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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

来る日も来る日も

作者: 枝葉末節

 とある格言がある。ウィリアム・グラハム、サムナーなる人物が遺した言葉だ。


 『すべての人間が平等であるひとつの場所がある……死ぬときである。その場合、彼らはすべて零である』


 公平性について幾度となく意見がぶつかるこの世界において、なんと素晴らしい言葉であることか。あらゆる立場、あらゆる人種、あらゆる人間。全ては、死ぬことによって平等になるのだ。死によって全てが零へと変わる。あらゆるものは死によって平等化される。

 この言葉を聞いた私は、今までの行いを反省した。不平等であることを嘆き、平等でなくてはならないと騒ぎ立てた今までを。

 そして新たな目標を見出したのだ。私はあらゆる人間を平等化させる。あらゆる不平等を死によって平等と化する。私はそのことに、心血を注ぐと決めたのだ。

 詰まる所、すべきことは殺戮である。


「はっ、ハッ、はッ」


 ――走る。走る。走る。

 脱兎の如く。獣のように一心不乱に。人として二足で。

 脇目も振らずにただひたすら走りづつける。

 走るのは逃走のためだ。

 走るのは闘争のためだ。

 相反しているようで、相反していない。

 駆けなければ生き残れない。駆けなければ殺せない。

 故に私は走る。犬ほど荒く吐息を吐きながら。


「ハっ、ハッ、はァっ」


 アスファルト道路を素足で踏みつける。痛みはない。硬質な床を踏む感触もない。ヴァーチャル空間において、痛覚の再現は禁じられている。故に痛みを感じることは有り得ない。有り得てはいけない。それが起こっては現実になってしまう。現実になってしまえば私は犯罪者になる。人を痛めつける事それ即ち罪だからだ。それはいけない。私が武器を握るのは、仮想空間だけでなければならない。


 コンテナ群が見える。中身は殆ど空だ。遮蔽物にはなるだろうか程度。赤や緑で乱雑に転がったそれを横目に、近くの倉庫へ駆け込む。間抜けな足音を隠しもしない。そのようなことに意識を割く余裕も無かった。今は速度だけを重視する。隠密だの生存だのを考えるのはその後だ。


 倉庫の中には幾つかの道具が転がっていた。それから武器もだ。とは言ってもひどく原始的なものばかりで、鉈と弓しかない。迷わず鉈と弓を拾う。どんな武器でも無いよりはマシだ。最悪私はナイフ一本でもあれば敵を殺せる。今の能力構成であればこそだが。


 次いで拾い上げたのは靴だ。無駄にダメージ判定の厳しいこの世界では、飛び散ったガラス片を踏むと微弱ながら出血する。誰がここまで作り込んだのかは知らない。だが素足であるというデメリットも用意されてるため、私は迷わず靴を履く。足音が比較的静かというメリットを捨ててでも、傷を負うのは避けたい。


 こうして私は、タンクトップに短パン、革靴という滑稽な姿へと変わった。明らかな不審者だ。その上弓を背負い、鉈を抜き身で構えている。ここまで突き抜けると、いっそ清々しいほどだった。


 道具回収はまだ終わっていない。というかこれからが本番だ。この世界最大の特徴である特殊能力、サイキックを使うためのエネルギー回収。

 辺りに転がる壊れた傘やボロボロになった車の玩具などを拾い上げる。そしてそれらをインベントリメニューから解体。分解されたゴミ共は有益なエネルギーへと変換される。

 二つしか解体していないが、エネルギーは既にカウントストップに近い。これでサイキックは六回まで使用出来る。それでも更にゴミを拾う。インベントリから解体すれば即座に補充出来るためだ。勿論その分所持枠を圧迫するが、そこは持ち物と応相談。


 廃品回収業者ごっこをしばらくしていると、外から足音が聞こえてくる。先程までの私と同じ素足の音。どうやら新規プレイヤーが私と近い場所にスポーンしたらしい。そこで彼、或いは彼女は最寄りでアイテムがありそうな場所に来たのだろう。先客が居るとは思っていないに違いない。


 道具だけが転がっていたこの倉庫に、隠れられる場所は無い。出入り口は一箇所。私が今居るのは入り口の影。問題なく不意打ち出来る位置取りだ。

 息を潜める。呼吸音が聞こえるかは知らない。そもそもこの世界で呼吸しているかも疑問だ。だとしても人としての機能が、或いは本能が狩りの瞬間に声を出さないよう強烈に指示してくる。それにに従い呼吸を抑えた。


 ぺたぺた。二歩歩いている。距離はかなり近い。こちらから見えないが、恐らくは入り口に向かって歩いてきてると察せた。

 ぺたぺたぺたぺた。少しだけ早足になっている。残しておいたゴミが見えたのもしれない。誰もが拾いたがる汎用アイテムだ。それを求めて近づいてきていてもおかしくなかった。

 ぺた。足音が止まる。間抜けな音が聞こえなくなる。だが、姿は見えない。入り口のほぼ目前まで迫っている筈だ。しかし彼或いは彼女――ええい、敵は直ぐ近くまで迫っておきながら静止している。


 もどかしい。非常にもどかしい。ここで痛みを感じる訳ではないが、この時間がひどく苦痛だ。

 しばらくじっとしていたが、段々と嫌な予感が湧いてくる。つまりは今、狩るためにここに居る私が、実は狩られる立場へと変わっている気がしたのだ。武器を持ち、潜んでは居る。だが、それはパンサーが獲物を目前にして姿勢を下げているのではなく、草食獣が捕食者の眼を避けるために隠れているのではないかと感じたのだ。そしてこれは、決して被害妄想ではない。この理不尽が横行する世界で、当然のように有り得ることだったからだ。


 鉈を構える。最悪の想定はする。故に、私は大きく口を開いた。


「アアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 倉庫に轟く絶叫。同時に私は、鉈の先端、それのみを入り口から僅かに覗かせる。

 するとまあ予想通り、一本の矢が飛んできた。身体を飛び出していれば胸に直撃していたであろう軌跡。鏃が地面を滑り、あらぬ方向へと転がっていく。よし、あとで回収しておこう。


「ヒャッハーッァァァァッ!!」


 もう一度叫ぶ。嘲笑うように叫ぶ。嘲笑めいて口角を限界まで上げる。爛々と眼を輝かせる。狂った訳ではない。余裕ぶることで、一矢を外した敵を動揺させるためだ。ただ楽しいのは否定しない。ヒャッハー。


 足を動かす。全力で。のたのたしてたらもう一度射ち込まれるだろう。次は必ず警戒して、引き絞って、狙いすまして射てくる。故に矢をもう一本番える前に、敵の眼前へと姿を出す。


「ひっ……」


 そいつは引きつった表情をしていた。タンクトップに短パンだった。素足だった。弓を構えていた。眼球の一つは機械だった。

 サイバネティクス技術。リアルでも実現し始めたソレ。長いからサイバネと略そう。

 そのサイバネが持つ特性は透視。遮蔽物があろうが壁で隔てられていようが、生物を感知して視界に映す。私の嫌悪する『不公平』な装備では無い。というか『不公平』な装備だったら、私が真っ先に使っている。そりゃあもう、当然のように。その点で言えば、彼はまだ私にとって比較的好ましい人物だった。殺すけど。


 敵は背負った矢筒に腕を回していた。もう一本の矢を引き抜こうとしている。そんなことより逃げてはどうか、と口から出そうになった。それでは私の目的が達成出来ないのに。

 だから口を噤む。代わりに足を動かす。腕を持ち上げる。

 鉈を振るう。


「わ、うわあッ!」


 慌てて後ろへ飛び退く敵。鉈は僅かに掠っただけ。包丁で指を切っちゃったーくらいに小さい傷だ。タンクトップの一部と、その奥の肉を僅かばかり裂いたに過ぎない。見た目からすると、致命傷から程遠いのは確かだった。


 ただ、それで十分だ。


「はっ? なんでっ……」


 飛び退いた敵は、しかし着地も決められないまま地面へと転がる。何も躓いたり滑った訳ではない。彼はデータ上、既に死んでいる。だからダウンしたそのまま、起き上がることが仕様として許されないのだ。

 インベントリを開く。エネルギーは減り、残り回数は五回だ。恒常能力として発動した私の能力が、彼を一撃の元殺した果ての結果である。


「な、何したんだ! くそっ、チートか!?」


 真っ先に疑いをぶつけてくる敵。というか喋る死体。復活するかログアウトするまでの時間、倒した相手とは交流が出来る。開発者が何を考えて用意したかは知らないが、現状使われているのは挑発ばかりだ。

 死体蹴り。死体撃ち。罵倒。あと屈伸。一体どこ由来かも知らないそれらの行為が、ことこの世界では好まれている。死者に払う敬意は無い。あるのは敗者という弱者への嘲りだけだ。尤も、その敗者が静かとも限らない。今のようにいきなり罵倒してくる場合もあるのだから、ある種お互い様とも言えた。


「君は初心者みたいだな。初心者だろう? 初心者に違いないな。よぅし初心者という体で進めるぞぉ」

「な、なんだお前……」


 うきうきと上機嫌なのを自覚しつつ喋る。この瞬間が最高に気持ち良い。上位者ぶってマウントを取り、一方的に知識をひけらかす。そこに親切心なんて無い。ただ憎悪のおすそ分けだ。


「私が使ったのはね、パッシブスキルの一つだよ。どの部位に当たっても、その武器の最大ダメージが与えられるとかいうクソスキルだ」

「は……? いや、え、クソ過ぎない、それ?」


 喋る死体が私の話に同調する。やはり彼は初心者だ。何せ、こんなクソスキルは一〇を容易に越えて存在しているのだから。その片鱗を知っただけで、明らかに動揺しているのだから。


「そう。クソスキルだ。はみ出たつま先に狙撃銃の一撃が当たれば瀕死。散弾銃のペレット一つが指先に当たっても大ダメージ。大型の近接武器は掠っただけで即死だ。今さっきのように、な」


 喋りながら鉈をくるくると回す。私がしているのはマジックの種明かしにも近い行為。こうすれば貴方もこの手品が使えますよ、なんて公表して回っている。そして私は決まってこう言うのだ。


「さあ、君も使ってみようではないか。安心しろ、これは仕様だッ!」


 最大限の笑顔。ピエロの笑みより余程醜いであろうソレ。返ってくる反応は人それぞれだ。今回の彼は、無言の否定だった。


 死体が消えていく。光の粒子と化して散っていき、残るのは彼が先程まで身につけていた弓と矢筒だった。あとタンクトップと短パン。

 初期装備は要らんっちゅうねーんと頭の中でふざけながら、とりあえず矢筒を回収する。これで弓と矢がセットになった。ダメージの無い打撃武器から、使い勝手最悪の遠距離武器に昇格である。


 倉庫の中に戻る。先程落ちていった矢を拾い上げ、矢筒に差し込む。これで矢は一〇本。心もとないが、先程のスキルと合わせて運用すれば結構強い。ダメージだけ見れば強い。使い勝手はひどい。

 そんな訳で、鉈を片手に倉庫から出ていく。ぶっちゃけこっちの方が強い。まだ使っていないサイキックを使えば、下手な銃持ち程度殺すことが出来る。


 早速ワンキル取った私はうきうきしながら倉庫を出た。が、直ぐ様それが中断される。


 ぴーんぽんぱーんぽーん、などというどこかで聞いたアナウンスの音声。スピーカーも無しに辺りへと響く電子音が、クリアに耳へと入ってくる。


「――ゲームをお楽しみ中の皆様へ、お伝えします。一八時より、ゲームバランス調整のため、メンテナンスを行います。ご迷惑おかけいたしますが、ご理解とご協力を――」

「来たかっ! 来たか来たか来たか来たかァ!」


 来た。やっと来た。待ち望んていたソレが。

 不平等が、不公平が、公平性を、平等性を持つ瞬間だ。

 

 乱雑に転がったコンテナの一つへと入る。ログアウト中はキャラクターも不可視化されるとは言え、ログインした時に戦場のど真ん中へ立つつもりはない。アイテムが多く転がっている倉庫の前はプレイヤーもよく通るから、尚更そこを避けてログアウトしておきたかった。


 メニューを開いて、ログアウトを選択する。

 一分ほどの待機時間。戦闘中にログアウトで逃げることを防ぐためだ。ダメージを喰らえば即座にキャンセルされる。

 しかし周囲に敵は恐らく居ない。今ここに居るのは私だけで、ログアウトを妨害するものなんて居なかった。


 ――英語の音声が幾つか聞こえる。拾えるのはログアウトと、ディスコネクトという単語だけ。それ以外は何と喋っているか聞き取れない。


 それでも私はゲームの世界から帰還し、現実の世界へと帰ってきた。

 昔は散々云われていた、ログアウト不可能とかいうお決まりの展開が起きた試しは無い。デスゲームとかも無い。それを起こさないために、人類はヴァーチャル世界への旅行を二〇年延ばしてきたのだから。


 意識が現実世界から戻る。真っ先に目に入るのは、薄茶色した部屋の天井だ。

 後頭部を枕のように包むコネクトデヴァイス。音声コマンドや手動イジェクトを使わずとも、勝手に固定が外れる。僅かな機械音がしてから、私の頭部は自由となった。


 素早く上体を起き上がらせる。先程まで横になっていたベッドに腰かける形になると、辺りを見渡してAIがアクティヴなことを確認する。


「よし、サニー。ブックマークからDay・After・Day公式ページ開いて」

『かしこまりました』


 部屋の中央照明からAIであるサニーの短い返答。それから壁の一部が音も立てず、微かに歪む。

 かつては壁にプロジェクターなるもので映像を投影していたが、今は壁そのものがモニターにもなる。仕組みは詳しくない。私は技術者ではなく、学生なのだから。技術の変革を授業として退屈に学ぶことがあれど、その仕組みを学ぶのは専門課程の人たちだけだろう。


 ごく短いロード時間。それから開かれた公式サイトを、眼で追いかけていく。これもアイトラッキングシステムとかいう技術によるものだが、私が生まれた時には当然のようにあった技術だ。今では正式名称をより長くしている筈。ただ、元の形であるアイトラッキングという名前の方が呼びやすいという訳で、一般にはその名で浸透していた。


 ページをスクロールしていくと、お知らせの欄に新しい項目が増えている。最新のニュースだ。

 タイトルは『ゲームバランス調整について』とかなり簡素。しかし私の期待はより高まっていく。情報を開示されないからこそ、その内側にあるものへと想像が膨らむのだ。


 ページを開く。そして広げられるのは、幾つかのバランス調整要素。私はそれに目を通していく。


「おぉっ……!」


 始めに弱体化として、先程私が使っていたスキルが挙がっていた。必滅の一撃なるスキル名のそれは、ほどほどに効果を弱めている。武器種によってスキルの効果が上下し、近接武器が掠れば即死などというペテン臭い効果は無くなっていた。


 これも私が長い間、スキルを乱用しキルを取っては同じスキルを他者へと布教してきた結果だろうか。感慨深くなる。

 が、その感慨が少し下へとスクロールした途端、真っ更に消え果てた。


「は、え、待て待て待て」


 次いで目に入るのは、スキルの強化だ。待て、と私は思わず口にする。そこに居ない開発者へ不満を申し上げたくなる。この現状で、スキルの強化だと?


 冷や汗が背中に伝うのを感じながら、更に下へと視線を向ける。自然に動いていくページ。見たくないものが目に入っていく。


 今度は私が余り使っていないスキルだった。ただとても見覚えがある。というかさっき見た。

 サーモ・アイという、片目がサイバネ眼球になって、壁越しに敵が見えるスキルだ。今までは有効範囲が狭いために大して使えなかった。

 が、その範囲の制限を無くすと書いてある。別にそれだけなら問題ない。問題は、武器種を組み合わせた時だ。


 大口径の銃は、薄い壁程度なら貫通する。そして無制限の距離を持つサーモ・アイを組み合わせた場合、どこに居ても狙撃されるというクソスナイパーゲームが始まることだろう。


 ……しばし絶句する。

 現状唯一と呼んでも相違無い対戦メインのVRゲーム。しかしここの開発は、余りにもバランス調整が下手だった。


「は、ハハハハハ……」


 乾いた笑いが出る。

 それからコネクトデヴァイスを横へとずらし、枕に頭を乗せた。


「寝よ……」


 どちらにせよ、次ログインするのはメンテナンスが開けてからだ。

 やるせない気持ちを抱えながら、私は横になって目を閉じた。



ここまでご覧になられた方々、ありがとうございました。

本作は勢いかつ息抜きで書いた作品でしたが、そのまま腐らせるのももったいないかなーと思い投稿しました。

他に投稿している作品はマイページから確認して頂ければ、と思います。

以上です。改めて……ありがとうございましたっ!

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