無色のパノラマ
横広い画面のパノラマ。
広い視野をもつそれには、引き込む力がある。
パノラマの画面の世界へと。
美しい彩色。
広い空間。
そんな理由もあるのであろうが、何より。
視界の端から端までという、普段見る景色と変わらない情景にこそ、
引き込む力があるのだと考えられる。
もちろん、3つの条件が揃って更に、だと言えよう。
学校の見学で長瀬海は美術館に来ていた。
海は現在中学1年生。
特に目立つところのない普通の中学生である。
海は、絵画の隣にある説明文を読んでいた。
飾られている絵画はパノラマのもの。
額の中では、村人達が楽しそうにダンスを踊っている。
「よく分かんないなぁ…」
海は小さく呟き、文と絵とを交互に見る。
別に何も引き込まれはしない。
心の内でそっとそう思うと、少し離れて絵を見る。
確かに、他の絵――パノラマ以外の絵――と比べれば、魅力がある。
何か分からないけれど、目にしっくりとした印象が残る。
おそらくこれがパノラマの世界に引き込む力。
――3つの条件が揃って更に、だと言えよう。
「2つでも結構いけるんじゃない?」
くす、と笑った。
海は美術館が好きではない。
つまらない、とかそういう理由ではなくて。
海の目には生まれつきの障害があるのだ。
色を認知できないのである。
どんなに濃い赤、青だろうと、全く色が分からない。
海の目に見えるのは無職の世界なのである。
モノクロの世界が彼女の前には広がっているのだ。
色がなければ絵を見る楽しさも半減する。
そういう理由で、海は美術館が好きではなかった。
パノラマの世界に引き込む力。
海にはその内の1つ、
美しい彩色が見えなかった。
でも。
こんな私でも分かった。
美しい彩色なんて、なくてもしっかり感じ取った。
パノラマの魅力。
きっと私は感性の豊かな女。
色を失った代償に、感性を貰ったの。
海には、無色のパノラマで充分だった。
私には、無色のパノラマで充分なの。
もし彼女の目に色が戻ったら、
「私、本当にパノラマの世界に入っちゃうかも」