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恭子お嬢様

恭子お嬢様


僕はジーパンに麻のジャケットを羽織ると、街に出た。デパートでブランド物のスカーフを買い、封筒を添えて、宅配便で送ってもらう事にした。ささやかだが母へのプレゼントを買った。封筒には妹へのお小遣いを入れた。店員の「贈り物ですか?」という言葉に赤面してしまった。


福岡は、九州でも最大の街だけあって繁華街は人で賑わっている。田舎者の僕にとって、全てが真新しかった。カフェに入ってコーヒーを啜ると、セヴンスターに火を点けて深く吸い込んだ。突然、後ろから声をかけられた。僕は良く突然に声を掛けられる。


「はじめ君?はじめ君でしょう!」


振りかえると「香月」の娘、恭子が奥の席に居たのだ。友人と一緒のようだ。笑顔で僕の下に駆け寄ってきた。


「ああ、お嬢さん。こんにちは」

「お嬢さんは止してよ。一人なの?」

「はい。勿論です」

「良かったら向うに来ない?友達を紹介するわ」

「あ、いえ。お邪魔でしょうから」

「はじめ君。そんなに歳は変わらないのだから、いい加減にその言葉遣いは止めてくれないかな」

「はい。申し訳ありません」

「もうっ。はじめ君、来なさいよ。ほらっ」 


強引に手を引かれた。僕は恭子の友人に紹介された。


「家で板前さんをやっている、はじめ君よ。さっき話していたでしょう」

「天才画家の板前さんね」

「そんなんじゃないですよ・・・お嬢さんが言ったんですね・・違いますから」

「私が思うんだから良いじゃない。こっちは、香織。山崎香織。で、こっちが多田悦子。えっちゃん」

「はじめまして、はじめです。」


女が三人寄れば何かと煩い。僕は、質問攻めに閉口した。そろそろ、退散しようと思っていた。


「はじめ君、今日はお買い物?」

「あ、はい・・いえ・・ただ、ブラっと」

「ふーん。じゃあ、もう帰るの?」

「はい。そろそろ帰ろうかなと思っていました」

「じゃあ、一緒に帰りましょう」

「あーっ。恭子はいいなぁ」

「そうだ、そうだ・・ずるいよぉ」

「ふふっ。だって仕方ないじゃない」


悦子と香織は、散々恭子を冷やかして、駅のある方へ去っていった。ふと、僕は、大事な事を思い出した。画材屋に行きたかったのだ。恭子に、その事を言うと、自分が案内すると言って、僕の手を引いて行った。やれやれと思う。なかなか気が強そうだ。繋いだ手を離してくれなかった。

画材屋は四階建てのビルになっている。僕は何が何だか判らない。結局、恭子のアドバイスを受けながら、画材を買い込んで帰路についた。

天神から西行きのバスに乗った。運良く席が空いていて、僕と恭子は並んで座った。

バスに乗り込む時に、また手を引かれた。繋いだ手が汗ばんでいる。それでも恭子は手を離そうとしなかった。僕は放っておいた。


僕は、働き出してから、大将に全てを話した。

大将は腕組みをして、小さく首を縦に振りながら、黙って聞いていた。僕が全てを話し終わると、「応援するから頑張れ」と言ってくれた。

大将は自宅の横に小さなアパートを所有していた。僕はそのアパートに破格の家賃(五千円)で住まわせてもらっている。広さは須崎の時と変わらないが、部屋には朝陽が差し込み、風呂もある。日雇いをしていた時からすれば、暮らし振りは格段良くなった。何よりお金を貯められる。

朝四時の魚市場での仕入れから大将と行動を共にした。誰よりも早く、店に入って働いた。

受けた恩に少しでも報いたかった。大先輩の健さんの手厳しい教えに、必死で喰らい付いていった。大将は働きに応じて給料も上げてくれた。


バス停から少しだけ川沿いを歩くとアパートに着く。その隣が香月邸だ。


「恭子さん、今日はありがとうございました。じゃあ、僕は、ここで」

「だめよ」

「だめ?」

「一緒に行く」

「散らかってますよ」

「全然、平気」

「・・・ですか」

「行こっ!」


手を引かれて、階段を上った。僕の部屋は二階の突き当たりだ。ポケットから鍵を取りだす。


「貸して!・・・開けてあげる」


恭子は僕から鍵を奪い取ると、ロックを外して先に中に入った。

やれやれ・・・と思う。

僕から画材の入った袋をもぎ取り、下駄箱の上に置いた。

突然、胸に飛び込んできた。

唇を奪われた。

僕は予想しなかった展開に動揺しつつも恭子をゆっくりと抱きしめた。

これがきっかけで六年間も、このアパートで暮らすことになる。



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