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卒業

卒業


昭和五〇年、三月。

僕は同級生の見送りに忙しかった。

僕の住む崎戸島は、島民が三百人程の小さな漁村である。島民の殆どが漁業に従事していた。

崎戸島には産業と呼べるものが無いため、若者は高校を卒業すると街へ出てしまう。

八年前に、隣の島にあった炭鉱が閉山してから、過疎化の一途を辿っていた。


高校は二つ先の島の「大島」という所にある。

島と島とは橋で繋がっていて、一時間に一本しかないバスが、生活の動脈になっていた。

大島の桟橋から佐世保行きのフェリーが出ている。

高校の同級生数名が、関西、関東に就職していく友人達を見送っていた。

毎年恒例の風景だ。


僕は企業への就職も進学も選ばなかった。

画家なれるとは思わなかった。ただ、純粋に絵の勉強がしたかった。

大学受験の締め切りが終わると、担任の先生がデザイン系の専門学校に行くことを勧めてくれた。せめて、専門学校へ行けと言うのだ。

だが、僕の心にはそのプランは存在していなかった。


両親は猛反対した。

特に父親の反応は凄まじかった。烈火の如く怒りを表した。

そして、とうとう口も聞いてくれなくなった。

ある夜、僕が自室でデッサンをしていると、父が母に八つ当たりしているのが聞こえた。


「はじめのヤツ・・・恩を・・・裏切るつもりか・・・」

「お、お父さん!・・それは言わんで!・・・お願いやけん・・・」

「ああ、言わん・・・言わんけど・・あいつ・・」


胸を抉られそうな会話の意味は解っていた。


僕は捨てられた子。

小船に乗せられ海原を漂っていた生後間もない僕を、漁に出ていた祖父と父が拾い上げた。そして、我が子として育ててくれた。

その事実は島の老婆のうっかり話で僕の耳に入った。僕が十五歳の時だった。

母は慌てて取り繕った。あの婆さんは耄碌しているから・・・と。

誰もが僕を気遣ってくれた。僕はそんな優しさだけで幸せを感じた。真実を言及したこともないし、しようとも思わなかった。


言葉では例えようのない、恩。

それは、言われなくても痛いほど感じている。

自分は親不孝だと思った。


僕は自室に正座して、壁越しに土下座をした。

額を床に擦り付けて謝った。


我侭を許してください・・・。

涙が畳を叩く微かな音が耳についた。


「アメリカへ行く。ニューヨークのアートスクールで学ぶ」・・・僕の答えは一つしかなかった。

それにはお金がいる。しかも、早く必要だった。

親には頼めない。就職しても当時の高卒の給料ではとうてい夢がかないそうになかった。

いつになるか分からない。

僕は極端な道を選んだ。



島を出る。

妹と母親だけがバス停まで見送りに来てくれた。


「はじめ・・・・・ほんとに大丈夫ね?」

「心配いりませんよ、お母さん。同級生の川村・・・あいつの叔父さんがレストランをやってるから、そこで働けるって・・・何度も言ったよ」

「川村君やろう・・・それは聞いたけど・・・」

「博多駅に川村が迎えに来てくれるけん。心配なかよ」

「そうね・・・・」

「大丈夫って!」

「ごめんね・・・はじめ」

「なんば、言いよると・・・そろそろバスが出るけん」

「はじめ・・・」

「はじめにいちゃん・・・・」

「遥・・・お母さん・・・頼むぞ」

「うん!・・・まかせんね!・・・いってらっしゃい!はじめにいちゃん!」

「うん。じゃあ・・・」


妹の遥に肩を抱かれながら泣き崩れる母を見るのが辛かった。

僕はバスに乗り込むと運転手の真後ろに座った。

母と妹が手をゆっくり振っている。

僕は笑顔を作ってそれに応えた。


フェリーのデッキの上。


晴れ渡っている。


何度、このデッキの上に立った事だろう。


四月の潮風は肌寒かった。


水平線の上が霞んで見えた。


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