小さな夏の夜 【月夜譚No.103】
大きな浴衣の背中を追いかけて、人の波を歩く。楽しそうな人のざわめきと共に、笛と太鼓の御囃子が宙を舞う。屋台から漂う美味しそうな香りと、赤く吊るされた提灯。
いつもは静かな神社の境内は、一夜の祭りに華やいでいた。その雰囲気と普段は着ない浴衣の相乗効果で、自然と心も身体も浮き立つ。
そんな浮かれた気持ちのせいだろうか。草履の先が石畳に蹴躓き、身体が前に傾いだ。思うように足を動かせずに転ぶものと目を瞑った彼女だったが、そうはならなかった。
そうっと目を開けてみると、先を歩いていたはずの彼が目の前にいて、彼女の肩を抱き留めてくれていたのだ。目が合った途端、二人同時に顔を赤くして、慌てたように身体を離す。
「…………大丈夫?」
小さく、けれど周囲の音に消されることなく、彼女の耳に心配そうな声が届いた。
彼女が小さく頷いてみせると、今度は大きな掌が差し出された。彼女は嬉しさと照れで口元を波立たせてから、そっとその手を取った。
祭りの夜は、まだまだこれからだ。