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第4話 永遠に一度の夏 表

 新横浜から新大阪へ新幹線で移動し、出迎えていたシャトルバスに乗って指定された宿泊施設に向かった渚高校野球部の面々。宿泊施設に関しては基本的に各都道府県ごとに指定されている場所があるので、そこを利用する。いきなり甲子園に初出場した高校が慌てて旅館に打診するといった事はなく、神奈川県ならここ、北北海道はあそこ、沖縄県はどこというようになっているのでありがたい。


 翌日行われた組み合わせ抽選会の結果、西東京都代表、京南学園の堀江主将が選手宣誓を行うと決まった。この京南学園には複数のプロ注目選手が揃っており優勝候補筆頭とされているが、実際のところは各高校の実力は拮抗しているのでどこが優勝してもおかしくないと言われている。


 初出場となる渚高校に対する識者の見解はまちまちで「打撃も投手も軸がしっかりしており台風の目になる」として優勝候補に挙げる意見がある一方で「投手はエースがいまいち決め手に欠けるし、打線も中軸は良いがそれ以外の力量は未知数」として低い評価を下す者もいた。特にエミリーに関しては意見が分かれて「男女の体力差からして無理」派と「体力は技量の高さでカバーできる」派は交じり合う事がなかった。


「通用するかしないか私自身もワクワクしていマス。やれる事はやってきまシタ。今は試合が待ち遠しいデス」


 当のエミリーは雑誌や新聞の取材に対してこのような答えに終始した。表面上はあくまでも笑顔を絶やさないエミリーであるが、本心を探ろうとすると途端に深い霧がかかってカメラでは見通せなくなる。


 開会式は快晴の中で行われた。全国各地から集まった精鋭が一堂に会すのはこの瞬間が事実上最後である。開会式が終わった直後にすぐ試合が行われるが、そこで消えてしまう高校がまず出てくる。始まったばかりだと言うのに悲しい話だが仕方ない。ずっと甲子園にいたいならば敵をなぎ倒し続けるしかないのはトーナメントの宿命である。


 渚が甲子園の地に姿を現したのは大会2日目の第2試合、対戦相手は秋田県代表で大館市に位置する私立正克館高校(5年ぶり4回目の出場)であった。全国的に有名な選手はいないがチームワークで勝ち進んだ。しかし渚には才や滝内といったプロ注目選手がいる分、渚に分があると見られている。


 球場入りの際、ベンチへ向かう廊下で直前の第1試合を戦った高校とすれ違った。泥だらけのユニフォームで無言のままうつむきながらぞろぞろと退場しており、中には涙を流す選手もいた。彼らはもうこの栄光の舞台から退場しなければならない。渚の選手たちは「ああならないように、絶対に勝ちたいな」と改めて誓い合った。


 第1試合のグラウンド整備や試合前の守備練習が行われている間に試合前のチーム紹介VTRが全国に流された。渚の場合は以下のような展開であった。




 まず渚高校グラウンドでキャッチャーの背中とマウンドに立つ投手が映し出される。カメラは彼らのちょうど真後ろに据えられている。キャッチャーはキャプテンの安田、ピッチャーは背番号1番の村上である。実戦形式らしく内外野の選手が守備についており「しゃー来い!」「ヘイヘイヘイ!」などの掛け声がはさまれる。


 クイックモーションから投じられた村上の第1球を左打席に立つバッター(希望する部員でくじ引きをした結果選出された2年生の新藤が務めている)が空振り。ピッチャーとバッターは両方同じユニフォームなので紅白戦でも想定しているのだろうか。捕球の際、パーンと景気のいい音が鳴った後でおもむろにカメラの方向へ振り向くキャッチャーのキャプテン安田。


「ういやっす! 神奈川県代表! 渚高校野球部キャプテンの安田元治です! 今年のチームは! 全員が一丸となった! 全力プレーをモットーとししゃす! 甲子園では! 最後まで全力で戦い抜いていきゃす!」


 怒鳴るような大声で、時々何を言っているか分からない部分がありながらも勢いだけでまくし立てる安田。ここでカットが変わり、部員たちに囲まれた安田がズームで映される。


「みんな絶対勝つぞおおおおおおおお!!!」

「「「おー!!!」」」


 部員全員が安田の元にぞろぞろと集合してもみくちゃになってワーワー言ってるところでVTR終了。この手の小芝居、冷静になるまでもなく相当恥ずかしいはずだが、これがないと甲子園という感覚が薄れるというものだ。安田を筆頭にみんな割とノリノリで参加しているのは言うまでもない。




 さて、渚高校のスターティングラインナップは以下の通りである。


1 遊 愛沢

2 三 牧本

3 中 才

4 左 滝内

5 二 油谷

6 投 村上

7 一 森

8 捕 服部

9 右 山久保


 県予選決勝と変わらない、信頼できるメンバーによる構成である。リリーフエースたるエミリーはベンチスタートなのも予選と同じ。渚高校としては当然の措置であったが、エミリーの登板を待っていた一部の観客はため息をついた。


「プレイボール!」


 試合開始を告げるサイレンが高らかに鳴り響く中投じられた第1球、渚高校のトップバッター愛沢はいきなりフルスイングを仕掛けた。外角へのストレートにジャストミートした打球は弾丸のスピードで一二塁間を抜けてライトまで達した。いきなり炸裂した奇襲攻撃に早くも観客が沸いた。


 続いて2番バッター牧本雄一が右打席に向かう。その1球目、愛沢が走った。相手ピッチャーはクイックからのストレートを投げたがものともせず盗塁成功。次いで牧本のセカンドゴロの間にサードまで進んだ。


「ナイラン愛沢! うまく打ったぞ牧本! 早速先制のチャンスだ!」

「才先輩、一発たのんまっせ!」


 渚ベンチから盛んに声が飛ぶが、その中でもっとも大声を張り上げているのがキャプテン安田と1年生ながら物怖じしない性格の堂島である。堂島の横で六川も「才先輩がんばってくださーい」などと蚊の鳴くような声を発しているが完全にかき消されている。選手たちも叫ぶし観客席からもあれこれガヤガヤとした声が聞こえる。そして何よりブラスバンドである。


 渚高校吹奏楽部は全国大会の常連としても知られており、初お目見えとなる甲子園でも力強いサウンドを響かせている。演奏する曲は「アフリカンシンフォニー」「エル・クンバンチェロ」「タッチ」「パラダイス銀河」などの定番曲が中心で、基本的にはキャッチーかつ盛り上がる曲ばかりで応援団のテンションはすでにマックスだ。


「みんなよく見ておけよ。この才深雪が全国デビューする歴史的瞬間だ」


 打席に入る前、才は己を鼓舞するため、自己暗示を掛けるように何度もつぶやいた。実力があるからこそ、その実力を発揮するために通常以上に神経質になるのだ。ただもしこれを誰かに聞かれたと知ると才は瞬く間にスランプに陥ってしまうだろう。ギリギリのせめぎあいである。


 1球目はワンバウンドするようなスライダー、見送ってボール。次は高目へのストレートをファールでカウントは1-1に。そして3球目、内角低目へのストレートを読みきっていた。腕をコンパクトにたたんで振りぬいた打球はすーっと一本線を引いたようなライナーでライトスタンドに飛び込んだ。その名が示す通りの才能を全国に見せつける大会第1号ホームランを放ったのだ。


「うおおおおおおおおおおおお来たあああああああああああ!!」

「最高のデビューや! かっこよすぎるで才先輩!」

「よっしゃよっしゃ滝内も続け! 頼むぞ4番!」

「おう任せとけ! この回で勝利を決めちゃる!」


 最高に派手な形で全国デビューを果たした渚高校、ベンチは早くもお祭り騒ぎである。内心の顔が溶けるような安堵感を押し隠し、軽く口元を歪ませただけのクールな表情を作ってダイヤモンドを1周した才にハイタッチの祝福が浴びせられた。才は「よせよ、まだ始まったばかりだ」などと言うが、少しでも気を抜くと素のにやけ顔が出現する状態なのであまり説得力がない。


 続く滝内も右中間を破るスリーベースヒットを放ち、油谷の犠牲フライでホームイン。初回には3点を奪った。幸先の良い立ち上がりである。


「いきなり3得点! 後はこれを守りきったら確実に勝てますよ村上さん!」

「分かってるさ」

「おいおい俺達の攻撃は3点で終わらせるつもりか? そりゃねえよなあ才よ」

「そうだな。もっと点を取れる展開だし、まだまだ試合は始まったばかりだ」


 不安や緊張は消え失せ、「俺たちはやれる」「全国でも十分に通用するんだ」という確固たる自信がナインの内側に芽生えてきた。


「エミリーちゃんだけ注目されているが、渚のエースは俺だ」


 村上の自負心は根拠のないものではない。球速、コントロール、スタミナ、変化球などの投手に必要な要素をすべて数値化して合計したら間違いなく村上のほうがエミリーを上回る。実際にそう判断されたからこその背番号1である、今日の先発である。堂々としたワインドアップからストレートを軸にした力強いピッチングを見せ付けた。それは監督の期待に応える内容だった。


「ストライクバッターアウト! チェンジ!」


 先頭打者はショートゴロ、2番打者はライトフライとあっさり料理して、3番打者は得意のスライダーで空振り三振に仕留めた。軽く息を吐き出す表情は自信に満ち溢れている。村上、早速フルスロットルである。「エミリーに出番を渡してたまるか」と言わんばかりの気迫だが、普段はそういった素振りを見せずとも投手たるもの激しい闘争心を持っていないとそうそう勤まらない。村上もまた、そういう意味では投手らしい性格の男だった。そしてエミリーもそういった部分を持っているのだが巧妙に隠している。

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