14,風の騎士の挑戦
「――では、ゼロを解放します。宜しいですね?」
学者からの問いに、深緑の王は静かに頷く。
目の前にいるのは、見た目では普通の男の子。これといって特徴はない。
長すぎず短すぎないぐらいの、栗色の髪の毛。目は瞑っている為、詳しくはわからないが、やや垂れ目だろうか。体格も年相応な細身であり、小柄である。
纏う雰囲気も、例えば闇の騎士クリッパーのような、威圧感があるかといわれれば、全く無いといって良い。
本当に見た目は、ただの子供である。
しかし、この少年が王の造り上げた、究極のアルティロイドなのである。
「さぁ、早く私に、我が子を見せてくれ……!」
学者は小さく静かに頷くと、少年の入ったカプセルを、開ける為の準備をする。電子盤の上で指を動かし、規則的にカタカタと鳴る。
すると圧迫されていた空気が、一気に外に漏れ出すように、甲高い音が響く。少年が浸かっていた緑色の液体が、吸い込まれるように排水されていく。
そして全ての工程を終え、カプセルの中には少年ただ一人になる。カプセルの中の少年は、ぴくりと動くと、呑気なあくびを一つ。
「……やあ、おはよう、王様」
室内には、蟻よりも小さいかもしれない、どよめきが出てくる。新たなアルティロイド、無からの創造は上手くいったのだ。
アルティロイドを造ろうとした時、大概は肉体の改造過程による、衝撃に耐えられず、その命を絶やしてしまう事が多い。知られていないだけで、一体何人の人間が、この事柄で命を奪われたのかは、知る由も無いのだろう。
「ゼロ……?」
「そうだよ、王様。僕は確かにゼロだ。このカプセルで生まれた瞬間から、僕は貴方にゼロとして育てられたのだからね」
ゼロという少年は、その幼い顔立ちとは裏腹に、あまりにも大人びた口調で、そう言ってみせた。
うっすらと笑い、その表情から読み取れるものはない。極めて無情といえる。何を考えているのかが、全くわからないところに、ゼロの不気味さを感じられるのだ。
「お前が私と会話をして、はじめて実感するよ。私は真の究極を造り上げたのだ、とな」
ゼロとは違い、深緑の王は無表情。しかし、その見た目の割には、隠しきれない歓喜が溢れ出す。対照的な二人の、外面と内面だ。
「……それより」
ゼロは辺りをキョロキョロと見回す。一通り見終わると、溜め息を吐き出し、悪態をついた。
「寒いんだけど……何か、僕用の着る物はないの?」
「私はお前を造るのに必死で、お前専用の法衣を用意していなかった。しばらくは適当な服を着ていてもらえるか?」
深緑の王は、近くにいた研究員風な男に手招きする。だがゼロは、その行動を止めさせた。
さすがにこれには、その場にいた全員が、呆気に取られた。何故ならば、城国では王は絶対の存在であり、神の存在に等しい。
王の好意を無下に扱うというのは、孫の代にまで罪が及ぶ程に重いのだ。そんな誰もが恐れる行為を、ゼロはあっけらかんとして、平気な顔をしてやってのけた。
「自分で取りに行くからいい。仲間にも一言だけ、挨拶をしておきたいしね」
「そうか。ところでゼロよ――」
「わかっているよ。その男……風の騎士ジュークの呪いを、解いてほしいんでしょ?」
「話が早くて助かるな。全ての事を終わらせたら、玉座まで赴け」
ゼロは薄く笑うと、小さくコクリと頷いた。そしてそのまま、自分が文字通り生まれた部屋を、静かに後にする。
部屋から出ると、ゼロにとっては初めてとなる、光というものを経験する。ずっと暗い部屋の中にいて、動き出す時を待っていたゼロにとって、この僅かな光でさえも、目が眩む程に不快な事だった。
しばらく立ち続け、光に目が慣れると歩き出す。これも初めて歩く道なのだが、ゼロには親しんだ道のように、軽い足取りで歩く。
「――キャハハハ! 裸で歩き回る男の子、可愛いじゃない?」
すると、これまたゼロにとっては、初めてなのによく聞き知った笑い声が、耳に届いてくる。
ほとんど茶化し気味な笑い声に対して、ゼロは清らかすぎるくらいに、純粋な微笑を浮かべる。
「やあ、光の騎士リオ。はじめまして、かな? そして闇の騎士――」
「俺の名を呼ぶな。貴様に名を呼ばれる筋合いはない!」
双子の騎士の片割れは、リオとは対照的に、険しい顔つきでゼロを見ている。むしろ敵意さえ感じさせる程だ。
しかし、そんな闇の騎士クリッパーの威嚇にも、平然として笑みを止めない。
「そんなにカッカしないで。僕達は仲間なんですからね、仲良くいきましょうよ」
「生意気ね、キャハハハ!」
「ふふ……。そうだ、僕が着れるような服はありませんか? さすがに裸で歩き回りたくはないからね」
――なんだかんだと、リオが先導する形で、ゼロを案内していく。それを少し後方から付いてくるクリッパーは、変な気を起こしたら『いつでも首を刈る』という、覚悟を持っている。
クリッパーは、ずっと前からゼロの存在に、良い気はしていない。かつては最強の火の騎士を、上回るように誕生した闇の騎士。しかし、絶対の忠誠を誓っていた王自らに、それらを超える、究極のアルティロイドの存在を宣言された。
つまりは今現在、自身の目の前にいる、この少年こそが、最強を超える究極のアルティロイドなのだ。良い気分でいられるわけがない。
「ガキんちょ用の服は無いみたいね、だぼだぼしてるけど、それで我慢しなさいよね? キャハハハ!」
着衣などが収納してある部屋までやってくる。城国で暮らしている一般人から、兵士などの服もあり、数えきれない程の服がある。
ゼロのような、低身長の子供用の服があるにはあるのだが、戦闘もこなす事を想定すると、ゼロに合う服は限られてくる。仕方がなく、少し上のサイズに収まったのだ。
「……あまり良い気はしませんね。これ、かつての火の騎士が使っていた法衣の、子供版でしょう?」
「キャハハハ! 生意気言わないのって。新品だから、別に本人が使っていたわけではないでしょ。多分、予備にあったのを使わなかったんでしょ。当時の火の騎士――ティーダ兄様は、期待されていたんだから、ね」
笑みを絶やさなかったゼロが、その言葉を聞いて、やや気を悪くしたのか、むすっとした顔になる。
普通に見てもわかりやすい反応を、クリッパーは当然見逃すはずもなく、間髪入れずに言葉を放つ。
「どうした、笑い顔を崩さなかったゼロ様が、随分とわかりやすいじゃないか?」
「いえ、昔の物とはいえ……どうして究極のアルティロイドである僕が、下等な戦士の服なんかを着なくてはいけないのかなって。僕用の法衣の製作を、急務にさせないとね」
それに気を悪くしたのは、クリッパーの方だった。
「火の騎士は、貴様が思っている程に容易くはないぞ!」
明らかに苛立つクリッパーに対し、ゼロは笑顔に戻っていた。雰囲気も穏やかそのものである。
「ほう……事実をそのまま言っただけのつもりでしたが、闇の騎士さんを怒らせてしまったみたいですね。すみませんでした。――しかし、そこまで推される騎士ならば、是非とも一度戦ってみたいですね」
不敵な笑みだった。言葉の割には、自信に満ち溢れている。いや、むしろ「自分が負けるどころか、苦戦するはずもない。そんな事はやる前から、目に見えているだろ」とでも言いたげである。
そんなわかりやすすぎる態度に、クリッパーは怒りを通り越して、ただ黙りこんでしまう。薄々、クリッパーも感じられたのだろう。
十五年前、火の騎士ティーダと共に戦った、対ティアナ戦。圧倒的な戦闘力を有していたティアナを前に、何も出来ずに敗北を喫した。そんな圧倒的な力を、この目の前の小さな少年ゼロから、感じ取れたのだろう。
仮にもクリッパーの予想通りならば、自分にも、そして最強のアルティロイドであるティーダをもってしても、ゼロを相手に善戦する事もかなわない。
そんな悔しい現実に、クリッパーはただ無言で、力強い拳を握り、耐えるしかなかったのだ。
「――そう悔しがらないでください。火の騎士は元より、貴方も相当に強い。それは誰もが認める事実ですよ」
「……慰めのつもりか? 俺はそこまで堕ちていないつもりだ」
「慰めだなんで……事実を言ったまでですよ。僕は事実しか言わないんです」
クリッパーは、わざと聞こえるように舌打ちをする。その舌打ちの音を聞いて、ゼロも聞こえるように、クスリと笑う。
「ただ――現時点、究極にして最強なのは、この僕ですけどね。――さて、王様を待たせすぎました。行きましょうか?」
恐ろしい程だ。何が恐ろしいのかというと、クリッパーの放つ怒りそのものがだ。現にリオは、それを察知していた為に、何も言葉を出せず、黙って傍観している事しかできないでいる。
ただ怒りの種類が、通常のそれとは違う。ネガティブな怒りではなく、ポジティブな怒りである。単純な例えを出せるのならば、絶対に強くなってやる、という気持ちを感じさせるのだ。
闇の騎士の最強という称号へのこだわりは、更に激しさを増したと見て良いだろう。標的は最強のアルティロイドであるティーダと、究極のアルティロイドであるゼロなのだ。
――険悪なムードを醸し出しつつも、ゼロ、リオ、クリッパーの三人は、深緑の王が待つ、玉座へと進んでいく。
真っ先に部屋の中へと入ったのは、他でもなくゼロである。入る際には、誰もが礼儀を重んじるものだが、ゼロに限っては例外というものだ。
権力よりも暴力という名の力が、最終的に相手を圧倒させる最良の手段である。それに賛同できるか否かは、議論すべきところではない。ただこの時、この時代に限り、絶対的に言える事なのだ。
「……遅かったではないか」
「申し訳ありません」
と、答えたのは、リオとクリッパーである。ゼロは何も言わない。
「ちょっと色々とあってね……。さて、そろそろ始めようか、王様? 風の騎士ジュークの呪いを解くんでしょ」
「ああ、そうだ。お前を造り上げた、一つの理由なのだ。――では、早速始めてもらおうか、ゼロよ」
やはりゼロは、王が相手でも堂々としている。というよりも、礼儀を知らない。
しかし深緑の王は、そんな事程度の事は、全く気にもしていない。仮にも王である。その辺りの器量は、ある意味でも持ち合わせているという事だ。
ゼロはゆっくりと、深緑の王へと近付いていく。その光景を食い入るように見守る、リオとクリッパー。クリッパーに至っては、相変わらずゼロを信用していないのか、何かあれば後ろからでも襲おうとする気迫を見せている。
「じゃあ、いくよ」
「うむ……」
深緑の王の額に、自ら手を触れるゼロ。耳が痛くなる程の静寂が漂う。
ゼロは精神体となり、深緑の王と風の騎士、二つの融合した精神世界へ入り込む。この間、王とゼロは、まるで死んだように動かなくなっている。
(――さて、風の騎士ジュークの精神体はどこかな)
特に風景らしき風景もなく、ただひたすらに真っ白な世界。それが精神世界というわけでもない。精神世界は心の世界。その人の最も強い思いが、具現化する世界である。
真っ白な世界というのは、その人物が何も思っているものがない、というのが簡単な考え方である。ある意味では、無の境地と呼ばれるものなのかもしれない。
そんな白の世界の中、一人の男がゼロの前に現れる。
「誰だ、他人の世界に干渉してくるなんて……あまり感心できるものではないね」
それはこの世界の主、風の騎士ジュークである。精神世界のジュークは、数十年前と同じような容姿をしている。恐らくは、王に精神を乗っ取られてから、当の本人であるジュークの精神は、半分眠っているような状態にあったからだろう。
核となる王を自分の肉体に押し止める、という目的は根強く働いていたが、それ以外の部分は完全に機能していなかった。ジュークの時間は、乗っ取られた瞬間から、通常の時とは違う速度で動いていたのかもしれない。
「それはそれは失礼したね、風の騎士。でもこれは仕事なんだ、僕は僕のやるべき事をする為に、わざわざこんな所まで来たんだ」
「わかっている。王の魂を縛り付けている元凶である、僕を始末しに来たのだろう? 意識は眠っていたが、王を通して時代を見てきたつもりだ。……ゼロ、恐ろしいものを造ったものだな」
永い年月を眠っていても、ジュークの観察眼は衰えてはいない。
変わらずに冷静沈着だが、ゼロに内包された驚異を見抜いている。
「さっすが! アルティロイド一の切れ者、風の騎士ジュークだね。話が早くて助かるよ。僕も他人の精神世界にいて、良い気はしないんだ。さっさと終わらせたい」
「……甘く見られたものだね。戦いに関してはブランクがあるが、容易く殺られるつもりはないよ?」
戦闘意志を、ゼロに当てていくジューク。逃げるつもりも、穏便に済ませるつもりもない。来る相手は拒まず、全てを迎撃してみせようとしている。
勝ち負けの問題ではない。それが風の騎士として、一生を全うしようと覚悟している、ジュークの戦い方なのである。
ジュークは久々となる愛剣、深緑の剣フルーティアを構える。ちなみにこれも精神世界の剣。本物ではない。
「どうした、君は構えないのかい? 僕を始末しに来たんだ、武器の一つぐらいは持ってきたのだろう」
「武器? ああ、剣とか槍とかの事ですか。そんな物は持ってきていませんよ」
「何、持ってきていない、だと!? いくらなんでも……舐められたものだね」
そう答えたジュークの反応の中には、馬鹿にされた事に対する怒りの感情はない。むしろ相手は格上の存在、これは風の騎士としての挑戦である。