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20/20  作者: 水野都井
2/2

人間

ママと僕、小さなベッドと小さな窓、草原、羊、本、それが全てだった。ママの姿が見えなくて声を上げればママはどこからでも僕のそばに来てくれた。「またお前は大きくなったか」とすぐに言う。そんなすぐには大きくならないさと思っていた。でも変わらない母さんにとっては僕の成長は早いにきまっている。もう僕は掃除も洗濯も料理だってできるし、最近は写本を手伝っている。大昔の文字は僕にはなんて書いてあるのかわからない。母さんには読めるんだろうか?「それは、お前が魔女になったら教えてやるよ」


「まじょ?」


聞き返しても母さんは答えてくれなかった。広い草原には僕と母さんしかいない。気分屋ですぐ拗ねるけどパンケーキで機嫌を直す子供のような母。そしてたまに俺をガラスの置物のように壊さないようにと張り詰めた腕で抱きしめる。そのときはいつも俺は魔女になればきっとあなたをこんな風に不安にさせないのにと思い、夜明け前のような髪を撫でる。

「魔女のなり方? 変なこと聞くね」「お前魔女になりたいのか?」代わる代わる魔女に聞かれて俺は黙って頷く。母さん以外にも魔女がいるなら俺だって魔女になれるはずだ。「一番愛おしいものを失えばその日からお前は魔女さ」「私ら魔女はみんな失っているんだよ、何よりも大切なものをね」愛しいもの。それは選べるの?愛しいと思ってる中から選んでいいの? 魔女たちは笑った。「ソワレも全く物好きだね」


「ソワレって誰」


「ソワレは人間の子供を育てる酔狂な魔女のことさ」2人きりの俺たちは名前を持つ必要がなかった。俺以外は全部母さん。


「ソワレ」


そう呼ぶと愛しい気持ちが溢れてくる。俺が愛情を伝えようとすると、ソワレは大人のような顔をして俺を子供扱いする。俺は子供じゃない。でもソワレほど大人じゃない。いやいいんだ。大人でも子供でも関係ない、この気持ちを全てソワレにあげたいんだ。そんな悲しい大人のような顔をして欲しくない。たとえ俺が死んだとしても。ソワレ。あなたが泣きそうになると瞳が揺らいで不思議な光になるんだ。とても綺麗だけどずっと見ていたいけどそんな顔をソワレにはさせたくない。揺れるロウソクの炎のような子守唄。初めて聴く子守唄のその苦しい声をもう何度も聞いている。沢山の写本、見覚えのない柱の傷、最期の時に誂えたかのようなベッドのサイズ、知らないはずのパンケーキのレシピ。始まりの答えはここにあった。私に背を向け歌うソワレを抱きしめる。私が触れると驚いて呪文を止める。「なにを……」


「魔法というのは息苦しいんだね」


ピリピリと空気が泡立つような感覚が収まっていく。子守唄のような呪文が完全に停止した。まだ皮膚の下が痺れるような不思議な感覚だ。


「あなたと一緒にいさせてほしい」


「でももうお前は死ぬんだろう」ソワレが腕の中で震える。怖がらないで。もうあなたを一人にはしない。


「ですから死ぬときは一緒ですよ」


あなたがどんなに嫌がっても俺はあなたを殺します。「そうだな、私ももう赤子のお前には飽き飽きだ。これからのルキを見せておくれ」



魔女はこれまで途中で呪文をやめるということをしたことがなかった。なのでどうなるのかを知らなかった。なかなか死なない伴侶に魔女も最初は不思議がったが次第にそんなことも忘れ、そして二人は末永く末永く一緒に暮らしました。

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