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9、

それを目の前にしたクレアは

泣いて飛び出していく(多分シリアスに傾いていくかと) / 怒ってさっさと出ていく(コメディ路線を頑張って維持していきます)

→「泣いて飛び出していく」に進みました


 クレアは。

 テーブルに着き、目の前にルイスが言って用意させたデザートが並べられると、氷のような表情をさらに凍りつかせた。


 ジャムとクリームと、それをつけるためのパン。

 初めて会ったとき、クレアが食べていたものだ。

 クレアの手からルイスがそれを食べた時、クレアは顔を真っ赤にして恥じらっていた。

 華やかなガーデンパーティーの片隅にあった、ささやかで甘いひととき。

 あの時、クレアもルイスに心許してくれていたように見えたのに、それを再現しようとすればするほど、クレアの心は凍りついていく。


「クレア……」


 何を言ったらいいのかさえもわからなくなって、ルイスが遠慮がちに声をかけると、クレアは呼びかけを拒絶するようにうつむいてしまう。

 そして、うつむいたクレアの顔から、光るものが一粒二粒。


「ど、どうしたんだ!?」


 まさか泣きだすとは思わず、立ち上がって近寄ろうとすると、クレアも立ち上がって、ルイスに顔を背けて談話室から飛び出していってしまう。


「クレア奥様!」


 家政婦が大きな体を揺すりながら追いかけていくのを、ルイスは自分の席で立ったまま呆然と見送った。

 何故泣くんだ!? どうしてあんなに悲しそうに──


 打ちひしがれるルイスに、従者のバーナードが場にそぐわぬのんびりした声で言った。


「あのー、僭越ながら申し上げてもよろしいでしょうか?」


「……何だ?」


 わざと苛立させようとしているようなバーナードの態度に、ルイスはむっとしながら返事をする。

 バーナードは主人の不機嫌を気にせず、冷ややかな表情で告げた。


「お茶の時間にケーキではなく、パンにジャムやクリームを添えて出すと聞いた時、わたしは何の嫌がらせかと思ったんです」


 思わぬことを聞かされ、ルイスはぽかんとする。


「“嫌がらせ”だって──?」


「ケーキやスコーンといった、ジャムやクリームをつけて食べる美味しいお菓子があるのに、何でわざわざパンにつけて食べる必要があるんです? たまには目先が変わっていいかもしれませんが、どう考えても人をもてなすような代物じゃありません。出された側は侮辱されたと受け取ってもおかしくないでしょう」


 言われてみれば、その通りだ。

 だがクレアは……。


「クレアは、初めて出会った時、パンにジャムとクリームをたっぷりつけて美味しそうに頬張ろうとしていたんだ。だからそういうものが好きなんだと……」


 ルイスの言い訳を、バーナードは持論を展開して一蹴する。


「甘いものがそれほどお好きなら、逆にケーキやスコーンではなくパンでなくてはならない理由があったと考えるのが自然でしょう。ところでルイス様は、どこでそのようなものを召し上がっているクレア奥様と出会われたのです?」


 ルイスはバーナードに促されるまま、クレアとの出会いを詳しく語る。


 話を聞き終えたバーナードは腕を組んで、考え込むように片手を顎に添えながら言った。


「ガーデンパーティーのさなかに、人目を忍ぶような庭園の片隅で……ルイス様は何かおかしいとは思われなかったのですか?」


 ちらっと向けてきたバーナードの目の奥が光ったような気がして、ルイスは推理で追い詰められた容疑者のようにおどおどしてしまう。


「これといって別に……」


 口ごもるルイスに、バーナードはぴしゃっと言い放った。


「おかしいと思われなかったことがおかしいです。パーティーの主催者の娘が雲隠れしていたというのに、誰も探しに来なかったのですか? 主催者のもう一人の娘は紹介されたのに、どうしてクレア奥様のことは紹介されなかったのかと疑問に思わなかったのですか?」


 責めるように問われ、ルイスはただただテーブルの上に視線を落とすしかない。

 バーナードはさらに言った。


「若いお嬢さんというものは、普通華やかなパーティーに憧れるものです。着飾って美しくなった自分をちやほやしてもらえる機会ですからね。虚栄心とかいうのではありません。女性なら多少の差あれど、お姫様のようにちやほやされることに憧れを抱くものです」


「そういう女心をよく知ってるから、おまえはモテるんだな」


 ルイスがぼそっとツッコミを入れると、バーナードはきっと睨みつけてくる。


「わたしのことはどうでもいいです。ともかく、パーティーから抜け出して隠れる女性は、何らかの事情があるに違いないのです」


「それは男も同じだと思うが」


「いちいちツッコミを入れないでください。あなたは、クレア奥様との関係改善をしたくないのですか?」


 それを言われるとイタい。ルイスはバーナードのほうに体も向け、神妙に聞き入る姿勢を取る。

 バーナードはため息混じりに話を再開した。


「ともかく、主催者の娘なのに紹介されなかっただけでも、クレア奥様が何らかの問題を抱えてらっしゃることは明らかです。そしてその問題が、ルイス様ご夫婦の関係にひびを入れている可能性が非常に高い」



 バーナードが自分の推察をここまで語ったところで、家政婦が戻ってきた。


「マリリエンヌさん、クレア奥様のご様子は?」


 主人であるルイスを差し置いて、バーナードが真っ先に問う。それを変にも思わない様子で、家政婦はつらそうに話した。


「館の外に飛び出して、庭園の中に隠れてしまわれました。しばらくはそっとしておいて差し上げたほうがいいだろうと、何かあった時のために使用人を一人、奥様から見えないところで見張りに立たせています。……おかわいそうに、声を押し殺して泣きじゃくっておいでで。“パンにジャムとクリームを”と言われて変に思った時点で、ご主人様のご命令に口を挟むべきだったんです」


 ……バーナードに向かって話しながら、家政婦が遠まわしにルイスを責めているように聞こえる。

 だが、文句は言えない。ルイスがクレアを不用意に傷つけてしまったことは事実だから。


「クレアはどこだ?」


「ご主人様、今はそっとしておいて差し上げたほうが……」


「どこだ?」


 もう一度強く問うと、家政婦はしぶしぶながらもルイスを案内した。



 クレアは、お茶の時間の前にルイスが案内した、小さく切り取られたような庭園にいた。ベンチに座り、ハンカチを握りしめ、時折しゃくりあげたり小さく鼻をすすったりする。

 ルイスが近付いていくと、クレアは泣き濡れた顔をはっと上げて一瞬ルイスに目を止めると、立ち上がって慌てて逃げようとする。

 ルイスはそんなクレアを捕まえて、胸元に抱きしめた。

 もがいて逃れようとするクレアの耳元に、小さな声を吹き込む。


「ごめん。間違えたんだ、君がああいうのが好きなんだって」


 謝罪の言葉に、クレアの抵抗が弱まる。

 ルイスはクレアの背を押して、ベンチに腰を降ろさせた。その隣に座り、ルイスはクレアの肩をそっと抱く。


「バーナードと家政──マリリエンヌに責められてしまったよ。バーナードなんか“何の嫌がらせかと思いました”だってさ。……言われて君にひどいことをしたんだって気付いたんだけど、言われるまで気付かなかったなんて馬鹿としか言いようがないよね。本当にごめん。あんな間違いは二度としないように気を付けるから、許してもらえないかな?」


 クレアは黙ったまま、小さくうなずく。

 それは許しなのか、単なる相槌なのか。

 ルイスにはわからなかった。けれど質問することはせず、ルイスはクレアをさらに抱き寄せる。


「それと、一つ覚えておいてほしい。……僕は君を一人で泣かせるつもりはないから、泣きたくなったら僕のところへおいで」


 泣く原因を自分で作っておきながら、傲慢な言い草だったと思う。

 しかし何かしらの琴線に触れたらしく、クレアは身を震わせて、ルイスの肩口に顔を伏せた。



 そうしてルイスは、事態を解明しようと決断する。

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