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ハテナ病のなおし方

作者: 古川 欝

プロローグ




コバヤシ少年の頭の中は、いつもハテナマークでいっぱいでした。


この世界にはコバヤシ少年にわからないことがたくさんあるからです。


たとえば、「どうして大人は酒を飲むんだろう」、とコバヤシ少年はよく思います。


大人がわざわざ酒を飲んで暴れたり、道路に寝転んだり、ゲロを吐いたりしているのを見ると、


コバヤシ少年はそう思うのです。


それなのに、大人たちは喜んで酒を飲むし、酒を嫌がる人にも飲ませたがるのです。


そうすると、コバヤシ少年の頭の中には、またハテナマークがひとつ増えるのでした。


また、コバヤシ少年は、「どうして先生はあんなに偉そうに命令ばかりするのだろう」、とも思います。


自分のお父さんやお母さんよりもずっと若くて、大した苦労もしていなくて、そうして大して頭も良くなさそうな先生が、ああしろこうしろ言うのを聞くと、コバヤシ少年はそう思うのです。


それなのに、クラスメートはみんな先生の言う事をちゃんと聞くし、親たちは先生を尊敬するのです。


そうすると、コバヤシ少年の頭の中には、またハテナマークがひとつ増えるのでした。


こうしてハテナマークがどんどん増えていって、コバヤシ少年の頭は破裂はれつしそうでした。






ある晩のこと、コバヤシ少年は思い切って、この疑問をお父さんに問いただす事にしました。


お父さんは仕事から帰って、お風呂からあがって、いつものようにビールの缶を開けたところでした。


「お父さん、お聞きします。どうして大人はお酒を飲むのですか。」


「飲みてえから、飲むのさ。」


コバヤシ少年はちょっと考えてみましたが、お父さんの答えはコバヤシ少年の疑問への答えになっているとは思えませんでした。


「だけど、お酒を飲むと暴れる人もいるし、車の運転もできなくなります。


そうなるんだったら、むしろお酒なんか飲まない方が良いんじゃあないでしょうか。」


「うるせえ。はやく寝ろ。」


コバヤシ少年は危険きけんをいち早く察知さっちして、


2階の子供部屋へ退散たいさんしました。


結局、お父さんはコバヤシ少年のハテナマークを消してくれませんでした。


コバヤシ少年の頭の中は、あいかわらずハテナマークでいっぱいでした。






その次の日のことでした。


コバヤシ少年は学校への道を歩きながら、先生にも疑問を問いただしてみようと考えていました。


先生はいつものように自分の椅子にふんぞり返って、携帯電話をいじっていました。


「先生、ちょっとお聞きします。どうして僕たちは先生の言う事を聞かなくてはならないのですか。」


「おめえらが生徒で、おれが先生だからだ。」


コバヤシ少年はちょっと考えてみましたが、先生の答えはコバヤシ少年の疑問への答えになっているとは思えませんでした。


「僕は自分が尊敬そんけいする人の言う事なら、聞きます。僕はお父さんやお母さんを尊敬しているので、お父さんやお母さんの言う事はちゃんと聞きます。だけど、先生の事は尊敬していません。だから先生の言う事を聞く必要ひつようは無いと思うのです。」


「てめえ、だれに向かって口きいてんだ。」


コバヤシ少年は危険きけんをいち早く察知さっちして、廊下に退散たいさんしました。


結局、先生もコバヤシ少年のハテナマークを消してくれませんでした。


コバヤシ少年の頭の中は、あいかわらずハテナマークでいっぱいでした。





コバヤシ少年はこのところ、頭の中のハテナマークに起因きいんする偏頭痛へんずつうに悩まされていました。


コバヤシ少年は、本当にハテナマークのせいで頭が破裂はれつするのではないかと、心配になってきました。


ある日のこと、学校からの帰り道に、コバヤシ少年は親友のスガワラ君にこの事を打ち明けました。


「なんだって、コバヤシ君。きみは今、ハテナマークと言ったのかい。」


「そうなんだよ、スガワラ君。早ければ明日にも、僕の頭はハテナマークで破裂するかもしれない。」


すると、スガワラ君は急に笑い出しました。コバヤシ少年は真剣に相談しているのに、なんて不謹慎ふきんしんやつだ、と思いました。


「あ、は、は、は、は。ごめんよ、コバヤシ君。笑ったりなんかして。


そんな簡単かんたんな問題で、きみがあまりにも真剣に悩んでいるものだから、おかしくなってしまってね。」


「簡単な問題だって。スガワラ君、それはいったいどういう事なんだい。」


「それはこういうことさ。


きみのそれは『ハテナ病』という病気で、現代人の3人に1人はかかる、よくある病気なんだ。なにをかくそう、実は僕も先月その病気になったばかりなんだよ。」


「なんだって、きみもかい。きみも、頭の中がハテナマークでいっぱいになったと言うのかい。」


「その通りさ。何を見ても疑問がいてきて、


最後にはやっぱりきみのように頭が痛くなってしまったよ。」


コバヤシ少年は愕然(がくぜん)として、スガワラ君の顔を見つめました。


なんということでしょう。こんな病気になるのは自分だけかと思っていたら、


一番身近にいる親友のスガワラ君が同じ病気になっていただなんて。


おどろきとともに、コバヤシ少年はうれしくなってしまいました。


「本当におどろいたよ、スガワラ君。


それで、きみはどうやってこの病気を治したんだい。」


「それは簡単さ。


今はあまりにもハテナ病患者かんじゃが増えてきたので、それを治す専門家せんもんかも、同じように増えてきて、治療法ちりょうほう確立かくりつされているんだ。


僕もそのような専門家に簡単に治してもらったんだよ。」


「それじゃあ、僕にもその専門家を紹介しょうかいしてくれたまえ。


今日、これから行ってみよう。」


コバヤシ少年はスガワラ君に、専門家の住所が書かれた名刺めいしをもらって、


ランドセルを背負しょったまま専門家の元へ向かいました。






赤く染まった空が美しくて、なんとも言えない気持ちになるような、そんな夕暮れ時です。


閑静な住宅街の路地に、専門家の居場所を探すコバヤシ少年の姿がありました。


「う~む。確かにこの辺りだと思うのだけれど…あ、これがそうだろうか。」


コバヤシ少年が足を止めたのは、この住宅街の他の家々とは似ても似つかない、


なんともおかしな建物の前でした。


そのコンクリートで出来た正方形の真っ白な建物には


これっぽっちの装飾(そうしょく)(ほどこ)されておらず、


その姿はまるで大きな墓石のようでした。


ただ、その建物の門らしき所にある


『ハテナ病専門治療院(ちりょういん)


という看板のおかげで、道行く人はその建物の意味を知る事ができるのでした。


「ふむ、なるほど。確かに『ハテナ病』と書いてあるぞ。


やはりスガワラ君の言う事は本当だったのだ。」


こうコバヤシ少年は訳知り顔でぶつぶつ言いましたが、


その後はただ道に突っ立ったままで、なかなか建物に入ろうとはしません。


なぜでしょうか。それはこういうことなのです。


親友のスガワラ君に教えてもらった情報(じょうほう)に胸を(おど)らせて


ここまでやって来たコバヤシ少年でしたが、いざこのおかしな建物を


前にしてみると、ちょっと怖気(おじけ)づいてしまったのです。


「ああ、どうしようかしら。ここまで来たのはいいけれど、


なんだか怖くなってしまったなあ。こんな変な建物だとは思っていなかったからなあ。


それに、今日はお金も持ってきていないし…」


その時でした。真っ白い建物の中から、何か奇妙な音が聞こえてきたのです。


「キュイイ~ン…キュイイ~ン…ガリガリガリ…」


耳を澄まさなければ聞こえないほどかすかな音でしたが、それはちょうど歯医者さんの前を通ると聞こえてくる音にそっくりでした。


「ううむ…これは、ますますおかしいぞ。僕は来るところを間違えたのかもしれない。」


しかし、確かにその白い真四角な建物の門には、しっかりと


『ハテナ病専門治療院』


という文字が書いてあるのです。


「やっぱりこの建物に間違いないようだ。しかしながら、このハテナ病を治すのに、


果たして歯医者さんが使うドリルのようなものが必要だろうか…。」


コバヤシ少年は思案しながら門の前を行きつ、戻りつ、していました。


この白い真四角な建物の幅は他の住宅とほぼ同じくらい、高さも他の住宅とほぼ同じくらいで、住宅街の一ブロックにちょうど良く収まっており、その外観の異様さにも関わらず、門の前に来てみないとそれほど目立たないような作りになっていました。


コバヤシ少年がなかなかこの建物を見つけられなかったのには、こういう理由があったのです。


しばらく白い建物の外観を観察していたコバヤシ少年でしたが、ふと、建物の東側の壁に小さな窓があるのに気がつきました。


その窓は隣の窓の塀よりちょっとだけ高いところにあったので、コバヤシ少年が背伸びをすれば辛うじて


中の様子を覗くことができそうでした。


コバヤシ少年は恐る恐るその小さな窓に近づき、中を覗いてみました。




5



部屋の中も建物の外観同様、殺風景で何の飾り気もありませんでした。ただ、部屋の中央にこれまた歯医者さんにあるような大きな椅子が据え付けられていて、そこにちょうどコバヤシ少年と同い年くらいの子供が座っているだけでした。


その子供は向こう側を向いて座っているので、この窓の角度からはその子供の顔を見ることは出来ませんでした。


「う~む…ここからじゃあすこに座っているのが誰だかわからないなあ。


おや?他にも誰かいるみたいだぞ。」


椅子に座っている子供に真っ白な服を着た人が近づいて行きました。それが恐らくこの病院のお医者さんなのだとコバヤシ少年は判断しました。


真っ白な服を着たその医者は、椅子の後ろから子供の頭の辺りを触っているようでしたが、医者の大きな身体が邪魔をして、


何をしているのかはコバヤシ少年にはわかりませんでした。


「キュイイ~ン…キュイイ~ン…ガリガリガリ…」


またしても、あの奇妙な金属音が聞こえてきました。しかし、相変わらず、医者の身体が邪魔で、部屋の中で何が起きているのかコバヤシ少年にはわかりません。


「うう~ん…じれったいなあ。もう少し横にずれてくれれば、わかるんだけど…あッ!!」


その時、医者がちょっと横にずれて、コバヤシ少年は、とても信じられないような光景を目の当たりにしました。


椅子に座っている子供の頭にはポッカリと大きな穴があいていて、そこから大きな、風船のようなハテナマークが覗いていたのです。(ちなみに、ハテナマークの色は、青でした。)


俄か(にわか)には信じ難い光景ですが、医者は少しも動じることなく、その子供の頭の中からハテナマークを取り出すと、近くにあった金庫のような箱に、それをしまいました。


そのあと、またしばらく医者は子供の頭に何か処置を施しているようでしたが、5分も経たないうちに子供は元通りの頭になって、椅子から立ち上がり、さも元気そうに部屋を出て行きました。


「これは、大変な事になったぞ。まさか、あんなことをするだなんて!」


コバヤシ少年はしばらく呆然ぼうぜんと立ち尽くしていました。


「しかし、あの子供は何事も無かったかのように、元気に部屋を出て行ったし…何より、スガワラ君が現にピンピンしているじゃあないか。よし、恐れることはない。このハテナ病に起因する頭痛を取り除くためだ。何事も、まずやってみよう。」


なんと勇敢ゆうかんなことでしょう。コバヤシ少年は堂々とした足取りで、ハテナ病治療院の門をくぐったのでした。



                                6



さて、それから1週間が過ぎました。ハテナ病を治療した、我らがコバヤシ少年は、その後元気にしているでしょうか。


おや?なんだか、コバヤシ少年は、相変わらず浮かない顔をしているようです。なぜでしょう?


それは、こういうことなのです。


確かにハテナマークは出てこなくなって、頭痛はなくなりましたが、それに伴って、コバヤシ少年は何をしている時も、


面白くなくなってしまいました。


ドッジボールをしている時も、サッカーをしている時も、勉強をしている時も、ゲームをしている時も…なんだか、全てわかりきった事をしているようで、全然面白くないのです。 


全然面白くないのに、周りのみんなが楽しそうに笑っているので、コバヤシ少年も、なんとなく笑っているだけなのでした。


どこも痛くないし、特に何の不自由もないのに、コバヤシ少年は、だんだん我慢がならなくなってきました。「真綿まわたで首を締められる」という心境なのです。


ある日、コバヤシ少年は、意を決した様子で、再びあの「ハテナ病治療院」を訪れました。


医者は少なからず驚いた様子でした。


「おや?君は先々週くらいに治療を済ませたはずじゃあないか。何か、忘れ物でもしたのかね?」


「ええ、ものすごく大事な物を忘れました。」


コバヤシ少年はそう言うと、おもむろに金庫のような箱を開けようとしました。


医者は大変動揺どうようし、コバヤシ少年を制止せいししようと、つかみかかりました。


「何をするんだ、君!気でも狂ったんじゃないのか!?」


「ええ、狂ったんですよ。アナタのせいでね!」


コバヤシ少年は医者を引き離すと、ふところから用意してきたエアガンを取り出し、医者に銃口を向けました。


「ま、待て!話せばわかる!落ち着いてくれ!」


医者は、てっきりそれを本物の銃だと思い、怖気づいてしまいました。


その隙にコバヤシ少年は金庫の中からハテナマークをどんどん取り出し、一目散に外へ駆け出したのです。



                          エピローグ



コバヤシ少年の頭の中は、いつもハテナマークでいっぱいでした。


この世界にはコバヤシ少年にわからないことがたくさんあるからです。


でも、その「わからないこと」について考えることが、コバヤシ少年は面白くて仕方がないのでした。








                       おしまい




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