23,闇の登竜門
城国――。
時系列でいうなれば、ティアナ達がラティオに、会うか会わないかといった時の事だ。
現在の王側近のアルティロイドは、ゼロ、リオ、クリッパーの三人。その内の一人、ゼロが王に問う。
「ねえ、王様。王様はどうして地上の民を、いまだに生かし続けているんですか? 城国の戦力があれば、何十年も前に、この戦いは終わらせる事ができたでしょ?」
相手が世界の最高権力者であるのに、全く敬う事なく、見た目通り少年のような、あどけない口調でゼロは喋る。
「終わらせる事は可能だったさ。それこそ、お前の言うように、何十年も前にな。だが、それでは面白くないであろう」
風の騎士――ジュークの肉体から、離れる事ができた王は、新たな若い男の肉体を器としている。
「面白くない? ゲームでも楽しんでいるのかい?」
「ゲーム、ゲームか。それに近いものではあるか。産まれながらに、権力と金を有していた私は、世界にある全てが退屈そのものだったのだ。普通に生きて、夢を追いかける人々――」
王は一笑し、
「くだらんな」
と、一言を放つ。
「まだ若かりし頃の私は、親の敷いたレールの上を、歩く事しかできないでいたのだ。その日々は、何とも退屈な事よ……。親の代に流行した夢追いの産物が、この城国――シャングリラキングタム、だ」
「理想郷――シャングリラ――。昔の人達は、理想郷のような世界を、遥か天空にあると想像した。王様が僕に与えてくれた知識です」
王は小さく頷いた。
「かつての私も、先代の王が目指したように、遥か天空にある理想郷を目指した事もあった。――だが、私はこれと同じ時期に、ある趣味に没頭するようになってきたのだ」
ゼロも知らない事だ。
現代という時の中では、それを知りうるのは、本人だけである。王はまるで、酒の酔いに任せるように、淡々とそれを言い続けた。
「人体解剖、だ――」
真っ当な人間が、これを聞いたら嫌悪感を抱くだろう。良い気持ちはしないのは、確かな事実である。
王は、「勿論、人体の前に、動物の解剖から始まったのだがな」と、付け加えて、更に続ける。
「動物、人体、これらに共通して感じた事は、その皮と肉を裂き、そこからゆっくりと出てくる、真っ赤な血の流れが好きだったのだ。皮や肉だけでなく、臓物に至るまで、ゆっくりと、丹精こめて解剖したさ。――だがな、それだけでは満足できなくもなってきたのだ」
「複合生命体――キメラや、究極生命体――アルティロイドは、そんな王様の趣味の延長上に位置しているんだね!」
王は否定しなかった。
「キメラやアルティロイドだけではない。この今使っている、半永久的に行き続ける肉体も、それら実験による成果だ。普通ならば、それらの実験を行うには、多額のマーネが必要であったが、先にも言った通り、金ならば既に持っていたからな。――腐る程に」
この人間は、間違いなく地獄に行くのだろう。
死後の国では、善人も悪人も、皆平等であり、現世ではただの肉塊と化す。――とはよく言われる話だが、こんな悪人と、これの実験によって殺された人々が、平等であって良いはずがない。
「ご立派ですよ、王様」
「最終的な私の目的は、人が神となる実験を、成功させる事だ。私がこの大地を完全支配をし、神としてこの大地に君臨する。……最終的には地上人だけでなく、この城の下層に住む人間も、皆殺しにする。だが、今は焦る時ではないのだ、皆殺しにしてしまったら、実験に使うモルモットが消えてしまうからな」
極論だが、人類は神になれるのだろうか?
これには数々の意見はあるだろうが、ただ一つ言える事がある。ただ一人の考えになるが、答えはイエスだというもの。
神といえども、所詮は人が偶像したものにすぎず、神が人を創るのではなく、人が神を造るのである。ならば人が神になれる道理。あくまでこれは、ただ一人の考えであり、全ての正しいものではない。
つまりは、否定はできない、一つの真実である、という点にはかわりない。
それに気付いたのは、王との会話の最中。まるで雷に打たれたように、それはゼロの感覚に走る。
(これは……。そっか、いよいよ僕と対極の存在になる為の、覚醒を開始したんだね)
この時、対極に位置する生命――ティアナ――は、ラティオとの遭遇、戦闘を開始していた。普段のティアナにはない、力の解放が、ゼロの敏感すぎる『アンテナ』に、容易にキャッチされたのだ。
「――王様」
「何だ?」
「命の騎士の生まれ変わりは、覚醒を開始しました」
「……いよいよ、か。ふんっ、失敗作だと思っていたが、私に一瞬といえども恐怖を与えたのだ」
「その力に対抗する為に、王様は僕を造ったんでしょ? 大丈夫だよ、僕は負けないよ。その前に、僕から一つだけ提案があります」
「ふむ……聞いておこうか」
ゼロは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、
「命の騎士の力を試しておきたいです。万が一にも、僕が負ける事はありませんが、覚醒を始めた今の時点で、僕との差がどの程度なのか。光の騎士と闇の騎士を、命の騎士と戦わせてみましょう」
王相手でも、ゼロはやはり威風堂々。威風堂々、というには、見た目こそ愛らしさがあるのが、躊躇われるポイントではある。
「あの二人を、か……。確かに戦闘力において、あの二人はアルティロイドとしての完成形だ。だがな、かつての戦いにおいて、あの二人の力をもってしても、足下にも及ばなかったのは、事実なのだぞ?」
「でもそれは、完全に覚醒をした、当時の命の騎士が相手だからだよ。この時の命の騎士と、今の命の騎士とでは、その戦闘力に大きな開きがあるよ」
「今と昔、二人のティアナの対比か。ゼロよ、お前は今のティアナならば、リオとクリッパーに勝てると思えるのか?」
ゼロは考える仕草すら見せず、正に即決で言う。
「今の命の騎士では、この二人を相手にするのは無理だね。精々、闇の騎士との一対一で、立ち回れるのが良いところじゃないかな。それに、覚醒を開始したといっても、それを使いこなせなければ意味はないし、何よりも完全な覚醒とはよべないよ。強いて言うなら、半覚醒ってとこじゃないかな」
「うむ……。まあ、よい。どのみち私は戦闘に関しては、素人も同然だ。数字上の計算はできるが、実戦は数字ではないぐらいは、理解しているつもりだ。お前の好きなようにやってみせよ、ゼロ」
「ありがとう、王様!」
この後、リオとクリッパーは呼び出され、ティアナとの戦いに繰り出されていく。
リオは変わらずに、甲高い笑いをするだけだが、クリッパーに関しては、やはり不満が見え隠れする。このような使いっぱしりのような状況、クリッパーのプライドは、深く傷をつけられる要因になる。
クリッパーの目的は、やはり打倒、火の騎士ティーダであり、断じてティアナではない。これが王の命令でもなければ、断固拒否をしていたところだろう。
そして、ティアナ達の前には、リオとクリッパー。その強さを、実体験しているカルマンにとって、二人が目の前にいるというだけで、嫌な汗が滲み出てくる。
だが、それと同じぐらいに、怒りにも似た感情が、わきあがってくるのを感じた。
「気をつけろ、ティアナ、シンラ! 奴らは、城国に味方するアルティロイドだ」
その言葉を聞き、緊張感を高め、二人は身構える。
「キャハハハ! 城国に味方する、ですって! 元々、アルティロイドは王様がお造りになられた、気高き最強の戦士なのよ! 地上の味方をするアルティロイドこそ、愚者の極み!」
「リオ」
「何よ、クリッパー? キャハハハ!」
「あれを見ろ」
クリッパーが指差した方には、ティアナの腰から下げられた、ヴェルデフレインを確認できる。
余談だが、同じ時間にラティオは、叫んでいた。クリッパーの注目と同じく、自身も疑問に思えていた、『何故、ティアナがヴェルデフレインを持っているのか?』という疑問を、聞き忘れていたからだ。
「お前、何故その剣を持っている!?」
クリッパーが、怒声にも近い声で、ティアナに叫ぶ。
これに答えたのは、ティアナではなく、カルマンだった。
「これは俺の友の剣だ。わけあって、今は俺が預かっている」
「その理由は一体なんだ? 俺はその剣の持ち主を知っている、その剣は最強のアルティロイド、火の騎士ティーダのものだ。どこの女かわからん奴が、気安く装備していい代物ではない!」
「――この剣の持ち主はっ!」
止められそうにない勢いをもって、怒号の声をあげるクリッパーを止めたのは、ティアナだ。
決して大きな声なわけではなかったが、迫力を纏った声である。
「この剣の、本当の持ち主……私は、勝手ながら父だと思っています。この剣には、幼い頃から触れていますけど、そのたびに私の中に流れてくるんです。私をこの世に産まれさせてくれた、母となった女性への、暖かい想いが」
「火の騎士の――娘、後継者、か」
「後継者、というには、私はまだまだ未熟でしょう。ですが、今の持ち手という覚悟をもって、私はこの剣を腰にさげています」
「……良い返事だ」
それまで個人的な事情により、不満を溜めていたクリッパーだったが、ようやく小さな笑みを見せた。
「キャハハハ! お楽しみのところ悪いけど、貴方達を殺して良いって命令なのよね。まあ、私達がここに現れたって事は、つまりはそういう事なのよね! さあ、誰から来るの!? 私一人で三人まとめても良いわよ!?」
個人に集中した戦闘では、クリッパーの方がモチベーションの高さが垣間見えるが、多数の敵、とした認識では、明らかにリオの方が、ノリで見ても高い。
最も、この二人は元々、双子騎士であり、一人の短所を、一人の長所で補うのが、セオリーである。ある意味では、バランスのとれた二人であろうか?
「火の騎士の娘は、俺が相手をする。リオは一切の手を出すな」
「わかってるわよ。おチビちゃんが来てから、苦い汁をすすってばかりだったから、少しぐらいはあんたに選ばせてあげるわよ? キャハハハ!」
クリッパーはティアナ。リオは、カルマンとシンラ。それぞれに戦いの標的を定めた。
同じくしてティアナサイドも、ティアナがクリッパー、カルマンがリオと、作戦の一致がある。ただ一人、シンラがどちらに加勢するのか、という一点が残っている。だが、その問題はすぐに解決する事になった。
「行くぞ、火の騎士の娘よ!」
クリッパーが接近を開始する。その武器は、大鎌――ソウルイーター。クリッパーの巨体と、大鎌の威圧感は、初体験となるティアナとシンラには、畏怖の念を与え、かつて見た事があるカルマンにとっては、再認識させられる。
あれは自分の手におえるものではない。その結論を出したのは、シンラである。気持ちの上では、ティアナを援護するつもりでいたが、クリッパーを相手に、生半可な援護は邪魔になるし、自分の命すら危うい。シンラの援護は、カルマンに対してだ。
クリッパーの速度は、アルティロイドの中でも、ワーストを争う程に遅いが、それでもカルマンやシンラから見れば、凄まじいまでに速い。剛力の塊のような男が、追いつけない速さで動くのだから、シンラの判断はなまじ間違いではないわけだ。
ただ一人、ティアナだけはクリッパーの動きを、速いとは感じていなかった。むしろ遅いとも思えていた。これはティアナが、アルティロイドという理由ではない。極論の例え話になるが、ティアナ実戦の相手が、クリッパーならば、速いと感じられただろう。
これは、ティアナの経験によるものだ――。細かな戦闘を抜きにすると、ティアナのキャリアには、シンラ、黒騎士、ラティオの、三人がいる。この内、黒騎士は二度の経験がある。これら三人には、ある分野における得意なものがある。
――それは速度である。三人共に、速い動きから攻撃をしかける傾向にあり、この為、ティアナの目は、この速い動きに慣れた、という事になる。この三人との経験を思えば、クリッパーの動きが遅く感じる道理である。
「ぬぅっ……!」
ソウルイーターが振り切られる前に、三人は回避行動に入る。
ティアナは余裕で、シンラは普通に、カルマンは紙一重の回避になる。この三者の避け具合で、総合的な速度の目安になるだろう。鳥の群れが散るように、各々で距離を取るが、クリッパーは有言実行、ティアナのみに標的を絞り、一直線に向かっていく。
(この人は本当に私だけに照準を絞っている。城国のアルティロイド……一体どれ程のものかはわからないけど、同じアルティロイドのラティオさんとは大違いの、何か嫌なものを感じる。私一人に定めてくれるなら、逆に好都合かもしれない!)
ティアナは更に距離を開き、余裕をもってヴェルデフレインを鞘から抜いた。
構えの基本形――中段の構えをするが、ティアナは真っ向から受ける気はない。
(大鎌の経験はないけど、あれが重量武器だというのは嫌でもわかる。それにあの人の体躯……パワーで押されれば不利だ)
「――ハッ!!」
かけ声と共に、その大鎌ソウルイーターを振り回す。
だが、ティアナにはその振りも当然のように見えている。黒騎士の鋭い殺撃。ラティオの瞬きする間もない拳打。それに比べれば、重量武器の一撃など、当たらなければどうなる事もない。
二、三回程、よく見て回避した後は、ご丁寧な反撃。クリッパーの攻撃終わりを狙い、ティアナは袈裟気味に、剣を振るう。大分、実戦の剣に慣れてきたのか、その姿も様になってきている。
だが、その程度の攻撃を、この闇の騎士――クリッパーが、容易に受けるものではない。攻撃そのものは大振りだが、防御はコンパクトにまとめられている。
(ほう……生半可に、火の騎士の剣を持っているわけではないな。良い一撃だ――だが)
(完全に打ち終わりを狙ったのに!? これが、城国のアルティロイドの力……?)
「ぬぅんっ!」
コンパクトな防御の次、攻撃までの動作が速い。
今度は打ち終わりはティアナ。大振りといえど、攻撃後の硬直を狙っている為、ティアナの回避は間に合わない。
「――――これだ!」
その瞬間、ティアナの目にあるものが見え、咄嗟にアイディアが閃く。
ヴェルデフレインを盾にするように構え、そこに自分の足を添えるようにする。一見すると、片足立ちをしている為、安定感に乏しく感じられる。
「何の真似か知らないがっ、その細い足ごと叩き斬ってやる!」
風圧でも人が殺せそうな、クリッパーとソウルイーターの攻撃が、ティアナのヴェルデフレインに当たる――。