投与
「うぁーッあッあッウッあーぁーー!」
キサラギは叫んでいた。投入された薬品は、まるで生き物のようにキサラギの体を駆け巡り、蝕んでいた。
「なんだ、大したことないですね。」
「グぁーッ来るな!来るな!あッー!」
「普通はこんなものなんだろう、おおかた、虫に脳みそを食い破られる幻覚でも見てるのではないか?」
キサラギの絶叫も想定内のようで2人は淡々と会話をしている。
「確かに、そういったパターンが多いと聞いています。そろそろ一回目は終わりですね。」
そうレイトが言うとキサラギの悲鳴もおさまってきた。
「そうか、耐えきったか。キサラギ、気分はどうだ?」
「最悪です。」
キサラギはウシジマの問いに対して敬語で答えた。
「今のが1回目で、3回目まであるぞ」
レイトの言葉は絶望でしかなかった。
「やめろ!もう嫌だ!ふざけんな!」
「お前はは俺たちに逆らった。すると、こうなる。」
カワムラの悲鳴が部屋中に響いた。
「覚えたな、帝国には決して逆らうな。」
再び投与された薬品は、1度目よりも勢いよく侵入し、キサラギの細胞という細胞を破壊していった。キサラギはもう悲鳴さえも出せないでいた。ただ焦点の合わない目で宙を見つめて尋常なく痙攣していた。幻覚の中では、虫は、耳元ではいづりまわっていた。これが、脳みそに到達すると、これまでとは比べものにならないほどの激痛に襲われた。
「つーーーーーーッ!」
アイカワは叫ぶと身をよじった。
「無様だな。キサラギ。その甘い考えのせいで、カワムラは地獄をみ、そしてお前も地獄を見ている。軍人として必要なのは結果だ。過去のことや仲間、そんなものは任務の邪魔だ。任務を達成できないものには、地獄が待っている。この痛みを忘れるな。」
これが、シロムネ帝国の教育だった。痛みで判断力が鈍らせ、些細なことでも逆らえば即座にさらなる激痛を叩き込むことによって、軍人として理想的な人格を作り上げていた。
「3回目の投入。行きます。」
レイトは注射器のピストンを押した。
「こいつ、生きてます?応答がないんですが。」
レイトはキサラギの体を叩きながらいった。
「そろそろ起きるだろう。それより、カワムラを連れてこい。」
「了解しました。」
ウシジマに対して、使用人が答える。程なくして、カワムラが拘束具なしで連れてこられた。カワムラはキサラギを見て、言った。
「キサラギ、起きろ!何されたんだ!」
「んっ、あぁカワムラ・・・。お前か。」
キサラギはその時にはもう、冷たい眼をしていた。
「キサラギ、こいつは誰だ?我々にこんな雑魚は不要だ。お前の手で処分しろ。」
「了解しました!」
キサラギは、ハキハキと答え、カワムラに近づいてきた。
「キサラギ・・・?」
キサラギがカワムラを殴ると、カワムラが壁に激突し、壁は砕け散った。
「キサラギ、お前は力の加減ができていない。もう、今まで通りの力ではない。」
ウシジマは、壁に埋まっているイワツキを見ると、言った。
「はい、理解しました。申し訳ありません。」
「わかってるならいい。次の任務はお前を連れ戻そうとしてくるやつらを始末しろ。特別訓練所に来るように手配してやる。それまで時間があるがな。案内してやれ。」
ウシジマはそういうと、踵を返した。
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「それで、お前を殺せば任務完了。じゃあねカゲミヤ。」
キサラギさんは俺にナイフを突きつけながら言った。俺をカゲミヤと呼ぶキサラギさんなんて知らない。くそ、こんなところで死ぬのか。もっとやりたいことあったな。
「カゲミヤーーーーーーッ!」
ヒレイの声がした。ヒレイは思いっきり銃を連射する。
「やっぱりか!」
キサラギさんは華麗に銃弾を避けながら言った。
「こっちだ。こい!」
ヒレイの飛行機に飛び乗ったとき、キサラギさんの左手が俺の肩をかすった。それだけで軍服がさけ、肩から血が出る。軍服は戦闘用だ。ナイフにも耐える。なのに、銃弾を避けながら左手のカス当たりで肉まで避けるなんて・・・。
「化け物・・。」
そう言ったときアイカワさんの動きが止まった気がした。ヒレイは夢中で、空へと飛び立つ、
「うぁーーーーーーーッ!」
飛び乗っただけてなんの固定もしていない俺にはきつい運転だ。でも、こうでもしないと逃げ切れない。あのとき、止まったのにすぐに跳んキサラギさんは、20メートルは跳んでいたんじゃないだろうか。
「カゲミヤ、もう大丈夫だ。キサラギさんに何があったんだ?」
ヒレイが聞いてくる。
「この国には、魔力持ちと呼ばれる、超人的なことができる人たちがいるらしいんだ。キサラギさんはそれの一番上、Aランクになった。洗脳でもう人格も変わっていて、俺を殺そうとしてきた。あの人は、もう俺たちの知ってキサラギさんじゃない。」
そう、あんな人知らない。俺は憎々しげに言った。殺そうとしてきた。
「そうか、じゃあキサラギさんを元に戻そう。ウシジマのところに行こう。あいつがやったんだったら何か知ってるはず。」
だが、ヒレイの口から出た言葉はおれの想像の軽く上を言った。
「はぁ?お前何言ってんだ。もう、俺たちの知ってるキサラギさんはもういないんだぞ!元に戻せるわけないだろ!」
俺は叫んだ。
「もう、戻せなくても」
ヒレイは呟いた。
「戻せなくても、俺は、もう一度キサラギさんに会いたい。だから、無理だとしても、諦めることなんてできない。そのためだったらウシジマにだって喧嘩を売れる!でも、1人じゃ無理だ。絶対に無理だ。だから、手伝ってくれ!必ず、対価は払うから。」
俺は苦笑した。
「ウシジマに喧嘩を売るより怖いことなんかねーだろ。世界の全部をもらっても、全員がいらないから、大人しく過ごしていたいっっていうぞ。それに見合う対価なんていったい、何をくれるんだ?」
「えっ、えっと俺の・・・預金とか?」
ヒレイはあたふたしながら言った。
「いらねーよ。生き残らないともらえないから、貰える確率とか天文学的数字レベルだろ。俺も喧嘩売ってやる。手伝ってやる。でも、ウシジマはキサラギさんより化け物なんだろ。どうやって勝つんだ?」
そこが一番の難点だ。20メートルぐらいジャンプして、ナイフをどっからか作って、左手が掠ったら防護服も効かないとかいうキサラギさんより化け物なんだ。どうやって勝つんだ。無理だろ。
「俺は、アルマ王国に視察に来たときにウシジマを見たことあるから知ってんだ。見た瞬間わかった。あぁ、あいつはバケモンだ。勝てないってね。第1部隊とウシジマだけだ。無理だと思ったのは。お前が想像してるよりも、よっぽどバケモンなんだから。」
俺はヒレイに言った。まぁ言っても何も変わらないとは思うが・・・。
「大丈夫だ。俺たちなら勝てる。」