I want a the breakdown of the world〟
『……未来永劫、捧げる愛はひとつだけ。だからゆっくりと傷を治せ。』
宮殿と呼ぶにはやや小さく、そして打ち捨てられたような様の建物の中で過去に思いを馳せるのはやや小柄な女性…
ーー背中に出来た大きな傷にそっと口付けながらの誓いの言葉を聞いたのは遥かな昔。そして何の疑いも無くいずれ迎えにやって来る日を心待ちしながら待っていた。
初めは信じてた。ただひたすら……
ーー政を抱えて大変なのかな? とか。傷が完治するまで来るのを控えてるのかも知れない、とか。でもそのうちなにかがおかしいって思いはじめたのよ。一緒にここで時を過ごし、心を許した侍女たちがひとりふたりと消えて行き、そして気がつけば見知らぬ人ばかり……そんな見知らぬ侍女たちに空気のような扱いをされて過ごしていたのはここ数ヶ月……
思わず歪ませ口元からクスクスと自嘲じみた笑いが毀れる。毀したそれは宵闇の中に吸い込まれ、それと入れ替わりのように王宮の方角から微かに聞こえるのは盛大な演奏に耳を打つ歓声。
そしてーー祝砲
ふらふらとまるで明かりに群がる蛾のように揺れる身体で一歩、また一歩とバルコニーへと覚束ない足取りで近づきながらも眩しげにそこから見える光の洪水を唯唯見つめていた……
その光の洪水の正体はこの王国の国王の結婚式。そう、あの人の結婚式。私を煙たがる侍女たちが嬉々として教えてくれたわ。なんでも、命を懸けてこの世界を闇の主から守ったと言われる隣国の王女を王妃に迎える素晴らしい日。だとか。その話しを聞いた時、目の前が暗くなり胸が押し潰される程の痛みと絶望を感じたわ。だってこの世界を救う為に異世界から呼ばれ、あなたと生きる為にこの世界に留まり、あなたを守る為にこの命を投げ出し、あなたの為に醜い傷を負った。のに、あなたは私じゃない別の女性を王妃に迎えると――しかも私と瓜二つの女性。
あなたにとって私は一体何だったのかしら。異世界から来た隣国の王女にそっくりな都合の良い(おんな)? ああ、きっとそうね。でなければこんな用意周到に事が運べるわけがないもの。私はなんて愚かだったんでしょう。あなたはそんな私を皆と一緒になって笑ってたのかしら? 何も知らない愚かな女――と。でも、それも今日まで。もうじき日付が変わる。日付が変わるように私の中にあった感情も・・そうそう、あなたは知ってたかしら? 愛と憎しみは表裏一体。どんな事で入れかわるか分からない。まるで1枚のコインのようだと言う事を。
女性がバルコニーに身を預ける形で寄りかかりながら遥か遠くを見つめていると目と耳が凄まじい衝撃音と、それに付加する形で王宮を襲う衝撃波を捉えた。衝撃波は打撃となり建物などに損傷を与え、目も眩むほどの赤い閃光が王宮を包み込む。その後、魔獣たちの咆哮と肉の焼ける臭い。そして助けを求める無数の声が響き渡った。
ああきっと今頃は王宮内は血の海に変わっていることでしょうね。そして救世主と言う名の隣国の王女に助けを求めて群がる人々の光景が瞼に浮かぶわ。ふふ・・力も何も無い唯の女に縋り付く彼らは一体いつ気付くのかしら? その女が私ではない事に。そしてそれに気付いた時、彼らはどんな態度に出るのか。そんなさまを思い浮かべて女性はくつりと笑みを零す。
「――満足か?」
一人きりしか居なかった空間に突然響いた艶を帯びた声――。その声のした方に視線を向ける。その場に現れた人物を目に捉え微笑を向ける。酷く艶やかな笑み。だが、その瞳に宿るは紛れもない狂気。
「お前はこれで満足か?」
再び問う声にゆっくりとした口調で、しかしはっきりと救世主は答える。
「いいえ、まだよ。まだ足りないわ。私を貶めた王に、王女に、この国の人間に。」
歪んだ笑みを浮かべながら酷く楽しげに言葉を続ける。
「この世界を滅ぼさない限り、私が満足することなんてないわ。」
「そうか、なら我は思う存分やらせてもらおう。」
「ええ、思う存分やってちょうだい。こんな世界に未練は無いもの。それに、あなたを封じるつもりももうないから。」
そう、こんな世界など、こんな国など、救世主を裏切った王など・・・
「総て滅ぼしてしまえばいいわ。闇の主!」
落ちる、堕ちる、墜ちて行く―――。
全てに裏切られた救世主は守るはずだった国を、
守るべきだった人々を、
守らなければいけなかった世界を――――
〝I want a the breakdown of the world〟
世界の崩壊を望んだ救世主・・・・