫じゃないから泣いてんだよな。あ~、どうしたらいいんだ~。う~ん。よし!俺は何も聞かない!から、早瀬も何も言わなくていい!そのかわり、落ち着くまで側にいる。」

「あはは。ありがとう。」


この時、私は確信した。彼のことが。好きなんだと。



だいぶ時間が経った。


「もう、大丈夫か?」

「うん。ありがとう。碧君は何で、私にそんなに優しくしてくれるの?」

「え?そりゃあ、あれだよ。あの~、女の子には優しくするもんだし。親父にそう教えられた。」

「そっか。」

「おう。」

「私もう行くね。今日はありがとう。じゃあ、また学校で。」

「おう。またな。」


碧君と別れて家に帰る。


言いたかった。助けてって。

言えなかった。助けてって。

彼をこんな汚い世界に引き込みたくなかった。


巻き込みたくなかった。



春がきて、桜が咲いて、散って、五月になって、もう六月。


相変わらず私は汚れたままで、父親にも、あの連中にも逆らうことを辞めていた。

あの時、動画を撮っていたらしく、それで脅されていた。私が汚れていることをばらすと言われた。


誰にも知られたくなかった私は、心を殺して従うことを選んだ。そうすれば、誰にも汚れた私を知られることはないから。

彼には知られたくなかったから。



ここ4日間、雨が降り続けている。


通学路には紫陽花が咲いてる。


「おはよう、碧君!」

「おはよう、早瀬。」


今日も碧君と他愛もない会話をする。


今日は碧君が、一緒に帰ろうと誘ってくれた。


昼休み。果島に呼ばれた。


ことが済み、教室に帰る。


今日は碧君と一緒に帰れる。


放課後が楽しみなのは久しぶりだった。





雨が降ってる。





校門で彼が来るのを待つ。





空は灰色。





「果島と付き合ってんの?」






私は瞬時に理解した。全て失ったことを。



それを理解した私は、彼に言った。


「え、付き合ってないよ?どうしたの急に?」

「急にそんなこと言われても困るんだけど?てかなんで果島?」

「昼休みに二人でいるのをみたから。」

「あ~あれか。」

「それみて、付き合ってるんじゃないかって。」


まるで当たり前かのように。それが当然であるかのように。私は言った。






「違う違う~。あれはセックスしてただけだよ。」






これ以上、彼にすがってはいけないから。


彼をこんな世界に引きずりこんではいけないから。


これ以上、私と一緒にいちゃいけない。



私といると、彼まで、汚れてしまいそうだったから。



今回はめちゃくちゃ重たかったですよね。わかります。私もそう思いました。


碧にあんなことを言った理由はこれでした。



世界は本当に残酷です。

では、7話でまた会いましょう。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど あの言葉にはそんな意味があったんですね 途中のアジサイは関係があるのか 作者様がどのような色を想像されたか 気になりますねぇw
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