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ファミリー

 内装の打ち合わせ等々……平成6年式のカローラを運転して、末松忠が磐田から下道でやって来た。

 当然のことながら、紗唯を助手席に乗せて――。

 途中で脇見渋滞(すれ違いざまに事故現場を見物するため、スピードを緩めることによって生じる渋滞)に巻き込まれたそうだが……1週間記念は、滞りなく迎えることができた。

 ちゃんと毎日下着も替えるし、シャワーも浴びる――先週と同じ服装だったが、そこら辺の汚ギャルと違って、紗唯はいい匂いがした。

 ……この表現がオヤジ臭い。

 何気に、ノネナールとか分泌してるかもしれない。

 ナマ足ブーツの臭いを嗅いだことがないので何とも言えないが……と言うか、比較したくもない。

 絶対評価だとか相対評価だとか……義務教育をとっくの昔に卒業しているおれにとっては、近年の通知表問題なんてどうでもいい話だ。



 猫は、人間の7倍のスピードで老けるらしい。

 20倍だとしても、紗唯より……。

 ジュリアーノは、未だに――ダンボールハウスに住んでいた。

 どこの世界も、景気は相変わらず横ばい若しくは悪化傾向にあるらしい。

 しかし、設備投資だけは若干回復されたと言えるだろう。

 まだまだ――未来は、捨てたもんじゃあない!

 以前は屋根がなかったが、露天の上方でミニハムずが踊っていた。

 地味な黄土色の外壁に、華やかなピンクの傘が、赤色のビニールテープで固定されていた。

 ちょこっとずつリフォームが進んでいる。

「エサを与えないで下さい」と書かれていなかったのが理由かどうかはわからないが……今のところ、食うには困っていない様子だった。

 出るモノも、ちゃんと出ていた。

 ……食前の、ちょっといい話でした。

 みんなで、近くのガストで夕メシを食った。

 ぃや……おれにとっては、夕メシではなくタダ(・・)メシか。

 ラッキーなことに、改装業者のおやっさんにおごってもらえた。

 もっとラッキーな人は、世の中に大勢いるが……。

 一昨年の今日(おととしに今日はねぇけど)飲み代を出して……ベロンベロンだったらしいから、その記憶もアヤシイのだが……年末ジャンボ宝くじで1千万当たったらしく……その験担げんかつぎだそうだ。

 そのうちの1%が今年の軍資金に充てられ、その1割は払い戻しが確定していて……とにかく、金は天下の廻りものだ。

 この不況下では実感できないが……。

 夢を金で買える人間が羨ましい。

 おれの夢は……まぁ、いい。

 昨年の今日(去年にも今日はねぇけど)の話はなかったから、下一桁が同じなら漏れなく貰える当籤とうせん金額を受け取っただけだろう。

「ギャンブルで儲けた金は、ギャンブルに消えていく」――昔、誰かが言ってた。

 ……停滞してるよりはマシだ。

 消費レヴェルで廻る金と即効性の経済効果を考慮すれば、一人が3億円を手に入れるより百万人に3万円ずつ配ったほうが、利益主義社会にとっては有益だと思うのだが……それじゃぁ、企業にとっても個人にとっても有益ではないのだろう。

 金額も然ることながら、稀少きしょう価値の高い僥倖ぎょうこうが魅力なのかもしれない。

「何でも好きなの頼んでいいよ」って言われても、何でも好きなの頼める性格じゃない。

 みんなが高価なステーキ系を注文する中で、おれはお手頃価格のセットメニューを指差し、店員のコに「ライスで」と言った。

 ドリンクバーを奨められたが、頭をX軸方向に振った。

 ……一度でいいから「ミディアムで」とか言ってみたい。

 当然のことながら、おれの注文した料理が一番安かった。

 同じ料理だから、紗唯とタイ記録だったが……。

 注文を済ませてから、おれと紗唯は移動した。

「大家族スペシャルみたい」

「……子供が1人じゃ、数字獲れねぇな」

 喫煙席の大所帯は、泡立つジョッキで盛り上がっていた。

「ママが死んでから、ずっとパパとふたりだけだったから……憧れだったんだぁ、こぉゆぅの」

 禁煙席に、コンソメスープが来た。

「再婚してくれたら、家族が増えたのに」

 ――そのセリフの意図は、おれの【先】のことを想定したものだったのか……この中途半端な認識力が、自己嫌悪の抜本塞源ばっぽんそくげんを不可能せしめるんだ。

 大人の定義も知らずに大人になろうと――ひげが生え始め、チン毛がボーボーになって、調子に乗って思考力もフサフサにしようとしている。

「そうだね。家族がたくさんいると楽しいね」

 って返せば、それでいいじゃねぇか。

「できるわけねぇよ。だって、愛してたんだぜ」

 ……言えるわけねぇよ。だって、返しが怖いから。

 まるで――2打でしずめれば優勝できる、マスターズ18番ホールのロングパットを打つくらいの心境だ。

 全然、心はしずまりません。


☆☆


 家族ぐるみの付き合いをウザいと思っていたことが、結婚願望を抑制させる言い訳のひとつでもあったが……家族として受け入れられたような呼ばれ方を、今日のおれが鬱陶うっとうしいと感じることはなかった。

 全盛期の若乃花の半分……ぃや、5分の2くらいか?

 目方めかた的には。

 それなのに、って言うのも変だけど……なぜ紗唯がおれのことをそう呼ぶのか――その理由をたずねなかったということは……おれの中にあるのは、恋愛とは違う感情なのかもしれない。

 まぁ、恋愛に定義なんてものはないけど……それでも、紗唯を愛しいと思う気持ちは、我ながらホンモノだと確信を持って言える。

 にも拘わらず……全く記憶がない。

 出逢ってから今日まで――おれは紗唯のことを、どう呼んでいただろう?

「ロザミー」じゃないことだけは、確かだと思うけど……。


   おにぃちゃん、って呼んでいぃ?


 11月11日――おれは「おにぃさん」から「おにぃちゃん」に、クラスチェンジした。

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