〜Chapter1〜沈む世界と狂いし世界 『空からは先程までとは嘘のように明るい陽がさしていた』
荒れ狂う海の中を俺は必死にもがいて水面に向かう。死にたくないと強く願う。
―――これは夢。幾度となく見てきたから知っている。
夢の俺は必死に右手で海中をかく。左手には苦しそうな顔を浮かべる妹がいる。限界が近い事を夢の俺は悟る。海の塩分が目にしみて痛い。だが、そのしみた目をなんとか開け続けると激しく雨粒が落とされて荒れ狂う波をたたせる海面がなんとか見え始める。助かるかも知れないと夢の俺は希望を持つ。結果を知っているはずの俺さえも希望をもってしまう。
だが。
「ゴブッ―――」
突然の水流にのまれて貴重な空気を外に漏らし、海中へと再び流されてしまう。
―――毎回そうだ。これは淡い希望だったんだ。
俺の息も限界が近づく。夢の俺はパニックとなり必死にもがき空気を目指す。もがいて、もがいて、もがき続ける。
「―――プハッ。ンプッ」
海面から一瞬だけ顔をだし空気を交換する。大きな波がすぐに俺を覆う。すぐにまた海面を目指しもがいて、そしてまた波に押し戻される。これを繰り返していると唐突に波がやむ。うるさく降り続いていた雨もやむ。空からは先程までとは嘘のように明るい陽がさしていた。
助かった。その時夢の俺は安堵の息をはく。だが、すぐにタランとぶら下がる自分の左手に気づく。
「ナギ?ナギ!!どこだナギ!!」
俺は必死に名を呼ぶがその名に答えるものは現れない。
―――体が穏やかな波に揺らされる。
波によって……って、あれ?背中が強く揺らされている?
―――くん。ユウリくん。
声が聞こえる。ああ、そうだ。自分で言ったじゃないか―――これは夢だって。この声と揺れは俺を起こそうとするもの。俺は眠りの海から浮上することにする。
「―――ん。んん……」
「あっ、やっと起きた」
俺は薄目を開け俺の事を呼んでいたであろう女の子の名を呼ぶ。
「ふぁっ、シャルか……なんだ?」
「なんだ?じゃない」
「いだっ」
いつからいたのか俺の後ろには苛立った様子のアイさんが俺を殴るために用いたであろうファイルを片手に立っていた。
「勤務中に眠るとはどういう事だ?全く……」
アイさんは怒りをにじませた表情をみせる。そういえばまだ勤務中だ。つい居眠りをしていた。
「まあ、いい。仕事だ。ポイントAー28付近にて金保護機関に強盗が入った。犯人は二十代後半の男。至急保護に向かえ」
「了解」
俺は胸に手をあて命令を受けとる。
「しかし、Aー28か。遠いな……サラあいてるか?」
「私?別にいいですけど。そこだったら飛んでった方が速そうですわね」
そう言ってシャルの隣の席にすわるサラは書類を書き留めている最中だった手を止め席を立ち上がる。
そして、ここの制服である青い服を脱ぎ捨てる。そこからは小さな乳房が覗く。
「さ、サラさん。女の子なんですから、隠すなり別の部屋に移るなりしたらどうですか?」
「いいのです、面倒臭いですし」
サラの後ろに座るおとなしい顔をしたファイラの注意を彼女は面倒臭いの一言で両断する。
「それに、どうせすぐに見えなくなりますし―――翼」
その声に反応し、サラの皮膚は黒い羽毛に包まれていき肌が見えなくなり背中からは大きな翼が現れる。
「そういう問題じゃないと思いますけど……」
「ファイラ、アイツに何を言っても無駄だ。まあ、別にいいんじゃね?あんなちっせー胸見せられたところでなにか感じるやつもいねぇしな」
「なんですって?ライ?」
「なーんにも」
ごまかすかのようにケラケラと笑うのはファイラの隣に座るライ。
「いい加減にしてください、ライ。サラ、あなたもいちいち突っかからないでください」
そのライの隣に座るフローラは手を止めずに冷静に二人を叱る。
「私は悪くないわよ……。シャル、敵の詳しい位置を常に私に伝えてくださいね。では行きますわよ、ユウリさん」
俺は両手を上げる。翼をはばたかせたサラがその俺の手をつかみ窓から外にでる。
「気を付けて行ってきてなよ」
シャルの声を後ろにしながら俺達は上空に飛び立つ。地上の様子が次々と移り変わる。農作業をしている住人の様子も一瞬で消えていってしまう。だが、こんなに激しいスピードなのにGとかそういったものを感じないのはサラのおかげだ。
「ここら辺ね。シャルからの情報もこれ以上ないみたいですわ」
「じゃ、怪しそうな奴をいつものように調べてくれ」
「分かっいますわ。鷹目」
瞳を赤く光らせたサラは近辺を見渡す。その数十秒後。
「いた……下り立ちますわよ」
「というより、このまま一気にさらっちまってもいいんじゃねぇのか?」
「ダメですわよ。一応相手に投降の意思があるか否かを確認するのが決まりですわ。そもそも彼が本当に犯人かどうかを調べなくちゃならないでしょ?」
「……はあ、わかったよ。とっとと終わらせるぞ」
俺のめんどくさげな声にはなにも答えずサラは翼をはためかせ、目標の男の目の前に降り立つ。
「な、なんだテメエら」
突然の空からの訪問者に驚きの声をあげる男。額には大粒の汗を書いており男が持つ袋からは金色に光るものがかいまみえる。
「俺達は治安保護統率官の―――」
「う、動くな!!」
どこから取り出したのか俺が自己紹介を始める前にナイフを構えられる。
「黒、確定だな」
「そうですわね」
俺達は慌てることなくサラと確認しあう。敵がナイフを抜いた時点で俺達は奴の生存権を剥奪したとしても罪にはならなくなった。だが、実際に殺すなど言語道断。生け捕りがベストとされる。というよりは生け捕らないとアイさんに怒られる。
「お、俺の能力に敵うはずがねえ。今なら見逃してやる。どっかいけ!!」
震える声で男が言う。全くもって説得力にかける。聞いてるこちらが恥ずかしくなってしまう。
「誰に言ってんだか……諦めて投降しろ」
「うるせぇ!!」
男は叫ぶと同時にその姿は俺の目の前に現れて、ナイフは俺の胸を貫く。血が辺り一面に飛び散る。
「はぁ、はぁ。口ほどにもねぇ」
男は興奮した声で俺を見下すかのように感想を言う。
「能力は高速移動か」
「そうですわね。ありふれた能力。なんでこんな自身があったのかしら?」
「なっ!?な、なんで生きてやがる!!」
狼狽した様子を見せる男。というか、いい加減にナイフを抜いてほしい。痛みはある。
「おらっ!!」
「だ、だだだ!!」
手首をひねってやり男のバックを取ってやる。そのまま静かに手刀を振り落す。
「うっ……」
「よっと」
意識を手放し倒れこむ男をそのまま抱き抱える。その後、胸に刺さったままのナイフを抜く。ナイフの刺さってた部分に空いた穴はすぐに元の状態に再生する。こんな犯罪者でも一応国民だ。丁重に扱わなければならない。この国の法律は他四国に比べてめんどすぎる。そのおかげで一番治安が安定はしているのも事実だが……。
「じゃっ、こいつ収容所につれていくか」
「そうですわね……あっ、忘れていましたわ。傷害、及び武器所持違反、能力違法使用、治安保持協力違犯の現行犯で二千二百年、四月五日、十四時二十六分三十四秒、貴方の自由行動許可を一時停止し、所定場所にて刑罰保護致します」
長々としたセリフをいい終え特殊合金で作られた手錠を男にかけた。
「なあ、いちいち言わなくてもいいんじゃないのか?」
「……それについては私も概ね同意ですわ」
二人の心底からのため息が同時に放たれ、空中に霧散した。
******
今からちょうど百年前、世界全土が大災害に襲った。その大災害は止むことの無い豪雨だった。海の水位は上昇し陸が無くなった。この大災害は後に第二次ノアの大洪水と呼ばれるようになった。この災害の影響により多くの動物は死に、絶滅した種も少なくない。人類も例外でなく、この大災害を生き残ったものは世界でおよそ三千万人程度と言われている。そしてこの災害を生き残った生物には神様からある褒美がもうけられた。種のほとんどは新たな進化をてにいれたが、人類は少しだけ違う。一人一人に多種多様な特殊能力を得られたのだ。俺も例外でなくそのとき、能力を得た。その能力は―――不老不死。その名の通り俺は死なず、成長もその当時の19で止まってしまったわけだ。こんな能力を持つ奴は恐らく世界でも俺、ただ一人だけで無いのだろうか?そう、つまりは俺は現代において第二次ノアの大洪水の様子を語れる唯一の人間なのである。
しかし、そんな俺だったがなにかをする気もなれずフラフラとしていた。そこを二年ぐらい前にこの国―――フィーリフト王国に存在を確認され、自由と人権の保証と引き換えに治安維持機関の治安保護統率官の管理巡査隊、第四部隊の一員として働くことになった。
「ユウリくん。お疲れさま」
俺―――海野優梨は俺を呼んだ声の主である、シャル・ウェリストの方を振り向く。肩までに短く切り揃えられた茶髪とくりりんとした大きな蒼い瞳が特徴的な、17歳の女の子だ。
「別に……たいした奴じゃなかったし。俺よりあそこまで飛んでいったサラの方が疲れただろ」
俺は通常の人間の状態に戻り自分が脱ぎ捨てた服を着ている最中の、腰まであろうかという赤毛の少女、サラ=ニーストに喋りかける。ちなみに、彼女は19歳だ。
「鍛えていますし大丈夫ですわ。なめないでくださいます。それより、私的にははいつも脳内会話でナビゲートしてくださるシャルに感謝しますわね」
「ボクにできるのはそれぐらいだからね」
小さく肩をすくめてみせるシャル。彼女の能力は思想伝達―――指定した人物との脳内会話や情報のやり取りができるものだ。思想伝達自体は平凡なありふれた能力なのだが、彼女はそれを極限にまで極めておりかなりの遠距離との会話や、精神そのものに干渉することにより幻覚を見せたりすることや、低級動物ならすぐにマインドコントロール下に置くことも可能でその能力の高さからこの部隊に配属されている。
一方、サラは半獣半人という能力により一部、または全身をあらゆる動物と合成することができる。ただし、服の変換までは出来ないので変化する前に服を脱ぐ必要性もあるのだが。
「それでもぼくからしたら三人ともすごいです。ぼくは非戦闘員ですから」
コトッ、と盆の上のコーヒーを俺たちの前に置き、肩にかかるか、かからないぐらいの白髪のファイラ・スウィートが笑う。俺にとっては唯一の後輩で一年前に入ってきた。年齢もうちの部隊最年少の15歳だ。
「ありがと。というより、ファイラの能力はかなり特殊だから仕方ないだろ」
「そうですけど……同じサポート要因のシャルさんだって戦うときもあるのに……しかもぼくはサポート要因としても普段は全然ダメだし」
「そんなことないよ。ボクが気づかないようなところにもファイちゃんは気づくし、気はきくし、それにそれに―――」
シャルがファイラのことを次々と誉める。シャルと、シャルよりやや背が小さく童顔のファイラとの様子は仲のいい姉妹が喋っているように見えるが、ファイラは紛れもなく男である。最初ファイラを見た人間は十中八九、彼を女と認識してしまうだろうが。
そんなファイラの能力―――花鳥風月は確かに戦闘向きではない。花鳥風月は汚染された空気や水などを綺麗な不純物の混ざらない状態にまで戻すことができる。彼はここの部隊に配属された直後にフィーリフト王国内の様々な場所に連れられ、濁りきっていた川を飲み水に転用できるほどにしたり、はてには農作にむかない土地を農作に適する土壌に変換させたてきた。ちなみにファイラが変換させた土地は栄養価も高くおいしい作物ができやすい。その土地で出来た野菜はファイラブランドというブランド名で出荷されていたりするぐらいだ。つまりは有能であるわけだが、唯一の欠点としてはこの自分を下卑するところだろうか。
「どうでもいいけどよ〜、お喋りはそこら辺にしといた方がいいぜ。アイさんもいつ戻ってくるかわかんねぇし。なによりフローラ様に殴られるぜ?」
おちゃらけた声で俺達に注意を促したのは金髪にいくつもピアスをつけている十九才のライ・クリミア。
「ライ、私は公務以外で人を傷つけるようなことをした覚えはありません。しかし、ユウリとサラは帰って来たばかりなので多目にみますがシャルとファイラは早く仕事に戻ってください。仕事はいくらでもあるのです」
名前を呼ばれた水色の色素の薄い髪をポニーテールに結んだ二十歳の女性、フローラ・マリク・デイがキッとライを一睨みしたのち、俺らに視線を一瞬向けてから手元の書類に戻した。
「硬いな〜、フローラちゃんは。でも仕事たまってるのは事実だしね〜。がんばろっか、ファイちゃん」
「はい、わかりました。ユウリさんとサラさん、なにか雑用がありましたらお申し付けくださいね」
ニッコリと笑ってファイラはステテと自分の席に戻る。俺はそれを見送った後に自分の席に戻りコーヒーを一気に飲み干す。熱い液体が喉をとおり、体全体に熱を行き渡らせる。そして彼女らにならって書類作成に勤しむことにする。
この機関では、治安維持に必要なあらゆることを行う。主な任務は犯罪者の“保護”である。
保護、と銘打っているのには理由がある。それは冤罪であった時の保守的な考え方によるものだ。フィーリフト王国における国民の義務において治安保持協力というものがある。この義務、さらに詳しく分けると三つに分類され『犯罪抑制協力』、『情報開示及び守秘協力』、『環境保持協力』となっている。今回の件では『犯罪抑制協力』が適応される。とある法を犯したとされる可能性が少しでもあった場合は国にその身柄を保護、という名目で管理下におかれるのだ。保護された人物が犯人でない場合はすぐに保護期間(この保護の名は正しくは守衛保護となり本来は脅迫状を送られたような人物を守る為に存在するがいつのまにか誤認逮捕予防のためにも用いられるようになった)が終了となり、犯人であった場合は罪を悔い、あらためるまで保護(こちらは正しくは刑罰保護と称されるが保護と言われたら一般的にはこちらをさすので普段はただ、普通に保護と言っている)され続ける。逆に言えば重罪を犯したとしても自らの犯した罪を悔いていればすぐに保護期間は終了となる。そのためフィーリフト王国でのたった一つの刑罰は無期懲役保護となるわけだ。
だがそれは初犯の人間に限ったことだ。もし保護期間終了後に再度犯罪を犯した場合はどのような罪であろうがかかわらず、死刑が言い渡される。ただしこの死刑、ただの死刑ではない。この死刑の意味はその人物をヒトとして扱わないというものだ。
たとえば新薬の実験台として、新たな兵器の破壊力の実験として等々だ。
これは第二次ノアの大洪水以前に使われていた国の名を用いて説明すると、日本を中心都市として中国を含みトルコやサウジアラビア辺りまでを一国としたフィーリフト王国の特殊な法だ。
ちなみに、フランスを中心都市としロシア等のフィーリフト王国管理以外のユーラシア大陸を統治しているヨーリシア国。コンゴ共和国を中心都市とし、アフリカ大陸を統治するサウバジリ王国。オーストラリアを中心としその周り一体の島国を統治するアニクラフ王国。カナダを中心都市として北アメリカ、南アメリカ大陸を統治するキャラクスト王国。その他の島などはこの五国での対話のあとこの五国のどこかに区分された。
現在ではこの五国は微妙な力バランスでつりあっている。逆にいえば少しつついただけでもシーソーはバランスを崩し崩壊してしまうかもしれないということだが。
「……やっと、半分か」
俺は目頭を抑え書き終わった書類を山にのせる。不老不死の能力に疲労しないというものがあればいいのにと思う。
「ユウリくん、おつかれ?」
俺の様子をみてかペンを走らせていたシャルが俺に尋ねる。座高の差で俺を見上げるような形になっている。
「そうだな……もともとこういったのはシャルと違って性分じゃないんでな」
「ボクだって得意じゃないよ。だけど、思考伝達の能力者だからかな。情報を扱うことは得意だからね」
「そうだよな」
妙に納得してしまう。やれやれ、つくづく損な能力を持ってしまったものだ、なんて後悔してみる。といっても自分から望んだものでもないからどうしようもない過去なのではあるが。
ガチャッとドアが開く音が部屋になる。
「注目」
そのドアを開けた人物である長い黒がみをたなびかせた奏坂愛隊長の声が部屋に響く。その声に全員手を休めアイさんの方を注目する。
「先程ユウリとサラが保護した男が意識を取り戻し犯行を認めた。まずはユウリとサラ。よくやった」
「たいしたことではないですわ」
「そうだな……アイさん。犯行動機などは?」
「そちらは現在調査中だが……男の近辺を調査したところ男が耕していた畑が先日の台風で作物が滅茶苦茶になったことが判明した。恐らくそれによってこれから受けるであろう経済的打撃を予期しての犯行とみて間違いないだろう」
「それは……同情の余地はありますね」
「だからといって犯罪は犯罪です。きちんと管理下に置くべきです」
「……わかってます。ただ、その男の人がきちんと反省して早く社会復帰してほしいなって思っただけです」
ファイラは胸に手をあて願うように目を閉じる。他人の、しかも犯罪者でさえもこんなに真剣に願える辺り、ファイラの人のよさがうかがえる。
「取り敢えずこの件に関しては以上だ。次に明日、君たちにやってもらいたいことが急遽きまった。明日は、フィールドワークを行ってもらう」
「フィールドワーク?んでまた、そんなめんどくせーことしなきゃなんねぇんすか?」
ライが明らかに不満げな声をあげた。
「実はだな、最近Aー01区域から狼による作物被害をうけた、という相談が多くてな。どうやら狼がこの辺りに巣を作ったらしいんだ」
「Aー01て、この辺りじゃないですか。だけどボク狼なんてみたことないですよ」
「奴等は夜行性だからな。それに知能も高い。自分にとって驚異であろう人物のもとにあえて近づくようなことはしないさ。だから、ここにいるお前たちはエンカウントしてないだろうが……ファイラ以外は」
「ぼくの名を出さないでくださいよ!!うぅ……」
「ファイラ、気にするな。アイさんも一々言わなくていいですよ。それに、実際ファイラはあってないかもしれませんし……って、ファイラ?」
みかねて俺がフォローしようとしたがなぜか肩を落とし拗ねるようにファイラが机に突っ伏した。
「…………狼にあったことあります」
「あっ、えっと……ボ、ボクだってあるよ。狼、怖いよね。四年前にあったよ」
なんとか、励まそうとするシャル。だが―――。
「……ぼくは昨日の帰り道あいました」
救いようがなかった。これには流石のシャルも苦笑いを浮かべる。
「あ、はは……は。ま、まあ、し、仕方ないよね、ファイちゃんは非戦闘員だし」
「さて、ファイラはどうでもいいとしたお前らには明日狼の巣の駆除を頼むことになる」
ファイラがああなったのは自分のせいであるにもかかわらずアイさんは説明を続ける。ひどい人だ。
「集合場所は二坂山、第一登山口付近。時間はいつも通り八時だ。しっかり、準備を整えてくるように」
「「「「「了解」」」」」
「……了解」
一拍遅れてのファイラの返事。彼がここに配属されてからは度々見るようになった光景なので誰もつっこまない。
ファイラは普段は元気でしっかりしているのだがこうなるとやたらと長い。以前ああなったのは確か二週間前。シャルとフローラの三人で町を歩いたとき男三人組にナンパされた時だ。しかもその男たちの一番の狙いがファイラであったこともこうなる状況を加速させる要因となった。あの時は一時間ぐらいずっと俺に泣きつかれて困った。どうすれば男として見られるようになるのかなんて、俺にもわかるはずがない。取り敢えずは適当に返事しておいだが……。
ちなみにナンパをした男たちはフローラによって粛せ―――追っ払われたらしい。フローラ曰く迷惑防止法違反で捕まえてもよかったが職権乱用と思われたら厄介なため見逃したらしい。
「ふむ、では今日は早めだが第四部隊は解散とする。伝令は以上だ」
アイさんは小さく頷いた後踵を返し入ってきた扉から戻っていく。
「ったく、まためんどくせーな」
開口一番ライは文句の声をあげる。俺もあまり疲れるようなことはしたくないがここで書類作成に缶詰になるよりかは幾分かましなので正直フィールドワークは嬉しく思っている。
「え〜、フィールドワークって、遠足みたいな感じでボクは好きだけどな〜」
「シャル、遊びでは無いのですよ?」
シャルの言葉にフローラの冷たい声。フローラの仕事に対する熱意というか、真剣さは人一倍なのでシャルの言葉が気にさわったのだろうか。
「わかってるって。だけどこのところ書類作成ばっかで仕事としてもつまらなかったでしょ。保護任務だってそんなに大変なこともないし〜。だから、ちょっとやりがいのある任務だなって」
「やりがいを感じるほどでは無い気がしますわ。たかが狼の討伐ですわよ?」
対したことは無いと言いたげな口調のサラ。それに俺は反論する。ちなみに、たかが狼の討伐、というサラの言葉にファイラのまとう負のオーラが一瞬強くなった気がするが気にしない方向でいこう。
「いや、本当にたいしたことの無い任務ならわざわざ俺たち全員を出動させることは無いはずだ。恐らく今回相手にしないといけない狼はなにかしら厄介な事情を抱えているとみて間違いないだろうな」
俺の言葉にファイラを除く一同がなにかを考える顔つきに変わる。
俺自身この部隊に配属されるまでは色々な地を彷徨っていたため獣の恐怖は十分に理解している。あいつらは第二次ノアの大洪水以降、飛躍的に進化を遂げて今なおも新たな進化を遂げている種類も少なくない。即ちは今回も新種の動物かもしれない。その仮説を強く肯定する一つの要因としてアイさんは“狼”という種の発表しかしておらず、狼のなんの種類であるかが不明なのだ。
「まっ、どうなるかは明日になりゃわかるわな。それより、せっかく今日は早く終わったんだ。これから一発、行かねえか?」
ライがグラスを持ち口に運ぶ動作をする。
「私はお断りします。明日の用意もありますので」
「私もパスするわ。今日はさっさと家に帰りたい気分ですので」
フローラ、サラはライの誘いを突っぱねる。それにたいしてライはつまらなそうに口を尖らせてから俺とシャルの方に視線を向ける。
「お前らは来るだろ?」
「ボクは……どうしよっかな。ユウリくんは?」
「俺は行くよ。というより、付き合わなきゃ後がめんどくさい」
「そっか。じゃっ、ボクも参加するよ。でもお酒は体が受け付けないから呑めないけどね」
シャルが元気よく手をあげ参加表明をだす。そういえばシャルは下戸だったな。一度、シャルが無理して酒を呑んだときがあったが、一口呑んだだけすぐダウンしていた。多分アルコールを分解する要素が殆ど体内に備わって無いのだろう。
因みにフィーリフト王国では17から飲酒は認められている。だが第二次ノアの大洪水以前に出回っていた嗜好品である煙草は、五国全てにおいて現在では禁止薬物、麻薬や大麻等と同じ扱いになっている。
「酒なんて呑んだら強くなるもんだぜ?呑んでみろよ?」
「でも、苦手だし。それにボクはジュースの方が好きだしね」
「もったいねーな。酒の方がぜってーうめえって」
「ライ、飲酒の強制は法で禁じられていますよ。取り締まる側から取り締まられる側になりたいんですか?」
「はいはい。そうでしたね。すいやせんでした」
全く感情のこもっていない謝罪。フローラも呆れたようにため息をつく。ライのこのちゃらけた性格が全てを台無しにしている気がする。仕事成績が優秀なだけに残念であるが……というより、仕事実績が優秀であるからこそフィーリフト王国の最優秀部隊である第四部隊―――通称、不死鳥隊に配属されているわけだが。
「では、私はもう帰ります。分かってると思いますが明日、遅刻はしないでくださいよ」
「わぁ~ってるって」
「あなたが一番心配なのです、ライ」
フローラは最後にくぎをさして扉から出ていく。後をサラが追いかけるように出ていく。その二人に手をふるシャル。
「ばいばい、フローラちゃん、サラちゃん」
「んじゃ、俺らも行くぞ。場所はいつもの酒屋な」
「ウン」
「だろうな」
俺たちもまた重要な書類はおのおののデスクの鍵つきの引き出しにいれ、さっさと部屋からでた。因みに、ファイラはサラたちが出ていったときにそのあとを追うようにノロノロと出ていっていた。
俺たちのデスクは治安維持機関本部のどでかい建物の中に存在している。我が国屈指の建築家や技術者がこの建物を建造したこともあり、設備もきちんと整っている。第二次ノアの大洪水以降では世界的にも珍しいエレベータ(電力を賄うのが大変なため一般的に普及していない)がついた建物だ。といっても、俺たちのデスクは一階にあるためエレベータを使用することはほとんどないが。
「んん……まだ、日も落ちてねえな」
「そうだね。まだ、五時半だし。冬ならまだしも三月だもんね」
「そうだな。冬も終わって春だしな。俺は寒くもねえし、暑くもねえこの季節が最高だわ」
「ボクもだよ。ユウリくんは……って、そうだったね」
「なにがそうなんだ?」
俺は目を擦すりながらたずねる。
「ユウリくん、花粉症だから春は嫌い?」
「そうだな。花粉さえなけりゃ空気は温暖だし、気持ちいんだがな」
「わかんねえな。今時花粉症つうかアレルギー持ちなんて珍しいだろ」
「あいにく俺は今時の人間じゃなくて古い人間だからな」
肩をすくめて自嘲気味に笑ってみせる。
なぜかは分からないが第二次ノアの大洪水以降に産まれた人物はアレルギー症状を持つ人間は少ない。神からの褒美の一つだ、とか、大洪水後は食物が少なかったためなんでも食す必要性があるからアレルギー持ちの人間が駆逐され生きのころなかったからだ、とか、色々な説が学者たちの間に飛び交っているが真の理由はわかっていない。第二次ノアの大洪水以降はわからないことだらけだ。解明されていることなど微かしかない。
そもそも、神という存在もこの時代の人間が作り上げた偶像だ。第二次ノアの大洪水を科学的になぜ起こったのかを証明することが難しいので神によるものと称しているだけで、この大洪水やそれ以降に身についた生物の新たな力を科学的に解明しようとしているグループもいる。
そんなことを頭の片隅に考えながらシャルたちとどうでもいい会話にうちこみ、目的の居酒屋にやってくる。スライド式の戸をあけ暖簾を掻き分けながらはいる。
「らっしゃいっ。て、ライにシャルちゃんにユウリか……今日はやけにはえーな、抜け出してきたか?」
この店の主人であるオヤジが俺たちの名を呼ぶ。店の中にはまだ開店して間もないからか客の姿はなかった。
「違うよオヤジさん。ボクたちの隊だけ今日は早めに終わったんだよ」
「ホントか〜?フローラちゃんもサラちゃんもいねえから怪しいもんだな〜」
「も〜、大丈夫だよ!!ボクたちだって真面目に働いてるんだらね!!」
「たっはっはっは。冗談だ。おらっ、さっさと座れ」
「うん」
大笑いしながら、オヤジは俺たちを席に誘導する。
自分で言うのも変な話だが、我ら機関のものたちにこんなに気さくに話しかけてくる人物も珍しい。もちろんタメ語で話しかけられようがちょっとした冗談やからかいを受けたところで法に触れるわけではないので問題ないのだが微妙に我ら機関のことを神格化しているふしが見受けられるので基本的には敬語を使う人物が多い。
「ユウリ、お前も生でいいか?」
「ああ」
「じゃあ、とりあえず、生二つ」
「ボクはオレンジジュースで」
「あいよ!!」
元気よく返事をしたオヤジは手早く飲み物をジョッキに飲み物を注ぎ、俺たちの前に出す。そしてそれを受けとるとともにライが喉をならし一気に半分ほどを胃におくった。
「プハッ。やっぱいいもんだな。オヤジ、今日のオススメは!?」
「今日は新鮮な鯛がはいってる。他にも鮮魚がいっぺいある。どうする?刺身の盛り合わせにでもすっか?」
「うまそうじゃねえか。じゃあ、そいつ頼む。後は鳥の軟骨と天ぷらの盛り合わせな」
「それと、サラダもお願いするね」
「あいよ!!ちょっと、待ってな」
ビタンとまな板に鯛を叩きつけるように置く。水揚げされてから結構たつであろうにまだ生きているようで口をパクパクさせている。恐ろしい生命力の高さだ。
ノアの大洪水以降、一時的に食料が不足したが今では大洪水以前と同じぐらいか、それ以上の食料が世界にある。というのもこの大洪水以降の生物はやたらと強い生命力、繁殖率の為である。それは、こういったプラスの方面にも働くがマイナスになることもある。獣の大量繁殖だ。一気に生態系を変える要因にもなるし人を襲うことだってある。現に俺たちは明日狼を倒しにいかなければならない。
「そうだ、オヤジさん」
「なんだ?」
「オヤジさんは最近ここら辺で狼見たことある?」
「狼か……。あることにはあるが……」
どこか口ごもった言い回しに違和感を覚える。いつもは、サバサバとして言いたいことははっきり言うような人なのだが。
「どうかしたのか?」
「いや、俺の主観的な意見でな。それでお前らを惑わすようなこと言っちゃ不味いと思ってな」
「気にしなくていい。むしろ、そういった直感的な意見こそが大切だったりするから、なにか知ってるなら教えてくれ」
俺たちは全員真剣な、仕事用の眼差しをオヤジにむける。
「そうか?なら、あくまで俺の意見と思って聞いてくれ」
そう前置きしてオヤジは語りだす。まな板の上の鯛は綺麗に骨だけになっており皿には刺身がもられていた。オヤジは次なる魚を手にした。
「最近、運動がてらに趣味で山のぼりしてんだが……二週間ぐらい前かな、見たんだよ、狼。じっくり見たわけじゃないからなんともいえないが恐らく種類はクロスファングだと思う」
―――クロスファング。たしか五十年前に発見された新種で今、爆発てきに殖えている種類。大きな牙と群れでの連携プレーの狩りがうまい。また、知能も高い。それゆえに人を襲えば逆に自分たちが危険な目にあうのがわかっているため滅多に人を襲わない種類のはずだが……。
「だがな、様子がおかしかった。まるで狂ってるかのような感じだった」
「狂ってる……具体的には?」
「なんていうか……妙だったとしかいいようがないな……。そうだ。しいていうのであれば苦しんでるような感じだった。それ以上はうまく言葉にあらわせねぇな」
「そうか……」
俺は情報を噛み砕き脳に取り込む。実戦において大切なのは情報の量だ。いくら強くても情報が筒抜けならば対策はたてられる。特に今回の敵は獣だ。決まった習性があるのであればそれを調べればいい。
なんだかここに配属されていらい、こんなことを頻繁に考えるようになった。習い性になっているらしい。
「まっ、そんなところだ。とりあえず、仕事の話はここまでだ。喰ってくれ」
ドンッと刺身の盛り合わせを目の前にだされる。見た目にも新鮮なことがわかり旨そうだ。
「そうだな!!喰うか」
ライは刺身を目の前にして待ちきれんとばかりに小皿に醤油を注ぐ。
「うん、美味しそう。いただきま〜す」
シャルの声をかわぎりに、俺たちは仕事のことは置いておき夜遅くまで晩酌が続いた。
******
あくびを噛み殺し集合場所まで向かう。結局昨夜は十二時頃まで飲んで帰ってきた頃には一時をまわっていた。そのためか眠気はまだとれていない。酔いがさめていることは幸いだが。
「眠そうだね」
偶然出会った隣を歩くシャルが俺があくびを噛み殺したことを察してか顔をのぞきこむ。
「まあな……もともと夜行性だし」
「あははっ、そういやうちに配属されたときは半ば昼夜逆転してたもんね」
「そうだったな……アイさんに徹底的に治されたが」
「フローラちゃんにもね。というより、どちらかといえばフローラちゃんの方が怖かったでしょ」
「そりゃな……『次、遅刻したら……わかってますよね、ユウリ』って。ありゃ、鬼かなんかだろ。黒いオーラもだしてたし」
「いえるかもね〜」
「なにがいえるのですか?ユウリ、シャル」
「おわっ!!」
「キャッ!?」
突如後ろから聞こえたフローラの声に慌てて振り替える。
「ふ、フローラ、なんで」
「私がこの場所を通って集合場所に向かってはならないのですか?」
「そういうわけじゃないが」
「でしたら、よろしいでしょう。集合場所に向かっていたら見知った二人の後ろ姿が見え、その二人が私の名を喋ったので声をかけた、それだけです」
「そ、そうだな」
「そうだね」
ははっと苦笑いをこぼす。フローラの様子から強い圧力を感じるがこれ以上詰問されることもなさそうだ。
「それに、もう集合場所は目の前です。集合場所についてる人ならば耳をすませばシャルとユウリの話し声を聞くことも可能です。噂話は場所と回りをよく確認してからするべきです」
「あ、あぁ……そう、だな」
「う、ウン。そうだね」
と、思っていたが皮肉気味にそう言われてしまい二人揃って曖昧な返事を返してしまう。直接的な表現よりはるかに怖い。
「あっ、ファイちゃんだ。お〜い!!」
集合場所が見えたと同時にファイラの姿も確認できた。よく見たらその近くにサラ、ライ、アイさんもいる。全員がシャルの声に反応して一斉に俺たちの方をむく。
「ボクたちが最後だったんだ。まった?」
「いえ、最初に来たぼくも五分前ぐらいから待ってただけですし、他の皆さんも今来たところですから」
「そっか、ならよかった」
シャルがほっと、胸を撫で下ろす。まあ、仮に待たせていたとしても遅刻したわけでもないから別に構わないのだが。
「よし、全員揃ったな。では、少し早いが作戦会議を行う」
アイさんは俺たちの視線を集めゆっくりと頷き言葉をつなげる。
「まず、始めに。今回は狼の討伐であるが奴らは巣を持っているはずだ。その巣を探し出すところから始めてくれ」
「その狼って群れで行動してるんですか?」
シャルが手をあげて質問する。そこは気になるところだ。群れであるならば巣を叩けばすぐ終わるが、そうでないならしらみ潰しに探しては討伐を続ける必要性がある。
「それについても、説明を行う。今回討伐する狼だが新種の可能性が少しあるんだ」
「少しあるって……どういうことですの?」
「国民からの情報によると姿かたちはクロスファングのそれとよく似ている。だが、行動が既存の情報と一致しておらずクロスファングらしくないんだ。例をあげるとすればそれこそ、人を襲ったり、やせがただったりするらしい」
やせがた……通常のクロスファングより身軽ということでいいのだろうか?
「ということで、今回は新種の可能性も考え一匹は捕獲、できれば雄雌それぞれ一匹づつ捕獲するのが目的だ。そして、それに対して探索にはこれから言う三チームに別れてもらう。まずは、Aチーム。私とサラ」
「アイさんとペアですか」
「Bチーム。フローラとファイラ」
「わかりました」
「えっ?えっと、ぼくですか?」
呼ばれると思ってなかったのかすっとんきょうな声をファイラがあげる。
「なにか、不満か?」
「いや、あの……ぼく、戦力にならないんでてっきり三人チームに区分されると思ってたんで……」
「だからこそだ。戦闘用の能力ではないのはわかっているがそれを言うならユウリだって、死なないというだけで敵を拘束する力を持っているわけではない。能力だけが全てではないんだ。だから、フローラの元で戦闘について学ぶのもお前の任務だ」
「そ、そうですか……フローラさんの、もとで……」
ファイラがチラリとフローラを盗み見る。それを受けてフローラが表情筋を動かさずファイラを睨むような視線で突き刺す。
「私と組むことが嫌なんですか、ファイラ?」
「そ、そんなわけな、ない、ですよ……」
力なく笑うファイラ。なんというか、ご愁傷様という言葉がよく似合う。それはそうと、こうなると俺のチームは―――。
「最後Cチーム。ユウリ、シャル、ライ」
「偶然だな、昨日のメンバーがそのままチームになるなんて」
「そうだね」
「まっ、チーム分けなんてかぎらてっからな」
「それでは、これからチームに分かれて探索を行ってもらう訳だが、Aチームは南から北東付近を、Bは北東から北西付近を、Cチームは北西から南付近までを探索してもらう。そして各々のコミュニケーションにはこれをつかえ」
アイさんは手に持っていたカバンを開け中から小型の通信機を取り出す。
「一人ひとつづつある。また、特定の人物とだけの通信も可能だ。では、受け取れ」
カチャカチャと、通信機を受け取りセットする。軽く通信機を使い簡単なやりとりチェックを行い異常がないことを確認する。
「それでは、任務を開始する」
「「「「「「了解」」」」」」
俺たちは任務開始を意味する声を上げてそれぞれの持ち場にへと散る。第一登山口が北西付近にあるため俺たちはそのまま登山口に入りBチームである二人、フローラと軽く意気消沈しているファイラと別れる。アイさんとサラは開始とともにサラの翼で自分の受け持つテリトリーに飛んで行った。
「んで、どういう風に探していくつもりだ?」
「そうだな……俺としてはクロスファングの巣がよくある付近、高地で木々がうっそうとしている場所から探したいと思ってる」
俺は少し考えながら呟く。というよりは今回の案件が決まったときから考えていたものだったので最終的に大丈夫かどうかの判断をくだしただけだが。
「クロスファングの?……あぁ、そういうこと?もし、ボクたちが討伐する狼がクロスファングならそこを探せば見つかるし、新種だとしてもクロスファングから進化した可能性を考えると似た場所に巣を作る可能性は高いってことだよね」
「ああ」
頷く。ライも反対ではないようで笑みを浮かべている。なら、目的地は決まった。当面は山道に沿って歩き山頂近くになった後は獣道を探して入る。これでいいだろう。油断はできないが……ライやシャルもいることだ。群れとなって襲われることでもない限りは怪我を負うこともないだろう。まあ、仮になにかあったとしても、俺は死なないのだがな。
二坂山。標高は平均よりはやや高いのだがなだらかな山道と軽く舗装された道で登山者初心者にも優しい。だが、それは登山道を離れなかったらの話。ひとたび離れてしまえば荒れた道のりに野生の動物たちのテリトリーに入るということでもあり無事で抜け出すのはなかなか難しい。まぁ、よっぽどの事でもないかぎり外れることもないのでそんなことをするのは自殺志願者程度だろう。
周りに気配を配りつつも軽い談笑を交え目的の獣道を見つける。
「入るか……」
「そうだな」
俺たちは頷きあって脇道に、自殺志願者の道へと進む。もちろん、俺たちに死ぬ気は一切ないのだが。
さくっ、さくっ、という地面の葉を踏む音が鳴り響く。ほんの少し歩いただけなのに景色はガランとかわり整備されていないがための悪路がただ歩くだけであぶなかっしい。それに、地面が水分を多用に吸い込んでいるのか柔らかい場所がある。そんな場所にかぎって隣は絶壁、つまりは足を踏め外し転げ落ちれば死への階段を駆け登るはめになるわけだ。
「それにしても、おかしくない?」
バランスをとりながらシャルが俺たちに尋ねてくる。それに俺は頷く。
「そうだな……動物の姿が一切見えない……それどころか虫もいない」
「それだけじゃねえ。なんだか草木の元気がない」
ライの言葉に「だな」とつぶやく。本当にこんなところでみつかるのか?と疑問を覚えてしまう、そのとき。
「あっ、あれ!!」
シャルが声を上げて獣道の先にあるひらけているところにうごめく黒い物体を見つける。間違いない。
「狼」
俺は小さく声を上げる。種類の特定が難しい。確かに見た目はクロスファングのそれだ。だが、むやみに辺りを徘徊して仲間同士で噛み付き合っている。それはじゃれているようには見えない。そういえばオヤジが言っていた。その通りだ。苦しんでいるようにしか見えない。
「シャル、思考伝達であいつらの様子をうかがってみてくれ。俺は他のチームに連絡する」
「うん」
俺はシャルが念を込めるように目を閉じるのを見てイヤホンとマイクに手を当てる。
「こちらCチームのユウリ。聞こえますか?」
『Aチームサラ、聞こえるわ』
『Bチームファイラ、聞こえます』
そのほかにも聞こえるという応答を受ける。全員つながっていることを確認する。
「狼の姿を確認。数はおよそ二十匹です。場所は―――」
どのあたりかを簡単に説明する。山の中であるため詳しい場所の説明はできないがまぁ、大丈夫だろう。
『私たちも今から向かうが……可能なら討伐をしておいてくれ』
「了解―――」
「うっ、あぁッ!!」
「っ!?どうした!?」
隣のシャルが嫌がるかのように耳をふさぎ頭を抱える。
『どうした!?今の声はシャルだな?大丈夫か?応答しろ!!』
イヤホンの先からアイさんの声が響く。他のメンバーもあわててる様子がうかがえる。
「こちら、シャル……大丈夫です。思考伝達を使用しようとした途端に頭に響くような痛みというか音が出てきて……くっ」
まだ、痛そうに顔をしかめるシャル。どうしたんだ……?
「もしや……ライだ。ちょっと俺に考えがある」
なにかを思いつたかのように顔を上げるライ。そして、腰にさしていたククリ(短刀の一種)を取り出し自分の目の前でそれを立てる。
「音拡張」
ライの呟きに合わせククリが微振動を起こしそこからキーンという甲高い、不快な音が鳴る。
「そう、この音が、直接響いて……」
確かに、これが爆音で聞こえれば……気が狂ってしまいそうだ。狂う―――そういうことか。
「このククリの振動数から感じるに普通の人間なら聞き取れない音だ。ただ、狼等の生物なら別だ。くくっ、アイさん、コイツらは既存のクロスファングで間違いねえ。音の発生源見つけるためにもクロスファングを殺っちまっていいですか?」
『動物に罪はない。できるだけ、殺さぬようにな。気絶で抑えてくれ。私たちもすぐにいく』
『Bチームもいきます』
「頼もしいな。そうだ、サラ。くれぐれも耳を狼に変換させて来るなよ」
『わかってるわよ』
ライの言葉に鋭い口調で返したサラはそのまま通信をきったのかブチッという音がなる。それをかわぎりに全ての通信が途絶える。
「じゃあやるか」
俺は刀―――妖刀・鎌鼬を手にする。
「そうだな。ここは、俺とユウリがやる。シャルの思考伝達は使えそうに無さそうだしな」
「うん。たぶんだけど、ボクがクロスファングにアクセスしたときに一番支配されていた気持ちがあの音による不快だったから、あの音が聞こえたんだと思う。ボクは能力なしでは役にたちそうにないからここで他のみんなの到着を誘導するよ」
「りょーかい。じゃっ、いきますか」
「ライ、分かってるだろうが、惨殺が目的じゃねーぞ」
「わかってるよ―――回転飛行!!」
ライがククリを投げつけながらクロスファングの前に現れる。ククリは低空飛行で大きく弧を描きながらクロスファングの足を傷つけながらライの元に戻ってくる。それをライがパシッととる。
「グルアァァ!!」
敵と判断したのか唸りがえをあげクロスファングがライに襲いかかる。
「はっ」
「キャイン」
飛んで無防備になっているクロスファングの腹に鎌鼬の一太刀をいれてやる。これで俺も敵と認識したか?
「鈍尖血」
地を蹴ったライが目の前にいるクロスファング三体を連続で切りつける。だが、切りつけた瞬間には傷口ができないどころか反動を受けた跡もなくクロスファングたちはすぐさまに近づいてきたライに襲いかかろうとする。
「何秒に設定したんだ?」
「切りつけた瞬間に吹っ飛んだら次のやつの狙いがずれるからな〜。それを踏まえて、五秒後……今だ」
まるで漫画みたいに、ライが切りつけたクロスファングが今更切られたことに気がついたかのように鮮血をだし吹き飛ぶ。恐ろしい技だ。よくあんなものを思い付く。
ライの能力―――言霊有命。自らの思い浮かぶ姿かたちを物に命令することにより実際のものになる。それが、物理法則をねじ曲げたとしても。
「残り十体。これなら、一撃で沈めれるな」
ライはククリを腰に装備し直し変わりに、この能力がものを言う時代において、価値が低くなりつつある拳銃を手にする。
「ユウリ、気を付けろよ―――爆破弾」
トリガーがひかれ弾丸がクロスファングの目の前に来たとたん、それが爆発する。
「キャイン!!」
爆風に巻き込まれたクロスファングが次付きと吹き飛ばされ意識を手放していった。というより、死んでないか?いや、ギリギリ大丈夫か。
「少し威力が高すぎたか?まっ、しかたねえか」
硝煙を吹きながら感想をいうライ。ホントに恐ろしいやつだ。言霊有命単体で言えばやや希というぐらいでファイラの花鳥風月や俺の不老不死に比べたらそれほどでもない。しかし、ライの思い描く攻撃やソレはかなり具体的で反映されやすいらしく同じ能力者のなかでもグンを抜いての強さを誇る。流石だ。
「ところで、音の発生源はつかめているか?」
拳銃を手入れするように持っていたライに話しかける。
「いや、わかんねぇ。ただ、あんな音自然じゃありえねぇ。人工物だとしたら……アイさん待ちだな」
「なら、サラが連れてくるはずだからすぐだよな……って、来たよ」
俺が視線を向けたさきからアイさんが歩いてきた。サラの姿は見えない。
「アイさん、サラは?」
「サラはBチームの二人を向かいに行った。にしても……はでにやったみたいだな。爆音がこっちまで聞こえてたぞ。殺しては……いないようだがな」
アイさんが近くでピクピクと痙攣をしているクロスファングを見下ろしながら軽く首を振る。まぁ、確かにやりすぎだよな。
「はぁ、もういい。それはそうとあの音の原因はなにかわかったのか?」
「いや、まだですよ。だからアイさんを待ってたところです。あんな音、自然じゃありえねえんで、人工物だ。だとするならば、悪意があるはず。たのんます」
「やれやれ、クロスファングの様子がおかしくなって何日たつかわからない。悪意の痕跡も薄くなってるかもしれないぞ?まぁ、やるだけやってみるが」
目を閉じ意識統一を始めるアイさん。アイさんの能力に期待せざる得ないな……。これが無理ならやみくもに探し回るしかないか……。
「んん?なんだ、この感じ?」
「どうしたんですか?」
「ちょっとした子悪党ひとり分ぐらいの悪意を感じる」
「つまり、人工物じゃなくて誰かが音を常に発生させていると?」
「違う……感覚的なものでもうわかるんだがこれは人から感じる悪意ではない。悪意ある人間が悪意を持って使ったり置いたりした道具に付属したものだ……だが、そうだとすると、これを置いた人間はテロリスト……いや、それ以上の犯罪者だということになるな」
「そんなに……?」
多少疑いたくもなる。そんな奴恐ろしすぎるぞ?いや、しかしアイさんがいうことだ恐らくその通りなんだろう。
アイさんの能力―――天網恢恢は探知系の能力で何を探知するかと言えば、それは“悪意”だ。昨日、あの強盗犯をとらえるのに逃走場所を伝えてくれたのはすべてアイさんが感じてその場所をシャルに伝えそのままサラに伝えていたのだ。
「ここから北北東に五十メートル先……感じる。そこを調べよう」
アイさんが歩きだしたのをみて俺たちもあとをつけはじめる。
「ここだ―――……あった。たぶんこれだろ」
アイさんが5センチ四方ぐらいの黒い物体を俺たちに差し出す。やはり、人間の耳には聞こえないのかなにも感じない。見た目はただのへんなゴミとしか思えない。それを少し眺めていたアイさんがライに話しかける。
「ライ、頼めるか?」
「了解っす。音拡張」
キンッ!!という音が辺りいっぺんに鳴り響く。先ほどよりも大きく、そしてその黒い物体に近づけるたびに音が大きくなる。
「確定だな。出来ればここで破壊してやりたいが……一応調査班に確認とらないといけないしな」
「でも、それどうやってもってかえるつもりですか?」
「できれば、防音の何かに入れてやりたいが……こんなことになるとは思ってなかったしな。しかたないな……ちょうど来た。サラ、話は聞いてたな」
「はい、全部通信できいてましたから」
少し前から気配で気づいてはいたが、意外と早くサラがやってきた。後ろにはシャルの体調を気遣うファイラと場の状況を見極めようとするフローラもいた。
「それを音が外に漏れないように羽の中に入れ出来るだけ早く調査班に届ける。ですよね?」
「あぁ。よろしく頼むぞ」
「了解」
短く返事を返し羽にそれを入れて高く、早く飛び立っていった。それを確認したアイさんはクルリと身を俺たちの方に反転させ言葉を放つ。
「よし、みんなこれから帰路につく。だが、その前に怪我をしているクロスファングの手当てのためにも彼らを回収しなければならない。シャル、クロスファングが起きないように今一度催眠をかけてくれ」
「分かってますよ」
シャルはおどけた返事を返してクロスファングたちの前にかがみ念をおくる。
数秒後、シャルはたちあがり「これで、五時間は眠っていると思いますよ」と報告する。
それを受けてから軽傷のものはその場で軽く手当てを行い大きく腫れていたり、血が溢れているものは軽い止血等をして俺とライで担ぐ。結果的に俺が二匹、ライが三匹担ぐことになった。
立ち去る直前に、ファイラの「お詫びの意味も込めて餌さでも置いていきませんか?」という言葉に賛同しそれぞれ持ち込んでいたちょっとした食料を彼らの前に置いてやった。
こうして、大きな謎を産んだフィールドワークは終了したのだった。