筆
筆を握らねば字は書けぬ。
筆を握ろうとしただけでは、当然字は書けない。
握っただけでも書く意思が伴わなければ意味がない。
筆を握らねば字は書けぬのだ。
当然の如くそうなのである。
私は筆が怖い。
怖くて手に取れぬ。
取ろうにも取れぬ。
なんと悔しいことか。
のう、誰かよ。
私のために字を書いてはくれまいか。
そんな自分勝手な妄想ばかりして、私は今日も湖の底で佇まる。
外から投げ入れられる小石は怖い。
中れば痛いし、案の定血も流れよう。
私は血を流したくはない。
されど人は言うのだ。
傷なくして獲物は狩れぬと。
ならもういっそ、私は獲物なんぞ欲しくはないと思う。
傷つくくらいなら腹が減っても構わない。
死にたくはないが。
故に、私はこういい聞かせたいのだ。
筆を握らねば人は死ぬと。