22,そして仲間が一人!?
「悪ぃな、野郎の寝る部屋はこっちなんだ」
言葉の割に、悪びれる様子もなく、ラティオは言った。
ラティオとアイの二人が住んでるとはいえ、部屋自体は二部屋しかなく、寝室を使うのは女性であるアイだけだ。今はティアナとシンラも加わって、三人が寝室を使っているのだから、中の様子を想像するのは容易い。
男連中は寝心地良しとはいかない客間にて、一夜を過ごす事になる。最も、ラティオにとってはいつもの事だが。
「野郎と二人きりってのは、何とも嫌なもんだぜ」
「……それはこっちの台詞だ」
と、言おうとしたが、やめた。
ラティオと喧嘩でもしようものなら、隣の部屋にいる、ティアナとシンラがうるさいだろうし、何よりもアイのでかい声で叫ばれても困る。
「なあ、一つ聞いて良いか?」
ラティオが口を開く。カルマンは何も答えなかったが、ラティオは構わずに聞く。
「どうも見るところによると、あのティアってガキを育てたのはお前みたいだな。あいつは一体何者なんだ? 昼間にあいつと話して、あいつがアルティロイドだって事は確認が取れているが、あいつの底からくるような強さの裏付けがほしい。あいつは……得体が知れなさすぎるぜ」
答える気など無かったが、気になる言葉が出てきたので、カルマンも応じる。
「アルティロイド、を知っているのか?」
ラティオは鼻で笑い、
「知ってるもなにも、俺がそのアルティロイド様だ」
と、何故か偉そうに言い放った。
(なるほどな。こいつの異常なまでの強さは、やはりそれか。正直、強さの程はティーダに匹敵するんじゃないかと、考えたぐらいだからな。アルティロイドだった、という答えぐらい出てこないと、納得がいかないもんだ)
「っておい、お前の質問に答えたんだから、俺の質問にも答えろよ!」
「ティアが何者か、か。……ふん、わからん」
「わからんって、おい! お前、それでも保護者かよ」
「本当にわからないんだよ。お前がアルティロイドというなら、十五年前のティアナの悪夢に、立ち位置はどうあれ関わっていただろう?」
「まあな」
本当は関わっていなかった。ラティオはこの時、怪我の療養中であり、戦いなどできる身体ではなかった。
だが、ここで『関わっていませんでした』などど言ってしまうと、気分的に負けた気がしたから言わなかった。
「ティアは、ティアナが死の間際に残した、小さな命だった」
「じゃあ、あいつはティアナの娘だっていうのか? ティアナって奴は戦っている最中に、子供を産んだってのか、凄ぇ奴だな……」
「そんなわけあるか! 正確には子供というよりも、生まれ変わりに近いんじゃないかって思ってる。ティアは生前のティアナに似ているのではなく、そのままだからだ」
「まるでお前は、ティアナって奴を知っているような言い草だな」
「知っているよう、ではない、知っているのさ」
これにはラティオも、黙って相手の話を聞いてやろうと思った。
何よりもラティオ自身、ティアナという人間に興味を持ち始めていたのだ。
「どれ、話してみろよ」
だが、
「いや、やめておく。昔語りはできる限り、したくはないんでな」
ラティオはわざと聞こえるように、舌打ちをしてみせた。
「悪いな、あまり思い出したくないんだ……」
「ティアナを語る上で、思い出さないといけない過去があるってわけか。ま、いいぜ、誰にだって言いたくないもんの、一つや二つくらいあらあな」
そう言ってくれて、カルマンは内心救われた。
ティアナを語るという事は、過去を語るという事である。それ即ち、失われてしまった過去の幻想を思い出さなければならない。まだ思春期の自分がいて、初恋の少女がいて、常に意識していた宿敵でもある友がいて、尊敬すべき恩師がいて――。
それら全ては、失われてしまった幻想という過去。どれだけ泣いても、どれだけ願っても、どれだけ戦っても、もう戻りはしないものだ。当時を思い出してしまうと、気持ち的に前へ進めないような気がした。
「おっし! じゃあ代わりに、もう一つ教えてくれ」
「何をだ?」
「ズバリ! お前達の旅の目的だ。こんな世の中、旅をしようなんて輩は、余程の馬鹿か命知らずくらいだ。得体の知れないガキに、キメラの姉ちゃんに、ヒューマンにしては物々しいお前。旅をしているには、これ程面白ぇメンツはないだろ?」
確かにその通りだ。
毎度の事だが、このご時世に旅をする者など、よほどの馬鹿か命知らず。ラティオの言う通りだ。
しかし、それでもこの旅を、カルマンとティアナがするのには、れっきとした理由があるのも当然だ。
「単刀直入に一言。城国の支配を終わらせる!」
その言葉に迷い無し!
「城国の……ねぇ。お前だって知らないわけじゃねぇだろ? 十五年前に、二度の大戦をもってしても、城国が落とせなかった事は、よ。――二回の内の最初の一回目は、訳あって俺も戦っていたがよ」
「無謀に見えるか? まあ、そうだろうな。数千規模の大軍を使っても、落とせなかった城国。それをたった二人――今は三人だが――で、やろうなんて無謀そのものだ」
「なんだ、わかってんじゃねぇか」
「それでも――。それでもやらなくちゃいけない。今を生きる俺達が諦めたら、過去にその命を散らしてしまった戦士達に、なんと言えばいいんだ!?」
沈黙――。
カルマンの言葉は、ラティオの胸に刺さるものがあった。それはかつて、何も考えずに人を殺し尽くした罪悪感から。それはかつて、密かに好意をよせていた、一人の少女を失った悲哀から。
言った本人も、込み上げてくる感情があった。それはかつて、自分を守ろうとして散っていった、恩師と戦友に。それはかつて、遂には思いを告げる事なく、若くしてこの世を去った、初恋の少女に。
「俺達、生き残った戦士は、最後の一人になるまで戦い続ける。それがどんなに絶望的であっても、星屑の光のような輝きしかなくても」
「星屑の、光……」
カルマンは、ラティオに向かって手を伸ばした。
「どうだ? ラティオ、とかいったな。俺達と共に戦う同志にならないか? お前程の戦闘力の持ち主は、これから先の戦いで心強い」
昔のラティオならば、考えるまでもなく、この手を払いのけただろう。
――だがラティオは、それをしなかった。それどころか、手を伸ばそうとしてしまった。
無謀すぎる戦いだ。勝率でいうならば、かつてない程に低い勝率。それでも、ラティオは何かを感じていたのだ。確率の世界では、圧倒的な絶望だが、確率ではない何か。
過去の大戦時に、偶然的にも、最強のアルティロイド――火の騎士ティーダと、共に戦った事がある。それは、地上戦力としては、最大級のものであった。それでも、結果としては敗北したのだ。
そんな最大の戦力よりも、遥かに大きな戦力――希望――を、ラティオは見出だしている。
「…………悪い」
一言。
「お前と話してたら、なんか俺も昔のように、喧嘩を売りたくなってきた。……でもよ、今の俺には守るべきもんがある。だから、一緒には行けねぇよ」
好き放題に暴れるだけだった少年は、後ろに背負うものができて、大人という戦士になった。
「そうか、まあ、無理強いはしない」
「ああ。ところで、お前らはこの後、どこへ行くつもりなんだ?」
「北のシュネリ湖を目指す。その後、砂漠地帯――エスクード城に。この旅の目的は、大陸を歩き、城国と戦う同志を集める事にある。全てが終わればまた戻ってくるさ」
「そうか。……全部歩き終わったら、またここへ寄れよ。俺も考えが変わってるかもしれないぜ?」
「期待しておく」
その会話を最後に、二人は眠りについた。
同志を集める旅。カルマンはそうも言ったが、もう一つの理由がある。それは旅の最中における、ティアナの弱点克服である。ティアナの弱点とは、いわば経験値である。小さな頃から、英才教育を受けてきたとはいえ、実戦経験となると皆無に等しかった。
それでは、城国が保有するアルティロイドには勝ち目がない。過去にカルマンは、城国が保有する二人のアルティロイドと、戦った事がある。その圧倒的な戦闘力は、肌身で体験した者にしかわからない。
ティアナも十分に強くなったが、悪意を持った敵に対する戦いは、大きく違うものだ。いくら模擬戦で強くても、死と隣り合わせな実戦で強くなければ、なんら意味はない。
とはいっても、まだ年端もいかぬ子供、しかも女の子に、こんな戦いを経験させなくてはいけない、その事実は、カルマンの心を数年に渡り痛めつけている。
――翌朝。まだ朝陽も見えないような、空模様。
「世話になったな」
「どうもありがとうございました!」
「また、ね」
ティアナ達は、名も無き集落を後にする。
集落から、ある程度離れた位置まで、送ってもらう。それをするのは、アイとラティオである。
「ここから北東に進んでいけば、シュネリ湖に着くと思うよ」
そう言ったのは、アイだ。相変わらず地図も無い為、おおよその体感で歩くしかないのだが。
別れる際は、予想に反してさっぱりしたものだった。どちらともなく、無言でその場を後にして、ふと後ろを見ると既にその姿はない。
「良い人達でしたね!」
「うふふ、そうね。……いきなり攻撃された時は、どうなる事かと思ったけどね」
「ラティオさん、とても強い人でした」
仲良く喋っている二人とは違い、カルマンはずっと黙って歩いていた。
(アルティロイドの、ラティオ……か)
昨夜の会話、カルマンはラティオに、自分に近しい何かを感じた。当然、その正体には気付いていない。
ただ初対面にしては、ずっと昔から知っていたような、そんな感じのする男だった。
――それはティアナの言った、一言から始まった。
「そういえばシュネリ湖って、凄い綺麗な所なんですよね?」
次の目的地、最北に位置するシュネリ湖。今という時が、もしも平和な世だったのなら、観光地として賑わった事だろう。
「ええ、とても綺麗な所よ」
そう答えたのは、シンラ。だがその声には、どこか覇気が無い。
覇気が無いといえば、カルマンもどこか無口である。最も、ティアナにとって、カルマンの無口は今に始まった事ではない。無口かどうかは別として、いわゆる魂としては、非常に熱いものを持っている、それが師匠――カルマン――なのだが、今のそれはまさしく覇気が無い。
ティアナも不思議に思いながらも、それ以上の追求はしなかった。
何よりも、ティアナ本人も、シュネリ湖に足を運ばせるにつれて、心がぎゅっと、締め付けられるような感じがしていた。
――どこか哀しくなってくる。
恐らくはティアナの中に宿る、ティオの意識、記憶のようなものが、反応しているのだろうか?
「今もシュネリ湖は、美しいのか?」
ぽっと出たように、カルマンは呟いた。その声色は、なんとも言い難い。本質が読み取れないのだ。
「最近、といっても数年前だけど、変わらずに綺麗だったわ。ただ――」
言葉を濁したシンラを、ティアナとカルマンが見つめる。
「十五年とちょっと前、第一次大戦だったかしら。その時に、城国上空、雲の上からいくつかの石が落ちてきたの、知ってるかしら?」
「いいや、知らないな。第一次大戦だったら、俺も前線にいたが、そんなものは見えなかった」
「一説には、城国最上階付近が、なんらかの事態が起きて、大爆発を起こしたらしいの。その時の爆発で、城国の壁面が地上に落ちたらしいのよ」
「そんな事が……? あんな高い城国から、石なんて落ちて、まして人に当たったらと考えると、ぞっとするな」
「まあ、あくまで一説よ。それに怪我人はいないみたいだけど、あまり信憑性のない話ね」
情報伝達の分野において、地上はあまりにも確立がなされていない。この事実に、溜め息をついてしまう。
「シュネリ湖と落ちてきた石と、どう関係があるんですか?」
純粋な疑問。
こういう時、雰囲気などを感じずに、率直に聞く事ができてしまうティアナの、長所というか、短所というか――。
「石はシュネリ湖付近に落下したわ。シュネリ湖そのものは綺麗だけれど、付近は石が散らかった、その程度の話よ」
めずらしく、シンラの感情は昂っていた。
「そうやって人が争う度に、地上が汚れていってしまう……」
「そうね……。早く終わらせないといけないわね。こんな戦いを、ね」
「――キャハハハ!」
しんみりしたムードは一変、甲高い笑い声によって、緊張感に包まれた。
「戦いを早く終わらせる、ですって! 城国に逆らわずに皆殺しにされれば、話は早いわよ? キャハハハ!」
「お前ら……っ!」
その笑い声、カルマンには聞き覚えがあった。否、忘れてはならなかった。
そこにいたのは、二人の男女。城国が保有する、二人のアルティロイド――光の騎士リオと、闇の騎士クリッパーだった。