〜Chapter2〜屍の愛と殺意の波動 『俺はその様子を最後まで見ることなく波のように現れる睡魔に溺れていった』
空を見上げると蒼い空に雲が流れていた。少し疲れがたまっている肩を軽く回して少しでも疲れを癒そうとする。それは、ライもそのようで少し疲れた顔をしていた。あのときと違い今回は下るのではなく山を登ってきたからだ。
「じゃあ、元気でやるんだよ」
「たぶん、キミたちの仲間もキミたちの事を待っているよ」
催眠からさめた、怪我を完治したクロスファングの頭をなでるシャルとファイラ。その姿はまるで家で飼ってる犬とじゃれあっているようにすら思える。
あのフィールドワークから一週間。クロスファングは強い再生力を見せさっさと怪我を直していた。それに引き替えそのフィールドワークによって見つけ出された例の不快音を出す物体の調査は全く進んでいなかった。
「じゃあね」
「バイバイ」
頭を撫でおわれたクロスファング達は礼を述べるように鳴いて茂みの方に走り去っていった。多少なつかれてしまったようだ。怪我を負わせたのが俺たちだからなんだか皮肉にも感じるが……これはわからないが、もしかしたら自分たちが苦しんでいた不快音除去の為にやったことだと理解しているのかもしれない。あくまで推測の域にすぎないのだが。
「さて、帰るか」
俺の呼び掛けにシャル、ファイラはそれぞれ頷いて立ち上がる。早く帰らないとまた、アイさんやフローラから小言をいただくことになってしまう。因みにもともとこの任務(任務というほど大したものではないが)は俺とライの二人でぱっぱと運ぶつもりだったのだがクロスファングの世話を担当していたシャルとファイラが見送りたいといったのでついてきたのだ。あの物体に関してはわからないことが多いがそれを調べるのは俺たちの仕事ではないので今はまた書類作成のつまらない仕事しかなかったのもあってかアイさんも快く許可してくれたのだ。
「きちんとお世話してあげたらペットになりそうだよね」
「クロスファングがペットって……正直怖いと思いますけど」
「そうかな〜?先入観を捨てたら可愛いと思うけど。二人は思わない?」
シャルが唐突に俺たちに話を話をふってくる。
「かわいくは、ないだろ」
「まあ、なんつーんだ?格好いいとか、そこらへんにはなるんじゃね?」
「え〜、そ〜かな〜?」
あまり納得できない様子のシャル。クロスファングとふれあう時間が多かったせいかシャルはクロスファングをよっぽど気に入っているらしい。このままでは本当にペットにしかねないかもしれない。
「まあ、いいけど……可愛いと思うけどな〜」
「ははっ、価値観なんて人それぞれだろ。それよりせっかく外いるんだしちょっとどっかより道していかねーか?」
「だめに決まってんだろ」
ライのいう寄り道が本当にちょっとしたものであるのならあるいは賛同していたかも知れないが、その寄り道から本道に帰る頃には日がおちていそうなので賛同できなかった。ただでさえ俺はこの前居眠りして怒られた身だ。これ以上怒られるようなことなどしたくない。
「かてーな〜」
「お前が柔らかすぎるだけだ」
文句を垂れるライを意図的に冷たく突き放しこれ以上関わるのも面倒なので別の事で思考をおおいつくす。こうするのが俺にとってもっともいい面倒な相手の対処方であり、時間潰し方であり、逃避方法だった。
―――フィールドワーク以降、暇があればあの時のことを考えている。
疑問はつきないしただ考えるだけでは真相という岸にはいつまでたっても届かない。だから、まずは仮説という橋をたててやりその橋に穴があれば渡るのを止める。こうして真相にまで渡れる橋を作り出しどれが本当に使える橋なのかをさぐりあてればよい。
まず、あの黒い音を出す物体(治安維持機関では黒音機と仮称をつけた)がただの悪戯としておかれたと仮定してみる。だが、この仮定によりかけられた橋は穴が多いことがすぐにわかる。
黒音機に用いられた技術はそこそこの専門的な知識を持つものでしかつくることが出来ず、同時に人間の可聴範囲外でクロスファングに聞こえる音、というものを知っていなければならない。そのようなことを知っている人間がこのようなつまらない悪戯をするとは考え辛い。もちろんゼロでないことは承知しているが限りなく低いだろう。そして、さらにこの仮説が間違っていることを示す根拠にアイさんがいる。アイさんは確かに言っていた、ちょっとした小悪党ほどの悪意を感じると。
アイさんの能力、天網恢恢はまだまだ未知の部分のある解明されていない能力なので必然的にアイさんの感覚的、直感的に感じ悟った部分を全面的に信用するしかないのだがそれでも別に問題ないだろう。そもそも、天網恢恢にかぎらず能力というものを完全に解明するのは現段階では不可能だが。
また、感覚的、直感的感覚は大切だ。言葉や理論では表せないそういったものが存在するのが、少なくとも第二次ノアの大洪水以降にはありふれているのだから。なかには推理に感覚という不確かなものを入れるべきではないと考える人もいるだろう。だが、はたしてそうだろうか?俺はそうとは思わない。理論で表せれないものがある以上それに対して理論で対抗するのは馬鹿らしいことのように感じる。
話を戻すとアイさんは小悪党ほどの悪意を感じた。そして、悪意ある人間が触れたものには悪意が薄れて感染するらしい。ここから考えると黒音機を置いた人間は相当な悪意を持っていたことになる。つまりは、悪戯だとはどうしても考えられないのだ。よっぽど強い目的を持っていたことになる。ではその目的とは?色々考えられる。
クロスファングを操りたかった。クロスファングが乱れることによりふもとの人間に悪影響を与えたかった。生態系を乱したかった。
いずれにしろなぜそのようなことをしたかったのか理由が思い浮かばない。やはり、いくら仮説という無限にあふれ出す部品があったとしても大切なパーツがなければ橋をかけることができない。まずは、証拠集めから、か。
荒波を立てる思考の海から抜け小さく嘆息をついた。シャットアウトしていた世界に目を向けるとシャル達が楽しそうに話していた。どうやら、ライの説得に成功したらしい。もっとも、ライも冗談のつもりで寄り道を提案したのだろうがな……。
ライの事を簡単に憶測してみせながら徐々に近づいてきている機関の建物を眺めた。
******
カチャリと家の鍵を机に置いて大きく伸びをする。およそ二年前まではホームレスをしていたのがまるで嘘のような贅沢な家だ。なかなかに広く立地条件もよいが……いかんせん家にいる時間より機関にいる時間の方が長いためにもったいないようなきがする。シャワーを浴びる前に筋力が衰えないように日課である筋力トレーニングを行い(ホームレス時は運動を意識せずとも自然とサバイバルしていたので筋力は落ちなかった)心地よい疲労感を感じつつベッドの上に腰をかける。すると、自然と棚の上に飾られている写真に視線が行ってしまう。
「ナギ……」
俺が本当の意味で俺だったときから―――つまりはあの、第二次ノアの大洪水以前から持っている唯一つの持ち物である妹の写真。
年の離れていたこともあってか「お兄ちゃん、お兄ちゃん」とよくなついていたものだ。今思えばブラコン、というやつなのかもしれない。ずっと生き続けることになった俺とナギとの間は一生埋まることのない間が空いてしまった。いや、『一生』という表現は間違ってるかもしれない。だれもが『一生』死んだ人間とは埋まることは無いのだから。しかしながら死んでしまえば魂的な意味では近づくことができるのかもしれない。だけど、俺はそれすらできない。俺は何度も何度も自分を『殺す』事を試してきたが死ぬことができたかどうかは今、俺が生きていることがその結果を表している。つまりは、俺と死者の隙間は『一生』どころか『永遠』に埋まることは無いのだ。
―――感傷的な気分になってしまった。さっさとナギの写真など消し去ってしまった方がいいのかもしれない。事実何度も捨てようとした。しかし、それは逃げてるようで自分のどこが拒否する。自分の戒めとして枷としてこの写真は残しておくべきだ。これが俺が俺自身にかした罰なのだ。
「ん?」
伝達情報機の音が鳴り響き着信を知らせる。キャラクスト王国が作成し、全世界に普及した伝達情報機はいわゆるファクシミリ機能がついている固定電話機でシャルの能力でもある思考伝達を能力石にしたものだ。
俺は着信状態のそれを通話にかえる。
「はい、カイノですけど」
「ユウリか。私だ」
「アイさん……」
「夜遅くにすまない、もう眠っていたか?」
「いえ、起きてましたけど……どうしました?」
12時近くをさす時計を見てもうそんな時間だったかと感じながら用件を問う。
「そうか、ならよかった……少し厄介事を頼みたくてな」
「厄介事?」
「あぁ、唐突で申し訳ないが、今からA―25区にシャル、フローラと共に向かってほしいんだ」
「A―25区?たしか、人権停止収容所があるところですよね」
―――人権停止収容所。ここは二度の犯罪を起こしたものが訪れることになる場所だ。それゆえに周りにはほとんど民家もなくある意味では事件発生とはともっとも遠い場所にあるといっても過言ではないのだが……。
「そうだ。そこで……脱獄が起こった」
「脱獄!?そんなバカな……あそこは人権停止収容所のNo.2ですよ」
「ああ、私も信じられないがな……」
俺は軽く絶句する。人権停止収容所にはNo.が振り分けられており、その人物の凶悪性、凶暴性が強い順に小さな番号になっている。そしてそれに比例して監視レベルもあがるということだ。
「脱獄者の名前や罪名は?」
「名はシュー・ウィール。罪名は連続殺人。一度目の一時人権停止は屍姦の罪でだ」
「屍姦……?異常性欲者かなにかですか?」
「そうだな……詳しい情報は入ってないのでわからないがな」
「それなら、女性であるシャルやフローラをつれるのは危険じゃ―――」
「誰が……シュー・ウィールが男だといった」
「えっ……?」
アイさんの発した言葉を理解するのに数秒を要した。
「シュー・ウィール。現年齢、25歳。逮捕時は22歳。女だ」
「おん……な」
性犯罪者だからといって勝手に男だと思いこんでいた。特に、屍姦というのは人が死んでいる状態で行うもの。女性器ならともかく、男性器でそれを……?
「奴の能力の情報も入っていない。それゆえに能力が判明しだい伝達のできるシャルを現場に、そして戦闘員であるフローラと、決して死なないお前を起用したわけだ。サラにはもし、シャルがなんらかの影響で情報伝達が出来なくなったときのことを考え残ってもらっている」
そして、俺みたいに死なない体をもたないライとファイラはお留守番ということか……。
「シャル、フローラには先に連絡してある。我が機関の建物の前でおちあってくれ」
「了解!!」
俺は急いで通信を切り用意を行う。拳銃に弾丸、手錠を鞄につめ、鎌鼬を腰に装備して戸締りもそこそこに家を飛び出した。
******
全速力で集合地へと向かう俺。そこにはすでにシャルたちが着いていた。そして、その後ろには見覚えのあるものが止まってある。
「来ましたか、ユウリ」
「っ。待たせたな」
「ううん。ボクたちもさっき来たところだから大丈夫。それより、ユウリくんこれ運転できたよね」
「ああ、大丈夫だ」
俺は頷き高速移動の能力石が組み込まれた乗り物、フラッシュに乗り込む。
能力石は人間が持っている能力を特殊な方法で記憶石と呼ばれる石に組み込むことによりその能力を第三者扱うことができるようになるというものだ。
フラッシュは最高時速93キロまで出すことが可能な、ノアの大洪水以前の名前を使うなら車だ。
「よし、とばすからしっかり捕まれよ。多分、一時間ぐらいでつくはずだ」
俺はアクセルを一気にかけ最高時速ギリギリまでとばす。
「詳しい移動経路を脳内に移してくれ」
「分かってるよ」
シャルとやり取りが終えた途端にシャルは地図をパッと広げてそして俺の脳内に目的地となるマップまでの地図が転移される。シャルが判断してそこまでの道のりを俺が運転するという連携プレイだ。
「にしても、ユウリくん大丈夫なの?」
「なにがだ?」
「何がって……今回の目標の敵が」
「あぁ、そのことか。今回の敵は屍姦する敵、つまりは屍体性愛だよな……まっ、それを見越してのこのメンバーだろ」
チラリとフローラを盗み見る。
「それに俺と屍姦は、俺がする側に回らない限り一番遠いところにある存在だしな」
「だけど……屍姦する人物の中には睡姦から始まる人がいるって話だし……もし、能力がボクみたいに催眠をかけるタイプだったらまずいよ」
「シャル、大丈夫ですよ。確かに睡姦の可能性もゼロとは言えませんがシャル、あなたがユウリにより強い別の催眠をかければいい話です。それが不可能だったとしても私やシャルが近くにいる時点で敵もそう簡単には動けないですよ」
「フローラの言うとおりだな。確かに敵の能力が不明な分怖いがそれはお互い様だ。逃げても仕方がない。サラにも役割がある以上、戦闘に一番適するパーティーは俺、シャル、フローラだ。そのことにこれ以上ごちゃごちゃ言っても仕方ない」
「そう……だよね」
俺とフローラの言葉にうなずくシャル。たぶんシャルは元からそんなことが分かっているはずだがそれでもなお言いたかったのだろう。俺の身を案じてもらっているのだから有難いことだ。
「シャル、ユウリ、それより作戦会議です。まずは敵の能力を割りたいところですね」
「恐らくは殺傷能力があるもので、加えて身体がズタズタになるものではないということだな」
ハンドルをきりそれによってかかるGを感じながら意見をはっする。
「そうだね。連続殺人ができるほどの能力でなおかつ体がボロボロになれば狙いの行為ができないわけだからね」
「となると、やっぱり俺を囮にするのが一番だろうな」
この話が来たときから考えていた事をいう。能力を知らないのはお互い様。そこで、俺が敵にわざとやられて死んだふりを行い、屍姦をしようとした所をフローラとシャルで押さえてもらう。まぁ、逃走中に堂々とソレを行うかと聞かれれば微妙なところだが……。
「だ、だけど!!危険だよ!!」
「んなことはわかってる。それに―――俺たちの仕事はいつも危険と隣り合わせだ。いまさら危険うんぬんいうことも無いだろ」
俺の言葉に再度押し黙るシャル。
「フローラもそれでいいだろ?」
「はい、私はユウリ、あなたが“約束”を守ってくれるのであれば」
「約束?」
「私達を、誰かを悲しませるような結果にならないように気を付けること。そして、いざとなったらすぐに助けを求めることです」
「……分かってるよ。約束するまでもない」
アクセルをふかせながら俺はきちんと返す。その言葉に満足したのかシャルも決意を込めたように小さく頷いた。
そのまましばらく無言のままで車を走らせているとアイさんと常に連絡を取れるようにと唯一通信機を渡されていたシャルがアイさんから連絡を受けシュー・ウィールの顔写真を俺たちの頭に直接送ってくれた。端整な顔立ちで凶悪さは一切感じられずむしろ修道女、なんていうほうがよく似合いそうだ。人は見かけによらないとはまさにこのことかもしれないな。
そこから数十分たち目的地から少し離れた場所でフラッシュを止め全員降りる。
「さて、どこを逃走しているのか……捜索するしかないか。頼むぞ、フローラ」
「ユウリ、言われずともわかってます」
「流石だな」
俺はポケットに手を突っ込みながらフローラを見守る。さて、どんな感じで出くわすか……。偶然を装うのもありだが、こんな夜中にこんな場所で偶然遭遇するとは考え辛い。ということは、機関の人間であることをあえてさらすか……?それでわざとやられて仲間も大したことがないと勘違いさせるか。
「……シャル、ユウリ、いました。北北東に一キロです」
「了解。気づかれては?」
「シュー・ウィール、彼女が“視える”人でない限りありませんよ」
「分かった。今から行ってくるからシャルの能力で二人は俺の目を通して様子をうかがっててくれ」
「分かったよ、気を付けてね」
「ユウリ、気を付けてくださいね」
二人の声を背中に聞いて軽く手をあげて返事をしてやる。その後一気に走り出しシュー・ウィールの元に動く。場所はシャルの思考伝達を通してフローラから出された指示の通り場を詰めてゆく。
『ユウリ、そこからさらに二時の方向五十メートル先にいます』
『ああ、見えたよ。ここからは俺たちが交信してることを悟られないように頼む』
『わかってるよ』
『じゃあ、いく』
俺は身を潜ませていた木の影から、飛びだしシュー・ウィールに俺の存在を気づかせる。そして、ここからは敵の能力を知るために演技に徹する。
「見つけたぞ!!お前が脱獄犯のシュー・ウィールだな!!機関の人間として貴様を捕縛する!!」
「とても威勢の言いお方ですね。人違いかもしれませんのに」
普段とは声音を変えた俺の怒声をなんともないように優雅に振り向くシュー・ウィールはその色白の容姿にあうような上品な言葉で返してきた。
「といっても、間違いではありませんわ。わたくしの名前はシュー・ウィールで間違いありませんわ」
「なら、迷うことはないな。全力で潰させてもらう」
拳銃を手にして遊底を引き弾薬を薬室に送る。そして、ためらいなく引き金をひく。全自動なためほぼ空き時間なく連続で放つことができる。すぐに弾がつきホールドオープンする。ここで決まっていれば……という淡い期待と共に弾倉を交換する。
「流された兵器の拳銃ですわね。なにか能力で強化しているようにも思えませんし……そのようなものでわたくしは捕まえられませんわよ」
「クッ……」
たいして残念では無かったが悔しそうな声を一応あげる。しかし、いくら流された兵器だとしても……どうして無傷でいられる。連射はしたが乱射したわけではなく照準はあわせたはずだが。
「もしかいたしますと、貴方の能力は虚空取引ですか?」
「…………」
俺は黙りこくってなにも答えない。
―――虚空取引は異空間に物をいれ好きなときにどんな場所であっても取り出したりいれたりすることができる能力だ。だからといって、全くのタイムロス無しで出し入れできるわけではないのでこの能力の持ち主は大体はもとから武装した状態で戦いに挑むことが多い。能力をしらなければ色々考えさせられるものだがタネさえ知っていれば戦闘にさしてはたいしたことのない能力だ。
だが、俺の能力は不老不死。このまま勘違いさせ続ければあるいわ……。
「うるせぇ。喰らえッ!!」
拳銃を懐にしまうと同時に鎌鼬をとり軸のぶれたひとふりを放つ。
―――キンッ。
「なっ……」
俺の鎌鼬を鉄製の十字架のアクセサリーのようなもので受け止められる。
「守護術、伽藍神」
伽藍……神?たしか仏教徒における守護神だったはず。俺の銃を流された兵器と馬鹿にしていたわりにはシュー・ウィール自身も流された知識の宗教的文化を?
「わたくしの能力ではお相手になりませんね。ちょうどいいですわ」
恍惚とした笑みを浮かべるシュー・ウィール。まさか、こいつ逃亡中の身であるのに?
「貴方にはわたくしの糧となってもらいましょう。呪術・テカムセ」
「ングッ」
十字架が光り輝き胸を貫くような痛みとともに俺は地にふっする。
「あら?今回の呪いは心臓発作ですか。体を傷つけずに殺せて……ちょうどよかったですわ」
シュー・ウィールの声を外に俺は意識を一瞬てばなす。
シャットアウトした世界からまた目覚める。なるほど……一度死んだと認定されたため蘇生したわけか……だが、俺はこのまま死んだふりを続行する。さぁ、来い!!
「ふふっ……久しぶりの感覚。法力……もらいますね」
コロンと仰向けに寝返りを打たされて俺のズボンに手をかけようとした時、彼女の手が止まる。
「死んでるように感じれない……」
くっ……バレた。なぜ?って、そんなことより今はとりあえず。
(シュー・ウィールを捕まえろ!!フローラ)
俺は心の中で叫んで彼女に合図を送り俺自身はのしかかろうとした状態で止まっているシュー・ウィールの腹に蹴りを入れる。
「喰らえ!!」
「……っ!!。何もの!?」
「パズズ、行ってください!!」
「増援!?」
俺の蹴りを間一髪でかわした彼女の元にフローラの能力により現れたパズズの熱風がシュー・ウィールを襲う。フローラは能力発動により体から黒いオーラを満たさせる。本気度が伝わる、濃く黒いオーラを。
「加護円」
シュー・ウィールの持つ十字架がまた輝き微かに見える風の流れがシュー・ウィールをよけるように避ける。
「シュー・ウィール、あなたの能力は私の能力によく似ていますね」
「不意打ちで現れて、そんなこと言われましても困りますね。ですが、確かにそのようです。貴方も流された知識の力を借りているようですから」
シュー・ウィールとフローラの会話が何を指しているのか俺にはわからない。だが、フローラの能力悪魔調伏に似ていることは確かにそうだろう。
「まぁ、いいですわ。わたくしの能力を隠しても仕方ありませんね。わたくしの能力は加持祈祷。祈りや神の加護なんかを基本とする能力ですわ。神と悪魔、どちらが強いでしょうね」
「ただし、今回は悪魔が善行を積み、神が悪行を積んでいるがな」
「そうでしょうか?わたくしはそうは思えませんけども」
俺の皮肉にたいし優雅な笑みを浮かべるシュー・ウィールは、美しさ以上の恐怖を感じる。美しい花を咲かせる植物ほど、棘をもつ、というものだ。
「とにかく、お前を捕縛する!」
俺は鎌鼬を手に離れていた間合いを一気に積め斬りかかる―――妖刀・鎌鼬の力を解放して。
―――キンッ。
「…………クッ」
しっかりとした太刀筋がシュー・ウィールの十字架をとらえる。伽藍神が発動しているのは確かだが、鎌鼬はそれを“押し潰す”。
「パズズ、ユウリが扱っている空気を熱してください」
「法力が……!!」
危機を感じ取ったのかシュー・ウィールが地を蹴り後ろへと跳躍する。拮抗していた鎌鼬―――いや、鎌鼬が操る空気は地面にぶつかりパズズにより熱されていたこともあり舞いあげられた砂利から熱を感じ草は焼きただれていた。
「シュー・ウィール、投降しろ。圧倒的な戦力差があるのは感じただろ?」
「……そうですわね、現状では」
現状?どういう意味だ?何か考えがあるのか?
考えを巡らせているとシュー・ウィールは囚人服の内側から瓶の様なものを取り出す。中には液体らしきものが入っていた。
「火炎瓶?っ、させるか!?」
普通なら間合いの外であるが投げつけられるよりも早く鎌鼬が操る空気が斬撃となりシュー・ウィールに向かう。
「そのようなもの、監視下の元にいたわたくしが作れるはず無いでしょ?」
あっさりと斬撃をかわしたシュー・ウィールはそう呟き笑う。斬撃は木にぶつかり、木は大きな音をたて真っ二つにわかれる。牽制のために放ったものであり対して期待していなかったものなので失望はないが……シュー・ウィールの口ぶりから察するにその瓶は強力な武器というわけでは無さそうだが……。
と、考えた矢先シュー・ウィールは瓶の蓋を空けその中身を胃に送る。
「な……に?」
理解に苦しみ困惑する俺とフローラ。ドーピング?しかし、そんなものを作れるはずが……。
(ユウリくん、フローラちゃん!!あれを飲まさないで!!)
「!?喰らえっ!!」
「っ?フルーレティ、お願いします」
突然頭に響いたシャルの声に、理解するより早く体が動き、鎌鼬よりは決定力に欠けるものの速さに理がある拳銃を連射する。少し遅れてフローラもまた、雹を降らせることのできる悪魔を出現させる。
「遅いですわ。ヤハウェ」
「ぐっ、ぐふっ!!」
「きゃあ」
弾丸、雹ともにシュー・ウィールのだす覇気の様なものに飲み込まれそして、押し流され、俺たちのもとにまでやってくる。
「ヤハウェ、力を私に―――」
「やめなさい、シュー・ウィール!!」
バサッ、バサッっとコウモリがシュー・ウィールの元に行くとともにシャルが草陰から飛び出してくる。
「やはり、もう一人いましたか。わかっておりましたよ……正確にはヤハウェの力を借りた所で、ですけどね」
先ほど俺たちを倒した覇気のようなものでコウモリを落としニコリと笑うシュー・ウィールは残った水を一気に飲みほし瓶を後方に投げた。
「シャル……どういうことだ?」
俺は倒れたままのフローラに手を差し出し起こす。もちろん視線と拳銃は奴に固定したままで。
「シュー・ウィールが飲んだあれは何かしらの方法で生成した聖水―――だよね?シュー・ウィール」
「正解です―――生成方法は比較的簡単な月光を用いたものです」
「やっぱり……」
納得したようにつぶやくシャル。月光、聖水―――聞いたことがある。確か真水を満月の出る夜の日に一晩中月光を浴びせ続け、日の光が当たらない内に回収する。そうすれば聖水へと変わるというものだったはず……しかし、それと戦闘―――恐らくはシュー・ウィールの能力となんの関係がある?
「やっぱり……ただの屍体性愛じゃなかったんだ」
「わたくしが屍体に性興奮を覚えると?ふふっ、間違いではありませんわね。でも、失礼ですわね。そんなことを言うかたは―――藁人形」
「藁……!!コウモリたち力を貸して」
虚空から取り出した藁人形を見て顔色を変えたシャルが現れた時同様、自らの能力で支配下へと置いたソレを操り藁人形を奪取しようとする。先程よりも量が増えたからかシュー・ウィールは鬱陶しそうに一匹一匹を追い払うように手を振りながら場所を変える。
「フルーレティー、私たちも―――」
「まて、フローラ!!」
シャルを手伝おうとしたフローラの腕をつかみ攻撃を中断させる。聖水、伽藍神、藁人形、そして加持祈祷。俺の中で一つの仮説が出来上がりそして、藁人形の効果から考えられる最悪の可能性を考慮した。
「ユウリ、どうしたのですか?」
「遠距離攻撃は危険かもしれない。あの、藁人形にあたるかも知れないから」
俺はコウモリをうちおとすシュー・ウィールの持つソレをみる。コウモリはやむことなくどんどんシュー・ウィールに襲いかかり五十数匹がいるように感じる。
「……ユウリくんの言う通り……、藁人形に攻撃をあてないで」
汗を流しながら喋るシャル。あれだけの数を操っているのだ疲労も洒落にならないだろう。
それにしても、シャルもいっているということは少なくとも藁人形にかんしては同じ説をもっているということではなかろうか?
「藁人形……今は流された知識だな。ニホンで有名だった呪いの一つ。藁人形を呪いをかけたい人物とみなし五寸釘をさすというものだ」
「!!……そういうことですか」
俺のいわんとしていることが伝わったのか悔しそうに歯噛みをするフローラ。それは、俺も同じで拳銃は考えるまでもなく、刀で戦うのも怖い。
藁人形―――恐らくあれに攻撃をあてると藁人形にみなしている人がダメージを受ける。
「鬱陶しいですね……もういいです。ヤハウェ」
「う……うぅ!!」
「くっ!!」
「グフッ!!」
藁人形での攻撃をあきらめたのか後ろにほうり投げる。そして、またしても覇気のような、波動のようなものに吹き飛ばされる。
「ユウリ……くん。フローラちゃん。今は……逃げ、て」
「シャル!!」
俺は意識を手放したシャルに呼びかける。あれだけの数のコウモリを操るだけじゃなくここに向かうまでの間ずっと俺に道案内をしていたことから体力がなくなってたんだろうな。それにあの攻撃が加わって決定打になったんだろう。
「不必要殺生は致しませんよ。わたくしも悪魔じゃないんで」
「……お前が殺した奴らは必要な殺生とやらっだたのか?」
「えぇ、そうですよ」
皮肉気味に返そうと思ったのだが飄々と返されてしまい苛立ちだけがつのる。だが……ここで怒ったとして、何かになるのか?俺自身はそりゃいいだろう。どれだけ攻撃されようとも死なないのだから。
でも、シャルやフローラはそうじゃない……。腕の中のシャルとなんとか立ち上がるフローラを連続で見やる。
―――体力の限界か?
胸のうちに問いかける。思考伝達ももちろんきれているのでそれに答えるものは一人もいない。
「くっ……フローラ!!キツいかもしれんがアレだけ最後に出してくれ!!」
俺はシャルを地面に寝かせ鎌鼬を手にし、叫ぶ。恐らく、フローラの体力的にもこれが限界になるはずだ。一発勝負、かけざるえない……!!
「現れてください。鎌鼬!!」
「……ツっ!!やぁ!!」
俺の持つ鎌鼬が赤く光本性を現す。この妖刀、フローラにより鎌鼬の能力を刀に封じ込めたものであり、フローラにより、力を最大限に解放することができるのだ。
「喰らえ!!」
ブオンと刀を大降りにふるったソレは空気を振動させ一直線にシュー・ウィールへと向かう。殺す気の一発。当たれば細胞レベルで神経が寸断され命を終わらせる一撃となる。
「ヤハウェ!!」
そう簡単に当たるはずもなくまた、先程と同じく波動の様なものを飛ばす。だが、先程までとは違い蒼白い波が見える。質が、違うことがみてとれる。
風の固まりと波動の拮抗……それは唐突に終わり告げる。風が波動に押しきられる。
「ぐっ、シャル、フローラ!!」
ソレを見た刹那に地に付すシャルを抱き抱えてすぐにフローラのもとに行き押し倒すようにして波動から守る。焼けるような痛みが体をさし、骨から溶かされていくような錯覚に陥る。痛みは、全ての思考を停止させ、肺すらも焼いているためか声を出すことができない。
「……………………」
不気味に笑うシュー・ウィールを気配で感じる。
どのくらいの間、そうしていたのだろうか?五分か、十分か……はたまた数十秒なのか。時間という感覚すらも麻痺したころに不死の体から痛みが引く。そこでようやく、目の前にシャルの顔があることに気づく。そういえば、フローラを押し倒すさい、シャルの体を使って倒していたことを思い出す。フローラの体はその行為通り、シャルの後ろにあった。二人の胸が微かな上下運動をしているのを確認して、手首を触り脈の正常を確認してから自分の限界をとっくに越えた体に鞭うち、立ち上がる。
「ふふっ、まだ立ちますか。殺す気ではあったんですけど……やっぱり、貴方は死なない人間なんですのね」
「うるせぇ……俺は死なない。ゆえにどれだけ粘ろうともお前の絶対的な勝ちはねぇぞ」
「そんなもの望んでいませんわ。わたくしはエインセル。殺すことの出来ない人間のまえでは泣くことしか出来ない妖精」
「なにを……言っている?」
困惑する俺をよそに、シュー・ウィールはさらに続ける。
「ですが、わたくしは貴方方を気に入りました。ですのでヒントをあげましょう。ヒントは……リンゴ。さあ、わたくし“たち”を見つけてみなさい」
シュー・ウィールは優雅に踵を返すとそのまま走り去った。俺はその様子を最後まで見ることなく波のように現れる睡魔に溺れていった。
******
―――お兄ちゃん、次あれのろー。
無邪気に俺の手を掴む妹の姿に、久しぶりに休みをとれてよかったと心から思う。そう、あれは……あれは、いつの話だ?
休みを貰ったときのことが思い出せない。つい、最近のはずなのに。
そして……逆にこれから起こる出来事が手に取るようにわかる。まるで、そのカットだけの台本を読まされているように。
テンションが上がって駆ける妹に呆れる俺。疲れそうだなと予測し先につこうとしたため息のせいで感じる、塩の匂い。全てがわかる。そして、この先は思い出したくないということも知っている。なにを思い出したくないのか……体が思考を拒否してしまう。それは思考のピンボールだ。落球するソレを跳ね返してしまう。だが、うまく跳ね返されずに落ちていく玉もある。思考をじゃまされずにストンと入るときがある。そのときに断片的に記憶が呼び起こされる。なぜだか分からないが悲壮的な気分になる。
だが、そんな感覚を受けているのに俺は別のなにかに操られてるかのように笑みを浮かべ妹をおっている。やっと追い付き触れようとした。
刹那、微かな痛みと共に意識が離れる。楽しい時間が終わりを告げる。
―――。
――――――。
―――――――――。
「……………」
薄く、ぼんやりと目を開ける。太陽の日差しを感じる。体の下には柔らかな感触。少し遅れてベッドに寝かされていることを理解する。それから一気に色々なことを芋づる式に理解する。そうか……先程までのあれは夢だったのか。そりゃ、いつ休みを取ったかなんて思い出せなくて当然だな。もう、百年も前の話なんだから。
思考を切り替える。たしか、俺はシュー・ウィールを逃して……その場に倒れて。とすると、誰かがここまで運んでくれたのか?そう考えなんとなく辺りを見渡したところで初めて近くに気配を感じる。その気配に意識を向けると、ファイラが椅子に座りうつらうつらと船をこいでいた。
「……ファイ……ラ?」
一瞬、起こすのは躊躇ったがシュー・ウィールのことも報告しなければならないと思い直す。
「……ん……。……!!あっ、ゆ、ユウリさん!!すみません……つい。起きられたんですか?」
ゆっくりと目を開けたあと俺に起こされたことに気づき慌てて立ち上がる。そのときに初めて気がついたがファイラの目にうっすらと隈ができていた。
「いや、さっき起きたばっかだし……こっちこそ悪いな。起こしちまった」
「いえ!!あっ、今お医者さんとアイさん呼んできますね」
「あっ、おい!!ちょっ―――いっちゃったか」
出来ればその前に今が何時で何日なのかを知りたかったが……仕方がないか。
体を起こし、やって来るのを待つ。上半身は裸の状態だった。そういえば、シュー・ウィールからシャルたちを守ったときに服をボロボロにされた気がする。あのときはそんなこと気にしてなかったからな。
「ユウリさん……お体はいかがですか?」
「特に不調はないです」
戸をスライドさせ四十代前半とおぼしき男性がはいってくる。彼が担当医師だろうか。
「そうですか。こちらに運びこまれたときには傷はもう癒えてたのですが体が疲れていたようでしたので私としてもどうしたらいいものかと思っていたところでしたので……あっ、私の名前をまだお教えしてませんでしたね。私は―――」
医者が名前を告げる。正直、すぐ退院するだろうし、あまり覚えておく価値はないだろう。その後、二、三質問し部屋を去っていった。それからすぐにファイラと共にアイさんが部屋にやってきた。
「どうだ、体調は?」
「問題ありませんよ……ただ、いくら春といえど上半身裸のままでは寒いですけど」
「あっ、そういうと思って服持ってきました。いつもの制服なんで気苦しいところあるかもしれませんけど」
手に持っていた鞄から制服を取りだし俺に渡してくれる。よく気が利く奴だ。
「ところで、ユウリ。今がいつかとか……そこら辺は分かっているのか?」
「あの日から二日ですよね。さきほど聞かされました……そうだ。シャルたちは?」
「二時間ほど前に目が覚めている。二人とも、ユウリに比べ疲労も少なく、怪我をがかったからな」
「そうか……ならよかったです」
とりあえず、二人とも無事に救い出すことができたわけだ。不幸中の幸いとしておこう。
「アイツらかも話は聞いてるからある程度のことは分かっている。シュー・ウィールの屍姦が屍体性愛からによるものじゃないということも」
「シュー・ウィールが言ってた訳では無いので確定では無いですけど……」
「いや、確定だ。シュー・ウィールと同じ能力を持っている者を見つけた。もっとも、彼はソレを悪用しようとはしてないし鍛えている訳でも無いので力の差こそ天と地ほどあるがな」
「そうですか……。つまりは、シュー・ウィールの屍姦行為は」
「儀式行為とみて、間違いないだような」
やはり、か。古代において屍姦行為は現代の性的興奮を覚える行為によるものだけでなく儀式的、魔術的行為によるものであることがあった。そして、敵の能力である加持祈祷と、シュー・ウィールが度々呟いていた『法力』という言葉や、さらには聖水。このことから立てた推論である奴の能力の弱点。俺の能力はともかくシャルの思考伝達しかり、サラの半獣半人しかり、フローラの悪魔調伏しかり……使用すると極度の疲労が表れるものが多い。それに加えそれぞれの能力には必ず弱点となるものが存在する。俺の能力の弱点は疲労の回復が行えないことだろうか。そのせいでシュー・ウィールを逃がしたわけだ。
話を戻そう。奴の能力の弱点の一つと言って差し支えないこと、それは恐らく法力だろう。
「やはり法力がきれたら、奴の能力は使えないんですか?」
「その通りだ。詳しくはファイラ、説明してやれ」
「はい、わかりました。加持祈祷は能力を発揮すると体力を消費すると共に法力というものを消費します。法力は簡単に言えばもう一つの体力、と言い換えていいでしょう。話を聞かせていただいた男性曰く、法力がどれくらい体内にあるかは大雑把にいえばお腹がすいたとかいっぱいになった、みたいな感じでわかるらしいです」
「今一つわかんねぇな」
「まあ、能力はその能力の持ち主じゃないと詳しいことは分かんないところありますよ」
あははと笑うファイラ。希少能力であるファイラも似たような経験があるのだろう。
「さて、その法力は力の借りる神や、呪い、祈祷術などの強さに比例して法力を大きく必要とします。そして法力が足りなくなると力を出せなくなったり弱くなったりするというわけですね」
なるほど、最初からヤハウェなどで圧倒しようとしなかったのはこういうことか。
「そして、法力の増やしかたですが、ある程度までは自然回復するらしいです。そして、それをブーストするにはドーピングが必要です」
「それが、聖水か」
「そうですね。そのほか儀式行為もドーピング行為となりえます。その行為に彼女が選んだのが、屍姦行為です。結果論ですが、彼女との交戦にはライさんの方が向いてたかも知れませんね」
「えっ?」
「誰彼構わず殺す人物であると仮定すると派手に戦い死体の破損などをしても気にしなくてよい女性より丁寧に殺さなくてはならない男性のほうが戦いづらいでしょうから」
「あっ……」
そういえば、シュー・ウィールは最初、俺を心臓発作で殺そうとしていた。死体の破損を恐れたからか。
「彼女の能力についてはこんなところです」
「ああ、ありがとう。よくわかったよ」
「それじゃあ、早速悪いがシュー・ウィールについてなにか気になる言動等はあったか?フローラによると、お前が最後まで意識を保っていたらしいからな」
「気づいたこと……そういえば、奴は去り際にヒントにリンゴと言っていました」
「リンゴ?果物のか?」
「そこまでは。アルファベットや、他国語に直してそれをアナグラムにしたりなどの暗号である可能性もありますし、リンゴから連想される言葉や地域である可能性もゼロではありませんし」
正直これだけではお手上げだ。なにか、ほかには……。
「そうだ。奴は自分をエインセルと称していました」
「エインセル?なんだそれは」
「妖精です、たしか。詳しくは、悪魔に詳しいフローラさんの方がいいかもしれませんね」
横からファイラがその質問に答える。俺自身もどこかで聞いたことがあると思っていたが妖精の名だったのか。
「妖精、か。フローラたちの話にも出てたが、奴が神や呪いを使うのならこれは過去文献を漁る必要性がでてきそうだな」
頭をかき面倒なことになったと呟くアイさん。エインセルという言葉に深い意味があるかどうかは分からないが一考の価値は十分にあると判断したのだろう。
「他には、なにかないか?」
「他……とくに―――!!わたくしたち……」
「なに?」
「シュー・ウィールは去り際にこういったんです。わたくしたちを見つけてみなさいと。わたくしではなく、わたくしたち―――つまりは、仲間がいると思います」
「仲間……だと。アイツがただの屍体性愛者じゃないことは分かっていたが……なにかしらの組織に入っている可能性がでてきたってことになるな?」
「断定はできませんが」
この言葉事態がトラップであることを考慮せざるえない今、軽はずみなことは言えない。
「でも、そう考えると辻褄があいますね」
左手を顎にあて考えながら呟くファイラ。辻褄?なんのだ?まだ、目が覚めたばかりだからか頭の回転の鈍い俺には検討がつかず、黙ってファイラをみつめた。
「ユウリさんやフローラさんという人権停止収容No.1に収容される人物でさえ、一人で捕まえることのできる人がNo.2の人物にここまでやられるなんて……納得いかなかったんです」
「あっ……」
確かに、盲点だった。自分の力を過信するつもりはないし能力的な話でいうならば俺に殺傷能力など皆無だ。だが、そう簡単にやられるとは思えない……。脱獄した、という驚きから、忘れかけていたことだった。
「それで、彼女、シュー・ウィールについて調べたんですが……結論からいえば拍子抜けでした。一度目は反省の意思さえ示せば逃れられるので大人しく捕まる、という話はよくあることです。しかし、彼女は二度目の逮捕のときも抵抗をしなかったんです。その事実だけを考えるならば、人権停止収容所No.5辺りにいてもいいのですが、彼女が殺した人の数、そして希少能力ゆえにあのNoになったとかかれていました」
「そうだが……それとユウリがやられたことに納得がいくのと、どう関係してくるんだ?はじめから脱獄するために大人しく捕まるなんて、仮定として組織に入っていたとしているが、下手すれば自らの組織について暴露することになるかもしれないんだぞ。メリットなんてないように思えるが」
「いえ。ありますよ。ぼくたちの国なら」
「ん?どういうことだ?」
「ぼくたちの国の法律において二度目の犯罪を起こしたものはどうなるか……人権停止収容所に送られます。そこで何を受けるか?それは、最新の医療の薬物被験者や最新の武器の研究等……」
「まさか!!」
アイさんが声を上げる。俺も同時に気が付いて目を開ける。
「はい……あえて捕まることにより我が国の情報を抜き取った。こう考えるのが自然だと」
「……ファイラ、お前の見立てで犯人グループはどんなグループだと思う?」
「我が国の国力を下げて喜ぶ国―――我が国と同じ産業王国であるキャラクスト王国。隣国であり国土拡大を狙うヨーリシア国。もしくは我が国に不満をもつ革命軍が表れたか……国際テロ組織であるノアの方舟による犯行。このどれかだと思います」
「おもしろい。その線で調べてみよう」
アイさんは小さく頷き踵を返す。
「ファイラ、私はこのことを上に報告してくる。お前は少し休んでおけ。ユウリ、お前ももう少しゆっくりしておけ。もしかしたらこれから忙しくなるかもしれないからな」
「「了解」」
アイさんがドアをあけて出ていくのを俺とファイラは見送った。俺はゆっくりとベッドに体を預け深海のように暗い真相から舞い降りた一つの光を模索することにした。




