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〜Chapter3〜いえない過去の傷と行為 『今日―――いや、あの日以来はじめて二人の視線が交わる』

仰ぎ見ると抜けるような蒼はなく白が全体にかかった空があった。まだ黒くなっていないそれに対して雨になってくれるなと願う。そして窓から離れる。

「雨、降りそう?」

「どうだろうな?微妙なところだ」

俺はもう一度空を仰ぎ見てシャルに答える。結局入院期間は合計で、俺が五日、シャルは四日で終りすぐに仕事に復帰することになり今日がその初日だった。それを飾ったのは青空ではなく曇り空だったことに幸先の悪さを感じるのは俺だけだろうか。恐らく、そのように感じてしまう要因の一つにフローラがいた。

彼女はまだ入院中だった。シュー・ウィールの波動から守る際、彼女を押し倒したのがその原因だった。とにかく彼女らを波動から守ることに専念しすぎて、彼女と地面の間にクッションをおいてやることをしなかった。その結果、彼女は頭を地面に強打。脳震盪(のうしんとう)を起こしたわけだ。あのときはてっきり疲労による眠りだと思っていたが……俺のせいだったとわ。そのせいで、障害が残っていないかなどの検査のためフローラはまだ退院できていなかった。

俺が不甲斐なかったせいで……。

「ユウリくん?」

「ん?」

「また、フローラちゃんの席見てたから……まだ、気にしてるの?」

「…………まあ、な」

フローラのことを聞かされてから、俺は気を抜くとフローラの席を見ていた。命に別状は無い。なにか問題が発覚する可能性は低い―――そんなことは分かってる。

ただ、怖い。ただ―――辛い。また、自分の手で親しい人間を失ってしまうことにたいして。

「フローラちゃんはユウリくんに感謝してたよ。私を助けてくれたって。もちろん、ボクもユウリくんに感謝してる。助けてもらったんだから」

「……結果的には、な。でも……もしあたりどころが悪かったら、もし目覚めていなかったら……その可能性だってあるんだ。俺がフローラを殺してしまいそうになったという事実は変わらないさ」

「…………、…………」

なにか言葉を発しかけて止めるシャル。俺にたいしての慰めは意味をなさないと思ったのか、呆れたのか、慰めが逆に追い打ちになっていると考えたのか……俺には判断できなかった。ただ、なにも言わないでくれたシャルに感謝を感じた。

俺の過去についてはコイツらにはあまり話していない。思い出したくない過去でもあるし軽蔑も同情もされたくないからだ。唯一、アイさんだけは『ナギ』という妹を知っている。それでも、知っている程度で、俺がナギを手放したことまでは教えてなかった。

「フローラさんのことを思うのでしたらそんなに自己嫌悪しない方がいいと思いますわよ」

重い空気を壊すようにサラが俺にいう。だが、それはすでにわかっていることだ。

「これはフローラのための自己嫌悪じゃない……ただの身勝手さからおきる自己嫌悪だ。俺は……お前が思っているよりも人を思いやるココロっつうもんが無いみたいだ」

「ユウリさんらしいですわね。自分のための自己嫌悪ですか……。それを止めろという権利は確かに私たちにはありませんね。ですが……フローラさんにはあるんじゃないですか?」

「フローラに?……確かにな。アイツならあるかもな」

サラと目を合わせるのをさけて一瞬宙をさ迷った視線を空へと逃がした。さっきよりも白がくすんで暗い色に変わっていた。

「フローラには……あるかもな。アイツのことだ。『ユウリ、そんなことを気にするぐらいならシュー・ウィールについて調べてください』なんていいそうだな」

「実際、言ってたしなアイツ」

「それ本当ですの?」

「ああ、大体そんな感じのこと言ってたぜ。な、ファイラ」

「はい。さらに、昨日お見舞いに行ったとき、ライさんがユウリさんについて話したとき、またユウリさんがフローラさんのことで悩んでたら伝えるように言われた言葉があります。『ユウリ、私はまだ怒ってません。ですが、きちんと約束を守れないなら私はあなたを怒ります』と、言うようにと」

「約束……?」

意味が分からずまんま返してしまう。なんの約束だ?

「クスッ、フローラちゃんらしいね」

「えっ……?」

理解したように笑うシャル。シャルにもわかることなのか……。それ以外のメンバーは分からないらしくファイラもとにかく伝えてください、と言われただけでぼくにもわかりませんと首をふってサラの約束って?という質問に答えた。

「どういうことだよ?」

「さあ?自分で考えてみたら?」

「お前な……」

「ごめん、ごめん。でも、こればかりはボクの口から言うべきことじゃないんじゃないかな」

少し笑いを含みながら、それでいて真剣にシャルがいう。その瞳に俺はなにもいいかえせずにただ見つめ返すだけだった。

その様子からシャルの考えをよみとってか否か、まずサラが口を開く。

「シャルがいうのでしたら、ユウリさんに考えていただくのが一番ということでしょうね」

「だな。シャルとユウリ、それにフローラにしかわからねぇことを俺たちがとやかくいうのはナンセンスだな」

ケラケラ笑うライ。ファイラはなにもいわなかったが同じ意見のようで小さく微笑みをうかべる。

「―――お前ら、楽しく会話もいいが、仕事してるのか?」

ドアを開けアイさんが歩みよってきた。一斉にアイさんを見てなにか報告があるのかと様子を伺う。

「まあいい。それより報告を行う。シュー・ウィール逃亡から今日で一週間がたったがいまだ行方はつかめていない。無論、私も奴の悪意を感知し追ってみたが途中で途切れてあとを追えなかった」

「途中で途切れてって……シュー・ウィールの能力で、ってことですか?」

「その可能性もある。だから逆にユウリにこちらが聞きたかったんだ。シュー・ウィールは最後どんな風に去っていったんだ?」

俺の質問にたいし、逆に質問で返されあのときの状況を思い出す。

「……とくに変わったことは……踵を返して去っていっただけです」

「…………シャル、ファイラ。この情報をもとにお前らならどう推測をたてる?」

「ユウリくんに見られたくない移動方法だったから、一度どこかに去ってから能力を使って移動した。もしくは特定の場所でしか使えない特殊なものだった、ボクが咄嗟に思い浮かんだのはこの二つかな」

「ぼくはシャルさんの説の前者の方と、仲間がどこかにいてその場所に行く、もしくは仲間をユウリさんに見られたくなかったから移動して、その仲間の能力で移動した。この二つが思い浮かびました」

「あぁ、やはりその線で睨んで間違いなさそうだな。調査部隊もそれらの説を基本に探している」

アイさんは満足いったように頷く。

意地悪のためにアイさんはシャルたちに聞いたのではない。うちの部隊の頭脳であるシャル、ファイラの両名に先入観なしで別の可能性を示唆されるかどうかをみるために尋ねたのだ。先にどんな風にみているか、それを伝えられると人というものはそれに引っ張られてしまう。だから度々アイさんはこんな風に報告を行うのだ。

「次にシュー・ウィールが何らかの組織に入っている可能性について。まずシュー・ウィールが今までに外国にでたという情報は入っていない。もっとも密入国の可能性もある以上ゼロでは無いだろうが、それでもそのような人物をキャラクスト王国やユーリシア国が使うとは考えづらい。もちろん他国もそうだ。シュー・ウィールが国の特命をうけた情報機関など職員である可能性は低いだろう」

ただし、シュー・ウィールが国境無きフリーのエージェントだったなら話は別だ。なにかしらの理由で国籍問わずに一つのビジネスとしてエージェント業―――スパイ活動や組織破壊、テロ活動等を行う人物もいる。現に、俺はそういった家業の人物を昔はよくみかけたものだ。

「続いて革命軍の有無について。少なからず我が国の制度や法、憲法に批判的意見を持つものや団体はいるもののテロ行為にまで及ぶほどの急進派はみつかっていない。調査は引き続き行う。そして、最後。ノアの方舟について。彼らの動きを各国に協力を募って洗い出したがここ二十年は小さな事件は所々あるが大規模なものはほとんどなかった。ノアの方舟は力を失いつつあり自然消滅を辿ることもありうるという説を提唱する者もいるぐらいだ」

「アイさん、小さな事件について教えてください。正直いいますとぼくが出したその三つの可能性のうち一番高いのはノアの方舟だと思ってました。ですからぼくとしてはノアの方舟についてよく調べたいんです」

「わかった。まず、この二十年で起こったノアの方舟による各国での事件について。我が国、フィーリフト王国では二十一件。うち、十五件が殺人で残りは誘拐や脅迫だ。犯人はいずれも逮捕、保護されており七人が保釈されている。また、三人はノアの方舟関連の事件の再犯で逮捕、人権停止収容所送りで残る八人は保護処分のままだ」

「犯罪動機については分かりますか?」

「『選ばれし人間以外を駆逐するため』、それが全員の供述内容だ」

「やっぱり、それですか」

そういいながらペンを走られせるファイラ。シャルもまたファイラにならったかのようにペンを走らせていた。

「……次からは他国について。ここからは情報も少なくなり不確かなものかもしれないことを念頭におくように。ヨーリシア国では十一件。うち、三件が殺人だ。キャラクスト王国では二十五件。うち、殺人は十九件。サウバジリ王国では七件。うち、一件が殺人。アニクラフ王国では十三件。うち、六件が殺人。いずれも犯罪者は各国の法のもと裁かれている」

「国によってバラつきがあるんすね。そこのところどうなんすか?」

「偶然か否か……意見は別れている。お前らはどう思う?」

「私は特に意味は無いと思いますわ。ただノアの方舟の発祥地がキャラクスト王国なのでキャラクスト王国での犯罪が一番多いのではないかと、推理いたしますわ。そしてノアの方舟の信者が多い国順にならんでいるのではと思いますわ」

「俺もサラとおおむね同意っすね。付け加えるとしたら犯罪をおかした奴らはかなりのしたっぱで上にいいとこ見せようと焦ってやったぐらいかな。だから俺はこれらの犯罪にノアの方舟の上層部の意思は無いとみるぜ」

二人は関連性は無しとみたか……。サラ、ライ。二人の意見はいずれもスジが通っている。欠陥の無い真実への架け橋の一つとみて間違いないだろう……今のところは。

「ボクは多少は関係あると思うな。確かに、ライくんの意見の通り上層部の意思が無い事件もあると思うけど全部じゃない。いくつかはあるんじゃないかな。その証拠に犯罪が多い国は産業が他国より一歩前に出てる国だからね。逆に一番少ないサウバジリ王国は農業や漁業等が基本だしね」

「俺もシャルと同じ意見だな。関連はゼロではない……そうみたい」

シャルはやっぱりそう思うよねと俺に笑いかけた。俺はそれに対して小さく頷き残ったファイラに意識をむける。

「ぼくは……選ばれし人間以外を駆逐する、という彼らの言い分を重視したいです。ライさんのいう通り犯罪を起こした人たちは下の人間とぼくもみます。ですがそれはそのままノアの方舟のことあまり知らないことを意味します。そんな彼らが命令もなしに殺人を犯すのはノアの方舟の意思に背く行為だと思うんです。だって殺した人間が選ばれし人間、である可能性もあるわけですから。それを考えると全てでは無いもののノアの方舟の意思による事件も多いのでは、と思います」

「面白い意見だね、ファイちゃん」

「可能性を考えただけです。宗教組織って以外と規律が厳しいところもありますから」

照れ隠しか小さく笑って誤魔化すファイラ。ホントに仲いいな、この二人。

「なるほどな。みんなの意見はわかった。では、次に問う。シュー・ウィールは何者だと思う?」

待っていた、といわんばかりの声音で尋ねるアイさんにまたもやはりつめた空気となり先程と同じ順番で仮説を語り出す。

「わたくしはシュー・ウィールはノアの方舟の幹部と考えますわ。まとまりが無くなりかけている今大きなことを起こそうと考えている、そう思いますわ」

「俺はただのクレイジーな犯罪団体のメンバーじゃねぇかと思う。異常犯罪者(サイコパス)共の巣窟のメンバー、それがシュー・ウィールじゃねぇか?」

「シュー・ウィールがただの異常性欲者じゃないとわかった以上なにかしらの強い目的を持っていると思うな。ノアの方舟の一員である、とまではいえない。ただ、なにかしらの組織に入ってると思う」

「俺はサラの意見とほぼ同じだ、ノアの方舟の幹部だと思う。ただ、唐突にシュー・ウィールという人物が動き出したことは強い意味があるんじゃないかと思う。なにかしらの大きな目的の伏せんな気がするな」

「最初に浮かんだのはぼくもユウリさんと同じです……ですが……」

「どうした?」

「可能性は低いとは思うのですが……思い付いた説があって」

「いい、言ってみろ」

口ごもったファイラにアイさんが急かすように促す。

「ねぇ、ファイちゃん。それって、もしかしてノアの方舟から……ってこと?」

「多分、シャルさんと同じ考えだと……―――ノアの方舟にまとまりがかけてきて力が衰えてきているのは事実です。そうなるとどうなるか?ノアの方舟のメンバーが反旗を翻し別の組織を立ち上げた。または、ノアの方舟をも従える上位団体を形式的に立ち上げた。つまり、シュー・ウィールはその新な組織のメンバーだと思います」

言いきってチラリとシャルを見るファイラ。シャルはその視線に答えるように小さく頷く。

「……なるほどな。この説は今まで出ていなかったな。面白い……その説も候補にいれよう」

「一応言っておきますが可能性は低いですよ。考えられる可能性をいったまでですから」

くぎをさすかのように付け加えるファイラ。しかし、俺にとっては気になる話だった。推測だけでなんの根拠もない説。しかし、真実とは以外なところにあったりする。一考の価値も無いと一蹴するのはいささか早計すぎるだろう。

「さて……次は仕事関連ではないが報告がある。フローラの検査結果がでた。後遺症などは見受けられなかった」

アイさんが今日はじめて微笑みを浮かべた。その言葉に安堵の吐息があちこちからもれる。

「フローラの退院日も決まった。丁度一週間後……四月三十日だ」

「よかった。フローラちゃんもすぐによくなるんだ」

「そうですね。やっぱりフローラさんがいなくちゃしまりませんね」

「んなこといって、怖い奴が帰ってくるって怯えてんじゃねぇのか?」

「そ、そんなわけ無いですよ。むしろ、ライさんのほうでしょ、それは」

「そうね。ライ、好き勝手できなくなるわね〜」

「おいおい。人をろくでなしで、ヘタレみたいにいうなよ」

「ヘタレはともかくろくでなしじゃないかしら」

「サラ……お前な」

サラとライの漫才にシャル、ファイラ、アイさんが笑い声をあげる。今日はサラの勝ちみたいだな。

「その辺にしておけ。いない奴をダシに笑いを作るのはよくないぞ」

「そんなこといって、ライくんたちので一番笑ってるのはアイさんじゃないですか」

「それは否定できないな。まあいい、とにかく、フローラは一週間で退院だが、わかってるだろうがその間日替わりで見舞いに行ってやってくれ」

すぐに口々に分かってるという内容の返事をする。入院生活というものは暇なものだ。その癒しになるのが見舞いだろうか、そのことを知ってか知らずかコイツらは嫌な顔一つ見せない。あのめんどくさがりやのライでさえも。しかし、俺はそんな面々に会わせる顔も無く視線をそらすことすら空々しく思え目を閉じる。五感の一つを閉じたためか他の感覚が鋭くなる。微かに窓の外から雨の匂いと小さな音がした。

雨音を肴にカクテルってのも旨い。

今日はどこか落ち着いたで呑み屋で久しぶりに一人で一杯やろうか。

「それで、先程検査結果を聞きにいったときフローラから今日のオーダーが入ってる。サラ、ユウリ。お前ら二人で行け」

「なっ、俺が?」

「私もですか……シャルじゃなくて?」

「あぁ、お前らだ。とにかくフローラの願いだ。叶えてやりな。私はまた上の方に行ってくる。このままなにもなければ定時に上がっていいぞ。きちんと、仕事するんだぞ」

言いたいことだけ言ってアイさんは部屋を出ていった。俺はというといきなり計画が崩されたオーダーに軽く頭を抱えたい気持ちになっていた。

「……マジかよ」

「ユウリさん。逃げようなんて考えないでくださいね」

「分かってる。俺とお前の能力じゃ圧倒的に俺が不利だ。無駄な時間はかけさせないよ」

といいつも、俺はサラから逃れる術をいくつも考えては破棄していた。やはり、人間無理だと分かっていても考えたくなるものだ。

「ユウリくん。おとなしく行ってきたら?考え出してる策、一つも通用しなさそうたし」

「シャル……お前な」

「ははっ、ごめんなさい」

なにか感じると思っていたがシャルか思考を覗いていやがったのか。

「はぁ……仕方ない、か」俺は諦めるように息を吐き自分の席に向かう。

「ファイラ、コーヒーいれてくれるか」

「了解です」

気をとりなおすためにコーヒーを頼み、俺は仕事をすることにした。






******




向日葵(ひまわり)病院。ここら一帯では一番大きく、そしてきれいで設備の整った病院だ。俺たち、機関のメンバーは怪我をしたときはよくこの病院を訪れる。連携が完全にとれている状態といっても過言ではない。

俺が入院していたのもこの病院だ。もちろん、フローラもここに。

近づくにつれ逃げ出したい衝動にかられる。だが、となりを歩くサラはそれを許してくれそうになさそうだ。

「さあ、はいりますわよ」

「…………」

サラの言葉にはとくに返さず扉を開閉させる。病院特有のツンとした薬品の匂いが鼻につく。入院している最中はそんなに気にしなかったが、一度外の空気を味わい過ごすと、どうもリセットされてしまうみたいだ。

「……フローラの病室は?」

「三○五号室ですわ。あそこの階段を使えばすぐあがれますわよ」

指をさす方向には螺旋階段がある。その横にはスロープも完備されている。ユニバーサルデザイン、とかいうやつだ。

その横には受付があり面会の際に必要事項を書き込まなければならない。住所と名前、患者との関係性等、当たり障りの無いところだ。

それを書き終えた俺は通行手形としてその書いたものをいれてぶら下げる透明な袋を渡される。因みにカーボン紙が敷いてあるので病院がわも面会人の筆跡の情報を持っているわけだ。

この袋を常に見える位置にかけておかなければ不法侵入とされ、即刻保護処分を受けるハメとなる。セキュリティとしてはまだ甘いがそれでも十分な役割を果たしているだろう。

「さあ、いきますわよ」

「分かってる。逃げも隠れもしねぇよ」

お手上げ、といった感じで両手をあげサラの監視するような視線から逃れる。よっぽど俺の信用がないらしい。

ため息をつけばまた睨まれかねないので我慢しつつ俺はサラについていき案内される。といっても、二分とかからずついてしまった。

「どうぞ」

トントンと扉を叩くと入室の有無を聞く前に許可が渡される。多少、面食らいながらもなにも気にしていない様子のサラを見てこれがいつも通りなのかと理解をする。

カラカラと音をたてスライドさせる。視界にはベッドの上に座り、備え付けのテーブルに書類を広げたフローラがいる。真面目なことだ。

「ユウリ、来てくれましたか。正直逃げ出すんじゃないかと思ってました」

「一人で来いってんなら逃げてたかもしれないがコイツも一緒じゃ逃げられねえよ」

「私がついていなかったら逃げる気でしたのね?」

「さあな。フローラが俺一人で来るようにオーダーした世界軸の俺に聞いてみなきゃわからないな」

サラの詰問するような口調に誤魔化すように返す。だが、実際の所一人で来るようオーダーされたとしてもフローラや後のメンバーからの報復を考えると逃げるようなことはしなかっただろうが。

「フローラさん。前来たときも仕事のことは忘れてリラックスしてください、と言いましたわよね。なんで、書類広げていらっしゃるんですの?」

「私にとってのリラックスがなにか手を動かすことですから間違いじゃないと思いますが」

「……仮にそうといたしましてもそれならそれで別の方法があるんじゃないですか?なんならパズル系の本でも買ってきましょうか?」

「せっかくですがお断りいたします。パズルやクイズは嫌いなんです」

「はぁ……そうですか」

あきらめたように息をつくサラ。恐らくこのやり取りは幾度となく繰り返し、幾度となく同じ結末を描いたのだろう。フローラに口で勝つことは誰にもできない。アイさんでさえも無理だ。サラももとから半分あきらめていたのだろう。

「まぁ、そんなことは別にどうでもいいです。ユウリ、延ばし延ばしとなっていた感謝を述べさせていただきます。ありがとうございました」

「別に俺はなにもしてない」

「もしなにもしてなければ私やシャルはもうこの世に存在しておりませんよ。しかし私たちが存在している、それはユウリが動いた証です。アイ隊長からもユウリの功績についてききました。ですので、礼を言うのです」

「……そうかよ。じゃあ、ありがたく受け取っておくよ」

ぶっきらぼうにフローラに返す。そんな俺にサラが非難の眼差しを向けるが意図的に無視をする。人の視線や殺意―――それらに敏感なのは戦闘時には効果的だがそれ以外のときなら不必要で迷惑きまわりないものだ。

「さて……ユウリ、ファイラかライから私の伝言をお聞きになられましたか?」

「『ユウリ、私はまだ怒っていません。ですが、きちんと約束を守れないなら私はあなたを怒ります』だろ?」

「その通りです。約束しておいて逃げるなんて許しませんから」

「だから、その約束ってなんのことだよ」

わからないという風に首をふってみせる。俺たちが本題に入ったところを見てか、花がいけられている花瓶を持ち「水を入れ換えて来ますわ」と、サラが立ち去る。当たり前に病室には俺とサラだけが残る。イヤに広く感じる室内は静かでもどかしい。密度を高くする必要性を感じないためベッドからやや離れた場所にあった椅子に腰かける。少し固めで長時間座るには適して無さそうだ。

「ユウリ、シャルは約束がなんのことかをわかったのでは?」

「ああ、分かっていたみたいだ。でも『ボクの口から言うべきことじゃない』って言って内容は教えられなかった」

「……シャルはそう来ましたか。彼女らしいです」

フローラが前に固定していた視線を俺に向けたのを気配で感じる。

「でしたら私も彼女に習いましょう。ユウリ、答えは自分で見つけてください」

「待ってくれ。なんのことかをわからないものの答え見つけることは出来ない。不可能だ」

「不可能ではありません」

「根拠は?」

「シャルが意味をすぐに理解したこと、あなたにも確実にわかる問題しか私は出してないこと、そしてなにより……」

「……なにより?」

フローラが不可解なところで区切ったため聞き返しフローラを見る。今日―――いや、あの日以来はじめて二人の視線が交わる。

「なにより、ユウリは気づける、気づけなくても私の望む行動をとると信じていますから」

「……かいかぶりすぎだ」

俺はフローラの真摯(しんし)な眼差しに恐れをなして逃げるように視線を外に写す。満開を過ぎた桜が雨にうたれている。静かになった空間には息苦しさを感じる。その空気を感じてか……それとも偶然か扉が開かれる。花瓶をもったサラと看護士とおぼしき女性が立っていた。

「お水いれてきましたわ。あと私もフローラさんと色々お話したいところですが……」

「すみません。フローラ・マリク・デイさんの退院を前にした最後の検査がございますので今日はここらへんで」

「そうですか」

俺は椅子から立ち上がりサラのもとに歩いていく。立ち代わるように看護士がパタパタとフローラのもとへと行く。

「もういいのですの?」

「あぁ……話はすんだ」

「……そうですか」

サラは詳しくは追求せずフローラの方へと近づく。

「花瓶はこちらにおいておきます。それと、なにか欲しいものはありますか?」

「いえ、特にありません。ありがとうございます」

「そう?ではなにかできたらまた言ってくださいね。それでは失礼します」

「じゃあな」

俺は片手をあげ、サラは小さく礼をして病室を去る。

結局、フローラと視線をあわせたのはあの一回だけだった。

互いに無言のまま配布された袋を返し、個人情報の書かれた紙をハサミで切り刻みゴミ箱に捨てる。病院を抜けると相変わらずのゆったりとした、それでいてしっかりとした雨が降っている。

「じゃあな。また、明日」

俺は片手をあげて雨空のもと歩みを進めようとする。だが、それをサラが止める。

「待っください」

「ん?」

「ファイラやライに言われてるんです。私についてきてください」

「なんでまた?」

「いいですから」

「……わかったよ」

これ以上面倒臭いことに巻き込まれたくなかったがもしこの誘いを無視しようものなら翌日ファイラに涙目で絡まれそうなので大人しく受けることにする。嫌なことは先に済ましてしまおう。

「それと、どうぞ」

「ん?あぁ…………よっと」

白い折り畳みがさをバッグから取りだし俺にみせる。その意図を察し近づかずに手を胸の辺りに持っていく。それを見たサラはそこにその傘を投げてくれた。小さく緩い弧を描いたそれは綺麗に俺の手におさまる。

「ありがとな」

「いえ、予備で二つ持ち歩いてただけなので」

俺は傘をさしながら礼をのべる。サラはバッグから別の赤い折り畳み傘を取りだしさした。

「……で、どこに行くんだ?」

「私についてくればわかりますわ」

「つまり、教えてくれないってわけか」

俺は小さく吐き捨てるようなため息をつく。最初に行き先を言わなかったので何となくわかってはいたが。

「……はぁ、わかったよ。大人しくついていく」

「柔順なのはよいことですわ」

「そりゃどーも」

歩き出すサラのあとを追いかけることにする俺。無言のまま二三メートル離れた位置で付かず離れず歩く。サラも逃げ出すことはないとたかをくくってるのか、それとも俺を信じているのか分からないが振り替えることもなく、拘束することもなく歩みを進める。

二重の足音と、賑わう人々の声を耳にする。少し暇潰しついでに人々の声に耳を傾けてみる。

―――狼被害が無くなった。脱獄者が出たらしい。キャラクスト王国との交易。現、三代目王の批判。

政治部分に特化して耳を傾けるとこのような話が飛び交っている。だが脱獄者―――シュー・ウィールについては情報が少ないからか曖昧な話が多い。それゆえに起こることはいつの時代も同じ。信憑性の薄い噂が蔓延(はびこ)る。

それは都市伝説や七不思議等と同じオカルトと大差は無い。

「……桜花(おうか)様の評判は今一つですね」

ポツリと前を歩くサラがこぼす。サラも聞こえていたらしい―――三代目王、桜花王の評判を。

「前任であられる桃桜(とうおう)様や初代王、(さくら)様が優秀だったからな。どうしても人は前任と比較してしまうもんだ」

「それもありますが……ここ数年の温度上昇や四年前におきた大地震での手当ての遅れも原因ですわね」

「自然に人は逆らえないさ」

桜花様を擁護するつもりは無いが……桜の名を継ぐものとしてのプレッシャーもある。それに加え第一皇子であられる秋桜(コスモス)様の教育も桜花様が直々に行っていらっしゃる……。多忙であるにも関わらず。それに遅れたというがそこまで遅かったわけでもない。俺としては彼をもっと評価してやってもいい気がするが……いかんせん、民衆の心に政治の難しさや努力が届くことは不可能に近いのだ。

「ユウリさんはどう思います?」

「なにがだ?」

「桜花様の人気が上がる方法です」

「そうだな……キャラクスト王国との国交をもっとやり易くするか隣国のヨーリシア国と、和平とはいかないまでも対等な条約の一つでも結べたらうなぎ登りだろうな」

「難しいことばかりですね」

「同感だ。王というものにはなりたくないな」

サラの言葉に同意する。この国だけじゃなく、五国全てが緊張状態であるなか外政を行い成功させるのは至難の技だ。だが、民衆はそれを理解していない。いや、正しくは理解はしているが関係などないと思っている。こちらの方が正しいかもしれない。民衆は過程など求めていない。常に求めているのは自分達にとってよい結果のみだ。たとえ十のよい結果を産み出しても一のミスがあれば全てが崩れる。政治とは……そういうものだ。

「まあ、私たちは一般市民に比べたら王に近い存在ですが、それでも遥か遠い存在。桜花様に口だしできません。ですので、今は忘れて楽しみましょう―――ここです」

歩みを止めた彼女はクルリと笑顔で振り向く。

ここは―――いつもの、オヤジがいる居酒屋。

「さあ、入ってください」

動かぬ俺に背中を押すようにいうサラ。

「あ、あぁ。わかった」

ガララッと音をたて扉を開ける。

「ん?おぉ!!来たか、ユウリ!!」

「あっ、此方です。来てください」

「えっ?お前ら……?」

酒を煽るライと素早く立ち上がり俺の背をこんどは本当に押すファイラ。されるがまま店の中央、シャルの横に座らされる。

「アハッ、驚いた?ボクも驚いたよ」

「えっと……驚くもなにも状況がつかめていないんだが……」

俺は辺りを見渡しながら呟く。いるのは俺たち第四部隊だけで他の客は見当たらない。本来ならもっと人がいるのだが。

「今日はお前らの貸しきりだ。さあ、呑みな!!」

まだ注文もしていないのにドンとビールとコップをオヤジに出される。それを素早く受け取りグラスにビールを注ぐファイラ。そして、ニッコリと微笑み俺に語りかける。

「退院、そして職場復帰おめでとうございます」

「えっ……あ、あぁ」

「なんですか?その気の抜けた返事。ユウリさんらしくありませんわよ」

いつのまにか俺の後ろに立っていたサラがからかうようにいう。

「……はあ。企画したのはファイラとライか?」

「発案はライさんで、色々用意したり計画たてたりしたのはぼくです」

「ははっ、気が利くだろ?」

「余計な気だと思うがな」

俺はアルコールをさらに体内に送り込むライをみて呟く。酒は百薬の長というがあれは呑みすぎだ。よくアルコールを分解できているもんだ。

「さっ、今日の主役はユウリさんとシャルさんですから呑んじゃってください」

「あぁ……そうするよ」

もう一度俺にビールの入ったグラスを差し出すファイラからグラスを受け取りそのまま胃に半分程度送り込む。その様子に後ろに立っていたサラは俺の後ろからライの横へと移り座った。珍しくサラもアルコール度数は弱いものの酒を注文し飲んでいた。

そこからは、まぁ―――ただの飲み会。シャルとファイラの酒を飲まないコンビも互いに談笑を開始し俺もその中に入ったりライやオヤジたちとも話したり―――。

今日はどちらにしろ呑む気だったし……あまりうるさくするのは性に合わないがたまにはいいものだ……。

「……で、ユウリ」

「ん?」

「フローラとはちゃんと話してきたのか?」

ライが俺にだけに聞こえる、いつもとはちがう真剣な声音で呟く。シャルはファイラと会話中、サラもオヤジとなにやら話している。俺たちの様子をうかがうやつはいなかった。

「……まあ、な。とりあえず会話はしてきたよ」

「そうか……だいぶ、強くなったものだな」

「もともと弱かった覚えはないが?」

「どの口が言うんだ。うちの部隊に来た当初はやる気も何もなかただろうが」

「俺の故郷の国をまもるならまだしも、元の国は流されちまったからな」

「ニホン……だったか?つっても、このフィーリフト王国の中心都市はそのニホンがあった場所なんだろ?」

「……ボトルが同じでも中の酒が違ったら違う酒だ」

「なるほどな」

ま、本当はニホンが流されたからやる気がなかったという訳でもないんだが。そもそも、ニホンがあったころもあったのはやる気じゃない―――“殺る気”だ。

「で、もう解決したのか?約束の謎」

「ヒントであり、問題である問いがその一文じゃ俺には解けないようだ」

「ははっ。そりゃ、確かに無理だな」

ライは笑い声をあげてグラスのビールを空にする。その空になったグラスに金色のそれを注ぐのではなく俺に向き直る。

「じゃあ、俺からのヒントだ。フローラ、シャル、そしてお前にはわかる謎……つまりはお前ら三人が一緒に行動した時の事を思い出せ」

「ライ……お前?」

「さぁてな。これは俺の憶測だがな。答えを知ってるわけじゃねぇ。でも、自分の事となると簡単な式さえ見失う誰かよりかはこの問題の答えまでの道のりを先に進んでる。だから、ゆっくり眠るとする。ゆっくりでも着々に答え(ゴール)にたどり着きな」

ライは意地悪気に笑って別の酒を注文しながら瓶の酒を空に変える。そして、サラをからかうように話しかけ始めた。これ以上ヒントをばらまきたくないようだ。

「かなり、昼寝させることになるかもな」

グラスに口を付けたままそのグラスにしゃべりかけるように呟いてライに習うようにグラスの中身を飲み干した。




******




「…………ふう」

筋力トレーニングを終えゴロンと寝転がる。一週間に一度は休みがあるが入院という形で休んでいたがためにもっとあったかのように錯覚を受けてしまう。なんというか、微妙な気分だ。

「…………」

ベッドに寝っころがって天井を睨みつけるように見る。

あれから二日。俺は結局答えを見つけることができずにいた。それに、シュー・ウィールの動きも気になる。小さな事件は起こっているがシュー・ウィールと関連したものは一切なかった。そもそも、国内にまだ潜伏しているかどうかさえ怪しい。乗り物は無くても能力さえあれば一日ぐらいでどこへでも行くことができる。

といっても、ここまで手がかりが無いものか……。悪意探知も無理なら気配の探知にも当たらない。似顔絵はすでに出回っており、いわゆる指名手配犯となっているが……全くもって音沙汰がない。まるで水溜まりに釣糸を垂らしている気分だ。無駄なことなんじゃないかと思ってしまう。

「わからないことだらけだ……」

黒音機にシュー・ウィール、そして約束。この三つのパズルを同時に完成させることなんてできるのか……。いや、約束とシュー・ウィールのパズルは同じピースを使うこともあるか。なんせ同時期に作られたのだから……。

―――同時期?

黒音機とシュー・ウィールの事件も同時期だ。そして二つとも謎多き事件。そして二つに関連するあるキーワードがある。黒音機は小悪党並みの悪意が検出。つまりは、おいた人間はテロ犯並みの悪意。そして、シュー・ウィール関連で浮上したノアの方舟はテロ組織。

―――偶然か?

二つともテロが関連する可能性。だとしたら一つの仮説ができる。ノアの方舟の技術者が黒音機を開発、それを実験的に二坂山においた。結果クロスファングが狂ったわけだがそれ以外の動物―――いや、虫すらも見かけなくっていた。それが黒音機のせいであることは、黒音機撤去後から動物たちが二坂山に戻っていることが示している。実際に自分で見たわけではないが、報告でもあがっているし店のオヤジも言っていた。そこから考えると……人間に聞こえない音で動物を操り動物によってテロを起こす……。不可能じゃない。それにシャルの攻撃手段の一つが動物をコントロール化におくことなのだから……!!

「―――っ……。なに熱くなってんだ」

一度頭の熱を冷ますように自分に言い聞かす。冷静になれ。

そもそも、シュー・ウィールとノアの方舟が関連するか。それ事態が決まっていない。仮説に仮説を重ねるのは得策じゃない。

「……でも、一考の価値はある」

明日にでもアイさんに伝えよう。アイさんのことだ、一応候補にいれておいてくれるだろう。

―――トントン。

「えっ?」

突然のノック音に間の抜けた声を出してしまう。俺に訪問者なんて……。

「ユウリくん、いる?」

その声はシャル?いや、シャルだけじゃない。あと、もう一人分の気配を感じる。というか何のようだ?

「ユウリくん……?」

「あ、ああ。いるよ。今あける」

ガチャリと音を立てながら扉を開ける。

「あっ、ごめんね急に」

「すみません、ユウリさん」

「いや、別にいいが……」

シャルと一緒にいたのはファイラだったのか。二人揃ってなにようだ?

「とりあえず、あがってくか?」

「あっ、ありがと。じゃっ、お邪魔しま〜す」

「お邪魔します」

俺は扉を大きく開き二人を招き入れる。二人が靴を脱いでいるうちに部屋に戻り棚の上の写真を少し見てからうつむけに寝かせる。そしてさっさと炊事場からお茶を取りだし戻ってきた頃には二人が部屋に入っていた。

「適当に座って。はい」

コト、コト、とコップを机に置く。二人はそれにならうように座る。

「……で、どうしたんだ?」

世間話から入ったりする方がいいのかも知れないが、あいにく俺は話す内容もなにもない。単刀直入に用件を聞く。まあ、これに答えるか否かは相手しだいだし、世間話から入ろうってんならそれもいい。相づちをうつくらいならできる。

「うんー。別に用事とかはないよ。ただ遊びに来ただけ、って感じかな」

「あっ……迷惑でした?」

「別に。ただ、珍しいなって」

大家なんかの集金以外で俺を訪れる人などほとんどいない。幼馴染みなんかも昔に流されてしまっている。友人と呼べる人物は……まあ、機関のものぐらいか。

「そっか。ならよかった」

シャルが安心したように笑みを見せる。元気そうで何よりだ……。

「よーし。じゃあ今日は遊んじゃお」

「遊ぶって言っても、あいにく俺の家にはなにもないぞ?」

「大丈夫。ね?ファイちゃん」

「はい―――トランプ、持ってきました」

「用意周到だな」

小さな鞄からトランプの入ったケースを差し出す。恐らく、シャルの指示で持ってきたんだろう。

「で、トランプでなにするんだ?」

「うん〜。じゃあちょっと頭を使うゲーム。証言ゲームってのは?」

「あ〜……あれか。苦手だな」

「ぼくも得意じゃないですけど……頑張ります!!」

「ははっ。じゃあ配るね」

シャルはジョーカーを抜いてからカードを切って一人辺り五枚配り残ったカードは山ふだとして中央に置いた。

証言ゲーム。ルールは簡単だが……記憶力と推理力が試されてしまう。

俺の手札は……ハートの3と8クローバの9ダイヤの1と12か……。

「いい?じゃあ、じゃんけんで勝った人から時計回りね。じゃーんけーん」

ぽい、と出された手はシャルとファイラがチョキ。俺がグーだった。

「俺からか……じゃあ始めるぞ」

まず、山ふだから一枚カードをめくり皆にきちんと見せてから山ふだの一番下に戻す。でたカードはハートの9か……。

「じゃあ、まずはスペード何枚ある?」

手持ちに無いマークを先に聞いて、自分がスペードの枚数を聞かれることを少なくする作戦にするか。

「ボクは一枚だよ」

「ぼくも同じ」

一枚づつか……ヒントは少なそうだ……。

「わかった。アタックは無しで」

「うん、いきなりアタックできないよね」

アハハとシャルが笑う。よっぽど賭け事が好きか、なにか重要なことがわかったときしかできねーよな。

「じゃあ、ぼくですね―――スペードの2、ですか」山ふだから引いたカードを小さく呟くファイラ。ヒントでもあったのか……。

「うーん……8以上のカードを持っていますか?」

「俺は二枚持っている」

「ボクも同じだよ」

「はい、わかりました。アタックは無しで」

「じゃあ、次ね〜。エイっ」

場にでたのはダイヤの5。

「……じゃあ、ダイヤの4以上、10以下のカードで」

「俺は無いな」

「ぼくは一枚あります」

「おっ、ヤッタ。じゃあボクもアタックは無しね」

シャルが嬉しそうに言う。というより、一巡目でマーク指定とは……なにか確証があったのか?ダイヤを聞くのが怖いな……。

ともかく、これで一巡終った。

証言ゲームのルールは覚えさえすれば簡単だ。まず、手札を五枚配る。そして誰からアタッカーを始めるかを決めてゲームスタート。

アタッカーはまず、証言してほしい内容を次のうちからどれか選ぶ。各マークを何枚手札にもっているか。ある数字以上、もしくは以下のカードが何枚あるか。あるマークのある数字以上、数字以下が何枚あるか。

ただし、数字のみの指定の場合は5〜10の数字で言わなければならない。また、マーク指定こみの場合は以上と以下の数字を最低でも4以上離さなくてはならないという縛りがある。

その証言をヒントにし、誰かに対してアタックするかいなかを決めれる。アタックとは相手の手札になんのカードが隠れているかをあてることを言う。もし当たったら相手はそのカードを全員に公開しなければならない。逆に、外れた場合は自分のカードを一枚公開しなければならない。また、アタックが成功した場合はアタッカー継続となりまた証言をつのり、アタックするかいなかを決められる。山ふだもまたひいては確認することを行う。

ちなみに、オープンしたカードについてはそのアタック以降の証言に含まれなくなる。

これを繰り返して最終的に敵プレイヤーを全員倒した人が勝ちだ。

―――俺は無言で山ふだからカードをひく。スペード10。

スペードにこだわってみるか。

「……スペードの2以上7以下」

「ぼくは無いです」

「ボクも無いよ」

二人ともなし……か。できればヒットしてもらいたかったが……。

「アタックはなしで」

俺は流してファイラに譲る。

山札はクローバの8。ファイラは5以下の数字を募った。それに対して俺は二枚。シャルも二枚と答えた。そのままファイラはアタックせず、シャルがアタッカーに。引いた数はダイヤの7だった。渋い顔をみせるファイラ。そりゃ、さっきのターンで4以上10以下のダイヤがあると証言しているからな。

「……えっと〜。ダイヤの8から……4」

……?俺がさっき無いと答えた範囲と同じだ。ということは、ファイラ一点狙いか。

「当たり前だが俺はない」

「ぼくも無いです」

「よし、分かった!!」

「えっ?」

「ファイちゃんはダイヤの10を持っている!!」

「……正解です」

パラリとダイヤの10を公開するファイラ。だが、シャル。これは悪手だったな。俺は心の中で笑う。

俺から視点でもファイラは9、または10が確定していた。しかし、そこで自信満々にダイヤの10をセレクトできた。ということはダイヤの9はシャルが持っているということだ。

気づいているのか気づいてないのかシャルはまた、証言を募る。これで俺に回って―――。

「アタック、ユウリくんに」

「なっ……?」

「ハートの10」

「いや、ねえよ」

「そっかぁ。まああてずっぽうじゃ無理だよね〜」

そういいながらカードをオープンさせるシャル。そのカードはダイヤの9だった。

「まっ、元々このカードは死にカードだったしね」

……バレていることがわかっていて、オープン覚悟で勝負に出たか。

さすがシャルだな、と内心感心しながら山札からカードを引いた。

そこからは三人とも一進一退。踏み込まれては踏み込み返してを繰り返す。そしてみんなあと一枚をのこすのみとなった。

俺はダイヤの12を残しラスト一枚。シャルのオープンカードはダイヤの6、4、9とスペードの1。ファイラはハートの1、クローバの11、ダイヤの10がオープンしていた。そして、シャルのターン。引いたカードはダイヤの11。

「……ここで外したら不味いよね……。よし。10以上の数字で」

「……ぼくは無いです」

「はあ……あるよ」

「よし。じゃあ行くよ。ユウリくん。多分……ダイヤの12!!」

「正解、負けだ」

俺はラストのカードをオープンさせて両手をあげて降参を現した。

シャルとファイラという、うちの部隊の頭脳二人には敵わないらしい。元の職業柄、俺も洞察力や気配の察知。ポーカーフェイスには自信があったのだが……あと一歩及ばずか。

「よし。じゃあいくよ、ファイちゃん」

「のぞむところです」

「う〜ん……どっちかな……確か最初の証言でスペードアリって答えたよね?」

「そうでしたっけ?」

シャルの質問にとぼけてみせるファイラ。そういやそんなことも言っていたな……。俺が最初に募った証言だから覚えている。が、シャルは微妙らしい……。このゲームの本質は忘れることにあるからな。

「う〜……いや、言ってた!!だから聞くよ。ファイちゃんの手持ちにはスペードの4から8の数ある?」

「……無いですね」

「ってことは、さっきの証言で10以上も無いのが確定だから……スペードの9!!」

「……スペードは持ってないですよ、なんていいたかっです」

パラリと最後のカードを机に落とすようにオープンする。そこにはスペードのマークと9という数字があった。

「やったー。ボクの勝ちだね!!」

無邪気に片手をあげて喜ぶシャル。手からカードが落ちてシャルのラストカード、ハートの11が現れた。

「あっ、11だったんですね。最後勝負に出てたらよかったな……」

「仕方ないさ。俺たち視点ではハートの11、12、13の三つであることしか分かってなかったからな。三分の一で勝負にでるのは勇気がいる」

特に今回はラスト一枚を残すのみとなっていた。失敗したら即負け。これで勝負をかけるのは難しいだろうな。

「でも、もしボクが失敗していたとしてもユウリくんのターンでばれてたかもしれないから勝負に出てもよかったかもね」

「ちょっと、恐れすぎましたね」

まいったな、という素振りで頭をかくファイラ。まぁ、それもファイラらしいのだが。このゲーム、なかなかに性格が強くでる。見ているだけでも面白いのだが……やってみると難しさが際立ってしまう。

「はぁ、でもワンゲームやるだけでだいぶ時間消費してしまうね」

「ああ、そうだな……」

時計を確認するとすでにお昼近くを針がさしている。時間を確認すると初めて腹の減り具合を感じる。

「どうする?昼飯。どこか行くか?」

普段は適当になにかでごまかしたりしているが、今日はコイツらもいるのでそうとも行かない。俺のように不死身なら健康に気を遣う必要性もないのだが……。

「あ、あの。でしたら、台所をお借りしていいですか?」

「えっ?あ、あぁ……別にいいが」

「実はぼく、シャルさんと合流する前に近くで農業やってる木崎きさきさんにジャガイモとか、玉ねぎとか少しいただいたんです。どうせなら、それを使って料理したいなって」

「そう、か……別に俺はかまわないが……冷蔵庫には大したものは言ってないぞ?」

因みに、この冷蔵庫というのは空気冷蔵クールスノーという能力を能力石スペシャルストーンに組み込んだもので、使用感としては第二次ノアの大洪水以前のものとなんだかわらない。むしろ、コンセントが外れたり、停電で中身がすべてダメになるということがなくなった分プラス要素のほうが多いのかもしれない。

「いいじゃん、いいじゃん。ファイちゃんの料理美味しいし。なんかできるんじゃない?」

「お前はもう少し料理の勉強したらどうだ?」

「ぼ、ボクは別にいいよ」

目をそらすシャル。なんであんなに書類整理がうまいのに料理だけは全くできないのか……。

「あはは……。とりあえず、台所借りますね。あっ、冷蔵庫の中身とか、勝手につかって大丈夫ですか?」

「大したもん入ったないがそれでいいならな」

あらためてそう告げると「ありがとうございます」と、ペコリ頭を下げて台所に向かう。その様子は女の子そのものでなんとなく薄い桃色のエプロン姿が似合いそうだなと思ってしまう。

「ファイちゃんの料理楽しみだな~」

「だから、シャルも練習したらどうだよ?」

「ボクには無理。ユウリくんはどうなの?」

「俺もファイラ程じゃないが一応料理はできる。てか、基本さえ守れば料理なんてできるだろ?」

「料理できる人だからそう言えるの」

ちょっと怒った口調でいうシャル。そんなものなのか……俺ももともと料理ができたわけでないのは確かだが、そこまで苦戦した覚えはないんだがな。

「この話はヤメ。ね?」

「分かったよ」

パチンと手を打って話を打ち切ろうとするシャル。これ以上はなにを言っても聞かないだろう。

「……それより、ユウリくん」

「うん?―――なんだ?」

シャルの瞳に真剣さが宿ったのを見て身構える。どうした、急に……。

「なんで、そんなにフローラちゃんのこと気にするの?」

「えっ?」

「フローラちゃんにはたいした怪我もなかった。それにユウリくんはあの時そうするしかなかった……。なのにユウリくんはずっと気にしてる。どうして?」

「さあな」

「……あそこの写真に、なにか意味があるの?」

「えっ……?」

シャルが向ける視線の先を追うと、俺がうつ向けに寝かせた写真があった。

「見てたのか?」

「……ごめん、たまたま見えちゃって。ファイちゃんは気づいてないと思うけど」

「別に、謝ることは無いが……。とにかく、なんでそれで写真とフローラと関係があると思ったんだ?」

「ユウリくん、写真を寝かせる前にさ、少し写真眺めたでしょ?」

「あ、あぁ……確かに」

「その時の表情が、フローラちゃんの話をしているときとか、フローラちゃんの事を考えるときによくにてたの……」

「そう、なのか?」

「うん……。それ以外にも、時々あの表情を見せるときはあった。あのときも……。この前、ユウリくんがサラちゃんと一緒に強盗犯捕まえたに行って、それでその直前にユウリくんが居眠りしてたときにもその表情をしてた」

少し俺の中で時が止まる。たしか、その時見た夢は久しぶりに見たあの、第二次ノアの大洪水のときの様子だ。

「ユウリくんはたぶん、ボクには想像もできない経験を積んできたんだと思う。だけど、それがユウリくんを苦しめいるなら……僕に話してくれないかな?」

「シャル……」

俺は考え込むように下を向く。シャルの事だし、嫌だといえばこれ以上聞いてこないだろう。だが、それでいいのか?シャルは俺の事を心配して、それで俺に尋ねてきた。そんなことは今までなかった。なのに、それをふみこむというのはシャルにとっても決断するまでの考えがあったはずだ。

「…………」

「ユウリくん?」

無言で立ち上がり寝かせた写真をもち、また座る。

「その子は……?」

「ナギ―――海野かいの凪沙なぎさだ」

「カイノって……」

「察しの通り、俺の妹だ」

「妹」

シャルは呟くように俺の言葉を返す。

「―――あれは、遊園地に行ったとき、だったかな」

俺は記憶をたどりながら過去をつなぎ、ポツリポツリと喋りだす。台所から野菜の切る音が聞こえ始めた。





******




「―――はい、では明日」

通話を終え携帯を直す。休みといえど仕事は舞い込んでくるらしい。仕方ないことは理解しているが、正直控えてほしいものだ。

「お兄ちゃん終った?」

「あぁ。ゴメンな」

「うぅん。お兄ちゃんが無理して休んでくれたの知ってるもん」

「そうか」

一瞬悩んでナギの頭を撫でる。正直、ナギの頭を撫でる資格が俺にあるのかわからない。ただ、親父が数年前に死に母子家庭の我が家にとって、俺はナギの父親代わりだと考えると、冷たく接することはできなかった。

「あっ、お兄ちゃん、次あれのろー」

無邪気に俺の手を掴む妹の姿に、久しぶりに休みをとれてよかったと心から思う。最近まで難しい依頼が多くて、母さんにナギをまかせっきりだった。

「急いで行かなくてもアトラクションは逃げねーよ」

「乗り物は逃げなくても時間は逃げちゃうもん」

「……コイツ」

日ごとに口達者になってきてやがる。誰に似たのか―――って、俺か。

「わかった、わかった。でも、あぶねーぞ」

ナギのつかんでいる手をいったん離させてそのまま抱きかかえて屈んでナギを肩車する。

「あっ、わーい」

「おいおい」

肩車をされてか喜んで俺の肩の上ではしゃぐ。そのたびに肩に少しダメージを受けてしまい苦笑いしてしまう。

「ん?」

「どうしたの?」

「あ、あぁ、いや。なんでもない」

「変なお兄ちゃん」

頭をかしげるナギ。まぁ、そうだろうな。一瞬、空の雰囲気が変わった気がしたので気になった。青い、きれいな空が眼前に広がっているし、天気予報でも今日はずっと晴天とされていた。

「よし、あれだったな」

俺はナギが示していたウォータースライダーに近づく。そこそこ並んでいるが……およそ15分というところだろうか。簡単に目星をつける。ウォータースライダーや、その他ジェットコースターに乗っている人の悲鳴が聞こえる。

「楽しみだね、お兄ちゃん」

「普通は怖がるもんじゃないのか?お前ぐらいの年頃だと」

「ナギはもう子供じゃないもん」

俺の肩の上で頬を膨らませて怒って見せるナギ。そういうところが子供っぽいんだが……、それをいうともっと怒りそうなので黙っておくことにしよう。

またしても、大きな悲鳴が鼓膜を震わす。

なぜ、人はジェットコースターに乗るのか―――。詳しくは忘れたが平穏な日常が約束されている今、逆に恐怖感や不安、不安定感を人は求めるらしい。俺としてはこりごりなところもあるのだが……ナギに俺の意見を押し付けるわけにはいかない。

少しの間ナギと話したりしている間にすぐに俺たちの順番になる。見立て通り約15分だった。

「よーし、乗ろう!!」

「そうだな―――っと」

俺はナギを肩からおろす。そして、一番前の席に並んで座る。何気なく空を見ると遠方に黒い雲が見える。天気予報は外れたか……。それとも局地的大雨とかいうやつか。

「それでは、蒼の水の旅へ、出発!!」

従業員の女性が大きく手を挙げてから出発ようのボタンであろうスイッチを押す。ガコンと鈍い音を立ててコースターが出発する。

その音に早速歓喜の声をあげるナギをチラリとみる。

前後左右に揺れ水飛沫(しぶき)をあげるコースター。その飛沫が冷たく気持ちよさも与える。

「キャッ」

「おっと」

唐突な降下に驚きの声をあげてしまう。そして、その直後に、あきらかにさっきの降下した場所よりも高い場所を目指す坂が現れ、コースターを引き上げる音が聞こえる。

「高そう〜」

ナギが呑気な声をあげる。その瞳はキラキラと輝いていた。

ん?

そろそろ頂上につこうというとき水を感じる。それに匂い―――雨の匂いも。空を見上げるといつの間にか青い空が曇天の雲に覆い隠されていた。

―――おかしい。なんだ、このスピードは?

やけに雲の流れるスピードが速い―――。

「いっくよ〜」

「えっ?おわっ」

気がついたら頂上にたどり着いていたコースターは落下を始める直前で、一気にスピードが上がる。

悲鳴が鳴り響くなかコースターはスピードをあげ、そして。

ザパーン。

派手な音をたてメインの坂を終えた。

「きゃー、濡れちゃった」

「……コースターのせいだけじゃないみたいだぞ」

「えっ?あっ」

言われて始めて気がついたような声をあげるナギ。大粒の雨が俺たちを包んでいた。最悪だ。

それに気がついた後ろの乗客もまた、どうしようかという声が聞こえる。とにかく、これを降りたら荷物をもって適当な店に入って雨宿りをするか。

―――と、考えていた矢先、耳をつんざくような轟音がなる。

ビクリと数拍遅れて反応するナギ。いや、ナギだけじゃなく、感じるに後ろの乗客もそうだ。

「キャッ」

そして、唐突に止まるコースター。そこでやっと状況を理解する。

このコースターを稼働させるメインコンピューターに雷が落ちたのだろう。

「クソッ」

恐怖の声と悲鳴が鳴り響くなか悪態をつき安全バーを強引に蹴りあげる。雷は同じ場所に落ちやすい。ましてやここは水の上。下手すりゃ全員感電死だ。

「オイ!!自分で安全バーあげれるやつはあげろ!!」

俺はナギの安全バーを外しながら指示する。その言葉に多少の冷静さを取り戻した面々が安全バーを取り外しにかかる。

「クッ。はぁはぁ。ナギ、大丈夫だからな」

「お兄ちゃん!!」

嗚咽を漏らし俺に抱きつくナギ。そのナギを抱きかかえながら安全バーにてこずる人を助け、とりあえず全員をコースターから下ろす。

幸いにも、乗り場の近くで止まったのですぐ走って安全地帯へと移動する。その間にもどこか別の場所で雷の音が響く。

「はぁはぁはぁはぁ」

バチャバチャと水音をたて走り乗り場にたどり着く。ここにいてもいいが、もし当たったらと考えるともっと別の場所に移りたい。水を吸ったジーパンは重くて走りづらい。だが、懸命に足を動かす

「―――ここまでくれば」

園内の一番大きなフードコーナーに走り込む。ナギはまだすすり泣くような声をあげながら俺に抱きついていた。

―――このときはまだ、酷い災難にあったとしか考えていなかった。だが、その考えはたった数時間で変えざる得なくなった。

いつまでも降り続く豪雨。携帯の情報で、なんと世界各地でこの豪雨が起こっていることを知る。まるで、世界が終焉に向かっているかのように。

―――そして、それはある意味正解だった。

降りやまない雨は川を氾濫させ、山を削り、水位を上昇させた。

俺たちのいるこの遊園地も例外ではなかった。

「ナ……ギ」

なんとか、水に、海に飲み込まれまいと泳ぎ続ける俺。すでに二時間がたち、何人もの人間が脱落し海の底に落ちていく。

そこにはもう、陸と海の境目などもうなかった。生きるためだけに、死にたくないと願い必死に水中をかく。左手をつなぐ妹の顔が苦しそうにゆがむ。海水が目にしみていたい……。だが、それでも必死に目を開けて上をみつめる。海面が見える。あと、もう少し……。

「ゴブッ―――」

水流……か。くそっ、酸素が……。

苦しい……がぁー!!

無理やりにでも水中をかく。一瞬海面以上に顔をだせ空気を入れ替える。だが、すぐに戻される。

それを、何度繰り返しただろう?体力は擦りきれていき疲れだけがたまる。だが、そんな苦しさが唐突にやむ。海面がおだやかになる。激しい息をして伏し浮きになる。助かった。

ナギも……ナギ?

「ナギ?ナギ!!どこだナギ!!」

俺の必死の呼びかけに答えるものは……現れるものはいなかった。




******




「ナギをあれから懸命に、なんども水中に潜って探したけど、見つからなかった。見つかるのはどこの誰とも知らない人の死体だけだった。海面が下がって、陸地が見え始めたのに一日と掛からなかった。すぐにまた探した。だけどさ……どこに流されたか、全く見つからなかった。もちろん母さんもな。正直な話、絶望もしたし、死にたくなった―――いや、実際に自殺もした。そこらへんに落ちてる破片で首をかっきたり―――けど、すぐに再生した。俺の能力だよ」

一度言葉を切って唇を舌で濡らす。

「それから、かな。たとえ俺のせいじゃないとしても、頑張れば助かったはずの命が俺の不手際でなくなるのが嫌なんだ。フローラだって、たまたま助かった。だけど、あり得ただろう?死んでいた可能性、後遺症が残っていた可能性―――。それを考えたら怖くて、辛くて。もう、俺のせいで仲間や、肉親の命がなくなるのが嫌なんだ」

一気に気持ちを吐き出す。この時の様子を誰かに話すなんて初めてかもしれない。それほど、シャルに……いや、第四部隊の仲間を信頼していたのか。

「……ユウリくん。やっぱり、ボクには想像もできない様子の話だし、辛かったんだなって感じる事すらおこがましいことなのかもしれない」

「えっ……」

スッと置かれたハンカチに間の抜けた声を漏らす。そして気づく。自分の頬を濡らすものと、震える声に。

「……っ」

俺は顔を見られないようにするために顔をうつむかせて服の袖でそっと涙をふく。

「だから、気にする必要はないよとか言えないから……一つだけ。話してくれてありがと」

「…………ふう。ああ、俺も言わなきゃいけないな。黙って聞いてくれた礼を。シャルと、ファイラに」

「えっ……」

「気配で気づいてた。それに調理音も途中から聞こえてなかった。それに完成しきった料理の匂い。聞いてないわけが無いだろうな」

「……ごめんなさい。立ち聞きなんてまねして」

そろりとファイラが盆に料理をもってやってきた。色とりどりの野菜がおいしそうな湯気をたてている。

「気にすんな。聞かれたくなかったら別の場所にシャルを連れていってた」

「そうですか」

ファイラはその盆上の料理と箸を全員の前に置く。

「ああ、それより、うまそうだな」

俺は意識を料理の方に向ける。大して何も入ってなかった冷蔵庫からここまで作れるとはさすがだ。

「うん、やっぱりファイちゃんすごい」

「大袈裟すぎますよ。どうぞ、食べてください」

「あぁ、そうするよ」

俺は軽く手を合わせてから食べ始めるキャベツの甘さや旨味が口内にしみる。

「旨い」

「おいしー。野菜事態の美味しさもあるんだけど……これって、ファイちゃんが土壌改善したところの?」

「はい、そうです」

「ふーん……やっぱファイラブランドはすごいんだな」

「その名称は正直変えてほしいですけどね」

「いいじゃないか別に。自分の名前のブランドが市場に出回るなんて喜ばしい事だろ?」

「それ以上に恥ずかしいんですけどね」

苦笑いを浮かべるファイラ。だが、すぐにその顔は少し悩むようなものになり口を開く。

「あの、さっきのお話で、気になることがあったんですけど……いいですか?」

「質問しだいだが……まあ、別にかまわないが」

「ユウリさんが度々言っていた『仕事』って、なんですか?」

「あっ、それボクも気になってた」

シャルもその話しに箸を止め俺を見る。少し悩んだが、俺は返答をかえす。

「―――暗殺」

「暗殺……?」

シャルが驚いたように繰り返しファイラは目をみひらける。

「ああ、そうだ。暗殺業―――正しくは内閣情報調査室に区分される国民には隠された秘密組織。National safe assassination processing―――通称NSAPナサップ。そこのエージェントとして法で裁くことのできない人間や政治的理由から邪魔な奴を暗殺したりしていた。簡単に言えば国に認められた暗殺者というわけだ」

少し自嘲気味に笑う。現役で働いていたときは感覚の麻痺からかそこまでおかしく感じてなかったが、冷静に考えれば恐ろしい。時には毒殺し、時には拳銃で額に穴を開け。ある種狂っていたのかもしれないな。ただ、そのおかげでより平和になったのは確かだが。

「なんで、ユウリくんがそんなところで?」

「俺の父親がNSAPのエージェントで、幼い頃から暗殺者として国に育てられた。父親は俺には普通に就職してほしかったらしいがな」

「もしかしてですけど……ユウリさんのお父さんは」

「ああ、そうだ。殉職……といえば殉職になるのかな。とにかく、仕事中に殺されたらしい」

「やっぱり……」

俺も詳しくは聞かされていない。またしばらく仕事でいないからその間、母さんとナギは頼んだぞと俺に言ったのを最後に、次あったときは胸に穴を開けた死体だった。

「それについては仕方ないと思っている。それに俺たちだって、命がけの仕事をやっているわけだ。だからこそ―――」

箸をおいて左手を握りしめる。爪が皮膚に喰い込む。

「―――だからこそ、俺は俺が許せないんだ。仲間を危険に陥れた自分がな」

悔しさや苦しみから、言いきって唇を噛む。犬歯が柔らかな唇を裂き、口内に鉄の味が満ちる。

誰もなにも言葉にしない時間が訪れる。

それをたちきったのは誰でもない―――伝達情報機(テレパシア)の音だった。

「悪い……ちょっとでてくる」

「う、うぅん。気にしないで」

ある意味、この沈黙を破ってくれた伝達情報機(テレパシア)に感謝をしつつ、通話にかえる。ないとは思うが、個人的な話しだと不味いので一応俺にしか聞こえないように設定する。

「―――あっ、カイノさんですか!?」

「あ、ああ。そうだが……お前は」

「私は治安保護機関のものです!!緊急の連絡があります!!」

「緊急連絡……?今、俺と同じ部隊のシャル・ウェリスト、ファイラ・スゥイートがいるが―――」

「本当ですか!?お二人にも連絡したいのでお二方にも聞こえるように設定していただけますか!!」

「わ、わかった」

シャルたちの方を向くと自分の名前を呼ばれたからか二人ともこちらを向いていた。

「シャル、ファイラ。なんか、機関の人間から緊急連絡だそうだ」

「緊急連絡?」

「俺もまだ内容は知らない。とりあえず、聞いてくれ」

「ウン」

「わかりました」

俺は二人の返事を聞いてからスピーカー設定に変える。

「もう大丈夫だぞ」

「わかりました。緊急連絡です」

電話ごしの若い声の男から空気を吸う音が聞こえる。

そして。

「―――Cー18区にて、大規模殺人が発生。第四部隊はただちに現場に急行せよ」

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