20,放出される力
(勝ちたいっ、勝ちたいっ、勝ちたいっ! 負けないようにしなくちゃ、もう負けないように。どんな人が相手でも、勝てる力がほしいっ!)
「な、何だってんだよ、一体!?」
男はただ気圧されていた。ティアナから発せられる、得体の知れない、不安定な何かによって。
「ぐ、うっ、うぅ……!」
ゆっくりと立ち上がるティアナ。その振る舞いは、いつもの彼女のそれとは、火を見るより明らかな程に、他人のように感じられる。
相手を倒す事のみに、特化した闘気である。しかし、その割には酷く情けない闘気。目的が定まらないような、気迫に男は圧されていたのである。
「……初見からそうだったけどよ、お前、どう見ても変な奴だよな? 下手すっと、俺に近いもんか……いや、そりゃないか」
男は、圧されている割には、まだ余裕を伺わせる。アルティロイドであるティアナと、真っ向から戦える戦闘力といい、戦闘慣れした雰囲気といい、男も常識からかけ離れた何かを、持っている事実は明確だろう。
「絶対にっ……負ける、もんか!」
ティアナが、一気に駆け出した。今までの速さが、嘘のような速さ。それでいて速いだけでなく、力強さも兼ね備えている。
男もこれを迎撃せん為に、構えをとる。構えといっても、ほとんどノーガードに近い。
(速いな……まるで、あいつみたいだな。いや、下手すっと、あいつより速いか)
第二幕、最初の一撃は、ティアナの攻撃から始まった。先程のお返しと、言わんばかりの、気迫のこもった右ストレート。
だが、この攻撃は、当然とばかりに、男が難なくかわしてみせる。更に間髪入れずに、フォローの左ストレート。大振りだが、一撃自体が鋭すぎる為に、避けるのさえ集中する。
(さっきの掌打と違って、確実に俺を倒しにきてるな。……面白ぇ)
ティアナの連続する、右と左の攻撃を避けきり、反撃の一打を与えにかかる。「……パンチってのはな、こうやって打つんだよ!」
男は、ティアナの右ストレートに合わせて、カウンターの右を腹部に放つ。
確かな手応え。男性とは違い、女性の、まして少女の柔らかい腹部に、拳をめり込ませた。さすがに男も、軽い罪悪感を感じざるをえなかった。
ティアナも悶絶しているのか、あるいはこの一撃で、気絶してしまったのか、体の動きがぴたりと止まってしまった。
「悪ぃな、痛かっただろ? でもな、喧嘩を売るあ……っつあ!?」
男が喋っている途中、急に男は後方に吹き飛んだ。ティアナの攻撃が、男に命中したのが理由である。
「な、何!?」
「――勝つんだ、勝つんだ、勝つんだっ!」
狂ったように、その言葉を発し続けるティアナに、うっすらと桃色の膜のようなものが、纏っているのが見える。
(何なんだ、あの女。急激に攻撃力が上がりやがった。いや、攻撃力だけじゃねぇな、俺の拳は間違いなく致命打だった。するってぇと、防御力もアップしてると見て、間違いはなさそうだ。それに……あの桃色のオーラ……)
「勝つん、だっ!」
「はっ……」
再び攻撃に転じた、ティアナの速度は、一つ前の攻撃時を、遥かに凌駕していた。この世界に、過去これ程の速さで動いた生物は、間違いなくいないだろう。
ただ振り回すように放った、右の拳だが、確実に男を捉え、大きく後方へ弾き飛ばした。
「ぎっ……!」
吹き飛んだ男に、追撃を与える為、ティアナは一足で大地を蹴り、爆発したような衝撃と共に、飛翔する。
(な、んて、一撃、だよっ、コンマ何秒か、気絶しちまった、この俺がだ! あの女、ただじゃ……いっ!?)
男の視界に、ふと入ったものは、自身の右手に桃色のオーラを、溜めているティアナの姿だった。そのままティアナは、掌を男に向ける。
「……っの、馬鹿野郎がぁっ!」
と、言ったか言わないかのタイミングで、ティアナの掌から、集約されたオーラが放たれた。桃色のオーラが、男を飲み込まんばかりに、包み込んでいき、そして激しい衝撃波が、辺りを襲った。
砂埃が、一帯に撒き散らされる。その中で一人立つティアナは、文字通りの無表情だった。表情豊かな、ティアナという名の少女には、あまりない表情だといえる。
男も砂埃の中から、立ち上がってくる。見た目からは、派手なダメージは無さそうだが、問題なのは内面である。ティアナの攻撃は、確実に男の体力を奪っている。
「……っぺ。なるほどな、その剣といい、強さといい、お前はかなり、スペシャルな存在らしいな。……本気でやっちゃるよ」
そう言うと、男からも闘気が放たれる。やはりこの男は、ただ者ではない。ティアナのように、身に纏う不思議なオーラこそ無いが、放たれる闘気量だけならば、簡単にティアナを越えている。
「俺を本気にさせちまった、お前が悪いんだぜ? ……行くぞ、こらぁっ!」
男とティアナの、常人離れした、第三幕が始まる。
――一方、元いた場所では、気絶していたカルマンとシンラが、目を覚ましていた。
「……つ、つ。大丈夫か、シンラ?」
「ええ、貴方が心配してくれるなんて、嬉しいわね」
こんな状態でも、悪戯な態度は変わらない。
そろそろ慣れてきたのか、カルマンも相手にしない。
「しかし……」
辺りを見回すと、怪物が暴れまわったような惨状と、化していたのだった。
カルマンの過去の記憶から、アルティロイド、あるいは一部のキメラになら、ここまでの破壊を行えると、考えていた。アルティロイドは、言うまでもなくティアナであるが、だとしたら相手は誰であろうか?
これも十中八九、あの男である。だが問題はそこではない。本当の問題点は、アルティロイドであるティアナと戦い、辺りをここまで破壊する事ができる、男の正体である。戦い慣れたカルマンに、キメラであるシンラを、一瞬で倒してみせた。つまり最低でも、シンラクラスの能力者を、簡単に倒せるだけの、戦闘力を持った、キメラという事になる。
いくら強くたって、普通のヒューマンが、キメラやアルティロイドと戦える程に、強いわけがない。戦闘における、根本的な部分が、ヒューマンはキメラとアルティロイドに、敵わないのである。
「最悪、敵は――」
と、言いかけて、何者かの気配を感じる。邪悪な気配ではなく、むしろ純粋な気配の為、カルマンとシンラは、大した警戒もしないでいる。
「――ごめんなさい!」
近づいてきた気配は、第一声にその言葉を出した。若い女の声である。
目で見て確認すると、声の通り女である。ただ声質が、若干幼さを含んでいた為に、女の子かとも思えたが、立派な女性がそこに立っていた。やや茶系の髪の毛に、腰の長さ程ある、少し長めの三つ編みが特徴的である。その風貌から、何故かどこか懐かしい、カントリーな感覚を垣間見える。
「いや、あんたは誰だ?」
無愛想に問いかけるカルマンだったが、女性は気にせずに、自己紹介をする。
「私はアイ。ラクスタナ・エルボンレーテ・ムジェッロ・ホォンク・メキタナ・アイ・ストレンティエーネ、です」
カルマンもシンラも、ただ絶句していた。あまりにも長い、その呪文のような名前に、だ。
「そ、それで、何でそのアイさんが、俺達に謝るんだ?」
「あっ! そうでしたそうでした。一応、聞いておきますけど、旅人さん達は、野蛮そうで口の悪い男のせいで、こんな事になっちゃったんです?」
この言葉を聞き、シンラは含み笑いをしながら、カルマンをチラっと見ている。
「あんたの言う男かは知らんが、確かに男にやられた……えらい強さだ、あれはあんたの……」
と、言いかけた時、
「すぅぅぅー……、ラティオぉぉぉぉぉっー!」
素朴で純情そうな外見に似合わず、アイは馬鹿みたいに大きな声を、腹の底から発した。
アイは、ラティオ、と呼んだ。カルマンとシンラを、軽々と倒してしまった、あの男の名前なのだろうか?
「――オラオラオラオラオラッ!」
機関銃ならぬ、機関拳のような、男の猛烈な連打。既に出される拳は、端からは見えない。
だがそれを、防御と回避を上手く使い、見事に致命打をもらわないティアナ。ティアナの顔からは、完全にいつもの明るさは、消え失せてしまっている。まるでとり憑かれたように、戦っているのだ。
「やるじゃねえかっ、俺をここまでマジにさせたのは、そう多くねえぜ!」
男は、戦闘そのものを、楽しんでいるように見える。まだついさっきの方が、紳士的に見えてしまう。
この男もティアナも、共通して言える事は、戦う前とは雰囲気そのものが、違うという事だ。これではまるで、別人そのものである。
「私は……もう、負けない!」
男の連打とは違い、ティアナはオーラを拳に溜めての、一撃の破壊力で戦っている。
「もう負けない、か。お前も大分、敗北の味を知っているみてえだな。でもよ、そんな台詞は、切羽詰まってる奴が、言う言葉だぜ!」
男の拳が、ティアナの顔面を捉え、後方へよろめかせる。男の攻撃力も相当なものだが、それ以上にティアナの防御力が高く、決定的なダメージにならない。
この桃色のオーラが出てから、ティアナの攻撃力、防御力、共に従来よりも、底上げされている感がある。しかし、この二つよりも、凄いと思わせるのは、殴られても何事もなかったようにさせる、圧倒的な回復力である。
(一発もらっても、まるでへっちゃらってか。この女、打たれ強いにも程がありすぎるぞ。……だが!)
一発で駄目なら、二発、三発と、容赦のない拳を、ティアナに当てていく。普通ならば、死んでしまうようなものだが、ティアナは平然として受けている。
それでも男が形成する、拳の弾幕の厚さに、反撃の糸口が見出だせないでいる。例え謎の力により、戦闘力そのものが底上げされていても、この辺りの対応力の無さが、経験不足を露呈している。
「――ラティオぉぉぉぉぉーっ!」
と、その時、突然の横やりと言うべきか、大砲のような声がこだました。
これには男もティアナも、途端に我にかえる事になる。
「あれ……私は……」
「ちっ、良いところだったのにな。ありゃあ、アイの声だ。ったく、城国の奴らに見つかるから、大声は出すなって、言ってあるのにな……」
盛り上がった遊びを、邪魔された子供のように、男はわかりやすい態度を見せた。対して、ティアナは今の今まで、何をしていたのか、まるでわかっていないようだ。
「ま、なんだ、お前さ、結構強ぇじゃないか」
「あ、はあ……?」
「意味不明な部分もあるが、お前の強さの秘密、直に戦ったからこそ見えたもんがあるっ。その辺のとこを、落ち着いて話したいからな、俺についてきな」
男は、偉そうな手招きをしている。だが、妙に様になっている。
何が何やら、の状態のティアナは、とりあえず男に従うしかない。記憶にノイズが走っていて、何故自分が、こんな状況になっているのか、頭を整理していく。思い出せたのは、目の前の男に、カルマンとシンラを倒された事だ。
(わからない。その後、私はどうしたんだっけ? 師匠とシンラさんが、やられて……あ、二人は無事かな? えっと……そうだ、私はこの人と戦ったんだ、でもこの人は、とても強くて……。ここから先がわからない)
「おい、考え事してる最中に悪いんだけどよ」
ティアナの考え事は、男の突然の呼びかけに、中断せざるをえなかった。
「あ、はい、何ですか?」
「俺はラティオってんだ」
「あ、ティア……です」
急な自己紹介。ティアナはうっかり、自分の事をティアナと言いそうになったが、ギリギリで踏みとどまり、決められていた愛称を教える。
男の名前はラティオ。ティアナは知る由もなかったが、かつては城国に所属し、爆炎の騎士と命名された男である。つまり――。
「ご丁寧にサンキュな。……さて、回りくどいのは嫌いでな、単刀直入に聞かせてもらうけどよ」
ティアナは「はい……」と、相槌を打つ。
「お前、アルティロイドだな」
ティアナに言い知れぬ、衝撃が走った。まさかアルティロイドという単語が、こんな辺境の地で、出てくるとは思いもしなかったのだ。しかも、問いかけは正解である。
だからこそ迷った。素直に「はい」と言うべきか、とりあえず誤魔化すか。何にしても、ラティオの問いの真意が、全く見えてこない。
答えに悩んでいるティアナを見かねて、ラティオは言う。
「心配すんな、俺もお前と同類だ」
この言葉も、ティアナにとっては、衝撃の二文字しかなかった。単刀直入すぎて、逆に悩んでしまう。
「え、えっと、同類というのは……?」
「ああ、ここまで言ってわからねえのか? 見た目の割には、馬鹿だなお前」
ティアナは不思議と、嫌な気分にはならなかった。ラティオのさっぱりし過ぎる性格が、そう思わせるのか。
それに「見た目の割には」という言葉が、遠回しにくすぐったかったのだ。裏を返せば、頭が良さそうに見える、という事だからだ。
「俺もアルティロイドだ。だから安心しな」
「ああ、そういう事ですか! なんだ安心……って、えっ!?」
ティアナはラティオに、驚かされっぱなしである。