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4、

寝室(ルイスが初夜の偽装をする)/庭園(クレアが初夜の件をごまかす)

→寝室(ルイスが初夜の偽装をする)に進みました



「奥様でしたら、まだ寝室ですよ。まだお休みのようでしたから、お起こししなかったんです」


 それを聞いたルイスははじかれたように立ち上がり、一目散に走り出した。

 乱暴に扉を開けて廊下に出て、全速力で夫婦の寝室に向かう。


「ご~しゅ~じん~さ~ま~! な~に~を~そん~な~に急~いで~るん~です~かぁー?」


 家政婦は、ルイスに間延びした声をかけながら、どすどすと足音を立てて追いかけてくる。

 追いつかれてたまるか! いや、追いつかれたくない! 何でか知らん怖い! 朝っぱらからリアルホラーに巻き込まれたような恐怖に怖気がくる。


 おかげで常以上の俊足を可能にしてみせたルイスは、家政婦をかなり引き離して寝室に到着できた。

 勢いよく開けた扉を乱暴に閉め、ベッドに駆け寄って毛布をはぐ。


 毛布の中で丸まっていたクレアははっと目を冷まし、いきなりネグリジェ姿を曝されるという暴挙に怯え、さらに身を縮込ませる。

 ルイスは説明する間も惜しんでベッドに上がり、寝まきとガウンの袖を一緒にまくりあげる。そしてサイドテーブルから万年筆を引っ掴むと、ペン先を手首に当てて一気に肌を裂いた。


「──!」


 クレアが声にならない悲鳴を上げる。


「何事ですかっ!?」


 寝室に飛び込んできた家政婦は、扉を大きく開いた際のポーズのまましばらく固まり、その後言い訳をしながらそろそろと出ていく。


「あらやだ。ご主人様ってそーいうご趣味だったんですか? お邪魔しちゃって申し訳ありません。それではお呼びいただくまで下がっておりますので……」


 扉がそうっと閉じられた。


 “そーいうご趣味”ってどんなご趣味だ……。


 いちいち下世話な物言いをする家政婦にげんなりとしながら顔を上げたルイスは、間近にあるクレアのガラス玉のような瞳に気付いて、ぎょっとしてクレアの上から飛びのいた。


「ごっごめん!」


 勢い余ったルイスは、ベッドの上に尻もちをつく。


 状況を説明しよう。

 ようするに、だ。ルイスはクレアの叫び声を止めようのしたのだけど、あいにく両手がふさがっていて、手でクレアの口をふさげない。仕方ないのでクレアの上に覆いかぶさりキスで口をふさいだ、というわけだ。


 血の滴る手首をもう一方の手で押さえているため尻もちをついてしまったルイスは、冷汗をかく思いでクレアをじっと見つめた。

 赤くなるか、青ざめるか、泣き出すか、怒り出すか。

 しかし起き上がったクレアは、ガラス玉のように感情を映さない瞳を下に逸らし、あいかわらずルイスのほうを見ようとしない。


 大っ嫌いって言われるより堪える……。


「えっと……これのことをもし聞かれるようなことがあったら、“昨夜の”って答えておいてね。それだけで通じるから」


 ルイスはシーツの上に散った血を指してそう言うと、そそくさとベッドを下りて寝室をあとにした。



「女性の寝起きを襲う趣味がある、とでも思ったんでしょうね」


 ルイスの話を聞き終えた従者が、淡々と意見を述べる。


「……つまり僕は、クレアがまだ寝ていると聞いて、大急ぎで襲いに行った変態だと思われたってことか?」


「そういうことになりますね」


「“そういうことになりますね”じゃない! ──痛つっ」


 傷の手当の最中に興奮して腕を動かしたせいで、激痛が走りルイスはうめく。


 怪我というものは、怪我をしたその瞬間よりも、時間が多少経過してからのほうが痛むものだ。

 寝室にいたときはクレアの様子に気を取られていたせいで(←家政婦の乱入に慌てふためいていたことはもう忘れたい)痛まなかった傷も、今はずきずきと脈打ってそのヒドさを訴えてくる。


「これは傷跡になるどころか、刺青になりますよ」


 本来ものを切るために作られたわけではない万年筆のペン先で肌を引っかけば、傷はぎざぎざになって治りにくくなるし、ペン先についていたインクが傷の中に入り込んで変な模様を刻んでいる。

 よくもこんな傷を思い切ってつけることができたものだ。……要するに、それだけクレアを守りたくて必死だったということだ。


 クレアといえば……

 結婚式から数えて二度目のキスは、クレアが直前まで眠っていたせいか、とても温かくてやわらかだった。

 あんな状況でなかったら、堪能したかったのに……。

 キスで口をふさぐなどという不届きをしたことを忘れて夢見心地で浸っていると、傷の手当てを続行しながら従者が白い目で見てくる。


「……おい、言いたいことがあるなら言えよ」


 何も言わなくなった従者に、ルイスはぶっきらぼうに声をかける。


 この従者、実はルイスと同窓生だったりする。

 貧乏貴族の二男だか三男だかで、家からの仕送りがあまりなく、食事にも事欠く有様を見て、ルイスはしょっちゅう自分の下宿先に彼を呼んで、一緒に食事をしたものだ。従者はその礼にレポートを代わりに書いてくれたりして、その良好な関係(レポートの代筆が正しいことかはともかくとして)は卒業後にも続き、ルイスが領主になるからついてこないかと誘ったときも二つ返事でOKした。


 そんな親しい間柄であるため、従者にはきわめてプライベートなことまで話せてしまう。初夜の床でのクレアの諦観した様子や、それゆえに手が出せなかったことまで、ルイスは先ほど洗いざらい話していた。

 非難の目を向けてくるルイスから従者はふいと目を逸らし、包帯を巻く手元に集中する。


「要するに、ガーデンパーティーでは明るく親しげだった奥さまが、結婚式場で再会した時には何故か人形のようにうつろになっていたということですよね? …… 一体何があったんでしょう?」


「それがわかれば何とかしようもあると思うんだが、クレアのあの様子を見ているとどうにも聞き出せなくて……」



ルイスの情けない発言に対し、従者はこう答えた。

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