アフロディーテ
最初に付け加えておくが――おれは無神論者だ。
生粋の、ってわけじゃなく……基本的に。
神を全否定しているわけじゃなく、それが願いを叶えてくれる存在として人の心に君臨すると考えられていることに異を唱える。
そういった意味では、無信論者と書いたほうが正確かもしれない。
信仰がないおれは、アヤしい宗教団体にハマる心配はないだろう。
それでも、ずっと期待していた。
何かがおれを……おれを取り巻く環境が変わってくれることを。
愛と美の女神に嫌われていることは――生まれた瞬間から、既にわかっていたことだ。
今さら驚くことじゃない。
ただ……こんな悪戯をされるとは、予想だにしなかった。
失恋が、これほど虚しいものだなんて……いっそのこと、恋心なんて芽生えないままでいたほうが、幸せだったのかもしれない。
……だから神は、お節介にも叶わぬ恋をプレゼントしてくれたのか。
孤独は、淋しくはなかった……と言ったらウソになる。
しかし、耐えられないほどじゃなかった。
女のいない人生を歩むことに抵抗はあっても、人生の全てが女ではないと割り切れていた筈だった。
そう――女のいる人生の素晴らしさを知る機会さえ訪れなければ……。
恋愛は、依存症だ。一度でもハマると、一生抜け出せない。
気付かなきゃ幸せなことなんて、世の中には沢山ある。
この不況だって――数字にしか目が向いていないから、開示された情報の全てが絶望的に感じるんだ。
殆どの国民が本質を理解していないから、何も改善されない。
暗愚な人間が……ちっちゃい人間が、背伸びをするもんじゃない。
世の中には、変われる人間と変われない人間がいる。
肉体じゃなく、精神面で。
それは先天的性質であって、環境によるものではない。
自分が変わる切っ掛けになった恩人と出逢えた人には、元々変わる素質が備わっていたということになる。
素質のないやつにはそういう出遭いが訪れないか、若しくは……誰かに影響を与えるような偉人に出会っても、その凡人に魅力を感じないかだ。
「自分が変わらなければ、周囲の評価は変わらない」
――そういうセリフを簡単に吐ける人間には、変われないマイノリティの心を動かすことはできない。
……何をやっても無駄だ。
運命は変えられない。
今の自分が嫌いで、変わりたいのに――現時点において変われないやつは、自分がいつか変われる人間であると思い込むことしかできない。
思うことを忘れなければ、まだ救いはある。
と、思い込んでいる。
だからおれも、そっち側の強い人間だったらいいなぁと思って……こんなおれが、求めるべきじゃなかった。
宝石屋にとっては【いいお客様】になったかもしれないが……。
嘘か真か、誰にでも人生には3回、モテ期なるものが用意されているらしい。
とりあえず1回……と半分くらいは、こんなおれにも例外なくやってきた。
モテ始めたのは、ダイヤモンドを手に入れてからだたな。
IFだとかハート&キューピットだとか……価値が全くわからないが、これだけは何となくわかる。
「女の大半は、宝石や貴金属が好き」
――後悔の元凶は、そこにあるのかもしれない。
取っ掛かりにミテクレだけでもと思い、貴顕紳士を装ってはみたものの……見掛け倒しに終わった。
変革の第一歩のつもりが、右足も左足も動かなかった。
前のめりで倒れて顔面強打するほど、気持ちだけが前進しようとすることもなかった。
十六&ジェリーの普通預金通帳には、著しい数字の変化が見られたのだが……。
自分は変わろうとせず、おれを認めてくれる女が現れるのを……ただ待っていた。
そんなおれの前に、理想の女が現れること自体が間違いだったんだ。
疑うべきだった。
そうすれば、おれのキズは――カサブタすらできない、かすり傷程度で済んでいたかもしれないのに。
……甘かった。
おれが前世で犯したであろう罪は、裁判長の裁量で定められた時間が解決してくれるものだと考えていた。
初めて告白されて――女子とクラスメート以上の付き合いがなかった27年8ヶ月が、おれの刑期だったのだと。
……あまチャンだった。
おれは未だ、許される運命にないらしい。
順序的には、恋愛感情が生まれた後にセックスへ――という流れだ。
例外を除けば、の話だが……。
セックスが先なら、こんなに想いを引き摺ることはなかっただろう。
中途半端な大恋愛には、決して発展しないから……。
日本人として生まれたのも、きっと運命だ。
英語圏の人間は「Iの前にはHがある」と言うかもしれない。
こんなバリバリの日本語でじゃなく、流暢なアルファベッドを用いて。
けど、おれは典型的な現代日本人なだけに「アイから始まります」と、円楽さんから座布団1枚もらえるくらいの上手いことを言える。
性病を飼っていることを自覚しているにも拘わらず、遊び感覚で伝染し捲れるアホなコギャルのような図太い神経は、おれにはない。
おれの心臓が宅急便で運送される時には、間違いなく【ワレモノ】のシールが貼られる筈だ。
とにかく……おれの心は、それくらい繊細だ。
お粗末な程に翻弄されるおれを、神々は天空から俯瞰して嘲笑っているに違いない。
他に目を向けるべき事態が、今この瞬間に世界中で起こっているだろうに……。
彼らの暇潰しの対象として――実らない奇蹟は、残されたおれの余生で……また何回か訪れるのだろうか?
おれのほうから求める可能性は、限りなくゼロに近い。
この喪失感は、少なくとも……今年いっぱいはヒキズリそうだ。