16,最強と究極・後編
ティアナの墓より、やや北東に位置する場所に、二人はいる。城国の新しい力であるゼロと、黒に身を纏う火の騎士ティーダである。
この場所は、周りには何も無く、大戦以来、人の出入りがあまり行われない土地だ。それなりの戦闘をするには、うってつけなのだ。
「楽しみだな、最強のアルティロイドと戦えるなんて! これぐらいの相手と最低でも戦えないと、僕が生まれた意味がないもん」
意味深な事を、ゼロは言っているが、ティーダには関係ない。それに興味もなかった。
ただ目の前の敵を、退ける事のみに集中している。見た目は確かに子供だが、並々ならぬ潜在能力を秘めている事に、ティーダは気付いている。ただ不思議と、一種の緊張は感じていなかったのだ。逆に久しく感じなかった、高揚感のようなものが、身体中を支配していたのだ。
ティーダは、黒い鞘から黒剣――オルグナードを抜くと、静かに刀身を見つめる。現在の愛用剣、悪くはない剣である。それどころか、店屋に売ろうとすれば、相当な高値がつく程の、超良剣である。
「さっ、始めましょうか? 僕も悠長にのんびりする時間は、あまりないもので」
「……ふざけた野郎だ、自分から押し掛けたくせに。まあ、いい。……これが合図にしよう」
取り出したのは、マーネ金貨。それを指で弾くと、高速で回転しながら、金貨が宙を舞う。時間にすれば、およそ一秒になるか、金貨は地面に落ちて、二人の戦いの、始まりの合図となる。
その合図と同時に、二人は大地を蹴り、相手に前進していく。速さはティーダの方が、やや速いか。だがその差は、ほとんどないといっていい。
(速度はほぼ互角が、次は奴の力を見る。軽く牽制の一撃を与え、押し返してくる――何っ?)
戦闘巧者のティーダは、当然のように、ただ向かうだけではなく、それに伴った作戦を立てていく。しかし、ティーダは驚きを隠せなかった。
力を見る際に、相手の体格もそうだが、武器も見るだろう。攻撃の花形は、やはり武器であり、武器によって相手の戦法は変わるからだ。ティーダがゼロの武器を見たら、そこに武器は存在していなかったのである。
(俺を相手に素手だと……舐められたものだな。ならば容赦無く、その首をもらい受けるまでだ!)
相手がどんな状況下にあろうと、全力をもって相手を倒しにかかる。それがティーダの、プロフェッショナルなところなのかもしれない。
例え女子供だろうと、武器を持っていなかろうと、敵として現れたのならば、全力でこれを駆逐する。
真実は行動で示す。それを証拠に、ティーダの斬撃は、相変わらずの鋭さである。良い戦いを演じようという気は、全くといっていい程にない。一撃で終わらせて勝つ、それが感じられる。
「……くすっ」
だがゼロは、不敵に笑っている。余裕さえ感じられる笑みだ。火の騎士ティーダを相手にして、余裕でいられる者など、そうはいないはずである。
ゼロは右手を手刀の形にし、左から右へと振り切る。片一方は超良剣、もう片一方は子供の手である。普通に考えて、結果は火を見るよりも明らかだ。
二人の攻撃が交差する。金属同士ではない為、その類の音はしないが、剣と剣がぶつかり合ったように、二人の体は弾き飛ぶ。衝撃の凄まじさを物語るように、少しの時間を置いて、衝撃波が押し寄せる。
「馬鹿な……。貴様、一体何をした?」
鋭利な剣と、素手が戦えば、剣が勝つのは決まっている。誰もがわかる当たり前の事である。
しかし今のファーストコンタクト、ゼロの手刀はティーダの剣に、勝るとも劣らなかった。いや、威力だけならばゼロが、若干ながら上を行っている。
「僕は究極のアルティロイド。全身が凶器、ただの手刀でさえ、僕が振ればオリハルコン製の武器にだって、負けはしません。いわば僕の手刀は、究極の武器です」
ティーダは黙っている。ゼロの言う事には、肯定的だった。わずか一回の衝突だったが、ティーダにはゼロの底が計れていた。だからこそ、ゼロの言葉には、ハッタリがないと確信できる。
信じられない話だが、ゼロの手刀は、超良剣であるティーダの剣の攻撃力を、上回っているのである。単純計算だが、すなわち総合攻撃力は、ゼロがティーダを圧倒的に上回っている事になる。もしもゼロが、ティーダと同じランクの武器を、所持していたのならば、今の衝突で勝負は決まっていただろう。
「そのようだな。お前が武器を所持していなくて助かった。生憎と、戦場で出会ったからには、武器を持っていませんでした、なんて理屈は通用しない。……貴様がどういう理由あって、俺に近づいたのかは知らないが、ここで死んでもらおうか」
思いの外、冷静さを失っていないティーダが面白くないのか、ゼロは少々ムスっとした顔で言う。
「そりゃそうかもしれませんけど、僕の方が攻撃力は上です。それはつまり、僕の方が戦いを有利に進められるという事ですよ?」
そんなゼロとは対称的に、余裕さえ伺わせる口調で、ティーダも言い返す。
「戦闘力は見事だが、おつむの方は見た目そのままみたいだな。戦いは攻撃力のみで決定するものではない。防御力、速度、技量、体力、知力、適応力、勘、運、ありとあらゆる要素が、戦いの勝敗を左右するんだ」
「わかってますよ、それくらい。それら全てを含めても、僕が上だと言っているまでです」
「それは楽しみだ。……久しく、強敵と戦ってはいない。遊ぶわけではないが、少しは楽しませてもらおう」
この戦いは、遊びと真剣とが、入り交じったようなものである。本音でいうと、どちらも相手を現段階で、殺すつもりは全くないのだ。ファーストコンタクトにて、お互いが相手の事を、気に入っている。ある意味で、楽しい戦いができる相手だからだ。
しかし問題点は、二人の戦いにおける、相手への考え方かもしれない。ティーダは、全力に近い状態で戦える、久々の相手。ゼロにとっては、いわゆるウォーミングアップより、少し上のペースで戦える、都合の良い相手である。本当の意味で、どちらに余裕があるのかは、一目瞭然の結果になる。
ティーダの気の中に、殺気が入り込む。神経を集中させて、相手の首を斬る。または、心臓を突き刺す。さらには、どこでも良いから、豪快にぶった斬る。戦いに勝つならば、相手を殺す為の、最短距離を考える。
しかし、ティーダは少々違っている。一気に倒そうとは、今は考えておらず。小さく小さく、まるで鑢で削るような作業で、相手を攻めていこうと、考えているのだ。それはファーストコンタクトを終えて、ゼロという対戦相手に抱いた、わずかながらの対抗策になる。
素直に相手の強さを認め、そこからお互いの差を、認めたからこその戦略。目の前の相手は、自分より格下ではなく、だが互角の相手でもない。認めざるを得ないが、ゼロは最強と謳われた、自分よりも格上の相手なのだ。そんな相手を倒すのに、一撃必殺で倒そうなど、あまりにもムシの良すぎる話だ。そんな安易な技を繰り出そうものならば、容易くそれを捌き、逆に一撃必殺をくらうだろう。かつては自分がその立場にあったから、だから確信している。
「……行くぞ」
一撃目の衝突とは違い、今度はティーダが先手を取り、攻撃していく。速度は相変わらずの、電光石火。走っているだけで、人が殺せてしまうのではないかとも、錯覚させるようなキレのある動きだ。そしてその勢いのまま、左から右へと剣を走らせる。的の小さな首ではなく、胴体に向けての攻撃である。
当然、ゼロはこの一撃を、右手で受け流すように捌き、左手を用いた掌打で反撃を試みる。ティーダも同じく、左手でこの掌打を受け止めるが、そのあまりにも大きなパワーと攻撃力で、大きく後方へと飛ばされてしまう。だが実際のところは、自分で後ろに飛び、衝撃を後方へ逃がしていた。それでも多少のダメージは、ティーダに残る。難なく着地したティーダは、再びゼロに向かって走る。ただ初撃と違うところは、『無数のティーダがゼロに向かっている』という事である。
「へぇ、残像か。面白い事をするんだね」
そう、無数の正体は、更に速度を増す事によって、意図的に作り上げた残像。十を超える数は、ティーダの常人離れした身体能力と、卓越した技量があって成せる業である。
(速いといっても、普通に向かっては駄目だ。あいつはその程度の事では、全くと言っていい程に動じない。ただ速いだけでは、あいつの目からは逃れられない……っ。だが、これならどうだ、ゼロ!)
その場立ち、歩き、走り、構え、徒手空拳、抜刀など、あらゆる行動をするティーダが、ゼロを囲んでいく。特筆すべきは、残像一つ一つの、クオリティである。まるで全て本物のように見えて、残像というよりは、分身である。これだけの芸当ならば、如何にゼロといえども、騙し討ちを当てられるはずだ。
「ふふ、本当に凄いよ、火の騎士。さすがは最強、と言われていただけの事はある」
外面的には、余裕たっぷりのゼロだが、内面的には、ティーダを少しだけ認め始めていた。自分の予想を、遥か上にいく戦闘力。だからこそ最強、という言葉が、戦った者だからわかってくる。
だがそれは、あくまで上から目線の、評価にすぎない。ティーダの予想以上の健闘があれ、自分の方が、それ以上のものがあるという、余裕の評価なのである。
ゼロは構えをとりはじめる。ティーダの残像戦法に対して、攻撃を仕掛ける意欲を見せる。形成した手刀を、文字通りの刀の切っ先のように、鋭く尖らせる。子供の可愛らしい手が、最高級の切れ味を持つとは、誰も思うまい。狙いを付けて、研ぎ澄まされた右手刀を、真っ直ぐ後方に突き出す。ゼロの右手の先には、実体か残像かは定かではない、ティーダの姿があり、手刀はこれを容易に貫いている。
「……残像、だね。なるほどね、目で見えているよりも、実際の速度は更に速いようだね」
一撃目の競り合いは、ティーダに軍配が上がる。十を超える残像と実体一つのティーダ。そして、実体のみのゼロの攻防は続く。ティーダにしても、ただ残像を作って避けているだけでは、ゼロとの勝負には勝てない。それに残像を維持するには、高い速度に加え、体力面にも大きな課題が残る。この残像による攻防は、最初っから長くは続かないのだ。
「んっ……!?」
突然、ゼロの左後方から、真空波のような一撃が飛んでくる。ゼロもこれを、すんなりと避けてみせる。しかし危ない一撃である。ティーダ特有の、殺気を持たない攻撃に加え、残像に目がいっていた為、通常に迫ってくる剣線への反応が、僅かながら遅れてしまっていた。
「凄い、凄いよ、火の騎士っ! 僕はさっきからワクワクしっぱなしなんだ。――でもさ、残像も飽きてきたから、そろそろ他の芸当でも見せてよ?」
ゼロは右を向き、左手刀を左斜め前方に向かって、一気に突き出す。すると微かに触った手応えが、ゼロの左指先端に残る。一般的には、ただ触れただけ、のものだったが、名刀よりも名刀に値する、ゼロの手刀は触れただけでも皮膚を裂く。
それを証拠に、ティーダが触れたのは左頬になるのだが、しっかりと頬は裂かれ、ワインのような血が滴り落ちる。これにティーダの心は、少しばかり動揺する。裂かれた頬から、流れ出る血に対してではないのは、言うまでもない事だ。ある意味では、ほぼ全開速度で動きつつある自分の速度に、ゼロは容易く反応してみせた事に対する動揺である。単純な戦闘力、パワーにおいてはゼロが上であり、ここに速度においても主導権を握られてしまうと、いよいよもってティーダの武器は、数々の戦いを乗り越えてきた経験だけになってしまう。しかし、そんな圧倒的な経験量も、圧倒的な戦闘力差を前にしては、あってないようなものだろう。
だが、勝負は既に始まっている出来事だ。今更、ネガティブな言い訳を考えたとしても、戦いに勝てるわけでもないし、まして終わるわけでもない。いずれにしても、ティーダにとってこの戦いを終わらせる上での、たった一つの条件は、目の前にいる敵であるゼロに勝たなければならない。そして勝つためには、何よりも攻撃しなければ、勝てるものも勝てはしないのである。
ティーダはゼロの後方より、その磨き抜かれた鋭い斬撃を繰り出す。何千何万と振るってきた、無駄のない剣線である。最初は純粋に『勝負』というものを、楽しむつもりだったティーダだが、いつしかその余裕は消え失せていた。
――こいつは仕留められる時に、その命を殺さなければならない。それが短時間とはいえ、戦ったティーダのゼロに対する答えになる。 だが斬撃は、より強い力によって、大きく弾かれる。意表をつかれた一撃に、そして速い動きのカウンターに、ティーダの体は激しくブレる。
「くっ……!」
「らしくない攻撃だなぁ、火の騎士? 今の一撃は、何の駆け引きもない、ただ振り回しただけの、一撃に等しいね」
当然、ただ振り回しただけ、なわけがない。仮にただ振り回しただけ、だったとしても、十分すぎる程の一撃だった。
ゼロは、ティーダの攻撃に合わせて、カウンターを当て、黒剣オルグナードを弾いたのである。既に避けるだけでは飽き足らず、余裕をもって、カウンターを取る事すら可能としている。ティーダの電光石火の速度をもってしても、究極のアルティロイドには、見切れる範囲内である。
「くす……。そんなつまらない攻撃をする戦士には――こうだっ!」
弾かれて、バランスを崩しているティーダの左腕を掴み、ゼロは自分を中心点として、回転しだす。超回転といってもいい程の、回転力を利用し、ゼロはティーダを、適当に投げ飛ばす。
地面に当たり、激しくバウンドする様は、とても生き物のそれとは思えない。勢いは衰える事なく、二度三度とバウンドして、やや大きめな木に激突する。真っ二つに、割れる程の衝撃を尻目に、まだ勢い良く、吹っ飛ばされていくティーダ。そのままゼロの視界からは、消えていってしまう。
「あれ、ちょっとやり過ぎちゃったかな? まぁ、いいや、どうせいつかは殺すつもりだったし、楽しみの減りが早かったけど、こんなもんだろうね」
戦いの始まりと同じ、余裕をもった笑みに、乱れ一つない呼吸と、肌には汗すらかいていない。そう言った口調も、少年とは思えないぐらいに、どこか淡々としていた。
随分と遠くまで、投げ飛ばされたティーダ。辺り一帯には、その凄まじさが伺える程の、砂埃が舞っている。木々は凪ぎ倒れ、砂地がすっかりと抉れている。普通の人間ならば、地面との摩擦により、ミンチになっていただろう。
だが、ティーダは普通の人間ではない。ゼロの視界、遥か先より、高速で飛んでくる火球が確認できる。ゼロはこれを、難なく弾き飛ばす。弾速は速かったが、威力はというと、お粗末なものだった。明らかに倒す事よりも、威嚇に近い攻撃である。
「へぇ、まだ元気じゃない。さすが火の騎士、最強のアルティロイド。その諦めの悪さは、尊敬に値しますよ」
本当に尊敬しているのか、全くわからない軽い口調で、言ってみるゼロ。
散乱した木々と、砂埃の向こう側で、ティーダは何を考え、どんな表情でいるのだろうか――。