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ぺーパーウェディング

 親父と仲のいい年頃の娘――それが異常だと感じるのは、テレビなんかから入ってくる情報の影響もあるが……結局、おれがひねくれた人間だからだろう。

 と、素直に非を認めることができなかったのは……その父娘が、一般家庭とは異質の苦悩を背負っていたからだ。

 援交やってて性病持ってて、しゃべればタメ口、意味不明。風呂に入らず、パンツも替えない、くっさいくっさいヨゴレギャル――どこからソースされたのか、普通の女子高生に対するおれの見解は、以前と全く変化がない。

 末松紗唯は特別だ。

 ぃや……他の女なんてどうでもいい。

 今は……そう思わなきゃ、失礼だ。

 仕事としては成立していなくても、自己満足のレヴェルで自己表現する人たちのことを、最近ではアピーラーと呼ぶらしい。

 ……アピーラーじゃない人間なんているのだろうか?

 自分を伝えたいというのは人間の素直な欲望だ。

 やりたいことが何もないと言って現実に存在することを絶望している人は、結局のところ自己欺瞞(ぎまん)だと思う。

 自分の世界を侵されるのが恐くて周りに評価されるのを恐れてるから口に出さないだけで、誰にだって……おれにだって、やりたいことはある。

 とにかく……自分の娘を含め、そういう人たちのために自己表現の場を与えてやりたいという親心が――おれにとっては、今年二度目の奇蹟の始まりになった。

 当然のことながら、奇蹟にはそれなりのインフラが不可欠で――でき過ぎたマグレを感じることが、最近では多々ある。

 岐阜の親父と岩手の母親が、どういうわけか出会ってしまった偶然から話し出したらきりがないが……必然だなんて思いたくないことよりも、そっちのほうが量的には多い。

 質的には、全くお話にならない。

 磐田に住んでいた末松忠が、妻の故郷である名古屋にその拠点を築こうと考えたことも、おれにとっては奇蹟的な偶然で……天国にいる紗唯の母親にも感謝しなければならない。

 おれが今の会社で働けているのも、高3の時クラスメートだった織田信乃のおかげで……感謝すべき対象が多過ぎる。

 素直じゃないおれが、その気持ちを口に出して言うことはないだろうが……。

 物件の仲介をする仕事は、人と出会う機会が多い。

 利潤を生むためには【幅広く】が重要で、浅い深いはどうでもいい。

 より深いほうが拡がる可能性が高いような気がするが……残念ながら、そういうものでもない。

 むしろ――深入りすべきではない。

 恋と呼んでいいものかどうかわからないが……初めての失恋で、おれは自分がいかに脆弱ぜいじゃくであるかを悟った。

 客は女ばかりじゃないし……可愛いコばかりでもない。

 だから、身のほどを知らず面食いなおれが、客と恋愛関係になることは極めてまれで――頭ではわかっていても、昔と比べて心は随分と消極的になったと思う。

 古い客――とは言っても、半年程度の付き合いだが……彼らには、以前と変わらない対応でつとめているつもりだ。

 アピーラー支援計画の概要を聴いたおれは、真っ先に名前が浮かんだ――大家平と末松忠を引き合わせた。

 似たもの同士と言うか……あっさりすんなり、対談は集約した。

 ……酒が入る大分前に。

 そして、本契約の今日――公休日なんておれには関係ないが……文化の日の振替休日に、末松忠は最愛の娘を連れて来た。



 契約後、速攻で新台に誘われた大人たちは――13時を過ぎても帰ってこなかった。

 探しに行こうかと思ったが、充満した煙草の煙とくさにおいにスーツを侵されたくなかったので、昼メシは二人で摂ることにした。

 アプローチに出て、パチンコ屋とは真逆の方角を向くと――おれの短いストライドでも1分と要しないくらいの距離に、安価の匂いを漂わせるオレンジ色の看板が見えた。

「食べたことがないから食べてみたい」

 助かった。

 ……ぃや、助かる見込みは――。

 今が【3食食べると1杯タダになるフェア】じゃなかったのが残念だった。

 正式名称はそんなじゃなかったと思うが……アレは重宝する。

 ひとりで外食する時のヘビーローテーションだった。

 因みに、おれは吉牛で「並」としか注文したことがない。

 そんなこととは比べものにならないくらい……残念という言葉では表現できない。

 吉野家は混んでいた。席が空いてなかったので、テイクアウトにした。バリバリの和食なのに「TAKE OUT」って言うのもなぁ……。

 中途半端に西洋かぶれってのも、日本文化っちゃぁ日本文化っぽいか。

 器が丼じゃないから牛()と呼ぶべきじゃないのかもしれないが、味に大差はないと思う。

 たとえあったとしても、おれはグルメじゃないし……。

 ――待っていれば【早さ】を、少しくらいは感じなくて済んだかもしれない。

「15かぁ……わけぇな」

「今年、6」

「じゃ、ちょうどひと回り違うんだな」

「いくつ?」

「今年、8。キティちゃんとタメ」

「12コ違いだよ」

「だから、ひと回りだろ?」

「ひとまわりって、10歳じゃないの?」

「干支がひと回り」

「へーぇ」

「寅だろ?」

「わかんない」

「寅だよ」

「ふーん」

 ホントに……「不運」としか、言いようがない。


☆☆


 トラはネコ科だ。

 プロフィールの身長と体重がリンゴで表記されているキティちゃんも、たぶん。

 そんなつながりか……牛を買った後の帰り道――狭い路地に続くその脇に、行きには見掛けなかったダンボールの箱が置いてあった。

 上部の蓋を3枚を折り目から切り取って、残りのひとつを思いっきり外に折り曲げ、そこに桃色のマジックで「じゅりあーのちゃんはいーこなのでいーひとがもらってください」とつづられていた。

 稚拙ちせつな文字に……切なる想いを感じた。

「頼んでやろうか?」

 しゃがみ込んだ背中におれは声をかけたが、首を横に振って、紗唯は小さめのショルダーバッグからポケットサイズのデジカメを取り出した。

「さみしいでしょ? すぐママがいなくなったら」

 細い指が、か細い声を写した。

「紗唯、もうすぐ死んじゃうんだ」

 答えは――早かった。

 おれが言葉の裏の意味を考える必要もなく……早過ぎると思った。

 オリンパスを仕舞しまい、立ち上がって振り返ったピンクの唇は、精一杯に大人を演じようと……そのフレーズは、仔猫の哀訴よりも純粋に、おれの薄っぺらな胸にこだました。


   好きになったら、迷惑ですか?


 11月4日――恐らく1周年記念すら一緒に祝えないが……おれと紗唯は、出逢った。

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