最強の男が選んだもの。
俺は最強になるんだ。誰にも負けない強い男になる。そう決めた時、俺の周りには誰もいなかった。なぜなのかはわかっていた。みんな俺を怖がっていた。友達ができてもすぐに喧嘩してしまう。自分の思い通りにならないとカッとなって暴力をふるってしまう。俺を影でバカにしたり、弱いやつを見てるとイジメたくなる。そのことに気づいた時には俺の周りには誰もいなかった。
「放課後、公園で一緒にあそぼーぜ」と言っても怯えた目で断られるか、無視されてしまう。
「俺も一緒に混ぜてよ」と公園で遊んでいるやつらに声をかけても、みんな俺から離れていく。みんなの前で面白いことをしても誰も笑わないし、見てもくれない。俺は一人ぼっちになり、寂しい気持ちが俺の心の中を支配していった。そうなってしまう自分がすごく嫌だった。そんな弱い気持ちで学校に行ったら、今度はあいつらに仕返しされる。そんなことは絶対に嫌だった。だから俺は最強になると決めた。強くなって誰にも負けない男になって、一人でいても平気だってとこを見せつけるんだ。友達がいなくたって別に構わないし、みんなに話しかけられなくても平気だ。俺が最強になってみんなを支配してやるんだ。そう自分に言い聞かせることによって俺は自分の心を最強の色で塗り固めた。そして俺は最強の男になっていった。
そんなある日の朝、いきなり俺の前に隣のクラスのやつがやってきた。
「ダイスケってやつはお前か?」
「そうだけど、お前誰だよ」
「俺の名前はサトル。なあダイスケ、俺と友達になろうよ」
「俺に友達なんかいらねえんだよ。さっさと消えろ」
「友達がいらないって、お前面白いやつだな。気に入ったぜ。絶対お前と友達になってやる」
「さっさと消えないとぶっ飛ばすぞ」
「望むところだ。じゃあ今日の放課後、公園で勝負するってのはどうだ?」
「いいぜ、ボコボコにしてやる」
「もし、俺が勝ったら、友達になってくれよな。負けたら、あきらめるからさ」
「好きにしろよ、俺が最強だってことを証明してやる」俺が自信満々に言うと、あいつも自信満々に出ていった。「まだ俺を恐れてないやつがいたとはな」と心の中でつぶやいた。放課後、俺は公園に行くと、あいつがすでに待っていた。あいつはジャングルジムの一番上に立っていた。
「待ってたぜダイスケ。お前が来る間にいろんな仕掛けを用意しておいたぜ」
「ふん、どんな仕掛けかしらねえが、力じゃ俺の方が強いんだよ」
「勝負は力だけじゃないってことを見せてやるよ」サトルはジャングルジムから飛び降りた。
「さあかかってこいよ」挑発するサトルに、俺は全速力で向かっていった。
「一発でおわらせてやる」サトルとの距離が縮まった時、足がぐらついた。
「うあっ!」俺は尻もちをついた。気が付くと俺は地面の穴の中にいた。人一人が入れるくらいの穴だった。
「へっ、まんまと落とし穴に引っかかったな」サトルに言われて俺は状況を理解した。
「くっ、きたねえぞコノヤロー」
「だからいろんな仕掛けを用意したって言ったろ、まだまだこれからだぞ」
俺が穴から出ようとしたとき、突然頭に何か熱いものがかけられた。
「あちゃーーー」上から熱いお湯がかかってきた。
「どうだ、これが次の仕掛けだ」サトルはバケツに大量のお湯をいれてきていたのだ。
「このくそやロー、ぜってーゆるさねえ」俺は熱くなった上半身の服を脱ぎ捨て、に穴から出た。
「どうした、お前の実力なんて、大したことないな」挑発するサトルに俺はまた全速力で向かっていった。サトルを見た時、手に何か持っていた。ドスッ、何かが俺の足にあたった。足元を見ると車のラジコンがぶつかっていた。俺は一瞬、ラジコンに気を取られた。
「狙い通りっ!」ドンッ、サトルのパンチが俺の腹に激痛を与えた。
「うっ!」俺は腹を押さえた。ラジコンに目がいって腹にパンチを入れられたことに気づかなかった。
「ラジコンをぶつけて注意を逸らしたのさ」サトルが憎たらしい顔で言った。
「ちくしょう」だが俺は倒れなかった。「まだこんなんじゃ俺は倒れねえぞ」
「やっぱり強いな、お前」
「今度は俺の番だ」俺はサトルの顔面めがけて拳を振りぬいた。バシッ、サトルの顔面にパンチが入った。
「くっ!」サトルが怯んでる隙にもう一発殴りかかろうとしたとき、突然足が滑った。体制が崩れた隙に、サトルのパンチが顔面に直撃した。
「んぐっ!」また不意を突かれた。
「くっ、なんで滑ったんだ」俺は足元をを見ると、バナナの皮があった。
「お前が殴ろうとした瞬間にバナナの皮を置いたのさ」
「きたねえことばっかりしやがって」
「お前に勝つためならなんでもするんだよ」俺が立ち上がろうとする前に、サトルは攻撃を続けた。俺はずっと耐え続けてた。そして体がボロボロになっても倒れなかった。
「俺は、ぜってー倒れねえぞ」
「お前すげえな。あんなに攻撃したのに立っていれるなんて。マジですげえよ。よーし、こうなってたら絶対友達にしてやる」
「俺は負けねえぞ」
「さっきの攻撃で決めるはずだったんだけどな。しかたねえ、お前の得意な力で勝負だ」
「立てなくなってもしらねえぞ」二人は取っ組み合って闘った。普段の力では俺が上だったが、体はボロボロで、勝負は五分五分の闘いだった。俺たちは日が暮れるまで闘った。互角の状況の中、サトルはポケットからあるものを取りだして、それを地面に叩きつけた。パンッ!と音が鳴り、俺は一瞬怯んだ。
「隙ありっ!」ドスッ!、俺は腹に会心の一撃をくらった。
「うぐっ!」勝負は決まったと思ったが、俺は痛みに耐え、倒れそうになる体を必死に堪えた。
「俺はぜってー倒れねえぞ」
その姿をサトルはじっと見ていた。
「なんでお前そんなに頑張るんだよ」
「俺は最強の男になるんだ。こんなところで負けるわけにはいかねえんだよ」
「なんでそんなに最強になりたいんだよ」
「だって、弱い自分が嫌なんだよ。友達がいなくて、ずっと一人でいて、そんな俺を見て影でコソコソ言うやつがいてさ、そんで自分の心がだんだん弱くなっていって、イジメてたやつにもビクビクするようになってさ、そんな弱い自分になるくらいならみんなから嫌われてでも最強になってやるって決めたんだ。だからこんなとこでお前なんかに負けるわけにはいかねえんだよ。ここで負けたら、ただの弱い人間になっちまう」俺の言葉にサトルは笑った。
「弱くたっていいじゃねーか。強がってばっかいたら疲れちまうよ。俺はお前と勝負出来てすっげー楽しかったぜ。だから友達になって、俺がお前を楽にしてやるよ」サトルは俺を強く抱きしめた。
「もう強がる必要なんかねえよ。友達になったらさ、これからもっと楽しいことが待ってるんだぜ」サトルの言葉で俺は、強がってた力が抜けていくのを感じた。
「やっと見つけた」俺は優しく微笑みながら心の中でつぶやいた。俺はこの日をずっと待っていたのかもしれない。俺の強い心も弱い心もすべてを受け入れてくれるやつに。俺はゆっくり地面に座った。
「俺の負けだよ。だからさ、俺と友達になってくれるか」
「ああ、俺とお前は友達だ。これからたくさん楽しいことしような」サトルは隣に座り一緒に休んだ。俺とサトルは楽しい未来を想像して笑いあった。
「俺は最強になりたかったんじゃない。本当は、こうして一緒に笑い合える仲間がほしかったんだ」俺は塗り固められた最強の心が剥がれていくのを感じた。