首飾り
歳は60といったところの商人が口を開く。
「これは首飾りではありませんよ」
痩身で姿勢もよくどこか気品が感じられた。
「うちはこの送品が主力でね、売り文句があるんだ。ひとつ聞いていっておくれよ」
これはとある国の富豪のお話だ。
富豪にはよく金を使う嫁がいた。
やたらと庭を広げる、そこに離れを次から次へと建てさせる、使用人の家族にまで服を仕立てさせる。
「金は使わなきゃまわらないでしょ」
基礎の杭を打ち込む男たちを眺めながら彼女はこう言った。
男たちは寄せ集めの戦力なのか、動きが悪く親方に怒鳴られていた。
おお怖い、と言って彼女はお茶を飲む。
「盛者必衰とはよくいったもので、ご多分に漏れず彼女らの家も廃れたよ。」
それは徐々にではなく一気におこった。
権力者同士の戦いに巻き込まれ、負けた。なすすべなく財産を取り上げられてしまった。
顔の良い嫁を欲しがる権力者もいて、数日後に会いに来るという。
断る力の無くなってしまった元富豪は困り果てた。
嫁は家具に体を打ち付けたり、自分の髪の毛を一本ずつプチプチと抜くようになった。
2日経つ頃には左こめかみの上付近に握りこぶしほどのはげと体中に痛々しい痣ができあがった。
権力者が顔を見に来た時、嫁ははげた部分を見せつけるように髪の毛を結い上げていた。
それを見た彼が怪訝な顔をしていると
「不治の病により体中に痣ができ、髪の毛が抜けてしまうようになったのです・・・」
よくみるとお付きの使用人にも同じようなはげと痣ができている。
「しかも、うつるみたいでして」
使用人が痣を見せつけるように近づこうとすると彼は慌てて帰っていった。
やがて家もなくし路頭に迷うことになった元富豪と嫁の夫婦は町の人に住む場所をいただいた。
「住む場所が無くなると聞いたもので、急いで作りました。」
見渡すと在りし日に庭で建築をしていた面々がそこにあった。
何故か感謝の言葉が次々に投げかけられる。
聞けば庭の建築は働き口が無かった男たちを雇って作らせていたとか
出来上がった建物は、お金の必要な女子供を雇い掃除や管理をしてもらっていたようだ。
ほかにも家具や食器や食物など、知らないところで手広くやっていたらしく新しい住居の中は充実していた。
何故髪が抜けているのかを聞かれた嫁は素直に説明していたのだが、これが後日大変なことになる。
話をいたく気に入った人たちが真似て髪を抜き出したのだ。
それを知った嫁はああなんてこと!と頭を抱えた後、外出していった。
帰ってきた嫁の頭にははげた部分だけを覆い隠せるようにかたどった簡素なヘアネックレスがのっていた。
「それがこのヘアネックレスです」
そんなことがあってからこれが随分と流行りましてね、儲けさせてもらいましたよ。
「さすがに飽和気味になってきたので新しい場所を開拓したいと思って遠路はるばるやってまいりました」
私が何気なく、あなたの奥さんもこれを着けてらっしゃるのですか?と聞くとこう答えた。
「あれから随分経ちましたが、いまだに毎日身に着けてますよ」
商人がにやっと笑った。