表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

ネイル

 ドライヤーのプラグをコンセントから引き抜く時に、ビデオデッキのデジタルを覗いたら――12月になっていた。

 カラスの行水を見たことがないから、確かなことは言えないが……おれが浴槽に浸かっている時間は、それに近いほうだと思う。

 フリーズドライ製法ではなく、生麺タイプで軽く湯通しする程度だ――と言ったら過言ではあるが、逆上のぼせて立ちくらみを起こすことがしばしばあるから、熱い時は特に長湯をしないよう心掛けている。

 しかし、今日……じゃない。

 昨日は、いつもより長かった。

 入浴剤が乳白色だったからじゃない。

 睡魔と熱戦を繰り広げていたからでもない。

 微温湯ぬるまゆに浸かっていたわけでもない。

 人生の話じゃないから……。

 案の定、洗い場と浴槽を隔てる高い敷居に腰掛けて――治まるのを待った。

 何でこの高さなのか、よくわからない。

 そこだけ掘るか、建物全体をボトムアップするか……プールみたくすりゃいいのに。

 危なっかしぃ。

 そのうち怪我人が出るぞ。

 おれ……じゃなくても別にいいが、今度家を建てる時はバリアフリー設計にしなきゃいけない。

 プールでおしっこ――ケガした人間が言うセリフじゃねぇけど……。

 先生の言う通り、プールサイドは走っちゃいけない。

「激しい運動は控えるように」と言った主治医は【その行為】に関して、何か注意事項でも挙げただろうか?

 ……イチイチ相談も報告もしないか。

 携帯の請求書が入っていた封筒の、のりしろの部分を上手に破ってパーティー開き風に広げた。

 備えあれば憂いなし。

 ――あれは、ウソ。

 どれだけ備えたって、メチャメチャ憂いはある。

 おれに限ったことかもしれねぇけど……。

 一応――爪を切った。

 AV男優ほどじゃないが、おれの中ではかなり深爪の部類に入る。

 おれはボーリングをすると、親指(右利きだから、右手)の爪が変な角度で割れる。

 その度に、親指の右上(人差指に近いほう)だけがカケた異形の深爪になる。

 カルシウム不足かもしれない。

 背も伸びなかったし……。

 根本的に、学校給食が間違っている。

 毎昼食、ご飯に牛乳て……。

 まぁ、パンの時もあったけども。

 それがなければ、もっと飲んでいたかもしれない。

 基本的に、牛乳嫌いではないから。

 まぁ……金を出してまで飲もうとは思わねぇけど。

 ――後悔後立ち。

 今ある選択肢に、後悔しないものはひとつもない。

 十指を、深爪切り男〈フカヅメキリオ〉状態にした。

 柄に付いている普段は使わないヤスリで、引っ掛かりがないように面取りもした。

 ついでに、足の指の爪も切った。

 こっちはいつもと変わらない程度に。

 たぶん……ソレで、紗唯を傷付けるようなプレイはしないだろうから。

 爪を切ったくらいで、急にテクニックが身に付くわけでもない。

 おれには紗唯をイかすことができないだろう。

 生かすことも……。

 散乱した破片を中央に寄せて落ちないように丸め、請求書在中をゴミ箱に捨てた。

 夜中に爪を切るのは縁起が悪いらしいが……今のおれに不幸を感じさせる事象は、今のおれには見当が付かない。

 森本家の家事担当者の訃報を聞いたとしても、だ。

 これから何かと不便になると思うことはあるかもしれないが、それが不幸だとは思わない。

 望みもしない組み合わせのチミンシトシングアニンアデニンを新たに生成した親には、運命に問責される義務がある。

 死は、繁殖する生命体全てに強いられるあがなうべき当然の報いだ。

 であるならば、遺伝子を未来に残せない紗唯が今を生きられないことは、不自然だ。

 もしも……生命を産む経緯にある行為でさえも贖罪しょくざいの対象になるのなら――カラダが繋がり合うことで、素直に受け入れられるのだろうか?

 紗唯の命運も……いつか必ず訪れる自分の死も……そして、罪深き彼女の――。

 観賞し終わったDVDをMebiusから出して、ケースに戻した。

 ――ぁ。

 辞表を提出した日の夜、MURAMASAを購入した。

 懐に余裕はないんだけど……かなり思い切った。

 HDD機能に魅力を感じたからじゃない。

 デザインと……名前の響きで、最初から「コレ」と決めてエイデンに行った。

 ホイールパッドでカーソルを移動させる時、予期せずクリック状態になってしまうからマウスも。

 ホコリで動きが鈍くならない光学のやつ。

 少し時間にゆとりができるだろうから、タブレットまで……衝動買いした。

 またもや、田中且行の時間を奪ってしまった。

 テレビの時ほどじゃねぇけど……。

 LaVieはおれの私物だが、最期まで社用で使うことにした。拾う神があれば、その後くれてやるつもりだけど……こんな縁起の悪いプレミアの付いたノートパソコンを欲しがるやつなんて、滅多にいないだろう。

 両サイドのPUSHボタンを押してコネクタをケツから抜き、充電ランプが消えた携帯を開けた。

 紗唯がやって来る。

 カローラも同伴だ。

 こっちで1泊する。

 ――最新の着信履歴を閉じた。

 プレゼントが要る。

 誕生日に逢うから、

 ってわけでもない。

 恋人同士だったら、

 自然に求めるコト。

 ――返信内容は、正夢に託すことにしよう。

 こうやって悩んでること自体、おれにとっては夢のような話だけど……。

 逆夢にならないことを祈って……。

 アラーム設定を確認して、枕許に置いた。

 12月1日1時21分――液晶画面の灯りが消えた。

 部屋の灯りを消した。

 ベッドの角に左足の小指をぶつけて、敷布にそのまま、うつ伏せで倒れ込んだ。

 治まるのを、待った――。


   大好きなおにぃちゃんと


 また……


   大好きなマコっちゃんと


 声が――


   セックスがしたいです


 ダブった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ