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3、

客間(寝室を別にするコース)/遊戯室(寝室を一緒のままにするコース)

→遊戯室(寝室を一緒のままにするコース)に進みました



 寝室を出たルイスは、その足で遊戯室に向かった。

 曾祖父が建てたこの館には、曾祖父が自慢にしていたという広い遊戯室がある。

 カードゲームをするためのテーブル、ビリヤード台、ダーツ、……当時上流階級の間で流行っていたというあらゆる遊具が置かれ、頻繁に客を招待しては遊戯に興じ、遊戯室の隅に設置されたミニバーで用意される酒やつまみをふるまったという。


 時代が移り変わり、かつての繁栄は見る影もなくなった今では、この広い部屋は無用の長物となり果て、掃除のために人が出入りする他は滅多に訪れる者はない。ルイスは学齢に達すると寄宿学校に入り、卒業後も都会で暮らしていたため、父が亡くなり領地を引き継ぐために戻ってくるまで、この部屋のことはすっかり忘れていた。


 だが、今のルイスにとって、これほどありがたい部屋もない。

 新妻と同じ部屋では眠れない。かといって客間を使えば、使用人たちに「結婚初日から不和か……!?」などと困った噂を立てられる。それに、どうせ今夜はどこの寝床に入っても眠れないだろう。待ちに待った結婚初夜に、おあずけをくらったこの身では。


 ルイスは手提げランプの明かりを頼りに、時間つぶしになるものを探して遊戯室を物色した。

 ビリヤードやダーツは、その音で誰かを起こしてしまうかもしれないからマズい。カードで一人遊びはむなしすぎる。特に今宵のような場合は。

 それ以外の遊具は、曾祖父の時代にのみ流行ったものらしく、名前も使い方もさっぱりわからない。


 結局本棚から適当に一冊引き抜き、テーブルに着いて読み始めた。一度は読んだことのある古典純文学だが、暇つぶしにはなるだろう。



 ……


「……人様、ご主人様」


 誰かが呼ぶ声がする。

 クレアか? この日をどれだけ待ち望んだだろう。クレアがあの可愛らしい声で僕の名を呼び、優しく揺り起してくれる。僕は寝ぼけながら手を伸ばし、クレアをこの腕に抱き込んで──。


「ご主人様! いい加減起きてください!」


 クレアとはまるで違う、熟年女性のどっしりとした声。肩を揺さぶる手は、がっしりとしていていささか乱暴だ。

 それで気付いた。クレアじゃない、と。その途端、ルイスははっと目を覚ました。


 額にうっすら汗をにじませながら、深く息をついて傍らを見遣る。

 よかった、うっかり手を伸ばしたりしないで。もし夢うつつの通りにしていたら、少なくとも今日一日は立ち直れなくなるところだった。


 あからさまにほっとするルイスに、この家の家政をとりしきるふくよかな家政婦は、胡乱げな表情を向けた。


「新妻をほっぽって、どうしてこんなところで寝ていたんです?」


 その目は明らかにルイスを非難している。

 仕方ないだろう! ──と、わめきそうになったのを、寸でのところで我慢した。新妻の諦めた様子が気になって手が出せなかったなんて、使用人にしていい打ち明け話じゃない。

 家政婦はルイスが下敷きにしていた本をさっと取り上げ、それからルイスに軽蔑した眼差しを向けた。


「こんないかがわしい本なんて読んで。奥様では満足できなかったんですか? そりゃあ奥様は初めてでいらっしゃったでしょうから、ご無理を強いることはできなかったんでしょうけど」


 大きな体を揺らし本を片付けに行く家政婦の背を見つめながら、ルイスは思った。

 古典文学も“いかがわしい”の一言で片づけられちゃ形無しだな。確かに内容はポルノに近いが。そういう本ばかり取り揃えられていたのは、曾祖父の趣味か? てか、何で家政婦がこの本の内容を知ってるんだ? その分厚くて馬鹿でかい本は恐ろしく高価で、上流階級の人間しか読まないような代物なんだぞ? 別に咎めはしないけど、もしかしてここでこっそり読んでるのか? でもって“ご無理を強いることはできなかったんでしょうけど”って、どーいう意味だ?


 本棚に本をおさめた家政婦は、何かに気付いたようにはっと体を揺らし、くるっと振り返って言った。


「もしかして奥様を気遣って、初夜のあとここで夜を明かしたんですか?」


「は?」


「初夜に二回戦もないですもんねぇ。奥様があんまりかわいらしすぎてまた手を出してしまいそうになったから、こちらに退避なさったんでしょ?」


 にまにま笑いながら家政婦が言った言葉に、ルイスは呆然とした。


 何でそんな話を思い付くんだ!? それ以前に、何で使用人が主人のプライベートにこんなに口を挟むんだ!?


 即刻解雇したい。でも祖父の代から勤めているという家政婦は、新米主人よりこの館の実権を握っている。長らく女主人がいなかったこの館で女主人の代わりを果たしてきた家政婦をいきなり辞めさせれば、女使用人たちを統率できる者はいなくなるだろう。クレアは若いし、この館に来たばかりだし、昨日のクレアの完全受け身的な反応からして女主人として使用人たちに指示を与えられるかどうかも心配だ。


 ………………クレアの名誉のためにも、自分の矜持のためにも、初夜はあったことにしておいたほうがいいかもしれない。いや、クレアに新婚初夜夫に見放された妻というレッテルが張られないように、初夜がなかったことを他の誰にも知られてはならない。


 となると──。


 ルイスは途端に蒼白になった。初夜と言えば、どうしても残っていなければならない痕跡がある。


「クレアは今、どこにいる!?」


 焦って噛みつくように尋ねるルイスに面食らいながら、家政婦は言った。


「奥様でしたら」



家政婦が告げたクレアの居場所は

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