17,最強と究極・決着
気付けば焦っていた。いつからなのかは――大まかにだが、見当はついている。
ゼロは強い。いや、強すぎる。元々強い事は、経験豊富なティーダからすれば、わかりきっていた事なのだが、強さは予想の遥か上を行く。
ある意味でも、ティーダは悔やんでいた。もしも最初から、全力で殺しにかかっていたら、と。いや、仮にも全力で向かっていたのなら、殺されていたのは自分だろう。事実、全力近いティーダに対して、いまだに実力を見せないゼロの構図は、最初から今まで変わる事はない。
これは最大の誤算である。少し前に話が遡るが、ティーダはティアナを殺そうとした。それは十五年前の悲劇である、悪魔のティアナの覚醒によるところがある。今のティアナは、精神的にも落ち着いていて、悪魔になる要素は、見当たりはしないのだが、それはかつてのティアナ――つまり、ティオにしても同じである。今の精神状態は、参考にはならない。むしろ重要なのは、命の騎士としての、覚醒に他ならない。だからこそティーダは、覚醒する前に、まだ殺せるうちにティアナを殺そうとした。それが人道的に正しいのかは、別問題としておいて、結果論としては正しいはずだからだ。悪魔だけは、覚醒させてはならない。
だが、悪魔は目の前に現れた。これがティーダ最大の誤算である。前門のゼロと、後門のティアナだ。悪魔は二人いたのだ。むしろ、確定した悪魔である、目の前にいるゼロの方が、現段階ではよっぽど質が悪い。強さとしては、あの時のティアナと互角が、ティーダの感覚でいえば、僅かながらゼロの方が上である。
(……できるかはわからないが、やるしかないな。最大の一撃を、奴に当てるしかない)
ティーダは、遠くに見えるゼロを、確かな照準として定める。黒剣オルグナードに、力と気が入っていく。狙いはただ一つ、ティーダ最高の技、エクスプロージョンを決める事だ。
「やるしか……ないっ」
剣を両手で持ち、弾かれたコインのように、一気に走り出すティーダ。二人の距離が、まるでそこだけ早送りをしているように、縮まっていき、そして対峙する。
「凄いエネルギーの集約だね。並の戦士では、たどり着けない領域だよ。――でも、僕にはどうだろう……ねっ!」
振りかざされた紅蓮の炎。それを纏わせる漆黒の剣。集約された最強の力。エクスプロージョン。
いつだって、この技はティーダ最高の、技であり、全身全霊をかけて、放つものである。
放たれたエクスプロージョンに対して、ゼロは左手名刀手刀をもって、その攻撃を弾きにかかる。
しかし、両者の剣が触れたか触れないか、という一瞬の間の後、耳に痛みを感じるぐらいの、強烈な爆裂音と共に、ゼロの左手は逆に弾かれてしまう。エクスプロージョンの勢いは、まるで衰える事なく、ゼロに襲いかかる。
「へえ……」
だが、相変わらず余裕は崩さず。ゼロの表情には、危機としたものがない。一体どこまで追い詰めれば、この少年から、余裕というものを、奪えるのだろうか。
「凄い威力だね。さすがは最強が放つ最強の技。……でもね、僕を倒すには、まだ足りないんだ」
ゼロは、弾かれた左手もそのままに、右手刀による、迎撃を試みる。
再び、辺りに爆音が響く。衝撃と衝撃の激突は、新たに大きな衝撃を生み出す。それは周りのものを、文字通りに吹き飛ばし、すぐに荒野へと変えていく。
「――っこの、化け物が……」
大きな衝撃の後には、小さな静寂。
ティーダの放ったエクスプロージョンは、全く同等の威力を当てられ、完全にその威力と勢いを、相殺されていた。ティーダよりも、威力の高い攻撃で、エクスプロージョンを、弾き返すのは、ゼロにとっては容易い事だろう。注目すべきなのは、完全相殺した事だ。
ティーダは、すっと力を抜き、黒剣オルグナードを、その鞘に納める。
「あれ、終わりなの?」
あどけない表情で、問うのはゼロ。
ティーダも、無表情を崩さずに、返事をする。
「最大の技が返された時点で、俺がお前に勝てる見込みはない」
「最強と言われた戦士が、随分と潔いですね?」
「……俺が、最強という名の椅子から降りたのは、当に昔の事だ」
それを聞いたゼロは、「ふーん」と、一言。途端に、やる気が失せたようにも見えた。
最強のアルティロイドは、どんなものだろう? 純粋に、それを体験しに来たゼロにとって、この結末はあまりにも呆気ない。
「まあ、いいや。帰ろっと……」
「帰る? 俺を殺さないのか?」
ティーダにとっては、ゼロは城国から送り込まれた刺客である。言葉は建前として、真意は自分を殺しに来たものだと読んでいた。
ゼロの言葉は、良い意味でも、悪い意味でも、予想外の言葉だ。
「殺すに値しないよ。それにさ、火の騎士程度の力なら、やろうと思えばいつでもやれるから、ね」
最後に、無垢な少年の笑みを見せ、ゼロは城国へと、飛翔していった。
荒野となった場所には、ただただ静けさだけが残った。
「悪魔は一人ではなかった……」
当初予定していた、覚醒前にティアナを殺す事。勝ち目のなくなる前に、これを行えば、その後の戦いは格段に楽になるはずだった。
しかし、完全なる悪魔は、予想もしていない時に現れた。その強さは現段階で、かつてのティアナと同格か、あるいはそれ以上。
今すぐに対処したいが、対処のできない、現実という問題が、ティーダに襲いかかっていた。
「前門のゼロに、後門のティアナか……。どうすればいい……?」
誰に問いかけたわけではないが、ティーダはぽつりと、そう投げかけていた。
「――あら、あの坊やが帰ってきたみたいよ? キャハハハ!」
城国に帰ったゼロを待っていたのは、リオの甲高い笑い声と、殺伐としたクリッパーの、存在感だけだった。
「やあ、ただいま」
ゼロは、それを軽く流してみせる。
「どうだったの、火の騎士は? 満足できたのかしら?」
聞いたのは、リオだ。クリッパーは、聞き耳を立てている状態だろう。
そんな二人の雰囲気を読み取り、ゼロは一呼吸置いてから、ゆっくりと話し始める。
「とても素晴らしい戦士だと思うよ。あれほどの戦士は、そうやたらと出るものじゃない。……でも、僕の運命の相手じゃないみたい」
とだけ言い、二人の前から離れようとする。
クリッパーも何も言わず、逆にそれが不気味に感じられる。ゼロが出発する前は、あれほどに感情を昂らせていたのに、だ。
あるいは満足のいく答えが、聞けた為であろうか?
「やけに冷静じゃない? キャハハハ!」
「別に……」
茶化すようなリオの態度。クリッパーも、相手にはしていない。
なんにしても、ティーダという最高峰であった、アルティロイドを廻る、密かな一連の騒動は、ひとまず落ち着いたと見れるのだろうか。結局、事態は何も変わらずに進んでいくのだろうか。
城国のゼロ、クリッパー、リオ。そして単独と動く黒騎士ティーダ。あらゆる場所を転々と移動している、ティアナ、カルマン、シンラ。三つの勢力が、各々の思いのままに、日々を進めているのだ。
そして、ゼロとティーダが戦いを演じている間に、ティアナ達は無事に、デスクロウム火山地帯の、オルゴー山を、無事に抜け出たところである。旅慣れた冒険家でさえ、悪戦苦闘の末に、突破できるのが普通だが、三人は大した苦もなく、オルゴー山をクリアしてみせる。
中でも、さすがはアルティロイドというべきか、ティアナだけは、疲れというものが見えない。
「――あいつは底抜けだな」
そう言ったのは、カルマンである。
「あら、疲れたの?」
と、カルマンに聞いたのはシンラだ。
「……疲れないわけがない。現にお前だって疲れてるだろ?」
「うふふ、そうね。でも、貴方程には疲れてないつもりよ。これでも各地域を、転々と移動した身だから」
「だから、あいつは底抜けなんだ。慣れた俺達でさえ、疲れはあるってのに、ティアはそれを感じさせない」
確かに、ティアナの足取りは軽かった。
デスクロウム山岳地帯は、決してただ歩いて突破したわけではない。予想通り、その劣悪な環境に適応する為に、特殊な進化を遂げた生物との、戦いもあったのだ。普通の動植物とは違い、強さも兼ね備えた生物達は、力及ばぬ者ならば、容赦なく命を食らう、屈強な生き物達なのである。
そんな生物との戦いでさえ、強すぎるから、との理由で、ティアナはヴェルデフレインを使わなかった。鋼の剣は折られているので、必然的に、ティアナは拳を使うしかなくなる。
「師匠! シンラさん! 早く早くっ!」
なのに誰よりも、元気いっぱいだ。
シンラは、くすりと笑い、カルマンは「やれやれ……」と、ぼやき歩く。疲れは残ってしまうが、実はこのルートが、最善の道の一つなのだ。
サンバナから北に、真っ直ぐに移動していくと、城国の警備が強く、下手をすると警備兵に、クリッパーとリオを、呼ばれてしまう可能性がある。それだけはなんとしても、避けたい事なのだ。
そしてサンバナ右手方向から、進んでいこうにも、高い山岳に阻まれてしまう。それに、こちらにも運悪く城国兵に、見つかってしまう可能性がある。
ならば、滅多に人が寄りつかない、デスクロウム火山地から、進んでいくのは、非効率に見えて、意外な程に効率的である。
無邪気に走り回るティアナを見て、カルマンはふと、頭の中に考えが廻る。
(ティーダはティアナの命を狙っている。それはかつての、悪魔としてのティアナが、覚醒する前に殺してしまおうというもんだ。だが……)
考えを一旦止め、再びティアナを見つめる。どんな時に見ても、やはり無邪気そのものだ。こんな子が、はたして悪魔になるだろうか?
だが答えは、イエスである。覚醒の際に、覚醒前の人格など、なんの意味も持たないのだ。それはティオが良い例である。つまり、現在のティアナにも、悪魔になる要素はありうる。いや、むしろ確率的には高いだろう。
そうなる前に、ティアナを殺す。ティーダの考えは、非常に理にかなっている。カルマンも、それを理解はしているが、とても納得できる事はできないのが、現状である。
「――あっ!」
と、考えにふけるカルマンの意識を、覚まさせるように、前方のティアナの声に耳を傾ける。カルマンは、近場にいたシンラを、横目で見やると、険しい顔つきを確認する事ができる。
そのまま視線を、前方にもっていくと、
「……お前」
その視線の先には、全身を黒に覆い、黒き仮面を着けた――黒騎士クロディアン――ティーダの姿を確認できた。
前回の事もあり、その姿を確認した瞬間、三人は身構える。最も、黒き騎士の狙いは、あくまでティアナである為、当の本人が一番の、緊張をしている事だろう。
(……ティーダ)
一方で、カルマンの心境は複雑だった。黒騎士の正体を知っているのは、カルマンただ一人であり、現在のティーダの、行動理念を理解している。何よりも友人である。これだけで、戦いに迷いが生じるのには、充分すぎる理由だろう。
「何をしに来た? 黒騎士!」
カルマンは、ティーダをティーダと呼ばなかった。
「……知れた事を。ティアナを、殺す」
その言葉が、その場に更なる緊張感をもたらす。あまり良い状況ではないのは、明らかである。デスクロウム火山地帯を越え、多かれ少なかれ疲労はある。とても万全とはいえない状態で、この騎士と遭遇してしまった。
いや、仮に万全だとしても、黒き騎士を止めるには、値しないだろう。中身は元最強の戦士なのだから。
「師匠とシンラさんは、援護をお願いします! 今のところ……まがりなりにも戦えるのは、私だけです」
ティアナの指示に、カルマンとシンラは、小さく頷いた。それが正しい事だと、二人は理解している。
「貴方に預けた『モノ』を、一時的に返していただける?」
シンラはカルマンに、呼びかける。
その言葉に、カルマンは思い出す。サンバナの町の宿にて、シンラから受け取った、小さな骨のようなもの。シンラの父親の形見であり、仲間の印として、カルマンが預かっていたものだ。
「……ほらよ!」
それをシンラに投げ渡す。受け取ったシンラは、感慨深そうに、それを見つめ、
「お父ちゃん……力を、貸してね」
と、呟くように言った。
すると、小さな骨、正確には牙なのだが、光だし、ゆっくりと形を変えていく。小さな牙は、一瞬にしてミドルソード程の大きさに、変貌を遂げた。
「思念武装!?」
「……思念武装」
反応は違うが、カルマンと黒騎士ティーダは、同じ言葉を、同じタイミングで放った。
それに呼応するように、今度は躊躇無く、ティアナはヴェルデフレインを抜いた。
「ふっ……なるほど、ヴェルデフレインと思念武装か、これは一筋縄ではいかないな……」
黒剣オルグナードが抜かれる。
ティアナ一向と、黒騎士との、二回目となる戦いが始まる。