~Chapter5~過去と融合する一筋の光『その強い瞬きに思わず目が眩む』
水に浮かぶウンディーネを回収し陸地へ寝かせる。死んではいないようで胸が上下しているのがみてとれる。
「おーい、ユウリくーん!!」
「シャル……。それにアイさんも」
サラの服をどうしようかと考えていた所にシャルたちがやって来る。アイさんの背中には赤毛の少女、リリ・カミュールが背負われていた。状況を聞くと、ファイラが飛び出すと同時に二人はリリ・カミュールの救出に向かったらしく、水の膜をどう破ろうかと思案していた矢先唐突に水の膜が無くなったらしい。恐らくはウンディーネが意識を手放すのと同時に膜が破れたのだろう。
シャルたちにもこちらの状況を説明し、シャルにサラの着替えを頼み、俺が長ったらしい、形式文章とともにウンディーネに手錠をかけた。
ファイラはシャルから服を受け取り着替えた。
「……く、うぅ……」
ウンディーネが薄目を開けつつ呻く。ウンディーネが意識を手放してからしばらくたってはいたが、思いの外早く目を覚ました。
「…………ここは……。そう、でした。私は……」
「負けたんだ、俺たちに」
拳銃をウンディーネの胸にあわせつつ言う。ウンディーネの能力は手錠ごときでは封じきれない。だからこそ、余計な動きをすれば殺す、ということを示して見せる。
「ウンディーネと言ったな。今回の事件を何故起こした。答えろ」
アイさんが威圧するように鋭い口調で問い詰める。服の着替えを終らしたシャルがウンディーネが目を覚ましたことに気づき真剣な表情で歩いてきた。
「……あな、たに、話す……ことは、ありま、せん」
虚勢を張るように呟くウンディーネ。ここにきて、銃口を向けられているのにそう言える根性に感服してしまいそうになる。
「……まあ、いい。拷問は後から―――」
「ですが……私の動きを、止める要因となった、あなたは……気に入りました……ヒントをあげ、ましょう」
アイさんの声を遮り、発言したウンディーネの視線の先には……。
「ぼ、ぼくですか?」
「ええ、あなた、ですよ。ファイラさん、と……言いましたかね」
驚いた表情を見せるファイラ。他の面々も驚きの表情をみせる。
だが、俺は別の部分で驚きを隠せずにいた。ウンディーネはファイラを気に入り、ヒントをだすという。そして、俺はエインセルに気に入られヒントを貰った。偶然か否か……。それとも、二人とも、個人的になにか信念でもあるのか。
「私、たちは……美しい、目的の、ため……動いている……」
「私たち―――戻りし楽園のことだな」
「組織の、名は……知っている、みたい……です、ね」
「ああ、隠そうと思うが無駄だ。で?その美しい目的とはなんだ?」
「隠すつもりは、なかった……ん、ですがね―――それに、貴方に話して、いるつもりは……ない、ですよ」
「……ちっ」
ニヤリと不適な笑みを浮かべるウンディーネに舌を打って、アイさんはファイラに目で指図する。
「ウンディーネさん、目的はなんなんですか?」
「……楽園の維持……それ、だけ……です」
「楽園?エデンの園のことをいってるんですか?それに維持って、どういう―――」
「そけまでは、お話……できません、よ」
「オイ!!自分の状況が分かってん―――」
「ら、ライさん。落ち着いてください。まずは、聞き出せることだけでも、聞き出しましょう」
「ちっ……わあったよ」
苛立った様子で首肯するライ。俺もライと同じ気分で、情報を小出しするウンディーネに苛立っていた。だが、こういう奴は自分のペースで喋らせないとかえって情報を得るのに時間がかかる。仕方がない。
「では、ウンディーネさん。なぜ、リリさんを誘拐―――いえ、楽園にいく資格のあるものとしてお連れしようと思ったのですか?」
「彼女は私たちと対話出来ないものと対話できる力がある。だからですよ」
「…………なぜ、そんな人物と対話をしたいんですか?」
「これ以上は言えませんよ」
「それでは―――」
ファイラが質問を変えようとした言葉をウンディーネは被せるように喋り始めた。
「そして、これ以上お話することはありません。穢れにやられたものは穢れとなる―――生きる資格もない」
「なっ、お前!?」
俺がウンディーネの言葉の真意に気づき止めようと気絶させるため手を振り上げる、だが―――。
「カハッ!!」
「ウンディーネさん!?」
ファイラの声を始め彼を呼ぶ面々。だが、ウンディーネはぜんまいの切れた人形のように、口から血を滴ながら横たわった。
「急にどうやって自殺を……!?」
アイさんが悔しげに眉を潜める。
「……恐らく、ウンディーネさんの体内の水を使って、心臓か、その他の臓器を潰したんだと思います」
ファイラが立ち上がりながらそう告げる。確かに、そう考えるのが一番辻褄があった。
悔しさに地団駄を踏みたい気持ちと、情報を小出しにされたせいで歯がゆさを感じる。今回の事件の全貌はこうだ。ウンディーネの指示でフィラル=スライトは霊昇村にマインドサウンドを設置。なんらかの目的でクロスファングを操り、リリ・カミュールを誘拐。その際に邪魔になる人物を殺した。
あらすじはこれであっているはずだ。だが、事件の背景が全く見えない。彼らは自らを戻りし楽園と称する宗教組織。元を辿ればノアの方舟が根本となるわけだ……。
ダメだ……。情報が少なすぎる。
俺は苛立ちを隠せず頭を掻く。そのとき。
「―――うぅん……」
「ん……?目を覚ましたか」
アイさんの後ろで眠る少女、リリが呻く。それを受け、ライは彼女にショッキングな画を見せぬために、ウンディーネの遺体を茂みに移動させる。
「―――ここ……?っ!?だれ!?」
自分の状況と、襲われたときの記憶をよみがえらせたからか怯えた声をあげて、アイさんの背で暴れるリリ。無理もない。
「とと……。お、落ち着いて。私たちは治安維持機関の人間、貴女を助けに来たんですよ」
アイさんが落ち着かせるように語りかける。それを受け、リリはピタリと止まり、治安維持の、と呟く。
「そーなんですか?ご、ごめんなさい」
「当たり前の反応だから気にしてない―――それより、立てるか?」
「はい、だいじょーぶです」
アイさんは頷きゆっくりとリリを降ろす。彼女はしっかりと自分の足でたつ。みたところ怪我もなく、体調もよさそうなので、ウンディーネが言っていたお連れする、という言葉が本当だったことがわかる。
「元気そうだな。私はこの部隊の隊長の奏坂愛だ」
アイさんの挨拶をきに、俺たちも名だけ名乗る。サラについては、シャルが説明を加えていた。
「………………」
「ん?俺の顔になにかついてるのか?」
「い、いえ……なんでもないです」
不思議そうな顔で俺を見ていたので気になって問いかけると慌てて目を反らせる。そういや……この感じどこかで……。そうだ。姉のカミュールさんも俺の顔を見ていたような……。
確かに、この村ではニホン風の顔や髪色というのは珍しいのかもしれない。だが、それならアイさんも注目されそうなものだが……。それとも、ニホン風の男子というのが気になるのか……。まあ、いい。もしかしたら、ただ単に姉妹共の知り合いの顔に俺の顔が似ているだけ、という落ちかもしれない。
「君を届けるのが先かもしれないが……少しだけ、ここで休憩がてらに君について話を聞きたいんだが……いいかな?」
アイさんはちらりとサラが眠る場所を振り向きながら伝える。サラが目を覚ますか否かもあるが、俺たちはそれに加えウンディーネの遺体も運ばなくてはならない。シャルやファイラに任せるわけにはいかないし……だとしたら、俺かライがウンディーネを担ぎ、サラが回復したとしても歩行を助るか、回復しなかったら担ぐかしなくてはいけないわけだ。そのためにもウンディーネと戦ってたまっている疲労を抜くことをアイさんは考慮にいれたのだろう。
「だいじょーぶです」
「そうか……なら、質問なんだが……そうだな、君の能力について教えてもらえるかな?霊昇村の住民は霊関連の能力が多いと聞いたが君もか?」
「はい!!あたしはおばばのこーけーしゃの、みこですから」
「みこ?後継者?」
聞きなれない言葉にアイさんは聞き返し俺たちは眉をひそめる。それと、おばばというのは……?
「そうです。あたしはみこに選ばれたからおばばの後を継ぐことに決まったんです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まず、巫女というのはなんだ?」
「あっ……!!みこっていうのはあたしのむらのいちばんえらいひとのことです」
「つまり、レイ・クラリスさんの、村長の後継者っていうことか?」
「うん。おばばのこーけーしゃだよ」
「あぁ……」
おばばとはクラリスさんのことだったのか。なるほど、つまり彼女は後の村長にあたるわけか。
「あっ、それで、あたしののーりょくは、すおいりちゃるびじょんです」
「スオイリチャルビジョン?どういう能力だ?」
「それは―――」
「その能力は特殊なのでの……ワシから話そう」
「えっ?」
「あっ、おばばさま!!」
俺たちが後方からの声に驚いて見るとクラリスさんが杖をついて歩いてきていた。それをいち早く見つけたリリがクラリスさんの元にかけより抱きつく。
そんなクラリスさんたちの後ろからはドゥーシュ大尉とリリの姉であるカミュールさんを始め、隊員とおぼしき若い人間が歩いてきていた。
「あぁ~、おねえちゃん!!」
「リリ!!よかった……無事だったんだ」
ギュッっと抱きしめながらカミュールさんがつぶやく。瞳は涙で潤んでいるようだった。
「大尉、どうして?」
「もうしわけありません中佐。現場の方が少し落ち着いたのでこちら向かったんですがその際お二人がついていきたいといわれて……断りきれず」
「もし、戦闘中だったり、何ものかに襲われたらどうするつもりで?」
「え〜と……それを考慮して、すぐに離脱できるよう高速移動の能力者二名と、異空合帯の能力者を付き添わせてます。また、私の能力は金城鉄壁……最低でも時間は稼げると判断しました」
「なるほどな……きちんと考えた上での行動ならまあ、いい。シャル、大尉に情報を送れ」
「わかりました。大尉、情報を送りますね」
「うん、頼むね」
一般人である、クラリスさんやカミュール姉妹には一存では伝えていい情報かわからないので、この形をとったのだろう。また、後ろに待機している隊員も階級がわからないので伝えていいものか判断に迷う部分がある。
「…………なるほど。中佐、私は彼の姿を確認して異空合帯の能力者を使い彼を送ります」
「わかった……そうだ、ついでにサラも頼めるか?あっちの茂みに寝かせている」
「わかりました。ペールニア、サラさんのもとに行き異空合帯の準備をしておいてくれるかな」
「了解」
ペールニアと呼ばれた男性はアイさんがさした茂みの方へと走っていく。それと同時に大尉もまたウンディーネの元に歩き出していた。そういえば、彼らはどうやってここに?まあ、なにかの探索系、もしくは追尾性能のある能力者がいるのだろう。
「それでは、クラリスさん。スオイリチャルビジョンについて教えていただけますか?彼女が巫女に選ばれ、あなたのあとをつぐというあたりまではききました」
「ああ、ゆっくり話そう。ワシたちの村では代々……といっても、ワシで三代目じゃが、巫女と呼ばれるものが選ばれその者が村を統べることになっておる。その巫女になるものにはある条件がある。それが霊視実態じゃ。この能力をもち、なおかつ霊能力が高いものを巫女と呼ぶことになっておる」
巫女と霊視実態の関係性はわかった。村の風習の一つなのだろう。
「どうして霊視実態が必要で?」
「その前にワシたちの村の名を言ってみよ」
「……霊昇村、ですね」
「そうじゃ、この名は先々代の巫女がつけられたのじゃ。ここで死んだ人間を―――霊を供養し、天界に昇らせる、そういう意味を込めての」
「霊を供養?どうしてそんなことを……?」
「先々代は第二次ノアの大洪水の生き残りじゃ……。気がついたらここに流されついていたらしい。そして、自分の身にある能力者が宿っていた。それが―――」
「霊視実態」
「そうじゃ」
アイさんにたいしてクラリスさんは一度大きく頷く。全員が全員、クラリスさんの次の言葉をまつ。
「この能力を持つものは霊体との対話や憎しみなどの感情を受け止める力をもっとる。あとは、強い霊体やこの世に根強くいるものならば、憑代さえあれば実態化できるという力もあるのじゃ。恐らくは、今回リリを拐った連中はこの能力が目的だったんじゃろーな」
クラリスさんの言葉に微かに反応する。ウンディーネは言っていた、対話できないものと対話できる能力があると……。これのことだろう。
アイコンタクトで、皆の意見が同じであることを確認しあう。
「ついで説明すると、この霊昇村には気の流れの関係で、霊体が集まりやすい。同じ理由でこの地域の女には霊感があるものがよく産まれよる。なぜか、男には少ないのじゃが……その理由はわからぬがな」
ほっほっほっ、と笑い声をあげるクラリスさん。
しかし、なんとなくわかる。霊感というものは、なぜか女性の方が感じやすいというものが統計学上あるらしい。脳構造の関係、など色々あるらしいが……詳しくはわからない。そもそも、過去においては、幽霊事態いるかどうか疑われていた存在だ。
「ところで……黒髪のお主、少しよいか?」
「えっ?俺ですか?」
「そうじゃ」
唐突にいぬかれた視線に少したじろぐ。クラリスさんの瞳は先ほどまでの優しいものとは違い、厳しさが混じっていた。
「リリ、お前はコヤツからなにも感じよらんかったか?」
「うん、かんじる……でも、いつもとはかんかくがちがうからきのせいかなって」
「リリもだったの?おばば様、実は私も少し」
「スーラもか……お主の霊感は少ないのじゃが……それほどのかの」
「あの……いったい、俺がどうかしたんですか?」
当事者でありながら置いていかれる状況に困惑してしまう。
「既に勘づいておるのじゃろ。単刀直入に言おう、お主になにかが憑いとる」
「…………」
クラリスさんの言う通り、勘づいていた。
しかし、ある意味当たり前なのかもしれない。俺は人を殺しすぎた。これはNSAP時代の頃だけじゃない。第二次ノアの大洪水が起こった直後の荒れた世界で、俺から襲うことは無かったが、俺を襲おうとした人を殺してきた。治安維持機関に勤めてからも、直接殺しては無いが捕まえた人物が死刑判決を受けたこともあり、なにより先ほど自殺したウンディーネだっている。
と、妙に達観している俺よりクラリスさんの言葉に大きく反応する人物が二人現れた。
「そ、それって!!悪霊とかそういう類いのものなんですか!?」
「ユウリさんに恨みを抱いてるとか、そんな感じじゃ無いですよね!?」
「お、おい……お前ら」
俺の過去の仕事をしる二人がズイッと身を乗り出す。
多分二人とも俺と同じ可能性にたどりついたのだろうが……、俺より必死にみえる。
完全にアウェイに立たされたライとアイさんが少しポカンとしている。
「心配せずともそういう類いのものではない……むしろ親しみをそこからは勘ずる」
親しみ……?
その言葉に心臓がドクンと跳ねる。強く、早く、血を全身に行き渡らせる。
そんな都合のいいはなしが無いと思いつつも考えないわけにはいかない、その可能性を。
「ふむ……心当たりがあるようじゃな……。リリよ」
「なに?」
「初仕事じゃ。コヤツに憑いとるものを実態化させ。ほれ、憑代じゃ」
「うんっ」
「えっ、ちょっ……」
俺がなにもいえぬ内に話が進む。クラリスさんがリリに藁でできた人形と白墨を手渡す。リリはそれを受け取り白墨でなにやら陣を描き真ん中に人形を置く。
「じゃあ、ゆうりさん、にんぎょうのうしろにたってください」
「…………」
もし、俺の勘通りなら嬉しいはずの言葉。だが、体がなにかに縛り付けられたかのように動けなかった。
「ユウリくん、行くべきだよ」
「えっ……?」
「ね?ユウリくん」
「そうですね、ユウリさん」
「…………そう、だな」
二人の言葉に体の緊張がほどける。一歩前に踏み出し陣にはいる
「ではいきますねー」
のんびりとした掛け声の直後、彼女の纏う雰囲気がかわる。
「世に遺恨を残す者、世に心を残す者。君、昇らざる意を、形を取り戻し語りたまえ。実態魂!!」
リリの凛とした声のあと、人形が光だす。その強い瞬きに思わず目が眩む。
発光がおさまり目を開ける。そこには―――。
「……ナギ」
「お兄ちゃん」
「っ!!」
声を押し殺してナギを抱き締める。あのとき守れなかった相手が、永遠に繋がれない相手を、俺は抱き締めている。
「ユウリくん……いい?」
「んっ、あっ、ああ」
シャルの言葉の意味がとらえられず一度聞き返すが呆けているライとアイさんを見て理解する。この状況を説明したいんだろう。
「ナギ……ゴメン、そして……ありがとう」
ギュッと抱きしめ言葉を繋げる俺。
ナギはなにも言わずただ一筋涙を溢す。それを見て俺の瞳にも伝染し声を押し殺して静かに涙を溢しながら、ナギに謝罪と感謝をのべ続けた。
******
「―――ッ」
一通り気持ちを出して泣き終えた俺はやっと、落ち着きを取り戻せる。
「……ユウリ、話はわかったが……言いにくいが、彼女は」
アイさんの言葉は理解出来るものだ。普通なら絶対に会えない存在と出合えただけで奇跡だ。しかし、いつまでも、ナギをこの世に繋ぎ止める訳にはいかない。
クラリスさんたちが霊を昇らせることを使命にしているということは、霊を昇らせなければならないという意味にとれる。
「そうじゃの……魂は守るべき皮がなければそれだけでは汚れ壊れてゆく……壊れた魂は悪となりこの世に害を及ぼしてしまう。この実態化中も正しくは人形に魂を纏わしているにすぎんからな……」
「そう……ですよね」
唇を噛んでくやしみを殺す。なにか喋ろうとナギがするが俺が強く抱きしめたせいか言葉にならなかった。
「じゃが、ワシも鬼ではない。ソヤツが死んだのはいつじゃ?死亡から五年くらいなら魂は耐えられるはずじゃ」
「えっ?」
クラリスさんの言葉に驚きの声をあげる。それは、俺だけでなく、シャル、ファイラ、ライ、アイさんもだった。
「どうかしたか?」
「あの……ナギ―――コイツが死んでからもう百年になりますけど」
「百年!?」
俺の言葉に今度はクラリスさん、カミュールさん、リリが驚きの声をあげる。あり得ないことなのか?
「お、お主のこと兄とよんどるではないか」
「あぁ、俺の能力が不老不死―――つまりは死なないという能力なんで……百年間ずっと生きてますが」
「―――んん!!ぷはっ、それも含めてナギが説明する!!」
俺の腕から逃れたナギが大きな声で宣言する。なにか、しっているのか?
「まず、百年前……第二次ノアの大洪水について話すね。あのとき、ナギはギリギリまで生きてたの。ナギが最後に見たのは、お日様の光とお兄ちゃんと握られた手だったんだ」
「そ、そんなはずはない!!俺はお前の亡骸を見つけることができなかったんだぞ?」
「うん、ナギはね、天気が晴れると同時に死んだの。だから、神様が困っちゃって、で、くれた能力が魂が汚れずにすむっていうものだよ」
「か、神様って……」
確かに、この大洪水や能力は神からの授かりものとみる考えがあるが……にわかに信じられない。
話のスケールの大きさに取り残されそうになっていたが、そんな俺とは逆に霊昇村の三人がナギの言葉に反応した。
「神……どのような存在じゃった?」
代表して、という感じでおずおずとクラリスさんが尋ねた。
「うんー?なんか、光ってて羽がはえてて。そんな人にナギに能力とその説明としてくれたよ」
「ふむ……神、というよりは天の使いみたいじゃな」
「ちょ、ちょっと待ってください。神だとか、天の使いだとか、話がファンタジー過ぎる気がしますが」
さっきからまるでSFのような話に頭が混乱する。意味が分からなすぎる。
「お兄ちゃん、神様はいるんだよ。きっと」
「えっ?」
「ナギが誰かに会って説明をしてもらったのは本当だし、こうやって魂が汚れないでいるのも本当。どこにも嘘なんて無いんだよ?」
「…………そうか」
俺はなにも言い返せずに頷いた。信じられないから嘘だと否定するのは簡単だが、それではなにも進まない、か。
「とにかく、そこで話を聞いて、気づいたら体が消滅していってて、魂だけになってたの。だから、お兄ちゃんの手からはナギが消えていたんだよ」
明かされる百年前の真実。
俺はナギを見殺しにしてない。俺は、ナギの手を離していなかった。
沢山の人の命を奪った俺が守れた存在もあった……。
「―――お主ら、創造物語とやらは知っておるか?」
「創造物語?なんすか、それ?」
「あっ、ボク聞いたことある」
「ぼくもです」
「私も知っている。前半部分のみだがな」
俺とライを除く二人の反応。ライは検討がついていないようだが、俺は聞いたことがないわけではない。話ぐらいなら……。
「久しぶりに語ろうかの―――」
クラリスさんがゆっくりと言葉を足していく。
それは、俺の知っていた物語と同じだった。
なにもない場所があった。
その場所は時も、空間も、本当になにもなかった。
そこに神様が現れた。神様はそのなにもない場所に唐突に現れた。
神様はこのなにもない場所がいやだった。だから神様は『空間』を創った。なにもなかったところに上下があらわれ左右があらわれ、前後が生まれた。
だが、その『空間』にはなにも変化がなかった。だから神様は次に『時間』を流した。
しかし、ただ広がった『空間』にはその『時』によって変化するものはなかった。
神様は次に『物質』を創った。物があらわれ、星になり、生物になった。実に様々なものに変化した。
神様は次に『心』を与えた。『心』は複雑で全く同じものは存在しなかった。
神様はそれらができたことに満足した。
―――これで、一人じゃない。
神様は満足げに笑った。
たしか、ここまでが第一章だったはずだ。これ以降は地球上の心をもった生物たちの進化や戦い等が描かれるものだった気がする。
全10章からなる物語だ。そう、あくまで物語と、俺は聞いている。
「ここまでは、お主らも聞いたことがあるじゃろう。じゃが、第一章はこれで終わりじゃない」
「えっ?ど、どういう意味ですか?」
恐らく一番この物語を知っているのであろうシャルが声をあげる。
俺もこの話に続きがあるなんて、聞いたことがない。
「おばば様。ここからは私が繋げます」
「そうか、頼むぞ、スーラ」
「はい―――ここからの話はいつのまにか本や伝記から消えたお話で、少ない地域でのみ語り継がれているものです」
小さく前置きをしてカミュールさんは続ける。
「神様は満足気に笑った。しかし、神様を信じる生物はいなかった。一人を嫌ったから創ったのに、いなかった。神様は哀しみに浸かった。神様の涙は途切れることがなかった。途切れない涙は雨となり、世界に降り注いで。こうして、失敗作たちは流されて、また新たな大地を生物を創りあげた―――もう、お分かりかもしれませんが、明らかにノアの大洪水をさしていることがうかがえます。もちろん、この物語は第二次ノアの方舟以前からある物語ですので、後付けなんかではありません」
「……つまり、失敗作とは第二次ノアの大洪水以前の生物、ユウリやナギサというわけか?」
アイさんがゆっくりとした口調でたずねる。仮にそうだとするならば新たに創られた生物というのが、シャルたちのような第二次ノアの大洪水以降に産まれた人物ということになるが。
しかし、カミュールさんは肯定部分もみせつつも、静かに否定をした。
「確かに、そういう見解も無いことは無いです。ですが、基本的には失敗作にあたる生物はノアの大洪水以前の生物―――第二次ではなく、神話として語られている方の 」
「…………ということは、第二次ノアの大洪水は、新に創った生物も、失敗作となっていったというわけか?」
「正しくは失敗作と成功作とをふるいにかけた、という方が近いと言われていますが」
そのふるいに残ったのが俺やナギ、その他生物全般というわけか。
「だが、なぜ急にそんな話を我々に?」
「さ、さあ?おばば様?」
カミュールさんも困ったように笑いながらクラリスさんを伺う。いつの間にかナギは俺の近くを離れ、リリと楽しそうに話をしていた。見た目上年齢も似ている二人だ、気が合うのかもしれない。
「ワシが言いたかったのは一つだけじゃ。世にはな、数えきれぬほど謎に包まれとる。そしてこの物語からある仮説がたてられる。神を認識せぬとはどういうことか?第二次ノアの大洪水以前を軸に考えるとな、初期の頃は宗教や信仰といものがどんな形であれあったのじゃ。しかしじゃ、後期になってくるとだんだんと薄れてきよった。そして大洪水がおこり、また信仰深い奴等が増えてきょる。つまりの、神を信ずる者が減れば大洪水がおこるというわけじゃ……建て直すためにの」
突拍子すぎる仮説に唖然とする。だがしかし、反論する隙もない完成された橋に、文句はつけられなかった。
「じゃから逆説的にいえば神はいるのじゃからそこのナギの言い分も不可解というわけじゃないのじゃ。まあ、年寄りの戯れ言じゃ、気にせんでおくれ」
おっほっほっ、と笑い声をあげるクラリスさん。確かに、話を鵜呑みにするわけにはいかない。だが、足蹴にもできない、そんな話だった。
「いえ、おもしろい話ありがとうございました。それで、今回の件なんですが、犯人グループは捕まえましたが第二、第三の犯行が無いとは言い切れません。ですので、リリ・カミュールさん」
「なに?」
急にフルネームで呼ばれたからか、ナギとの会話を打ち切り小首をかしげるリリ。
「前途の通りもしかしたらまたすぐに第二第三の事件が起こる可能性もあります。そこでどうでしょうか?私たちで貴方の身柄を守衛保護させていただけませんか?もちろん拒否権はありますし、守衛保護は面会謝絶などではございませんので、簡単な審査を通ればクラリスさんやスーラさんとお会いすることや、ボディーガードはつきますが外出することも可能です。ボディーガードといっても遠巻きに眺める程度ですので団欒はす過ごせるかと。どうでしょうか?」
「う〜ん……」
ちらりとクラリスさんとカミュールさんを盗み見るリリ。瞳には悩みの色がうかがえる。
「まずはリリの命が大切じゃ。守ってもらえ。霊視実態もきっちりと成功させよった。ここまできたら修行を急くこともなかろう、いってまいれ」
「うん、いってらっしゃい」
「わかった!!」
悩みの色から決意の色に変えた瞳を向けるリリ。
「わかりました。それでは、今回の件にてリリ・カミュールさんを現時刻より守衛保護いたします。保護場所は決まり次第お知らせいたしますが……ご希望の場所はありますか?この近くですとC―18区や、やや遠くになりますが、設備が特に整っているC―01区などがありますが」
「う〜ん、じゃあわがままいっていい?」
「え、えぇ……どうぞ」
「なぎといっしょにいたい!!」
「えっ……」
思わぬ言葉にリリとナギ以外が固まる。
「……っと、イレギュラーが多くてナギサをどうするか決めていなかったな。ユウリはどうしたい?」
「俺は……俺としてはナギの近くにいたいですけど……というより、ナギはずっと実態化することができるんですか?」
「通常なら出来ぬが自我が強い彼女なら大丈夫じゃろう。むしろ、霊体であることをいかしなにかできるかもしれんの」
クラリスさんの言葉にほっと胸を撫で下ろす。
「そうですか、なら、やっぱり、ナギは近くに置いておきたいです」
「そうか……だとするならば、リリさんをA地区、それも00区付近に来る必要性がありますが、よろしいですか?」
「いいよね?」
「リリがそうしたいならそうすればよい」
「リリの好きなようにすればいいよ」
「皆さんがいいのでしたら……では、リリさん私たちと共にA地区にいきましょうか」
「うんっ」
とてとてと、ナギの手を握って俺の元にやって来るリリ。その姿に、まるで妹がもう一人できたかのように感じて笑ってしまう。そんなことは、決して言えないが。多分、カミュールさんはリリのことを溺愛しているだろうし。そのことは、リリを心配していたときの、あの慌てっぷりを見ればよく理解できる。
「―――私が来る意味はほとんど無かったようですね」
茂みの方から聞こえた声と、その声の主に俺たちは驚く。
「フローラちゃん!?なんでこんなところにいるの?」
「あなた方が大きな事件の鎮圧に向かったと聞いたので抜け出してきたのですよ」
何でもないと言いたげな表情で答える。だが、アイさんは視線を鋭くさせる。
「……フローラ、私はお前の活動を容認していないぞ。これは立派な命令違反だぞ」
「アイさん、申し訳ありません。ですが、自分の身体は自分がよく分かっているつもりです。もしものとき、なにか出来るのかもしれないのになにもしていなかったら、きっと後悔する……それだけは防ぎたかったのです」
「……お前の言い分も分からないでも無いが……帰ったらきっちり入院すること。いいな?」
「わかっております」
アイさんの注意に頷く彼女。ここまで来たことに対しては多少おどろきはしたが彼女らしいといえば彼女らしいかもしれない。
フローラはそのままシャルに向き直ると察したシャルが情報を送る。一瞬の空白のあといつも通りの無表情のまま俺に視線を向ける。
「―――約束の意味は理解できましたか?」
「…………分からない、な。確かにナギとは再開できたし、フローラだって今俺の前にいる。でも、それは結果論……過程が無茶苦茶な結果に、意味なんて無い。それはただの奇跡だ」
目を伏せる。リリは何が起こっているのかわからないと言いたげな目で俺を見ていた。クラリスさん、カミュールさんも理解は出来てないようだが空気は察しているらしい。
そんな空気―――ピリリとはりつめた空気をナギが割った。
「お兄ちゃん。ナギ、辛かったよ?」
「……だよな。誰にも干渉されないで、誰にも分からないような存在になっ―――」
「本当にお兄ちゃんは鈍感だよね」
「えっ……?」
俺の声を遮るナギ。その一瞬大人びた声に驚く。どこか凛としたその表情は百年の時を感じさせる。
「ナギはね、苦しかった……ずっとお兄ちゃんを苦しませて」
「何を言って……」
「ナギがもう少し体力があったら……ナギが強かったら……お兄ちゃんを苦しませなかったのになって……ずっと、お兄ちゃんの近くで後悔していたんだよ」
「なんでお前が……。あのときのお前の体力を考慮すればそれが当たり前じゃないか」
「お兄ちゃん……それは、結果論、でしょ?」
トクンと胸がなる。見透かされたかのようなその言葉に、ナギの悟った表情に。
「もっとナギが運動してたら、結果は変わったんだよ」
「そんな暴論―――」
「言ってるのはお兄ちゃんじゃん」
ギリッと胸が痛む。本当にコイツは口がうまい。
「お兄ちゃん、気づいてるでしょ?フローラおねえちゃんとの約束」
「っ……。なんで、ナギがそれを」
「それも検討がついてるでしょ?」
……その通りだ。多分、ナギは俺の近くにいつもいたんだ……。だから、フローラと約束を交わした……あのときも。
「…………誰かを悲しませる結果にはしない……」
小さく呟く。これは、シュー・ウィール―――いや、敵が組織と分かったのだからそこのコードネームであるエインセルと呼ぶ方がふさわしいか―――を捕まえるときに、車中で交わした約束だ。
フローラの言う約束がこれをさしていることは既に考えに浮かんでいた。だが、すぐに消していた。俺は、誰も悲しませてなんかいないと思ったから―――思い、込んでいたから。
「ユウリ、もう、十二分にヒントはもらったのでしょう。答えを教えてくれますか?」
「ふっ―――」
小さく息をのんで言葉を取り出す。俺が放つべき、言葉を。
「あのときの行動を、“反省”しないわけにはいかない……ただ、もう、“後悔”という、“独りよがりな行為”はしない」
「ユウリ―――正解です」
纏う空気を少し緩くさせたフローラが囁いた。ふっと、体から緊張が水のように溶けていった気がした。
「お見苦しいところお見せして、申し訳ありませんでした」
俺は無関係なクラリスさんたちに頭を下げる。彼女たちにとって、無駄な時間を過ごさせたかもしれない。
「ほっほっ、いいものを見してもらった気にするでない」
「私も、全然気にしてません」
「そうですか」
笑うクラリスさんたちにほっとする。そこからは、少しの邪険さも感じなかった。
そんな俺に背後からガハッと俺の首をしめる人間が現れる。
「はっ、やっと、辛気くせー顔じゃなくなったな」
「ぐっ……大人しいと思ったら……」
俺はライを睨み付ける。といっても、ライにも借りを作らせたかもしれない。長い昼寝だっただろうし。
「ライさん!!ユウリさん苦しがってますって」
「死にゃしねーよ」
「そ、それはそうですけど、苦しいのは同じですって」
ファイラが俺とライの間に入ってライを突き放す。少なくなっていた空気を体内に取り込む。ライはというと反省した素振りもなくケラケラと笑っていた。
「あははっ、大丈夫?」
「笑いながら言うな……」
シャルの楽しげな声に半眼でにらむ。まあ、彼女にも貸しがあるから強くは言えないが。その様子に呆れ半分、楽しみ半分でアイさんが口を開く。
「お前たち、まだ仕事中だ。とにかくこれから帰還する。クラリスさんたちもこれから簡単な調書作成のためにいくつか質問をさせていただくのでこのままC地区支部までご同行お願いします」
「ああ」
クラリスさんが頷く。とにかく、これでとりあえずはこの事件は片付いたとみていいだろう。
俺は実の妹とこれからちょくちょくと様子を見なくてはならないであろう少女の姿を見ながら小さく微笑んだ。