#2
雨が降ってる。土砂降りだ。
周囲の音をかき消すほどに。
あの音はかき消さなかったくせに、俺の泣いてる声はかき消しやがる。
今になって音をかき消す。
意味のない雨だ。
予鈴が鳴ったのに動けない。
今動いて、あいつらに合流したらどうする?
どんな顔をしたらいい?泣きじゃくってぐしゃぐしゃな顔だ。
「なぁ碧。今日はもう帰るか?」
竜胆の優しさが身に染みる。痛いほどに。
「いや、帰らない。あいつと約束してるから。」
「碧・・・。」
「なぁ、無理して会う必要があるのか?」
「そうだぞ碧。もっと良い奴がいるはずだ。」
「誘ったのは俺だし、約束は守る。」
「そうか。無理すんなよ。今日は野球部休みだし、なんかあったら連絡しろよ。」
「そうだ。俺たちを頼れ。」
「あぁ。ありがとう。教室、戻ろうぜ。」
「だな。」
涙を拭って教室に向かう。
遅れて入るのは初めてかもしれない。
教室のドアを開ける。みんなに注目されている。
当たり前だ。遅れて入ったんだから。
「おい綱志!何してたんだ!早く席付け!」
「はい。すいません。」
席についてみると、意外と落ち着いていることに気づいた。
あれだけ泣いたんだ。そりゃ落ち着く。それに嫌なほど冷静だ。
午前とは違って、授業がよく耳に入ってくる。
きっと考えないようにしてるんだ。頭から存在を消すことに必死で他のことに意識を無理矢理向けているんだ。
自覚はしている。ただ逃げているだけだって。
でも、今は逃げさせてくれ。今だけは。
後で向き合うから。今だけは。
午後の授業が終わった。
放課後だ。
荷物をまとめて、校門に向かわなきゃいけない。
心臓が握りつぶされそうだ。
本当ならこんな気持ちで向かうはずじゃなかった。
でも確かめなきゃいけない。
もしかしたら二人は付き合ってるのかもしれない。
もし本当にそうなら、場所はどうであれ、あの行為に問題はない。
靴箱についてあいつの靴を確認する。
もう校門にいるみたいだ。
靴箱から校門までが遠い。今朝の60mはこんなに遠くなかった。
校門が近づくと苦しくなる。
胸に咲いた灰色の何かが俺の心臓を締め付ける。
校門に傘をさして立っている。
「お~い!」
手を振ってる。
その手は何を触った手だ?
「遅いよ~。何してたの?」
喋ってる。
その口は何をした口だ?
こいつが何かするたびに考えてしまう。
まるで呪いだ。一生祓えない呪い。そんな気がする。
「ごめん。今日日直で黒板綺麗にしてた。」
なんだこの下らない嘘は?
「早かったんだな。そっちは」
「うん~。部活休みだし、委員会も入ってないしね~。」
「そっか。」
「うん。碧君は日直お疲れ様です!」
「ありがと。」
「いえいえ~~!」
「・・・」
「雨、止まないね~。午後は晴れる~とか言ってたのに。天気予報はあてになんないね~。」
「そうだな。」
「碧君は今日帰ったら何するの?」
「さぁ。決めてない。」
「ふ~ん。」
「そっちは?」
「ん~。私も決めてないかな~。参考にしようと思って聞いたの。」
「そっか。」
「うん。」
「・・・。ねぇなんかあったの?」
「え?」
「元気ないからさ。何かあったのかな~って。」
そうだ。俺は何してんだ。聞くんだ。確かめるんだ。
「あぁ。あったよ。」
「ほらやっぱり~。私でよかったら、」
「なぁ、果島と付き合ってんの?」
聞いた。俺は聞いた。
あとは答えを待つだけ。
答えが俺の予想通りなら、
「え、付き合ってないよ?どうしたの急に?」
付き合ってない?どうして?
答えはもうわかってる。
昼休みにあんな事をする仲なのに?
どうして?
答えはわかってるだろ。
二人はそういう”仲"なんだ。
「急にそんなこと言われても困るんだけど?てかなんで果島?」
「昼休みに二人でいるのをみたから。」
「あ~、あれか…」
「それみて、付き合ってるんじゃないかって。」
「違う違う~。あれはセックスしてただけだよ。」
「は?」
「ん?何?」
「いま、なんて?」
「同じこと言わせないでよ~。セックスしてたの~。果島の奴しつこいからさ~。」
そうか。こいつにとってはその程度のことだったんだ。
そうか。
そう、だったのか。
やっぱり、俺が思ってるより世間は汚れているらしい。
驚くのも馬鹿馬鹿しくなった。
「え?何?碧君もそんな感じ?」
「違う。」
違う。
俺はそんなことのために好きになったんじゃない。
俺は純粋に…
我慢していた感情が、抑え込んでいた感情が、こみ上げてくる。
「俺は、早瀬のことが好きだ。そういうことをしたいから好きなんじゃない。早瀬だから、好きなんだ。」
あんな奴と同じだと思われたことに腹が立った。
「そっか。ありがとう。」
「本当の早瀬を知っても、まだ好きなんだ。どうしてかはわからない。でも好きなんだ。」
どうしてかはわからない。本当にわからない。
でも嫌いになるはずもないんだ。
今までの気持ちは全部本物だから。
「うん。」
「早瀬の小さい手が好きだ。早瀬のちょっと怒った顔も、早瀬の笑った顔も好きだ。早瀬のことが、好きなんだ。」
「そっか。」
「だから、諦めさせてくれ。」
「・・・。
碧君って、女々しいんだね。なんかすごい必死だし。私、そういう人はちょっと無理かも。
ごめんね。」
「・・・わかった、ありがとう。」
これは情けだ。
俺の見苦しい姿を見て、早瀬が同情している。
これは彼女なりの情けなんだろう。
「じゃあ私先帰るね。」
全て終わった。
これで、もう、終わったんだ。全部。
何事もなかったように去っていく早瀬は妙に大人びて見えた。
汚くて醜い大人のように。
通学路には紫陽花が咲いている。
灰色の空に反抗するように、街を彩っている。
まるで俺とは”違うぞ”と語っているようだった。
通学路に咲いた紫陽花が、今日は汚くみえた。
---高校1年生。15歳の春。
地元から10駅ほど離れた高校に電車で通ってる。
竜胆や柊も同じ高校だ。
俺と柊は背が伸びたくらいで大した変化はないけど竜胆が凄い。
野球を辞め、金髪に染めてピアスを開けるなんて。
180cm近くある身長も相まってかなりの確率でヤンキーに間違われる。
シンプルに怖い。
「おい碧~!」
噂をすればだ。
「柊は?」
「先に学校行ってるってよ。」
「なんだまたパソコンか。俺には無理だな~、あぁいうの。」
「俺もだよ。なんかその気になったらハッキングできるとかなんとか言ってた。」
「ははは!なんだそれ!そんなの無理に決まってんだろ~!」
「だよな~、漫画じゃないんだし。」
「あ、あの!」
女の子の声だ。わざわざ振り向かなくてもわかる。この緊張で少しこわばったような声は、茶川さんだ。
「綱志君、お、おはよう!」
「・・・。おはよう。茶川さん。」
「う、うん。じゃぁ教室で・・・!」
恥ずかしそうに走っていく。
「クラスメイト?」
「うん。」
「なんか、わかりやすい子だな。」
「まぁ、そうだな…」
彼女の好意には薄々気づいていた。
気づいていたけど、気づかないようにしていた。
あの日のことを思い出すから。
それに何か好意を抱かれるようなことをした覚えがない。
何故好意を抱かれているのかわからない。
わかりたくもない。
知りたくもない。ほんとのことなんて。
「しかし、お前も隅に置けないない奴だな〜。」
「何がだよ。」
「入って1ヶ月でもう女子生徒を1人落とすなんて、俺には無理だな〜。」
「っ!落としてないっての!」
「え〜そうか〜?お前も満更じゃなさそうな顔してたぞ?」
「違うっつーの!」
あの日以来、本当のことを知るのが怖い。
俺が思っているより世の中は汚れているんだ。
また傷つくなんて御免だ。
(てかさ~・・・)
(え~・・・・)
知らない女子高生が友達と話してる。なんてことない光景だ。
気に留めるようなことは、何もない。
何も・・・?
「あ!碧君じゃ~ん!久しぶり~!」
蘇る。
あの声が。
蘇る。
あの顔が。
あの光景が。
蘇る---。
「西校だったんだね~、碧君。
私東校なんだ~。って、制服みればわかるか!」
「ねぇつぐみ、誰?」
「中学の同級生~。」
「ふ~ん。元カレ?」
「も~そんなんじゃないって~。」
「え~ほんと~?怪しいな~。」
「やめてよ~!」
目の前ではしゃいでる。
お前は何も気にせず過ごしていたんだろう?
俺のことなんて気に留めることなんて一度もなかったんだろ?
そうなんだろう?
「早瀬…」
「おい。なんか用か?」
竜胆が問いかける。
「え、もしかして竜胆君!?
変わりすぎてわかんなかったよ~!
見た目完璧にヤンキーじゃ〜ん!」
「なんか用かって聞いてんだ。答えろ。」
「・・・何?なんでそんな怒ってんの?」
「ちっ。」
「うわ、感じ悪いぞ~、竜胆君!」
「もういいだろ。行こうぜ碧。」
「あ、あぁ。」
何も、喋れなかった。
「もしかして、まだ気にしてんの?
相変わらず、女々しいんだね。碧君。」
そう言い残して去っていく。あの日と同じ光景だ。
世界が急に冷たくなった気がする。
いや前から冷たかった。気づかなかっただけだ。
どうしてあいつはまた現れたのか。
必死に忘れようとしていたのに。
どうしてあいつは。
どうしてあいつは、あんなに、可愛いんだ・・・。
読んでいただきありがとうございます。
今回は前回よりほんのすこーし軽めでかいたつもりです・・・。
ここから物語が少しづつ動いていきます。
人との繋がりや関わりが増えていき、碧の物語は、青春はどう動いていくのか・・・