15,最強と究極・前編
目の前にいるのは、正真正銘、現最強にして究極のアルティロイドである。究極でもなければ、まして最強でもないアルティロイド――だが負けるつもりはない。
風の騎士ジュークは、非常に冷静沈着な男だが、戦いにおける、勝利への執着心は、他のアルティロイドに劣る事はない。それを証拠に、ジュークは自身の持てる、最大の事を全てやろうとしている。
「風から疾風へのランクアップ。……それぐらいの芸当は、見せてもらえないと困りますからね。くすっ……楽しみだなぁ」
疾風の騎士。風の能力を更に高めた、ジューク最大の技でもある。風の騎士時に比べ、戦闘力も上がり、特筆して速度が、飛躍的に上昇している。
かつて最強といわれた、火の騎士ティーダでさえ、その速度を捉える事はできなかった。視認できない程の速さを活かした、鎌鼬という技が、ジュークの決め手となる。
そんな事を、知ってか知らずか、ゼロは無邪気な笑みを浮かべている。あるいは絶対の、自信の成せる業なのだろうか。全ての答えは、二人が戦った瞬間にわかるというものだ。
「悪いけど、僕も負けるわけにはいかないんだ。相手が子供だとて、究極の戦士だ。手加減はしない、最初から殺すつもりでやらせてもらう!」
「どうぞ。どうせ、殺せはしませんですけどね」
その言葉を合図にしてか、ジュークは一気に駆けだしていく。目に見える速さから、目に見えない速さへ。一撃必殺の瞬間技、鎌鼬である。
ブランクがあるとはいえ、その速さはいまだに健在。いや、ここはジュークの世界である事を考えると、現実よりも幾分かは速いのかもしれない。例え究極の戦闘力を備えているゼロを以てしても、これ程の速度を持った相手を捌く事ができるだろうか。
ゼロという少年が、並の究極程度ならば、答えは否である。そして勝負は一瞬で決まる。
(ティーダの時は首を狙わなかったが、貴様相手ならば構う事はないっ。その華奢な首を、瞬きする間に跳ね飛ばしてやる!)
ジュークは思惑通りに、深緑の剣フルーティアを、ゼロの首に狙いを定めて走らせる。剣線すらも見えない、ジュークの軌道。ここまでゼロは微動だにしていない。
――もしもこの場に、二人の戦いを見ている者がいたのならば、間違いなくジュークの勝ちを確信しただろう。しかし、ジュークの一陣の風は、ピタリと止まってしまった。
「なっ……!?」
見るとフルーティアは、ゼロの首わずか数センチの所で、止まってしまっている。押しても引いても、剣は動かない。ゼロ特有の特殊能力であろうか、そう思いジュークも剣の周りを見るが、そこにあった真実は非常にシンプルなものだった。
そこにあるものは、ゼロの左指。正確には、人差し指と親指の二本である。小さく細い、子供の指二本だけで、ジュークの最速技を防いでみせていた。
「……なんだ、この程度なのか、ガッカリだな……。スピードは確かに凄いけど、パワーがてんで駄目。明確なパワー不足のせいで、こんな感じで止められちゃうんだよ? もう一回、修行し直した方が良いよ」
次の瞬間、ゼロは空いている右手を、手刀のようにして、左から右へと薙いだ。
ジュークの肉体は、まるで名刀にでも斬られたかのように、上下で真っ二つになってしまう。あまりの切れ味に、やられた当の本人にさえ、何が起こったのかわからなかった程だ。
「まさ……か……」
「もう引退だね、風の騎士。少しも楽しめなかったよ、本当にガッカリだ……。あ、でもここは精神世界であって、これで死ぬわけじゃないんだよね。だから次は現実で戦おうよ、ま、戦えたら、の話だけどね」
これで王にかかっていた、ジュークの呪縛は解けたのである。
汗一つかかず、呼吸乱さず、ゼロは精神世界から現実世界へと戻ってくる。
ゼロの意識が現実に戻ると、目の前にいる深緑の王は、明らかにご機嫌である事がわかる。恐らくは、ジュークの呪縛が解けたという、実感があるのだろう。
「見事だ、ゼロよ。これで私は死に損ないの、ジュークの肉体から、脱出する事ができる」
「容易い仕事でしたよ。もっと骨のある仕事をくださいよ」
「ふむ……骨のある仕事、か。ならば地上にいる、残ったアルティロイドを始末してこい。今ならば……ティーダ。それに忌々しいティアナの子供もいるはずだ。確認はしていないが、そのような報告も来ている。仮にもティアナの子が、活動しているのならば、放ってはおけまい……。それに、死んだとは思うが、ラティオの事もある。ジュークに次いで、今言った三人も、お前の手にかけるが良い。必要ならば、クリッパーとリオを使っても構わん」
最後の言葉に、明らかな不満を放っているのは、クリッパーだ。王からの直接な命令ならばともかく、よりにもよって、嫌いなゼロから命令を受けなければならない、という可能性がある。
しかし、クリッパーの考えを他所に、ゼロの答えは違うものだった。
「ティーダ、ティアナ、ラティオ。随分と楽しそうだなぁ! あ、でも王様、光の騎士と闇の騎士はいらないよ。僕一人でどうにかなっちゃうもん」
という答えだった。従わなくて良いという、答えだった事に対する安堵感もあったが、何故か苛立ちをクリッパーは覚える。
クリッパーにとって、ゼロというのは、いちいちイライラさせられる相手になっている。更に余計に苛立たせるのは、ゼロの言葉は有言実行できるというものだ。クリッパー程の実力者ならば、ゼロの力がどんなものなのか、そんな事は簡単に読み取れる。
だからこそ、感情の昂りに対して、どうしても敏感になってしまう。
「ふっふっふ……。お前は良い子だな、ゼロ。ならば好きにするが良いさ」
「ありがとう、王様。なら最初はティーダかな。王様と闇の騎士が推す、最強のアルティロイド。僕は是非戦ってみたいんだ!」
三人もいるのに、わざわざティーダを最初に持ってくるあたりに、ゼロのクリッパーへの悪戯心が感じられないだろうか。あるいは考え過ぎか。
いずれにしても、クリッパーにとっては、これ以上ないぐらいの挑発行動である事は、全く変わりがない事である。それを証拠に、先程からクリッパーに感じられる、怒りの感情がより強くなっている。
あまり挑発を繰り返すと、王の御前であるにもかかわらず、ゼロに斬りかかってしまうかもしれない。最も、ゼロ自身はそれすらも楽しんでいる。
――絶対強者の余裕。そんな言葉が、今のゼロにはぴたりと合うだろう。
「じゃあ、早速行ってこようかな。えっと……火の騎士は、と……。サンバナからやや離れた位置にいるね、これは……ティアナの墓、かな? やだね、人間は。墓なんて馬鹿なものを作っちゃってさ。ま、いいや、行ってくるよ」
ゼロは小さな体で、ちょこちょこと歩いていく。それだけ見ていると、まだまだ幼さの残る少年なのだが、そんな身なりとは裏腹に、ジュークを事実上、瞬殺してみせる実力がある。
現時点、いや、今後現れる事はないであろう、究極最強のアルティロイドである。
「……闇の騎士」
クリッパーの側を通りかかる時、ゼロは小声で話しかける。怒りに満ちたクリッパーだったが、突然の声かけに、一応は耳を傾けてみる。
「僕が興味あるのは、火の騎士の実力だけだよ。仮にも倒せるような状況にあっても、僕は火の騎士を殺しはしない」
「……火の騎士は易々と倒せはしない」
「くすっ、実力者である闇の騎士が、そこまで推してくれるからこそ、僕は興味あるんだよ?」
それ以上の会話はない。変わらずゼロは余裕、クリッパーは和らいだものの、怒りに満ちている。
ゼロが地上へと出陣する。地上初の相手は、最強のアルティロイドと謳われた、火の騎士ティーダである。
――そんな城国内の二人とは裏腹に、サンバナの町近辺にある、ティアナの墓。事情を知る者には、ティオの墓の前に一人、棒立ちした姿がそこにある。
「ティオ……」
それは黒き騎士クロディアン――いや、かつての火の騎士ティーダというべきだろうか。
黒き仮面の下の顔がわかっても、素顔の上の黒き仮面が、その事実を覆い隠している。表情は伺えないが、どこか落ち込んでいる。いや、迷っているというべきだろう。
「俺は、正しい事をしているはずだ……。あれは危険なんだ、わかるだろう、ティオ? もう二度と、悪魔の力を解放させてはいけない。あのティアナが、かつてのティアナのように、騎士としての、アルティロイドとしての力を覚醒させてしまっては、もう誰にも止められないんだ。あれの覚醒は、城国一個を相手にするよりも、遥かに強大なんだ。……だから、だから、まだ覚醒していない、今のうちに、殺せる内に殺しておかなければならない。…………どうして、笑ってくれないんだっ、ティオ!」
悲痛な叫びだった。ティーダにしても、悩みに悩んだ末の結論なのだ。
十五年前の悲劇、悪魔の覚醒。あの時、この場所で、悪魔と戦った張本人でもある。つまり悪魔の強さを、最も身近で感じている。
あれは復活させてはいけない。それがティーダの結論。ティオの願いはわかっている、決して忘れたわけでも、知らなかったわけでもない。
ティオにとって、生まれ変わりであり、我が子同然でもある現在のティアナ。そのティアナとティーダが、手を取り合い、城国を打ち倒し、世界を平和にしてほしい。
「だがっ……ティアナを覚醒させれば、今度こそ世界は終わりを向かえるだろう。辛い戦いになるが、城国は何とかなる。でもティアナばかりは、そうもいかない……」
受け継いだはずの、ティオの理想と、背ける事ができない、ティアナの現実。理想と現実の板挟みに悩み、自分を偽ってまで出した答えが、現実を見る事だったのだ。
誰がこの一人の男を、責められるだろう。答えは誰もいないはずだ。実ではないのかもしれないが、娘を殺そうとするティーダと、父親との命を賭けたやり取りを、強いられるティアナ。運命は残酷な悪戯をするものだ。
「――何か来る?」
ティーダは気付いた。あまりにも不穏な空気を。風が唐突に荒れ、草木が怯えている。禍々しい何かが、こちらに向かってきている事を。
そしてそれは、一瞬にしてティーダの前に現れる。その正体はゼロである。城国からわずか数秒で、ティーダの前に現れてみせたのだ。
「貴様は、一体何だ?」
物凄い速さで現れた割に、その挙動は非常にのんびりしているゼロ。当然のように、息一つ乱してはいない。
「やあ、はじめまして、かな、火の騎士。僕はゼロ。王が造りあげた、全てをゼロにする究極のアルティロイドさ」
「アルティロイド、貴様が!?」
その容姿に驚きを隠せない。子供だからというわけではない、要するに見た目の問題なのだが、とても戦いをするようには見えない、平和そうな顔をしているからだ。
だが見た目で判断するな、とはよく言ったもので、既にゼロは、精神世界といえども、ジュークを必然的に瞬殺したも同然である。油断すれば、その牙は喉元に食らいつく。
しかし戦闘に関しては、ティーダに油断の二文字はない。元々の強さに、長い年月の経過により、少年はベテラン戦士へと変わっている。体力は幾分か衰えたかもしれないが、技量は増している。
「さて……かつて最強と謳われた火の騎士、僕は君と戦いに来たんだ。僕と本気で戦ってよ」
「俺と戦いに来た? 一体何の為に……いや、聞くだけ野暮な話だな。俺が城国から狙われるのは、当たり前の事か。少し平和ボケしていたようだ」
「勘違いしないでください。決して王の命令なんかではありませんよ。これは僕個人の戦いです」
ゼロの言葉には、嘘偽りはない。純粋にティーダとの、戦いを楽しみにしてきているのだ。
だがティーダにとっては、ゼロの本心などどうでも良い事である。結局は敵が目の前にいる事実は、変わりがない。何よりも来る者拒まず、がティーダのスタイルだ。戦いを避ける理由はない。
「……戦ってはやる。だが場所を変えるぞ。ここには――」
「ティアナが眠っている。まあ、別に良いですよ。そこまで激しい戦いになるとは思えないですが、それで火の騎士が本気になってくれるなら、喜んで協力させていただきます」
最強のアルティロイドのティーダと、究極のアルティロイドであるゼロ。
人知れない場所で、二人の戦いは始まる。