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アルティロイド―究極の生命体―  作者: ユウ
ゼロの胎動~対極生命~
88/97

18,小さな胎動

 金属音が、絶えず鳴り響いていた。規則的、不規則的、二つの音のリズムが、音楽を奏でているようでもある。演奏者は四人。

 その中でも、二人の演奏者による音は、他の二人よりも、大きな音を奏でている。その二人とは、ティアナと黒騎士である。

 ティアナを攻撃の起点として、シンラがそれを補助する。そしてカルマンが、防御をする。三位一体、見事な連携で、黒騎士を攻め立てていく。

 一方の黒騎士は、前回戦った時ほどの、動きのキレはないようにも見える。ゼロとの戦いによって、疲れが出たのかというと、決してそうではないだろう。黒騎士の正体は、かつて最強といわれたアルティロイドの、ティーダである。そんな失敗はやらないだろう。

 そしてそれは、確かに当てはまらない事だった。黒き騎士は、迷っていたのだ。ティアナを殺すという、一つの目的遂行を、だ。

 情が移ったわけではない。迷いを生じさせる、何かがあったからだ。そう、それはゼロの存在。圧倒的な戦闘能力を備える、ゼロとの戦いからである。

 ティーダの迷い、考えとはこうだ。本来、ティーダはティアナの、悪魔としての覚醒を恐れ、早い段階での対策を打とうとした。だから、ティアナとの初戦には、なんら迷いはなかったのだ。

 問題はここから。初戦から二戦目の間に、ティーダはもう一人の悪魔、ゼロと戦う。ゼロの強さは、自分には到底手におえる相手ではなく、対抗策は見つかっていない。いや、正確には見つかっていない『フリ』を、無意識に行っている。悪魔には悪魔をぶつければ良い。目には目を歯には歯を、という言葉があるように、ティーダの考えは決して単純なものではないはずだ。

 しかし、ここにも問題がある。悪魔に悪魔を当てるという事は、悪魔は二人になるという事だ。一人の悪魔でさえも、手におえない現実があるのに、二人になってしまっては、対策など考えつくだろうか? 答えは断じて否であろう。

 ならば、手におえる悪魔は、早い段階で消去した方が、良いのではないか。こうなれば、考えはまた振り出しに戻る。それに安易ではないか。今、対処できるからと、何も考えずに対処するのは、安易すぎる。全体の動きを見るには、読みと直感は必須。そしてこの行動は、読みもなければ直感もない。だが、素晴らしい読み能力と、直感力があったとしても、確実なる未来は、誰にもわかりはしない。

 だからこそ、迷いがティーダの動きを鈍くする。本来、実力では及ばないティアナでさえも、ティーダに対抗できる程に弱体化させる。戦場での迷いは、人をとことん弱くさせる。

「――ハッ!」

 気合いと共に繰り出される、ティアナの一撃。ティーダの思考を止めさせるには、十分すぎる程の一撃である。

 黒き仮面の向こう、ティーダは舌打ちをした。思考の面で、答えの出せない苛立ち。戦闘の面で、空回りする苛立ち。ちょっと前までは考えられない程に、黒騎士ティーダは、迷い悩んでいる。

 三位一体で戦うティアナ達と、悩みながら戦うティーダ。皮肉なものだが、これでようやく、戦いの釣り合いがとれている。そのバランスは絶妙であり、お互いに攻めきれず、決め手に欠けている。

 そう判断したのか、ティーダは大きく後方へ飛び、黒剣オルグナードを、鞘に納めた。

「油断するな、ティアナ、シンラ! そいつはその距離からでも、攻撃をしかけてくるぞ!」

 大声で、警戒を促すカルマン。

 言われるまでもない。と、言わんばかりに、ティアナもシンラも、鋭利なナイフのような集中力を、保ち続けている。

 今にも切れてしまう糸のような、その場の緊張感。仮面を被るティーダの表情、纏う雰囲気からは、行動の示す意図が見えない。

 今にも弾けてしまいそうな、その瞬間――。

「……カルマン。悪魔は二人。一人の悪魔は、まだ飛び立ててはいない。もう一人の悪魔は、既に飛び立っている」

「悪魔は二人……?」

 その言葉だけを残し、黒き騎士は、姿を消すように去っていった。戦いによる緊張と、謎めいた言葉に、三人はしばらく動けなかった。

「悪魔は二人って、どういう事なのかしらね?」

 沈黙から、口を開いたのはシンラだ。

「一人は飛び立っていて、一人は飛び立ててない。……謎です」

 シンラの問いに合わせるように、ティアナも言葉を発した。

 そんな中で、ただ一人だけ沈黙を貫いているのは、カルマンである。

(悪魔……ティアナの事か……? 飛び立てていない悪魔とは、まず目の前にいるティアナと見て、間違いはないだろうな。だが飛び立っている悪魔とは何だ? 十五年前のティアナ? 悪魔というのを、強大な力の覚醒と捉えるのなら、間違えてはいないだろう。だが何故、ティーダは今更そんな事を? ……いやいや、待てよ。この考えは間違っているわけではないだろうが、どこか違う気がしてならない。一体何だ)

 確かにカルマンの考え方は、間違っていない。

 飛び立てていない悪魔とは、ティアナである。飛び立っている悪魔とは、ゼロである。

 だが、今の時点でティアナ達が、この悪魔の謎に気付く事はない。得体の知れない不安感のようなものが、三人を包んでいる。

「――黒騎士、貴方の名前を呼んでいたわね」

 黒騎士の口から出た、カルマンの名前を、シンラは聞き逃してはいなかった。その視線が問いかけてくる。

「黒騎士と知り合いなのか?」と。

 小さな沈黙の後、カルマンは言う。

「今は……言えない」

 との返答に、シンラは「そう」と。カルマンの返答から、黒騎士との関わりは明確だった。何もないならば、「知らない」や「関係ない」といった言葉を、はっきりと出せばいいだけの事だからだ。

 だがシンラも、さらにはティアナも、カルマンにそれ以上を聞く事はしなかった。時期が来たら、きっと話してくれる。カルマンとは、そういう人間だ。

「――さっ、行きましょう!」

 不安定な雰囲気を吹き飛ばすように、ティアナは元気よく言った。

「黒騎士もいなくなったし、意味のわからない言葉を、いつまでも考えてたってしょうがないですよ!」

 これにカルマンとシンラは、笑みを浮かべて、

「そうだな」「そうね」

 と、答える。考えても仕方がないのは、確かな話で、今はどんな事があっても前進するしかないのである。立ち止まっている時間だけ、敵は進行し、それによって苦しめられている人々がいるのだ。だからこそ、今は前進である。

「それにしても……」

 と、切り出したのはカルマン。

「敵に会わないように、わざわざ火山地帯を歩いたってのに、まさか黒騎士に出くわすとわな。これなら並の城国兵を相手にした方が、随分とマシだったな」

 笑い話だ。こんな会話でも、笑える雰囲気にできたのは、半ばティアナのおかげだった。不思議とティアナには、そんな資質がある。

 命懸けの旅だが、笑いながら旅をするのも良いだろう。いや、命懸けだからこそ、笑うのかもしれない。今その瞬間、その繋がりに全力だから。

「あ、そういえば、これ」

 シンラは思念武装に使った、父親の形見の牙を、カルマンに渡そうとする。

「親父さんの形見なんだろう。もういいよ、お前が持ってろよ」

「自分で言い出した事だから、ちゃんと守っておきたいのよ。……それに、いつ裏切るかわからないわよ?」

 悪戯染みた笑みだ。なんとなく、本当になんとなくだが、カルマンは苦手だった。

「シンラさんの武器、何か凄かったですね!」

 良いタイミングで、ティアナが口を挟む。最も、良いタイミングと思っているのは、カルマン一人だけかもしれないが。

「シンラのようにキメラに該当する者は、思念武装と呼ばれる、特殊な武器を扱えるらしい。……これは、その昔の俺の友人の話だが、人間の知性と、野生動物の本能が合わさる時、その者にとって思い入れのある物に、強い思念を送り込み、強力な武器と化せるらしいが……」

「らしい、が……?」

 興味津々といった感じのティアナ。目が宝玉のように輝いている。美しい、と感じられる。

 だが、カルマンには美しいとは思えなかった。

「いや、俺も詳しくは知らん。知性と野生の融合、そして思い入れのある品で、強力な武器なんて……俺には理解できん」

 この答えに、ティアナは心底がっくりしている。

 カルマンは、これが嫌だったのだ。ティアナの目が宝玉になる時、それは大概カルマンにとっては、不甲斐ない思いをする時だからだ。

「まぁ、それがヒューマンとしての限界ね。思い入れのある物を、強い武器とするのは、何もキメラでなくてもできるわ。……例えば、貴方の右腕。それも強い意思による、武器化の一つよ?」

「確かにな……」

「でもヒューマンとしてできる気持ちの強さは、知性としてのレベルの限界点。それを野生により、純粋に、強大に高める。それが思念武装と呼ばれる、私達の武器になるの」

 知性と野生の融合武器。思念武装。

 ヒューマンでもなく、アルティロイドでもなく、キメラのみに許された、究極の武器の一つ。

「――あっ」

 途端、ティアナが声をあげる。当然、カルマンとシンラは、声の出所を凝視する。

 特に特徴的ではなかったが、特徴の無さすぎる声だった。普通なら気にする必要もない程に、微々たるそれだが、無さすぎるからこそ、二人は気にかけたのである。

「どうした、ティア?」

 カルマンの問いかけに、ティアナは答えない。無言のままだ。といっても、ものの一秒、二秒程度の感覚なのだが、この状況で、この無言があるだろうか?

 その後、ティアナは何事もなかったように、

「あ、いえ、何でもないですよ!」

 とだけ返事をする。

 明らかにおかしな挙動だ。当然のように、カルマンとシンラは、心配をする。アルティロイドとはいえども、年端もいかぬ少女である事には、全く変わりはないのだ。険しいデスクロウム火山地帯を突破した為、疲れが出たのだろうと、考える他、現状ではなかったのである。

「とりあえず、どこか休める場所を探しましょう。確か……このまま北に歩けば、小さな集落があるはず、おおよそ二十年前の事だけど……」

「に、二十年前って……もう、無理だろう。城国に見つかって、壊滅させられちまってるだろう」

 カルマンの言う事の、確率が高い。だが、望み薄だが、集落が存在している事を、願うしかない。

 この三人は、野宿するのも手慣れたものだが、やはり他者の温もりが、あるのとないのとでは、大きく違ってくる。

「――あります」

 その時、ティアナがまた、いつもと違った感覚で、そう言う。感情が入っていないというのか、棒読みというのか、例えるならばその感じである。いつもとは違うティアナ。突然の変化に、カルマンもシンラも、小さな戸惑いのようなものを隠しきれない。

「北に一時間程度の距離に、小さな集落……」

「お、おい、ティアナ?」

 外面的には、魂の入っていない人形のような印象だが、その中に感じられる圧倒的な、正体不明な感覚もある。まるで嵐の前の静けさ。

「何ですか、師匠?」

 そうと思えば、いつものティアナの感覚に戻り始める。

 これに、カルマンとシンラは、お互いに目で確認し合う。

「二重人格……とかないわよね?」

「そんなはずはないと思うが……今までだってこんな事が起きたのは、初めての事だぞ」

 当の本人に聞こえぬように、小声で話す。

 だがカルマンには、ある意味では思い当たるフシが、あったのかもしれない。それはティーダの言うところの、悪魔への覚醒。もしも、ティアナの動きが、覚醒へ至る際の、いわゆる変調だとするなら、それは一つの一大事である。

 かつてのティアナであったティオも、自身の左胸が痛みだし、時としてそれは、肉体を引き裂かんばかりの、激痛として襲いかかっていた。今のティアナには、同じ症状は出ていないが、今回の挙動が、覚醒の変調とも結びつかないだろうか。

 なにしろ過去に覚醒した例が、たった一つしかない為、それがどういう意味を持つのかは、誰にもわからない状態である。

「とりあえず、だ。ティアの言った事の確証はないが、真っ直ぐに北に進もう。次の予定地は、シュネリ湖だったからな、集落があろうと無かろうと丁度良い」

 カルマンが先頭に立ち、歩き始めると、それにつられるように、シンラ、ティアナという順に歩き出す。

(……何だろう、不思議な感覚がした)

 ティアナは、自分に起きた不思議な現象を、少しだけだが理解していた。誰にも言った事はないが、自分の中に、もう一つの何かがある。ティアナという個体の中にあり、害を成すものなのかもわからない。ただ一つ確実な事は、それは少しずつ大きくなっているという事だ。

 具体的には、精神的干渉があった時に、大なり小なりそれはある。喜怒哀楽。様々な感情などである。

 時としてそれは、ティアナの外面に出て、先程のような現象を起こす。今はまだ小さな塊のようなものだが、想像以上に力強いものである。

「ほら、ティアちゃん、急いで!」

「あ、はいっ!」

 考えても仕方ない。ティアナは、そう思う事にした。

 ただなんとなく、左胸に痛みが走ったような気がしたのだ。事実、痛みは走ってはいない。その痛みは幻覚のようなものである。だが無視のできない幻覚であったのだ。

 そして、おおよそ一時間後、ティアナ達は小さな集落にたどり着き、とある人物に会う事になる。

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