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 引継ぎやら労働なんたら法に関わるやら――色々あって、正式に辞められるのは年末……ってことはないか。

 クリスマスの前くらいになるだろう。

「そうかそうか」と言うのが、徳川家郎の口癖だ。

 おれの辞表を受理した時も、少し間を置いてから、そう言った。

 他には……何も訊かなかった。

 他には――これといって特筆すべき出来事は、この月末に起きてはいない。

 強いて挙げれば……10月より給料がちょっと良かったことくらいだ。

 基本給は全く変わらないが、プラス歩合のほうでちょこっと稼げた。

 貢献してくれた人たちに感謝しなければならない。

 言葉に出すことはないだろうけど……。

 メシ・フロ完備の家には一銭も金を入れてないし、ガソリンハイオクもJAのカードで親父の口座から引き落とされている。

 それなのに、ここ2ヶ月は――なんか預金通帳の数字の減りが大きい。

 貴金属系の支払に給料の半分以上が飛んでいく現状を除いたとしても……。

 結婚する予定もないのに……。

 ぃや、その資格はもう失った。

 結婚が幸福の最高峰に位置するとは考えていないが……彼女をフった瞬間から、おれの恋愛運の欄には一生【×】が貼り付けられることになると――それが、文字通り【罰】だと思った。

 それをおれに悟らせるために、神はおれと紗唯を惹き逢わせたのかもしれない。

おれが犯した【罪】のために、紗唯は病に侵されて――彼女を取り巻く周りの人たちの人生まで、おれは不幸にしている。

 世の中は自分を中心に廻っているのだと……天動説が、正論に思えてくる。

 おれが金を貸すのは、ひとがいーからじゃない。

 自分が困った時に救われる権利が欲しいから、困っている人に金を貸している。

 本当に救われるかどうかなんてわからないが――ダメだった時は、思いっきり神に文句を言える。

 何人も救っているおれには、その資格が充分ある。

 おれは基本的に無神論者だが、都合のいい時にだけその【存在】を認めている。

 信じてるんじゃなくて、認めているだけ。

 そんな神が、おれを救ってくれるとは到底思えないけど……。

 300万もの金が貸し倒れたら、人間不信に陥る格好の言い訳を手に入れることができるだろう。

 目の前に飢えで苦しむ子供が現れて見殺しにしたとしても、誰もおれを責めることはできない。

 高い授業料だったと、諦め……られるか!

 大学の学費の二の舞はご免だ。

 おれが払ったわけじゃねぇけど……。

 とにかく――大家平にはジャンジャン稼いでもらわないと困る。

 他人に金を貸しといて、借金するなんてアホらしい。

 言葉に出すことはないだろうけど……。

 思えば――宝石屋との取引が始まってからだ、金運が乱れたのは。

 同時期に、女運が突然舞い込んできた。

 所長(今のところ、徳川家朗はおれの上司)の知り合いの姓名判断の先生(役場で登録できないような難しい漢字をふんだんに使った、中国人みたいな名前だったと思う)に診てもらったら、貯蓄ができない運勢らしく、おれの財は全て女に吸い取られるらしい。

 ――金との相性が悪いんだろうか?

 ……女との相性がいいとも思えない。

 どっちも、所詮は人間の産物だ。

 やっぱり、自然の産物には敵わない。

 と、思うことにしよう。



 12時38分――メールを受信した。

 77円レンタルのお知らせだ。

 今日は店長の誕生日で、毎年何やんやイベントをやっている。

 と言っても、今年でまだ2度目なのだが……。

 何故、77円なのかは不明。

 星野監督を、未だに引き摺っているのかもしれない。

 補足しておくが、愛知県民のみんながみんな中日ドラゴンズファンではない。

 野球に興味すらない人だっている。

 だから「どこのファン?」って訊いても会話が成立しないことがある。

 相手が「ピストンズ」って答えても怒らないように。

 当たり前だが、毎年喜寿を迎えているわけでもない。

 まだまだ、おれたちよりも若い。

「たち」に含まれるのは紗唯ではなく、おれの幼馴染みでタメの椎礼琉。

 このビデオ屋でバイトしている。

 彼もいろいろ大変だ。

「彼」とは椎礼琉ではなく、渋谷福之新。

 親の事故死で、突然ビデオ屋を譲り受け――経済学部を可もなく不可もなく無難に卒業した直後、経営学に本腰を入れる羽目になった……タイミングの悪い青年だ。

 ……可はあるか。

 でなきゃ、学士を修得できない。

 って言うか、おれは会員でも何でもねぇのに……新規開拓か?

 浅宮要次(こいつも幼馴染み)にもこのメールは届いている筈だから、たぶん行くだろう。

 あいつの場合は、コストパフォーマンスなんて大して関係ないだろうけど……。

 おれは……今はまだ、遇いたくない。

 あの日以降――雑誌の表紙の「おりおん」という見出しが目に入ってしまうだけで、ちょっと吐き気を催す。

 だんだん仕事が増え始めて、忙しい日々を送っていそうだ。

 おれのことなんて、もう忘れているかもしれない。

 おれは、どれくらい時間をかければ気持ちの整理ができるだろう?

 ぃや……きっと、時間じゃない。

 ――何でそっち方面のことばっか考えるんだ?

 桃暖簾の掛かったコーナーに入んなきゃいいんじゃん。

 それでも、やっぱり……そう。

「西向く侍」というゴロ合わせがある。

 31日までない月を、そう表す。

 覚えてたって、何の得もねぇけど……。

 水平リーベ僕の船。七曲がるシップス、クラークか……使えねぇ。

 何でこう、使えない知識ばっか身に付くんだ?

 ゴギョウ・ハコベラ・セリ・ナズナ・スズナ・スズシロ・ホトケノザ――名称を羅列られつできたって、万病を防げやしない。

 かゆなんて食わねぇし……ゴロじゃねぇか、これは。

 2(に)4(し)6(む)9(く)は良しとして、サムライってどぉゆぅことやねん。

 霜月――陰暦の呼び方でも、やっぱ関係ないやん。

 まぁ……あと11時間も経てば11月は11ヶ月後までやってこないから、深く考えるのは止そう。


☆☆


 12時49分――メールを受信した。

 エロ系のやつ。

 最近、矢鱈と送られてくる。

 どっかの会社から、おれの個人情報が漏洩ろうえいしてんじゃねぇか?

 企業間取引ってやつね。

 情報公開はできないけど、情報交換はヤリ放題ってか。

 まぁ、いいんじゃない?

 顧客が増えて、それでビジネスの幅が広がれば。

 夜中だったり朝方だったり――同じような広告だから、送信者は不規則な生活を送っているに違いない。

 興味がないから、着信拒否設定すればいいのだが……取説を開くのも面倒臭い。

 メールと電話の基本的な機能だけ使えれば、それでいい。

 それから、時計と計算機と……。


☆☆☆


 12時56分――メールを受信した。

 ……忙しかったことにしよう。

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