1、
待ちに待った結婚式。
だが、式場に現れた愛しい少女は、表情を凍らせルイスの顔をほんのわずかも見ることはなかった。
──・──・──
クレアと出会ったのは一カ月半ほど前のこと。
父親から領主の地位を譲られてから、初めて招かれたガーデンパーティーでのことだった。
本当は出席したくはなかった。社交の場は苦手だし、結婚しないまま領主を継いだので社交の場に出れば年頃の娘を持つ親や、娘本人に取り囲まれ、うんざりするような話に延々と付き合わされる。
だが、所領の有力者がこの土地の主だった者たちを集めて新領主歓迎のために開いてくれたパーティーに出席しないわけにはいかなかった。
案の定、ルイスは若い娘とその親たちに取り囲まれ、娘の自慢話、つまり娘が新領主の花嫁に如何にふさわしいかをアピールする話ばかりを散々聞かされた。それを笑顔で聞いていることに耐えられなくなったルイスは、「ちょっと失礼」と言ってパーティー会場を取り囲む庭園へと逃げ込んだ。
たくさんの薔薇が咲き乱れる迷路のような庭のその奥に、少女は一人ベンチに座っていた。
仕立てのいいクリーム色のドレスを着た亜麻色の髪をした少女は、クリームとイチゴのジャムをたっぷり載せたパンをほおばろうとしているところだった。
ルイスと目が合うと、大きく開けた口を慌てて閉じ、パンを持った手を膝に下ろして恥ずかしそうにうつむいた。
──どうしたの? 食べないの?
なんだかかわいそうになってそう声をかけると、少女はもじもじしながら小さな声で答える。
──初対面の方の前で食べるようなものじゃないわ。
早く立ち去って欲しそうな様子にふと悪戯心がわいて、ルイスはパンやジャムやクリームの瓶が載ったトレイが置かれているほうの反対側に腰かけて少女の手をつかみ、少女が手に持ったままのパンを一口かじった。
──ほら、僕も食べたよ。だから君も僕の前で食べてもいいんじゃないかな?
ぽかんとしてルイスの話に聞き入っていた少女は、みるみる顔を赤くする。
──これ、わたしの食べかけ……!
──じゃあ間接キスだね。
そう言ってにっこり笑うと、少女はさらに真っ赤になり、ベンチから転げ落ちそうになった。
その初々しい様子を見て、ルイスは少女に恋したのだと思う。
少女はクレアと名乗った。
それからしばらくクレアと話してからパーティー会場に一人戻ったルイスは、クレアが今回のパーティーを主催した有力者の娘だと知って、その場で「娘さんを是非僕の花嫁にください」と衝動的に申し出ていた。
──・──・──
それから一カ月半。結婚の準備が忙しいからと一度も会えないまま時間が過ぎ、ようやく再会の時を迎えた。
だが大きく開かれた扉から、純白のドレスをまとって現れたクレアは、ルイスを全く見ようとしない。
まるで別人のようだった。
午後の柔らかい日差しの中、隠れ家みたいな庭園の一角で最後には笑い合うことができた少女とはとても。
だが、確かめようとはしなかった。花嫁衣装をまとって現れた少女の顔は、表情に違いこそあれ、あの時のクレアに間違いないし、結婚式はすでに始まっている。相手が地元の有力者の娘ということであれば、ここで騒ぎを起こせば今後の統治が面倒になる。
「では、誓いの口づけを」
結婚式進行役が厳かに告げる。
ルイスは少女と向きあい、ヴェールを押し上げた。その時間近で、真っ直ぐ少女の顔を覗き込む。
やっぱり間違いない。クレアだ。
結婚式の手順に則って、ルイスはクレアにキスをした。
クレアの唇は、緊張からか青ざめて、氷のように冷たかった。
その後、結婚を祝う人々が領主館の前庭に招いて、盛大なパーティーが催された。
ひっきりなしに祝いの言葉を述べに訪れる人々に対応したりするのに夜更けまでかかり、ルイスが身を清めて寝室に入ったのは、もうすぐ深夜を回るという頃だった。
花嫁は先にいて、ベッドの上に座って待っていた。
そうして迎えた結婚初夜。