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アルティロイド―究極の生命体―  作者: ユウ
ゼロの胎動~対極生命~
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19,爆炎の再来

 ――およそ十五年と、少し前の事だ。

「く、……そ、……ダメ、なのか……っ」

 全身には無数の傷と、火傷により赤くなった皮膚。何をどうやったら、肉体がここまで痛めつけられるのか、皆目見当もつかない。

 かろうじてわかる事は、この者が男であるという事だ。外面上は、酷くボロボロになっているが、流麗な肉体の持ち主である。そんな男も、死の縁に面している。

「ちっ……、ここ、が……死に、ば、所……か……」

 男は目線だけで、辺りをゆっくりと見回す。男の状態とは全く異なる、静かで美しい木々が、視覚に入り込んでくる。鼻に入るは、優しい緑の香り。これだけで十分に、男の精神を安らぎに満ちさせる。

 全てを受け止めてくれるような、大自然の様相に、男はここが死場所で良いとさえ思えてしまっていた。生命は皆、大地に還る。

 力を抜くと、土の香りが肺を満たしていく。自分の肉体が、土と同化していく気さえ感じられる。不思議と、この香りは知っている。それは母体から生まれる、更に前の事になるのかもしれない。

(……悪くない、か)

 もう男は、喋る体力さえ、大地に吸いとられていた。目からは光が消えていき、そっと重い瞼が閉じていく。感覚が閉じていくのがわかる。自分が自分でなくなるのではなく、一が無になるようなものである。

 視覚は閉じた。痛覚は既に感じられない。残る感覚も、自分の意志とは関係なく閉じていく。最後に聴覚を閉じようとした時、男の聴覚はそれを捉えたのだ。

(気配……?)

 男は全霊をかけて、瞼を上げる事に集中をした。上げる事はできたが、他人から見れば、閉じているのと同じである。しかし、男にとっては十分すぎる程に開けたのだ。

 気配を感じた通り、そこには人型の何かがあったのだ。野生動物ではないらしい。いや、或いは熊などの動物かもしれない。人型というだけで、人間と判断するには、いささか早計過ぎるのかもしれない。だが男にとっては、それの正体が人間であろうと熊であろうと、最早どうでも良い事になっている。何をされても、反撃をする余裕など無いのだ。

(どうにでも、なりやがれっ……)

 男は再び目を閉じた。その瞬間、男の口元に何かが触れた。特に重さは感じられない。

(なん、だ……?)

 口元に落ちてきたものは、当たり前のように口の中に入っていき、染み渡り始めた。

 個体ではなく、液体である事に気がつくのには、それなりの時間がかかった。そして液体の正体が、単なる水である事に気づくのにも、更なる時間を要した。

 男は喉を鳴らすように、一滴の水を飲み込む。飲む、という程の量はなかったが、男を蘇生させるには、程好い量であった。

(ああ……うめぇ……。水ってのは、こんなに美味いもんだったのか……)

 だが、男の意識はそこで途絶えてしまったのだ――。



「時間も大体ぴたりだな。大したもんだよ」

 ティアナ達の前には、小さな集落があった。この時代を考えれば、自然に囲まれていて、まるで楽園のようである。よく城国に荒らされなかったと、カルマンは思う。

 村とも呼べない小ささである為、城国兵達も気づかなかったのか? どんな理由であれ、無事な事に越した事はない。

「おかしいな……」

「はい。人の気配があるのに、人が見えない」

 招かれざる来訪者を、歓迎していない雰囲気は、痛いぐらいに感じられる。

「すみません、誰かいませんか!?」

 ティアナは大声で呼びかけてみた。城国兵に感付かれる可能性もあったが、既にやってしまった後の祭りである。

 カルマンとシンラも、辺りを見回すが、誰一人として見つけられなかった。

「気配はするんだけどな……」

「それに……何か不思議な感じが……」

 その感覚は、ティアナにしか感じられなかった。カルマンは勿論、キメラであるシンラでさえ、特殊な感じはない。

 この集落で感じられる気配から、人数はおおよそ十人を少し越えているか否か。その内の一人だけが、変な感じがあると、ティアナは言っているのである。

「――あっ!」

 ティアナが何かを発見する。その視線の先を、カルマン達が追っていくと、そこに人が立っていた。

 茶系混じりの長白髪であり、上半身は何も着ていない。代わりに鍛え抜かれた、鋼鉄と思わせるような、胸板と腹筋を見る事ができる。筋肉を遠目でも確認できる程だが、細身であり、速さを感じさせる。どう見ても男であろう。

 何よりも、その男の体に注目してしまうのは、流麗な筋肉があるからだけではない。肉体に刻み込まれた、無数の傷痕。中でも、左目の深い傷。どうやれば、あれ程の手傷を負いながら、生きていられるのだろうか。思わず考えさせる。

 これだけで素人が見ても、男が歴戦の猛者である事が、一目瞭然である。

「おい、お前達は何用でこんな所へきた!」

 変な訛りがあったが、普通に聞き取れた。男の声色から、怪しいと判断したら、いつでも攻撃をしかけるぞ、と言っている。

 幻想的な背景から一転、鋭利な刃物のような、緊張感が支配する。

「俺達は見ての通り、旅の者だ。決して怪しい者じゃない」

 と、カルマンは言ったが、普通に見ればカルマンの様相は、異常である。巨大な鋼鉄腕を持つ男に、女が二人、ともあれ一般的な普通からは、かけ離れているのは明確だ。

 男もその辺りで、クロかシロかを決めかねているようである。

(こいつら……一体何者だ。ただの旅人にしては、纏う空気は異質すぎる。特に――)

 男は視線を動かす。動かした先はティアナである。

(普通に見れば、ただの小便臭いガキだが、こいつが特に異質だ。なんつうのか、いつか感じた事のある……むっ!)

 男の視界に、ある物が入り込む。それはティアナの腰に携えられた、ヴェルデフレインである。

 地上にはまず無い、特殊な装飾が施された剣である。

「おい、お嬢ちゃんよ、その剣……地上のもんじゃないな?」

 男にとっては、それが決め手になる。男はその特殊な装飾を、知っていたのである。そして装飾品を持つ者が、どういう人物であるかも知っている。

「男はともかく、女を殴るのは気が進まないが……よっ!」

 男は一気に、三人との間合いを詰めてくる。まるで瞬間的に移動したかのような、凄まじいばかりのダッシュ力である。

 三人の内、真っ先に狙ったのは、他でもないティアナである。突然な事と、あまりの速度に、微動だにすらできない。

「ティアッ!」

 ティアナの前にカルマンが、巨大な右腕を盾にするように、立ちふさがる。

 男の速さと、その肉体は特筆すべき点だが、鍛え抜かれた鋼鉄でできた、カルマンの右腕は、生身の拳で殴れば、間違いなく骨折する。下手をすれば殴った側半身の、粉砕もあり得る。

「ここから出ていきやがれ!」

 男の拳と、カルマンの右腕が衝突する。十中八九、カルマンが勝つものだと思えたが、結果は裏切られるものだった。

「――ぐっ!?」

 生身の右拳の一発。それ一発だけで、総重量のあるカルマンの体躯を、完全にぶっ飛ばした。

「ティアちゃん、下がりなさい!」

 カルマンを、拳だけで飛ばした。この異様な現実に、唖然としている場合ではなかった。邪魔な壁になっていたカルマンをぶっ飛ばし、当然のように次の狙いは、ティアナである。

 それを阻止しようと、シンラが攻撃に出る。人間形態による体術は、得意ではないが、それでも並の戦士ならば楽勝する事ができる程の、実力を持っている。

 牽制打となる、狼の牙のような鋭い左掌打。牽制打だが、当たればそれなりのダメージが残せる。相手のレベルによっては、これ一発で終了である。

「遅いな」

「くっ……!」

 シンラの一撃は、男の左手で払われてしまう。まるで虫でも叩くかのように、あまりに自然であり、手加減をしている。

 そして男はシンラの腕を掴み、

「俺は女を殴る真似はしないつもりだ、極力な」

 と、言い、一本背負いのように、シンラの体を投げ飛ばしてみせる。技とタイミングなどで投げずに、完全に力だけで投げた。女性の体とはいえ、労せず投げたのだ。

 ここまでほんの数秒。五秒前後といったところか。最も、本当に五秒あったかは、怪しいところだ。カルマンとシンラ、実力者である二人が、数秒でやられてしまう。男の強さの証明には、十分すぎるだろう。

「あとは……お前だけだぜ?」

 男はティアナを、睨み付けるように、仁王立ちする。その姿は威風堂々。一朝一夕で纏える姿ではない。

 油断していたわけではないが、ティアナも気を引きしめる。この男には、経験の中から近しい感覚を、見出だせたからでもある。しかし、それが何なのかは、今の時点では思い出せずにいる。

「城国の連中は、ここに入らせるわけにはいかねえんだ」

「えっ……? 違います、私達はっ」

 問答無用、とばかりに接近してくる。男の体術は凄いが、武器を持っていない以上は、ティアナも武器は使わない。

 ティアナの武器は、ヴェルデフレインの一刀のみ。これは対黒騎士のみ、と、ティアナは決めている。並の相手では、威力が高すぎるからである。

「そら、そらっ、そら!」

 まるで弾丸のような拳である。まともに当たれば、骨を易々と砕くだろう。拳の速さは、正に機関銃だ。

 だが、ティアナも簡単には、当たるわけにもいかない。何よりも、黒騎士との戦闘経験が、ここにきて活きている。剣と拳では、拳の方が小回りに優れる為、いわゆる攻撃速度は、男の方が速いが、黒騎士は全てが速い。

(……見える。この人も、何故か常人を大きく外れた能力を持っているけど、今の私になら攻撃が見える!)

 見切れる、というには過言だが、確かにティアナは高速の拳を、確実に避けている。ある程度避けてみて、男のリーチを計ると、ティアナは反撃を試みる。

 男には説得は困難だ。軽い一撃を一発当てて、まずは男の拳という口を、黙らせようという魂胆だ。幸い体術ならば、カルマンにみっちりと仕込まれている。一般男性を倒すならば、充分すぎる程に。

「――はっ!」

 かけ声と共に、ティアナは男の腹部めがけて、掌打を繰り出す。勿論、手加減はしているが、気絶させる事を目的としている為、それなりの威力も持っている。

 ――だが、ティアナの手には、攻撃による衝撃はなく、その威力は空をさまよう。油断していたわけではないし、コントロールミスなど在りはしない。当たる間際、男の体が手から逃げた。

「良い一撃だな。余程、お前に教えた奴の、教育が良かったんだな。……でもな、それじゃ俺は倒せねえ。まして当てる事さえもな!」

 その直後、どこからともなく石、いや岩が当たったような、重くそれでいて、鋭い拳打が飛んでくる。

「うっ、ぐっ……!」

 何発打たれたのかは、皆目見当がつかない。言える事は、何発かは防御でき、何発かは直撃したという事実だけだ。肉体に鈍痛が走るが、それがどこからによるものなのかさえ、わからないのだ。一瞬で、四方八方から、同じタイミングで攻撃されたような感覚だ。たまらずティアナは、上空へ飛び立つ。

 確かにダメージは受けたが、決して焦らせられる程の攻撃ではない。意識ははっきりした為、すぐにでも状況確認を行う。この一連の動作さえ、ティアナは常人離れした速度で行ったはずである。隙というには、あまりにも小さすぎる隙だったはずだ。

「へえ、大した速さと打たれ強さだな。あの拳打といい、お前等、並の使い手じゃねえな?」

 だが男は、そのティアナの速さを、更に上を行く速度でもって、制空権を掌握していた。

「ちぃっと強めにいくぞ!」

 男の右拳が振り上げられる。馬鹿正直なまでの右ストレートである。しかし、馬鹿正直であるからこそ、この一撃は下手をしたら大きなダメージとなる。何よりも、男の目と拳が語っている。

「くっ……!」

「おまけに良い覚悟だ、なっ!」

 ティアナは腕を十字に組み、完全な防御姿勢をとる。男はそのど真ん中をめがけて、力強く拳を振り下ろした。

 大きく鈍い音が響く。肉と肉、骨と骨がぶつかり合う音である。この男は、女子供でも容赦はしないのは、この一撃で完全に思い知る。ティアナは為す術無く、そのまま地面に叩きつけられた。

(強い……)

 ティアナは地面に寝そべり、素直に男に対して思っていた。防御した両腕は、完全に麻痺してしまっていて、感覚という感覚が全くない。腕を動かす事すらできなかったのだ。

「さて、お前等がここには近づかないって、約束さえしてくれれば、見逃したって良いんだぜ? 俺も今となっては殺しはしたくないし、な……って、何だ?」

 男の視線の先には、たった今倒してみせたティアナがいる。だが男には、何かが見えていたのだ。それは恐怖に近く、だがどこか包まれるような暖かさも秘めている。その異様な不安定さが、男に寒気を感じさせていた。

(強い。この人も、クロディアンさんも。私は負けてばかりで……師匠も、シンラさんも守れなくて、こんなので……こんな力で……他人(ひと)を守りたいなんてっ!)

 ――その時、ティアナの中で、不確かな何かが産声をあげようとしていた。

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