プロローグ
プロローグ
祖父が好きだった。大好きだった。祖父に憧れ、漁師になろうと幼い頃から決めていた。
僕は九歳で家を出て祖父の許で暮らすようになった。漁師である祖父に弟子入りしたのだ。
両親は反対しなかった。反対しなかったと言うのは、祖父の許で暮らすということをだ。
漁師を継がせる気はさらさら無かったようだった。
学校が引けると真っ直ぐに家へ帰る。ランドセルを放り投げ、漁に使う道具や網を仕舞ってある納屋へと急ぐのだ。祖父は決まってそこにいて、笑顔で迎えてくれた。
「じいちゃん!」
「オォ、来たか~はじめ」
「じいちゃん!それ、僕がやる!」
「はっはっ・・・・まだまだ任せられんなぁ!」
「無理か?」
「網の修理はまだまだ先だ」
「じゃぁ・・・何をする?」
「船の生けすにカワハギがはいっとる。三匹、はじめんとこへ持って行け」
「うんっ!」
僕は港に泊めてある伝馬船へ走っていく。石の階段を駆け下りると、義経顔負けの身軽さで伝馬船に飛び移った。
船底が生けすになっている。その中から小ぶりのカワハギを三匹、網ですくうと後頭部に鉤を刺して締めた。
そうすることで魚の血流が止まり、鮮度が保たれるのだ。
カワハギ三匹を籠に入れ家へ走る。ひたすら走る。いつも全力疾走だった。
そんな僕に、島のおばさんたちは声援を送った。
「はじめ~~~もっと、早う走れんとか~~!」
僕はそれが悔しくて更にスピードを上げた。家に着く頃には肩で息をしている。
「母さん!・・・かあさ~~ん!」
母屋から母が出てきた。
「今日は何ね?」
「カワハギ!」
「そうね・・・どれ・・・・ちょっと小さかねぇ」
「大きいとは、売るけん・・・ダメ」
「そうやね・・・これで充分やね」
母親がそう言うか言わないうちに、僕は祖父の許へ全力疾走していた。
島のオバサンたちが応援する。
「はじめ~~~!もっと、早う・・・走らんかぁ~~~!」
漁師の朝は早い。季節によって異なるが、春の時期なら午前四時には船を出している。
僕は毎朝、祖父と漁に出た。そして、漁のイロハをしっかりと叩き込まれていった。
機械船が普及する中、祖父は頑なに手漕ぎの木造船だった。
必要以上には獲らない。
自然への畏敬の念と感謝を忘れない。
僕はそういった漁師の心構えを叩き込まれた。
随分と後になってからの事だが、文豪ヘミングウェイの「老人と海」という本と出会った。
その物語に出てくる主人公は、正しく僕が神と崇める祖父の姿だった。
話を戻そう。漁には毎日出る。刺し網漁だ。
子供の僕にとっては重労働だったが、網を引き上げているうちに掛かった魚が見えてくると、腰の痛みも忘れて興奮した。
その日は大漁だった。大漁と言ってもたかが知れているのだが、とに角大漁だった
意気揚々と帰路に着く。祖父が僕に聞いた。
「はじめは漁師になりたいのか!?」
「うんっ!」
「そうか・・・」
「船を買う!」
「そうか・・・お前はもう、一人前の漁師たい!」
僕は天にも昇る思いだった。
尊敬する祖父が認めてくれた。これ以上の褒めことばはないだろう。
だが、祖父の言葉はそれでは終わらず、僕の夢を砕いた。
「はじめには漁師は継がせん」
「えっ!」
信じられなかった。
この、大人の考えを理解する事は僕には出来なかった。
祖父はそれ以上、口を開かなかった。
僕は舳先に跨るように座って、じっと前を見た。理解できない。涙が溢れた。
今までの事が・・・弟子入りして漁のイロハを教わり、今さっき、漁師として認めてくれた祖父の事が理解できなくなった。
港に着くと、僕は一目散に家へと走った。島のおばさんたちが冷やかす。
「はじめ~~~~もっと、早う走らんね~~!」