#6
これはちょっとだけ昔のお話です。
まぁ読んでみればわかります!!
私は汚れている。
道端に吐かれたガムよりも、ゴミ箱に捨てられた雑巾よりも。
私は汚れている。
「何してんだ!早くしろ!」
「お父さんやめて!」
「抵抗してんじゃねぇ!」
「いやぁ!」
腕を掴まれて、服を脱がされて、押さえつけられて。抵抗すると殴られて。
この人にとって私はそういう道具でしかない。逆らう度に無力さを実感する。
怖いことに私はこの人がいないと生きていけない。世界はそういう風にできてるらしい。
誰にも知られたくない私は誰にも相談できなかった。汚れていると知られたくなかったから。
もう朝だ。学校に行かなくちゃ。シャワーを浴びるこの時間が一番嫌いだ。自分が汚れていることを実感する。洗っても洗っても落ちない汚れを皆は知っているのだろうか?いや、こんな汚れは誰も知らなくていいのかもしれない。
誰にも気づかれないように、悟られないようにしてきた。これからもそうするつもり。
学校に向かう。通学路を歩く。世間はクリスマスで賑わってる。
「つぐみおはよ~!」
「おはよ~遥。」
「ねぇ昨日のドラマ見た??」
「あ、忘れてた・・・!」
「ちょっと~~!」
友達に会ったらいつも通りに振る舞う。
これが一番大事。友達という生き物は感情の変化に敏感な生き物だ。気をつけなきゃいけない。
今日もいつも通り、一日を終えなくちゃ行けない。
一日が終わり、放課後。
晩御飯の買い出しをするためにスーパーに立ち寄る。
「(今日は豚肉が安いのか)」
「早瀬・・・だよな?」
後ろから声が聞こえる。振り返ると学ランを着た少年と、少年の手を握った女の子がいた。
「あ、おれ、隣のクラスの綱志っていうんだけど、わかるかな・・・?」
「あ~、顔くらいならわかるかな~。ごめんね!」
「いやいいのいいの!急に声かけてごめん!」
「ううん。大丈夫。・・・妹さん?」
「そう。」
「可愛いね。」
「そうか?わがままでおてんばで毎日困ってる。」
女の子が私を見つめてくる。
「ねぇねぇ!お兄ちゃん!この人誰~?お兄ちゃんのカノジョ~?」
「は?違うって!変なこと言うな緋!ごめんな早瀬。」
「あはは。おませさんだね。」
「お兄ちゃん、あき、おなかへった~!」
「あぁ~、もうこんな時間だ。俺から声かけといてあれだけど、もう行かなくちゃ。」
「大丈夫。」
「じゃあ、また明日。」
「うん。」
声を掛けてきた綱志君と妹の緋ちゃんは、幸せそうだった。
私も、そうなりたかった。
夕方。ご飯を作っていると、あの人が帰ってくる音がする。錆ついた階段をゴンゴンと鳴らし、上ってくる。
古いドアが軋みながら開く。
「帰ったぞ。・・・何してんだ?」
「・・・ご飯作ってる。」
「おぉ、そうかそうか。確かに腹が減ったなぁ~。」
嫌な目でこっちを見てくる。
「そうなんだ。」
「なんだよ。わかってんだろ?」
「・・・何が?」
「いいから早く脱げっっ!!」
「きゃっ!!」
腕を掴まれて、服を脱がされて、押さえつけられる。
外はまだ明るい。カーテンを閉める間もなく、ことが始まる。
綺麗な夕焼けが見える。
夕焼けはあんなに綺麗なのに。
翌日。
また朝が来た。
シャワーを浴びて、髪を整えて、制服を着て、学校に行く。
今日もいつも通り過ごさなきゃ。
通学路を歩いていると聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「お〜い早瀬〜。」
振り返ると綱志君がいた。
遥はテニス部で朝練がない日だけ一緒に登校している。
いつもこの道のこの時間帯は誰にも会うことはない。
「おはよう、綱志君。」
「お、おはよう。」
「こんなところで会うなんて中々珍しいね〜。
綱志くん、部活入ってなかったっけ?」
「あ〜。辞めたんだよね、陸上部。」
「え、そうなの?なんで?」
「ん〜、なんか先輩と方針で揉めちゃってさ。そのまま流れと勢いで…みたいな。」
「へ〜、そうなんだ。
辞めちゃったみたいだけど、結構熱いところもあるんだね。」
「え?いやいやそんなことないって。
最近全然走ってないし。」
「ふ〜ん。まぁのんびりできていいじゃん!
私にも会えたんだし☆」
「まぁ…それもそうかな…?」
「あらら、随分と素直じゃ〜ん。」
「あ、あのさ。」
「なに?」
「その〜。碧で・・・いいよ。」
「え?」
「いや。深い意味はないんだけど、綱志ってほら、あの~、呼びにくいじゃん?だからその~・・・」
「…わかった!よろしくね、碧君!」
「お、おう!」
それから週に数回、碧君に朝会うようになった。
遥が朝練でいないときは大体一緒に登校している。
「テストどうだった?」
「う~ん。微妙かな~。碧君は?
「俺もあんまりかな~。社会なんて山が外れて大変だったわ~。」
時間を決めてる訳でも、約束をしている訳でもない。不思議と、朝ばったり会うようになってる。
もしかしたら、そうなるようにお互いが調整しているのかもなんて、考えたりもした。
違うってわかってても、そう思いたかった。彼と話している間は気が楽になるというか、落ち着いて過ごすことができたから。
気づいたら、心の拠り所にしていた。
年が明け、冬も終わりに近づいた春休みのある日。私の携帯に電話がかかってくる。
「もしもし?」
知らない番号だった。
「あ~、早瀬さん?今大丈夫かな?」
「・・・誰ですか?」
「わかんない?俺だよ。果島だよ。」
「・・・なんで知ってるの?番号。」
果島。
中学の同級生の中でも1番評判の悪い男の子。
女癖が悪くて、節操なく誰にもでもとりあえず手を出すらしい。
最近は良くない先輩達とも付き合い出したらしくて、より評判が悪くなった。
よりにも寄ってどうしてそんな人から電話が…?
「そんなのどうでもいいじゃん!あのさ、お願いがあるんだけどさ~。」
「・・・何?」
「先輩がさ~、早瀬さんに会いたいって言ってるんだよ~。」
「・・・どうして?それに先輩って誰?」
「いや~、細かいことは良いじゃん!!俺がさ、かわいい子がいるって言ったら、会いたいってしつこくてさ~!だから、お願い!ほんとに会うだけだから!」
「・・・嫌だって言ったらどうなるの?」
「ん~~!どうなるんだろ~!あ、そういえばさ、今、早瀬さんのお友達の遥ちゃんも一緒にいるんだよね~。」
「・・・!?何で遥が!?どういうこと!?」
「さぁ~?来てみたらわかるんじゃない?」
「どこにいけばいいの?」
「メールで住所送るわ~!じゃ、よろしくね~!」
「・・・わかった。」
何が起きてるかはよくわかってない。
でも遥が危ないのだけはわかる。遥は私の大切な友達。私が行って助かるなら。行かなくちゃ。
送られた住所の場所に走っていく。風が凄く冷たい。吐いた息も白くなる。
ついたのは廃工場。急いで中に入る。
よく考えればよかった。
「遥!?」
「お!ほんとに来たじゃん!果島~!お前やっぱり良い奴だな~!」
「あはは。ありがとうございます~。」
「遥は!?どこなの!?」
「え?あ~、それ嘘だから、心配しなくて大丈夫だよ。」
「え?嘘?何?どういうこと?」
「だって~、そうでも言わないと来てくれなさそうだったからさ~。それより自分の心配したら?」
「は?」
気づいたら男たちに囲まれてた。
よく考えればよかった。
「よし、脱がせ。」
「うぃ~っす。」
「ちょっと!やめてよ!」
「はぁあ?何言ってんだお前?好きなんだろ?」
「何言ってんのよ、」
「親父とするぐらいだもんなぁあ?そりゃあそうだよなぁ?なぁ、お前ら?」
「なんで・・・?」
「なんでだってよ、果島。」
「あ~、見ちゃったんだ~、たまたま。」
あの日だ。
カーテンの空いてたあの日。まだ明るかったあの日。
「ほら、早くやっちゃおうぜ!」
私は何もできなかった。
何人もの男に囲まれて、好き勝手にされて。
何もできなかった。
私は、また汚されてしまう。
全員満足したのか、朝方には解放された。
汚れた体で私も帰路につく。
もう何も考えたくない。もう、何もしたくない。
もう疲れた。
もう、死にた
「早瀬!何してんだ?こんな朝早くから?」
彼の声が聞こえた。
「………碧君こそ、こんな時間から何してるの?」
「あ〜、なんか久しぶりに走りたくなってさ。ランニングしてて、丁度帰るとこ。」
安心したのか、気づいたら涙が溢れていた。
「おいおい、どうしたんだよ?!なんだ?お腹でも痛いのか?」
「ううん。なんでもないの。ただ、碧君の声聞いたら安心しちゃって。」
「え、いや、それは、まぁ光栄なことではあるけど・・・!大丈夫なのか?って大丈夫じゃないから泣いてんだよな。あ~、どうしたらいいんだ~。う~ん。よし!俺は何も聞かない!から、早瀬も何も言わなくていい!そのかわり、落ち着くまで側にいる。」
「あはは。ありがとう。」
この時、私は確信した。彼のことが。好きなんだと。
だいぶ時間が経った。
「もう、大丈夫か?」
「うん。ありがとう。碧君は何で、私にそんなに優しくしてくれるの?」
「え?そりゃあ、あれだよ。あの~、女の子には優しくするもんだし。親父にそう教えられた。」
「そっか。」
「おう。」
「私もう行くね。今日はありがとう。じゃあ、また学校で。」
「おう。またな。」
碧君と別れて家に帰る。
言いたかった。助けてって。
言えなかった。助けてって。
彼をこんな汚い世界に引き込みたくなかった。
巻き込みたくなかった。
春がきて、桜が咲いて、散って、五月になって、もう六月。
相変わらず私は汚れたままで、父親にも、あの連中にも逆らうことを辞めていた。
あの時、動画を撮っていたらしく、それで脅されていた。私が汚れていることをばらすと言われた。
誰にも知られたくなかった私は、心を殺して従うことを選んだ。そうすれば、誰にも汚れた私を知られることはないから。
彼には知られたくなかったから。
ここ4日間、雨が降り続けている。
通学路には紫陽花が咲いてる。
「おはよう、碧君!」
「おはよう、早瀬。」
今日も碧君と他愛もない会話をする。
今日は碧君が、一緒に帰ろうと誘ってくれた。
昼休み。果島に呼ばれた。
ことが済み、教室に帰る。
今日は碧君と一緒に帰れる。
放課後が楽しみなのは久しぶりだった。
雨が降ってる。
校門で彼が来るのを待つ。
空は灰色。
「果島と付き合ってんの?」
私は瞬時に理解した。全て失ったことを。
それを理解した私は、彼に言った。
「え、付き合ってないよ?どうしたの急に?」
「急にそんなこと言われても困るんだけど?てかなんで果島?」
「昼休みに二人でいるのをみたから。」
「あ~あれか。」
「それみて、付き合ってるんじゃないかって。」
まるで当たり前かのように。それが当然であるかのように。私は言った。
「違う違う~。あれはセックスしてただけだよ。」
これ以上、彼にすがってはいけないから。
彼をこんな世界に引きずりこんではいけないから。
これ以上、私と一緒にいちゃいけない。
私といると、彼まで、汚れてしまいそうだったから。
今回はめちゃくちゃ重たかったですよね。わかります。私もそう思いました。
碧にあんなことを言った理由はこれでした。
世界は本当に残酷です。
では、7話でまた会いましょう。