25,狼の咆哮
フォルトゥナ。それがリオに与えられた、新たな武器の名前だ。小型の剣を模したそれは、飛行し動き回る、鋭利な刃物である。
これでパルティナ四機。フォルトゥナ四機。計八機の、自律起動兵器が完成する。
「さて……ショーを再開しましょ? キャハハハ!」
先程と同じように、四つのパルティナは、砲口をカルマンに向け、光の弾を雨霰のように浴びせていく。
そして――。
「くっ……、抜けないっ……!」
人型に変わり、人間ならではの手で、右足に刺さったフォルトゥナを抜こうとするが、まるでくっついているかのように、その位置から動かない。
だが、それだけに気を取られていてはいけない。残った三つのフォルトゥナが、血の味を求めて、空中を徘徊しているからだ。
「なんて事……」
「キャハハハ! やっちゃいなさい、フォルトゥナ!」
それを合図に、餓えたフォルトゥナが、シンラに攻撃をしかけていく。
フォルトゥナの飛行速度は、速いが反応できないわけではない。と、いうのも、シンラが万全ならばの話だ。右足に深く突き刺さったフォルトゥナ。そこからくる、おびただしいまでの流血。体力を容赦なく奪っていく。
だが、回避しなければ、待っている死は不動のものだ。泣き言を言う前に、歯を食いしばって、避けなければいけない。
まずは一つ。真っ直ぐにシンラの、心臓をめがけて飛んでくる。――が、これは回避成功。
「っ……うっ!」
回避した着地の際に、思わず右足を着いてしまった。忘れようとしていた痛覚が、激となって襲いかかる。意識が遠のくのは、決して出血のせいだけではないだろう。
普段はクールなシンラが、今は痛覚に耐える為、悲痛な汗を流し、血が出る程に、食いしばった歯茎が痛々しい。
(意識が……)
シンラは力強く、頭を振った。
(甘ったれないっ……。痛いと感じないのよ、『あの時』の痛みに比べれば、このぐらい……っ!)
決して弱みを見せようとしない、強固な意思。だがそんな意思すら、出血と共に、全てが流れてしまいそうになる。
――非情なまでの、二つ目のフォルトゥナ。これはシンラの左脇腹を、舐めるように裂いていく。
「うっ……ああぁぁぁ!」
痛みと血。拷問のように行われる光景。
シンラの動きが、完全に止まってしまう。足をやられて機動力を、腹部をやられて行動力を奪われた。
激痛と流血により、肉体に力が入らない。力を無理に入れれば、再び襲う激痛と流血。嫌な悪循環だ。
「シンラ……」
パルティナの雨に撃たれるカルマン。リオへの復讐心が、強く出ていたが、シンラの危機に、少しは冷静な思考を、取り戻しつつある。
状況は非常に悪い。まず――敵は機動力があり、遠距離武器を主体としている。対してこちらは、鈍足なカルマンと、足を怪我して、著しく機動力が低下した、シンラのみ。
遠距離武器は、こちらにもある。カルマンの機械腕――ギガンティックアームである。だが、リオのように数は撃てない上に、何より命中率が低い。それこそ不意討ちでもしない限りは……。
何よりも、パルティナに抑えられてしまっている状況では、ギガンティックアームを撃つに至らない。それにモタモタしていると、フォルトゥナの対処がてきなくなったシンラが、取り返しのつかない事になってしまう。
(……ロビン。すまない、今は仲間を救う為に動く!)
「アームパージ!」
甲高い金属音と共に、カルマンの右肩部と、機械腕が切り離される。そう、付ける事ができたのだから、外せるのは当たり前である。
そして、カルマンが鈍足の理由の、およそ八割は、この機械腕が原因だと言っても、過言ではないのだ。
パルティナの砲撃から解放されたカルマンは、今までの鈍足さが、嘘のように速く走れる。
「あの腕、外れたの!?」
リオは素直に驚いた。
驚くリオとは対照的に、カルマンは平静を装う。今の戦いにおける、動の要因はカルマンなのだ。ここで、焦ってしまって、無駄な行動はできないし、失敗すれば待っているのは、三人の全滅であるのだから、なおさら冷静な思考と行動が、カルマンに要求される。
パージ後、動けるようになったカルマンに、追うようにしてパルティナが砲口を向け、光弾を放つ。今までは防御一辺倒だったが、スピードの向上により、光弾を回避するという、選択肢が生まれたのだ。それでも余裕の回避では、ないわけだが……。
(そうだ、こっちにこい!)
あわよくば、フォルトゥナの攻撃も、自分にくれば良いと思っていた。だが、リオはそこまで甘くはない。
自分に攻撃の手が向けば、シンラのプレッシャーが和らぐ。そしてそうする事が、この戦いを打開する為の、突破口になると、カルマンは考えている。……多少、強引な手段にはなるが。
飛行刃フォルトゥナは、シンラへの攻撃自体は止んだが、いつでもシンラを攻撃できる位置にて、浮遊を続けている。加えて、カルマンの動き方、パルティナのみで対処ができなくなった時、いつでも攻撃できるようにもしているのだろう。性格の割に、頭のキレは見事なもので、これが厄介極まりない。
カルマンはちらりと、シンラの様子を伺う。流血はいまだ止まる気配はなく、足下には血溜まりができている程だ。恐らくは太い血管を、損傷しているのだろう。そして、一機のフォルトゥナは、痛々しくシンラの右足、膝上付近に刺さったままである。
(あれはむしろ、あのまま刺しといた方が、良いのかもしれないな。今の時点であの流血となると、引き抜いた時には、更に酷い事になりそうだ)
だが、一つだけ懸念される事はある。今は足に刺さり、その機能を停止しているかに思われるフォルトゥナだが、リオの操作一つで、自由に操れるであろう、という事だ。
(つまり、結局はリオが全てを握ってしまっている、というもんだ。――だが、それでもやらなきゃならん。泣き言は、全てが終わった後だ!)
そんなカルマンの狙いは、ただ一つ。ギガンティックアームの砲撃を、リオに直撃させる事だ。元々、ギガンティックアームとは、機械兵士ロビンの右腕であり、対城国兵がメインだったが、当然ながら、アルティロイドとの戦闘も、視野には入っていたのだ。
もしも直撃したら、という考慮はなされていないが、頭の中の計算上では、少なからずダメージは、与えられるはず――というのが、それを作った者は考えていた。
まずは状況の打開であり、倒す殺すの話は、この際二の次にしておこう。まずはどうやって当てるか?
いやその前に、どうやって撃つか? これが最重要課題である。
「――シンラ!」
攻撃を避けながらも、カルマンは叫んだ。勿論、余裕なんてものはなく、少しでも気を抜こうものならば、パルティナの光弾の餌食になってしまうだろう。
それでも叫んだのは、その人が、カルマンの計画の中の、キーパーソンになるからである。
「お前がっ、やれっ!」
「――っ!」
カルマンの言葉に、シンラは驚き半分、予想通り半分といった心境だった。そんなに長い付き合いなわけでもないが、命を互いに掛け合った仲間であり、親友などといった類のそれとは、明らかに密度の濃さに、違いがある戦友である。もうカルマンという男が、何を企んでいるのかなど、まるで等の昔にわかっていたかの如く。
「全く……レディで怪我人に……、こんな大役を任せるなんてね……。――ナンセンスだわ」
そうは言いつつも、それが現状で、二人ができる策である事には変わりない。薄れつつある意識を、再び保ち、シンラはカルマンの外した、ギガンティックアームを凝視する。
「――どうした? そんなヘチョい攻撃の仕方じゃ、この俺を倒す事はできないぜ!?」
大声で挑発をするカルマン。言う程に、易い攻撃ではないのは、想像に難くない。砲撃の一発一発が、際どい位置を通過していき、これ以上に攻撃の手を強められれば、あるいは一瞬でお陀仏だ。
だが、そうしてリオの監視から、シンラを外すのが狙いである。シンラの周りに待機している、フォルトゥナさえも、自分に向けさせる。
しかし、案外とこの作戦も、効果の程は出ている。その証拠に、カルマンが動き出してから、シンラに攻撃をしかけていたフォルトゥナが、機動停止している。つまり、リオの注意は薄れ、カルマンに向いているという、一つの結果である。それが完全にとはいかないまでも、もう少しだけ向けさせる必要がある。
安い挑発だったが、攻撃が当たらない事に苛立っているのか、リオの意識は散漫になりつつあった。
「……鈍足のグズのくせに」
数分前まで、甲高い笑い声をしていた姿が、嘘のように、内心のリオは苛立っていた。
過去の戦いでもそうだが、このリオという女性は、ある一点から、急激に苛立つ傾向にある。 せっかく頭脳明晰なのだから、もっと冷静に事を運べば、リオを止められる戦士は、そういないだろう。
ただ単純な、短気という性格なのかはわからない。それともリオという人物を、簡単に激昂させる何かがあるのか?
「いけっ、フォルトゥナ! グズ野郎を八つ裂きにしろ!」
「へっ……、やっとお出ましか」
三機のフォルトゥナも、カルマン攻撃に加わる。
カルマンは刹那、シンラに刺さった、一機のフォルトゥナを確認する。――それはまだ、シンラの足に刺さったままだ。
(妙だが……今は考えている余裕はないな。状態はきついかもしれないが、シンラなら上手く対応すると、勝手ながら信じよう)
そのシンラは、リオの様子を見ながらも、少しずつギガンティックアームに、接近していた。
およそ一メートル、動いてみたが、フォルトゥナは攻撃をしかけてくる気配はない。恐らくは、自律機動兵器といっても、何らかによるリオの指示がない限り、攻撃に動かないのだろう。あくまで仮説だが、今はその仮説を、真実として動くしかない。
ギガンティックアームまでの距離は、約五メートル、いや四メートルといったところだろう。しかし、今のシンラにとっては、四十メートルはあるかと思える距離だ。
(ティア、ちゃんは……駄目ね、あの大鎌の男との戦いで手一杯。やっぱり私が動くしかない……。でもどうする? 私があそこまでたどり着いて、あれをどうやって放つ?)
シンラの疑問は、ただ『撃つ』という点に、問題があるわけではない。ギガンティックアームには、当然の事だが、その腕の中に装填されている、砲弾を撃ち出す為の、トリガーがある。そのトリガーを引けば、極端な話、赤ん坊だって撃てる。
本当の問題は、ここではなく、撃つ前に『必要な動作』である。
銃を撃つ前にするべき、絶対動作とは何だろうか? それはどんな形状の銃でも、必要不可欠な動作である。
――相手に照準を合わせる事、つまりは構えである。ギガンティックアームを構えるのに、何の問題があるのかというと、その重量が問題なのだ。ただでさえ、逞しい成人男性でも、明らかな重さを感じさせる代物なのに、キメラとはいえ女性の、まして足をやられて踏ん張りの利かない自分に、それができるのかというと、不可能に近い事だろう。
「痛っ、くっ……」
じっとしていれば、痛みは治まってきているが、動き出せば、思い出されるその激痛。あまりに痛みが酷いと、逆に意識がはっきりするというが、そのあたりは中途半端なのか、はっきりするどころか、確実なる混濁に進んでいるのは、先程と今とも変わってはいない。
頭が重い。気持ちが悪い。自分の体が、自分の体ではない。それが真っ先に考えつく、シンラの思考である。
それでも着実に、アームとの距離を縮めていく。這いずりながら、泥だらけになりながら、それでも進むのは、自分の命を守る為だけではない。
ティアナとカルマン、この二人の仲間を守る為でもある。キメラになってから、シンラはずっと一人だった。どんなに寂しくても、どんなにひもじくても、自分一人で生きていくしかなかったからだ。
過去には屈強な戦士達と、一緒に共通の目的を果たす為に、仲間になった事もある。だが、関係はそれまでで、そこにシンラの求めたものはなかった。しかし今は、求めているものの片鱗が、うっすらとだが見えている。それが本当に、求めているものなのかはわからないが、それでも一人で戦い続けるには、既に辛いものがあったのだ。
「……お父ちゃん」
形見の牙を、その手に握りしめ、シンラは呟いていた。
這いずりまわって、ようやくアームにたどり着く。毎日見ていたつもりだが、近くで見ると、更に大きく感じられる。こんな物を、腕にして歩き回っているのだから、カルマンという男は、やっぱり馬鹿なのだと、改めて認識し直した。
そのカルマンを見やると、リオの注意を惹きながら、攻撃を回避する事に、限界を垣間見えた。攻撃はパルティナのみで、フォルトゥナは、動きを全く見せない。つまりは所有者が、相当に熱くなっているのだろう。カルマンの作戦は、大成功といったところだ。
「どんなに凶悪な武器も、それを扱う者が冷静さを欠いているなら、所詮はただの玩具ね……。……はぁ。さあ、いくわよ、私」
アームを支えにして、何とか立ち上がってみせる。
それでわかった。あまりにも血が流れすぎていて、既に自立するのも困難な事に。
「……うっ!?」
あまりに意識が朦朧としすぎて、目が回ったような気持ち悪さが、一気に支配し、シンラはその場で嘔吐する。嘔吐してしまえば、逆に気分が回復に向かうとは、よく言われる話だが、今のシンラには、一回二回の嘔吐では、気持ちよくはならないようだ。
「本当……無様ね、私……。でも――心地いい吐き気ね」
トリガーの位置を確認し、アームを軽く持とうとしてみる。だが、アームは動く気配すらない……。
(これは……相当な気合いを入れないとね……)
庇っていた右足を大地につけ、両の足に力を入れる体制を作る。
そして、深呼吸をし、吐き出すのと同時に、一気に力を込めた。
「ふっ……う……っ……!?」
その直後、溢れて出てきたのは、今までの激痛と思えたものが、生ぬるいと感じられる程の、更なる激痛と、おびただしい出血であった。
「――うぅっっっ……ぐっ、あっっ……!!」
悲鳴をあげそうになる自分の感情を、死に物狂いで抑えてみせた。ここで悲鳴をあげて、リオに自分の存在を感知されれば、それこそカルマンに申し訳がたたない。
汗が流れる。血が流れる。唾液が流れる。涙が流れる。一体何故、それらが流れてくるのか、そんな事を考える悠長な時間もなければ、精神的にも肉体的にも余裕はない。
恐らくは一生分の筋肉を働かせ、一向に動かなかったアームは、少しずつだが動き出し、いよいよリオに対して、その砲口が向けられた。




