4話
リーダーであろう男に抱えられ薄れゆく意識の中でミリオが最後に見たものはフードを目深に被ったベネディクトの身体から溢れる赤いオーラと鬼のような形相だった。
目が覚めた時にはベッドの上に横たわっておりその側でベネディクトが微睡みの中に落ちていた。
あれから自分に何があったのか記憶を辿るが全く覚えてなく、おまけに腹の虫が元気よく音を立てていた。
その音に気づいたのかそれとも初めから寝てなどいなかったのかベネディクトが自分の顔を見つめて一言
「どこか異常はないか?」
と語りかけてきた。
異常は無いがある意味異常と言える腹の虫の音が再度静寂が流れるこの空間に響き両者に笑みが浮かび
「腹が減っているのは元気な証拠だ。さて下に降りて飯にしようか」
そう言って部屋を出る賢者の後について行きこの日の夕食を腹にかき込む。
「そんなに慌てて食べると喉に詰まらせるぞ。食事は逃げないのだからもう少しゆっくりと食べるんだ。」
物言いは賢者らしく無く時に彼をよく知らない人間からは誤解を受けやすいが情に厚く常に冷静に物事を見ている
ミリオの中の[賢者ベネディクト]はこの様な評価であったが意識を失う前に見た感情を抑えず怖いとさえ感じたあの光景もまた目の前にいる[賢者]の一面なのだろうと思った。少なくとも自分に対する悪意は感じられないので彼の言う様にゆっくりと食事を進めるのであった。
空腹が満たされるとさっきまで寝ていた筈なのに睡魔が襲ってきたのであった。
眠たい目を擦りながら睡魔に抗っていたがその様子を見ていたベネディクトが
「今日はお前にとって色々なことがあったのだから眠たくなるのも仕方がない。さぁ、部屋に戻ってもう寝なさい。」
今日あった出来事で話したいことは沢山あったが眠気には勝てないので大人しく部屋に戻ってベッドに入り眠気に身を任せるのであった。
翌日目が覚めると窓からは陽光が差し鳥達の囀りが響き渡っていた。
まだ少し眠たい目を擦りながら自分が今唯一頼れる人間を探すために部屋を見回すが隣のベッドにも昨日目が覚めた時に座っていた椅子にもその人の姿はなく、言葉にできない恐怖が身体に絡みついてくるのを感じてベッドの上で泣き崩れてしまった。
どの位時間が経ったのかは分からないが、部屋の扉を開ける音がして急いでそちらへ視線を向けると探していた男がそこに立っていて疲れた様子で大きく息を吐いていた。それでもすぐにベッドへ視線を向けて自分が守るべき希望の様子を伺うのだが、そこには目を赤く腫らした「希望」がいた。
何があったのかと問いかけるが返ってきた答えが
[目が覚めた時に1人だったので捨てられたのかと不安になった]
というものだったので友の残した「希望」に対して
「何があっても俺はお前を見捨てたりしない。それはお前が勇者の後継者だからとか世界の希望だからとかそんなどうでもいい事ではなく。お前があいつの、俺の親友の子供だからだ!俺はバートの事を本当の兄の様に思っていた。ただのチンピラだった俺を賢者と呼ばれるまでに道を示してくれた。だから俺はあいつには返しきれない恩がある。その兄が最後に俺にお前を託し道を示した。だから・・・あーもうっ!こんな回りくどい言い方ではなくてだな簡単に言うと俺もお前の事を実の子供の様に思っている。だから親が子供を見捨てるわけはない!それにお前は俺にとっての希望なんだ。」
そう自信たっぷりに胸を張っている姿はとても世間では高名な賢者と言われている知恵者とは思えなく思わず涙と笑いがこみ上げてきた。
彼の纏うオーラが慈愛に満ちていたからというのも大きな理由かもしれない。
「とまぁこの話はここまでにしてこれからの話をしよう。」
そう言うベネディクトを見て頷きで返事を返し話を前へと進める。
「先ずはここから馬車で3日かかるアードックへと向かう。バートが言うにはお前の爺さんはその町外れにいるらしいからな」
馬車での旅という言葉に少し胸を踊らせながらこれから待ち受ける者に対する言葉にできない不安を感じつつ宿屋を後にしベネディクトの用意した馬車に乗り込むのであった。