8,二人の喧嘩
「――アハハ、あ、これかわいい。これも良いなぁ」
ふとしたキッカケで、サンバナの町の町長を救出。ティーダとティオは、サンバナの町へ招待され、数日間の滞在を許される。そして滞在一日目。
「あ、この機械使えるかも……」
ティオは昨日から今まで楽しそうに、はしゃいでいる。まるで子供だな、とティーダは鼻で笑った。
(しかし、何の連絡も無しに一日滞在してしまったな。……あまり長居もできない、か)
「……おい、ティオ!」
「どうしたの、ティーダ?」
「思えばキャンプに連絡も無しに来てしまっている。今日の明るい内にはここを出よう」
「今日、随分と急な話だね……」
ティオは納得するが、やはり寂しそうな顔をする。こんな時代でもなければ、本当ならば同年代の友達と、こんな風に楽しく買い物を楽しんでいたのだろう。
「うん、みんなを心配させちゃいけないもんね。護衛よろしくね、ティーダ!」
無理をしている、ティーダはその小さな背中を見て感じた事だ。
「……やれやれ。……んっ!?」
ティオを追おうとしたティーダの目に、一つのアイテムが目に入る。そのアイテムはワセシアの花飾りである。
(――ったく、本当に俺は何を考えている。だが、値段だけ、値段だけだ!)
その店には、少し歳のいった女主人が店を経営している。植物に関連した定番の、薬草や毒消し草といった商品が並んでいる。
「いらっしゃい! ……おんや、アンタ見ない顔だね?」
「あぁ、訳あって立ち寄ってな」
「はぁー、旅人さんかい? こんな時代に旅をするなんて凄い事だね」
ティーダは女主人の言葉を無視し、ワセシアの花飾りの値段を確認する。持ち金は1000マーネ。ワセシアの花飾りは1200マーネだった。
(……ま、そんなもんだよな)
「おや、ワセシアの花飾りかい? さすが旅人さん、お目が高いねぇ」
「いや生憎とマーネが足りてない。諦めるさ」
「ありゃ……それは残念だね。他の商品なら値切っても良かったのだけれど、残念ながらこのアイテムはちょっとねぇ……。この価格だってかなりの良心価格なんだよ?」
女主人は本当に申し訳ないと思ったのだろう。悪くもないのに深々と頭を下げてくる。
「いや、良いんだ。別に絶対ほしいわけでもなかった。ただそれだけさ……」
依然として謝り続ける女主人を尻目に、ティーダはティオを追いかけていく。人混みの中で、完全にティオとはぐれてしまった。
「――あ、ティーダ。ようやく見つけたよ、駄目だよ迷子になっちゃ!」
「……迷子、俺が?」
相当探し回り心配していたのか、どこか安心したといった様相である。そしてティーダの手を強く握りしめた。
「とりあえず町を出るなら町長さんに挨拶してからね。せっかくお世話になったんだから」
ティオは強引に、ティーダの手を引き先導していく。既に町の地図でも暗記したのか、人をかき分けてすらすらと進んでいく。しばらく歩いていくと、他の建物とは違い、明らかに豪華に作られた家がある。扉を軽く叩くと、中から「どうぞ」と声がしてくる。
「失礼します。町長さん、お時間の方は大丈夫ですか?」
「あぁ君達は……。どうしたのかね、我が町は楽しんでくれているかね?」
「はい、とっても。……それで突然なんですが、私達は今からキャンプへ戻ろうと思いまして……」
ティオは申し訳なさそうに、そして心残りがあるといった表情で話している。
「なんと……、本当に突然だねぇ。しかし君達には君達の理由があるだろうしね、それに数日後にはまた来てもらえる事だろう」
「はい、その時はよろしくお願いします」
町長は笑顔で二人を見送る。軽く一礼して、ティーダとティオは町長宅を後にする。
「本当に良いんだな? 自分で言い出した事だが、もう少しはいても良いんだぞ」
「ううん、大丈夫。早く帰ってソリディア兵士長の指示を聞こうよ!」
「おい、あまり先に行くと危ないぞ!」
「大丈夫、ティーダがいるからっ!」
こうしてティーダとティオの二人は、サンバナの町を出てパーシオンのキャンプ地へ戻っていく。
――キャンプ地。レジスタンスパーシオン。
「二人は戻ってきたか、カルマンよ?」
「あ、ソリディア兵士長。……いえ、全く戻ってくる気配はないです」
ティーダとティオの二人を案じるソリディアと、ティオを案じるカルマン。
「まぁティーダがいるはずだから大丈夫だと思うが、さすがに連絡が無いのは心配だな……」
「全くです! ……あのヨソ者め、ティオに何かあったら……!」
「……ん、はっはっは! カルマン、ティオが心配か?」
「え、えぇっ!? い、いや、そんな事はないですよ、俺はただ兵士としてですねっ……」
「うむうむ、青春だのぅ、羨ましいのぅ」
顔を真っ赤にするカルマン。それを見て大笑いするソリディア。
「まぁ何にしても、この心配が一時のものである事を望む。二人が帰ってきたらすぐに知らせてくれよ」
「はいっ、了解しました!」
一言返事をして、ソリディアは兵士用のテントへ戻っていく。見えなくなるまで敬礼をして見送る。
(――ティオ、無事でいてくれよ。そしてティーダ、てめぇはぶっとばすっ!)
ざわめく気持ちを無理にでも抑えて、カルマンはティオと、一応ティーダの到着を待つ。
一方、兵士用テントに戻ったソリディア兵士長は、椅子に深々と座り、深々と溜息をついた。
「はぁ…………。いやはや、年寄りには荷が重い心の負担だな」
「はっはっは! 兵士長殿はそんなに老け込む歳ではないですよ」
言葉をかけたのは、パーシオン兵士団の事実上の二番手でもある、ハリス副兵士長である。ハリスはまだ若いにも関わらず、一気に副兵士長にまで上り詰めた凄腕の剣士である。
「私だってもう四十五だよ? いい加減に一線は退かねば新時代の若手の邪魔になるさ」
「そんな悲しい事を仰らないでください。兵士長殿には、まだまだ私達の良き手本、良き目標であってほしいのです!」
「こいつめ……嬉しい事を言ってくれるもんだ。目頭が熱くなってしまうではないか。……だがな、やはり心配は尽きんよ」
目に溜まった心の汗を、指で軽く拭き取ると、感慨深くそう口にした。
「……あの二人、特にティオさんの安否ですか?」
「まぁな……。良いか?」
「どうぞ」
「ふむ……。ティオはな、十五年前に偶然的に私が拾った子なのだ。その当時の任務を命からがら遂行し、キャンプへ戻る途中の私の耳に、赤子の声が聞こえてね。その時に拾った子がティオだ。暇があればティオの両親を捜したりもしたが、いまだに見つかりはしない。何故、あんな所に赤子がいたのかは定かではない。その赤子の情報は全く不明でね、唯一は首から提げられたドッグタグ、か」
「ドッグタグ、ですか?」
ソリディアは、自分の首から提げているドッグタグを、ハリスに見せる。
「これがそのドッグタグだ。見てくれ、既に削れてしまっていた為、全部は読み取れないが、ティという文字はかろうじて読み取れるな?」
「はい、確かにティがありますね……」
「うむ。恐らくはティオの本名が書かれていたのだろう。だから私はせめて親が名付けた、ティから始まる名前を付けてあげたかった……」
「それでティオ、ですか?」
ソリディアは静かに首を縦に動かし、その事を肯定する。
「私は結局は実子が誕生する事はなかった。だからティオを我が子のように、力一杯に育てたつもりだ。血は繋がっていなくても、あの子は私の娘だよ……」
「兵士長……。大丈夫です、きっとティオちゃんも兵士長の事を、実の親のように慕っていますよ!」
ゆっくりと目を閉じ、再び深い溜息をつく。心の中の鬱憤のようなものを、吐き出したような溜息。ハリスはそれに合わせて、物音一つ立てずに、静かにそこにいる。その時、外から大きな声で、何かを叫んでいるのが聞こえてくる。
「――帰ってきたぞぉ!」
その声に、ソリディアは椅子を蹴るような勢いで立ち上がる。
「ま、まさか……!?」
「えぇ、きっとそうですよ、兵士長!」
ソリディアとハリスは、兵士テントから出て確認に向かう。
――サンバナの町から約一時間半。仮に敵に見つかっても、戦闘で勝てる絶対なる自信があったティーダだが、ティオの可能な限りの殺生は行わないようにしよう、という言葉により、ゆっくり歩いた結果がこれである。代わりに敵に合う事は一度も無かった。
「……おぉ、ティオ」
「ソリディア兵士長、ごめんなさい……、何も連絡をしないで……」
「うむ、怒ってやりたいところだが、今は無事に帰ってきた事を喜ぼう。まずは休みなさい、話はそれからで良い。ハリスよ、ティオをテントまで送ってやってくれないか?」
「了解しました。さぁ、ティオちゃん」
キャンプ地なので心配する事はないが、念の為に護衛させ送らせる。
「……さてティーダ。一体、どうしたというのだ? ティオの探索の護衛を任せて、それっきりだったではないか?」
「あぁ、偶然的にもサンハナの町長が、襲われているのを発見してしまってな。町に招待され、そこで一晩だけ休ませてもらった」
「何と……。では交渉のすぐ後にか、不運なものだ」
「町長から交渉の事については、ある程度の情報だけ聞いた。戦場となる現地の状況の確認も含め、サンハナの町へ立ち寄っていたんだ」
「ふむ……。わかった、この件に関してはお咎め無しとしておこう。お前もゆっくり休んでくれ」
ソリディアは兵士用テントへと戻っていく。ソリディアが戻ると、その場に集まっていた兵士達も、四方へと散っていく。だが一人だけ、睨みを利かせている男がいた。
「おい、ヨソ者っ!」
「……ふぅ。別に名前に愛着は無いが、いい加減にその呼び方もしつこいぞ。喧嘩売ってるのか?」
「あぁ、テメェみたいな奴相手にいくらだって喧嘩売ってやるさっ、だがな、ティオを危険な目に合わせるんじゃねぇ、コノヤロー!」
感情をそのまま吐き出す大声をあげるカルマン。その声はキャンプ地全体どころか、外にまで聞こえる勢いである。それを聞きつけ、離れていった兵士達も集まりだし、ティオを送っていったハリスも来る。
「お、喧嘩か!? 良いぞ、やれやれっ!」
「さぁどっちが勝つかな? ティーダとカルマン、ティーダとカルマンだよ!」
集まった兵士達は、睨み合うティーダとカルマンを見て、好き放題な事を言っている。
「こらっ、お前達、何をしている! 喧嘩なんて馬鹿げた事はやめないか!」
戻ってきたハリスは、大声でその余興を止めるように大声を出す。
「いいや、ハリス副兵士長。いくら副兵士長のお言葉でも、これだけは譲れねぇっす!」
「カルマンッ!?」
「いちいちうるさい奴だ。簡単な話、鬱憤を晴らしたいんだろ? ならとっとと来たらどうなんだ?」
「……ティーダも、やめないか!」
一人止めようとするハリスを差し置き、ティーダとカルマンは勿論。集まりだした兵士達もすっかり、頭に血が上ってしまっている。既にお祭り騒ぎになっている。
「拳骨で来いっ! タイマンはれや、コノヤローが!」
カルマンは腰に下げていた鋼の剣を、地面に放り投げる。
「上等だ。顔が変形してもしらんぞ?」
同じくティーダも腰に備えたヴェルデフレインを投げる。
「へっ、いくぜヨソ者がっ!」
先に仕掛けたのはカルマン。駆け引きも何もない、利き腕の右手に力を込めてのストレート。しかしそれを難なく避けてみせるティーダ。
「――馬鹿が、そんな大振りがいきなり決まるか、このド阿呆」
「っんだと、コノヤロッ! ウラッ、ウラウラウラッ!」
ティーダの挑発に乗ったカルマンは、両の拳を振り回すようにけしかける。だがそんな大振りは当然のようにティーダは避けてみせる。
「ちっ……。そんな攻撃だから、お前はいつまで経っても二流なんだよ!」
「これは喧嘩だぞ、馬鹿野郎! それにテメェこそ避けてばっかじゃ、戦いには勝てないの知らねぇのか、タコ!」
「ほぉ……、上等だ」
ティーダは左ストレートをカルマンに放つ。あまりの鋭さの拳に、カルマンは反応できずに直撃を受けてしまう。一発当たった事により、見物している兵士達の興奮は絶好調になっている。
「……うっ、がぁっ……、よ、ヨソ者めっ!」
ティーダもそこまで馬鹿ではない為、最低限の手加減の拳をぶつけた。当たったカルマンも鼻血が気持ちいい程に出ている。
「よく顔面がくっついているな。防御能力のタフさだけは誉めてやる」
「て、テメェのクソ拳なんて屁のカッパだってんだっ。俺は、テメェのクソ拳を何発も耐えるが、テメェは俺の拳一発で終了だっ!」
再び大振りの一撃をティーダに見舞うが、やはり難なく避けられてしまう。
「だから馬鹿なんだよ、お前は。高い攻撃力も当たらなければ意味がない……。そんな事もわからないのか、だからお前は三流なんだよ」
「二流や三流ってうるせぇんだよっ! この四流がぁっ!」
再度、大振りの一撃を繰り出すが、今度は逆にその一撃を反撃されてしまう。カルマンの歯が何本か吹っ飛ぶ。更にそれと共に鮮血も飛び散っている。
「俺が四流ならお前は五流だ、この最強の六流が!」
「……もう許さねぇぞ、ティーダッ!」
気が付くと、周りにいるのは兵士だけではなかった。パーシオンに暮らす一般の人々まで、集まりだしていた。それを楽しそうに見ている者は良いが、ハリスは一人腹痛を伴っていた。
「――馬鹿者っ! やめんかっ!」
大歓声と熱気溢れる喧嘩場に、ソリディアの声が地鳴りのように響く。その瞬間、熱気と歓声は面白い程にぴったりと止まった。兵士達は全員が敬礼し、一般の人々は静かに去っていく。
「ったく、貴様ら……。ここで一体何をしていたんだ?」
「…………」
ティーダ、カルマン、ハリス、その他兵士達も皆が沈黙を貫く。
「貴様ら……何をしていたのかと聞いているんだぁっ!!」
まるで鬼が叫んだかのようなその声に、さっきまで頭に血が上っていた兵士達全員が震えている。埒が明かないと判断し、ソリディアはハリスに睨みを利かせる。
(――や、やっぱ僕かよぉ――)
極度の緊張による腹痛が、ハリスに襲いかかっていた。
「ハリス、何をしていたのだ?」
「は、はいっ、兵士達による親睦会であります!」
「……ほぉ、親睦会か、それは結構な事だな。連携を上手く行う為には、兵士達による親睦は必要不可欠だな。なぁ、ハリス副兵士長?」
「は、はい、仰る通りであります。ソリディア兵士長!」
「……うむ。……さて、貴様達、手を後ろで組み、胸を張って、歯を食いしばれ!」
ハリス含め、以下全ての兵士がソリディアに言われた通りの格好をする。そして最初にハリスの目の前に立つ。
「……いくぞ?」
「い、いいい、いつでもっ!」
「……馬鹿者ォ! ……馬鹿者ォ! ……馬鹿者ォ……!」
ソリディアはその馬鹿者という言葉と共に、兵士達に鉄拳をぶつけていく。そして殴られていく度に、兵士達の断末魔が空へ舞っていった。最終的にはティーダとカルマン、つまり文字通り全ての兵士に鉄拳をぶち込む。
「――以上っ!」
「ありがとうございましたっ!」
その夜、ティーダ以外の全ての兵士は、殴られた顔面の激痛により眠れなかったという。